06
(よし、次のお見合い相手こそは、レイヴンのように剣ダコがあってもいいという人かもしれない!)
前回のお見合いから一晩どころか七晩ほど寝たのだから、なんの問題もない。少し悲しく思ったことも過去だし、今回の相手は前回とは違う。
だから、思い切って聞いてみた。
「見てくれ。私の趣味は鍛錬で、剣ダコまであるんだ!」
「えっ」
「可愛くはないと思うが、貴殿は怖いと思うか?」
「え……えっと、剣ダコは……その、男性と手を繋ぐみたいになりそうですよね……」
「それじゃダメか?」
「は、はい……女性と結婚したいので……」
「ははは、そうか……」
32回目のお見合い相手の男性にそう言われて、ヒルデはガックリと肩を落とした。
(男性と手を繋ぐみたい、か……)
テーブルの下でこっそりと手のひらを眺めてみる。
大きくて指も長いので武器を持つには最適だが、全然柔らかくも気持ち良くもない。
この男性とのお見合いについては、後日結婚相談所で結果を聞いたら案の定お断りだった。
そしてその次のお見合いも、その次のお見合いもお断りだった。
ヒルデは自宅の部屋の窓から、ぼんやりと遠くに見える時計台や神殿を眺めていた。
いくつか釣書が送られてきていたので、反射的に全て『お見合いへ進む』と返信したが、どんな人に会えるのだろうという楽しみな気持ちより、このままお見合いが決まらなくてもいいのにとも思えてきた。
(……いやいや、気弱になってはいけないぞ)
結婚相談所の釣書をマッチングしてくれる魔道具は、頓珍漢な組み合わせを作ることもあれば、奇跡的な噛み合いを見せてくれることもあるという。
きっと大丈夫だ。剣ダコがあっても。
それでもいいと言ってくれる人がいるはず。そう信じて婚活を始めたのだから。
気弱になった気持ちを忘れるように、ヒルデはいつもより長めに鍛錬をすることにした。
しかし、ヒルデが剣の素振りを始めると、何故か剣がすっぽ抜けて飛んでいってしまった。
「あれ?私としたことが……」
落ちた剣を拾おうと屈んだが、ヒルデは動きを止めた。
相手から嫌だと言われているのに、鍛錬がやめられない。それは矜持ではなくて、ただの固執なのではないか。
……そんな考えがふと過ぎる。
どうしよう。
そう考えた瞬間ヒルデはガシッと剣を拾い、素早く着替えて、脇目も振らずに家から飛び出した。
一直線に向かったのは、レイヴンの家だ。
扉を叩くと、すぐにレイヴンが出てきた。
「あ、ヒルデ、ちょうどよかった。今確認したいことがあって……どうした?」
「レイヴン、すまない。聞いてくれ。私は鍛錬を止めるべきだろうか」
「……とりあえず上がって」
ヒルデの様子を見たレイヴンはすぐに何かを察したのか、ヒルデを家に入れてくれた。
「まずご飯食べろ」
キッチンから出てきたレイヴンが手早く数品の料理をテーブルに並べた。ヒルデがおずおずと食べ始めると、レイヴンはじっと観察しながら「食欲はあるな」と呟いた。
「で、何があった?鍛錬を止めた方がいいかってどういうこと?子供の頃から雨でも風でも続けてきたことだろ?」
「でも、結婚は一人でするものではない。相手に寄り添えないのならそれは私の我儘だ。鍛錬のように嫌われる行為は、改めるべきではないか?」
ヒルデは経緯を簡単に説明した。
「じゃあヒルデは結婚のために、自分の生活の一部を止めるつもりなわけ?」
「……悩んでいる」
珍しく歯切れの悪い返事を返したヒルデの横に、レイヴンはどかっと座った。そして一緒にご飯を食べはじめ、一言だけ言った。
「これ食べ終わったら行きたいところある」
ご飯を食べ終わって、レイヴンに連れて行かれた貸し出し騎獣屋で飛竜を借り、レイヴンの指示通りに飛竜を操縦して、到着したのは王国の外れにある村。
「……ここは」
ヒルデが勇者だった頃に、魔族と戦って守った村だった。
飛竜を柵に繋いで村に足を踏み入れると、子供が数人、走り去るのが見えた。
「ご来客ですか?すぐに村長を呼んできま……あ、あなた方は!」
たまたま通りがかってヒルデたちに挨拶をした中年の男性が、ハッと目を見張った。
「聖槍に選ばれた勇者様と、神官様」
普段その名前で呼ばれることは少ない。
少し気恥ずかしく思いながら、ヒルデは男性に挨拶をした。
「私は今、休暇で故郷の村に来ているのですが、ここが魔族に襲われた時、あなたが駆けつけてくれたんですよね。両親から、勇者様に温かい粥をもらったと聞きました」
「お父上、お母上は元気か?」
「はい、おかげさまで。本当にありがとうございます」
男性は頭を下げたあと、村人たちを呼びに走って行った。ヒルデは止めたが、人々は瞬く間に集まってきて、わいわいとヒルデとレイヴンを取り囲んだ。
「あの時は本当にありがとうね」
「治してもらった怪我、神官さんの言う通り後も残らなかったよ!」
「魔導士さんと盾騎士さんも元気かい?」
「握手をしておくれ!」
握手だけではなくて、色々な食べ物を持たされたり、花をもらったり、ヒルデの姿をスケッチする者まで現れた。
「みんなが元気そうで嬉しいな」
「そうだな」
隣のレイヴンは子供にじゃれつかれて鬱陶しそうではあったが、ヒルデと目が合うと笑い返してくれた。
大陸に勇者は何人もいたが、そのほとんどが大きな都市や砦を守り、力のある魔族と魔物を狩り、魔王を探して大陸を旅していた。
ヒルデは彼らには遠く及ばなかったが、努力を怠ったことはない。だからこそ守れた村がある。
そして最後に先ほどの中年の男性が妻と子供と共にやってきて、ヒルデに握手を求めた。
「私もぜひ握手してください。……勇者様には剣ダコがあるんですね」
「あ、ああ」
「温かくて立派な手です。これでみんなを守ってくださったんですね。ありがとうございます」
男性があまりに深々と頭を下げるので、ヒルデも思わず頭を下げてしまった。
「…………ありがとう」
「え?!いえいえ、お礼を言うのはこちらです。この場所は私の故郷であり、両親の住処であり、私が妻に求婚をした大切な場所なんです」
男性の力強い声を少しくすぐったく思いながらも、ヒルデは思わず微笑んだ。
「本当に良かった」
彼と彼の家族は、自分たちが新しい一歩を踏み出した大切な土地に、いつでも帰ることができる。
きっとそれは、蝶を追いかけて遊ぶ子供や、麗かな陽を受けて汗を拭う若者、仲睦まじい老夫婦がいるような他愛のない光景。
日向に腰掛けた花が開き、見上げた誰かの鼻歌が空を舞う景色。
剣を取った先の未来を折角平和と呼ぶのなら、王族の城や賑わう大通り、商人が行き交う桟橋だけでなく、こういう誰かの思い出の風景が少しでも多く残っている方がいい。
ヒルデは、小さくても自分にその力があることを誇りに思う。
しばらく村で色々話を聞いたり、景色を見たりして良い頃合いになったので、二人は帰ることにした。
飛竜の元に辿り着いてからヒルデが村を振り返ると、レイヴンも村を振り返っていた。
「あのさ、剣ダコで色々言う奴は、ヒルデがこうやって守ってきたものも全部気に入らないってことだろ。ならそんなやつとは結婚しなくていいんだよ」
草の間を抜けてきた風が、ふわりと鼻をかすめていく。
「お前は我儘とか言ってたけど、違うから。お前は昔からお人好しだし、善人認定もガバガバだし、忍耐力も無駄にあるけど、絶対我慢なんかして結婚すんなよ」
レイヴンを見ると、少し怒ったような顔だった。ヒルデは少しだけ考えて、彼を安心させるように大きく頷いた。
「すまない。ようやく分かった。ありがとう」
全部、ヒルデが自分で選んで、自分で頑張って、自分なりの信念と決意を持って続けてきたこと。
父について戦いの精神を学び、幼馴染と木に登り、子供の性別なんて気にしない村のジジババに可愛がられて育ち、士官学校で戦いの技術を学び、勇者として戦場に立った人生。
ヒルデとして生きてきて、これからもヒルデとして生きていく以上、きっとそこで培われた性分を変えることはできないし、何よりヒルデ自身が変えたくないと思っている。
ぎゅ、とヒルデは自分の手で自分の手を強く握った。
飛竜に乗って王都への空の道をたどっていると、後ろに乗っているレイヴンが「そういえば」と声を上げた。
「確認したいと思ってたことがあるんだけど」
「なんだ?」
「明日、ヒルデの家行っていい?そこで見たいものがある」
何をするつもりなのかは教えてもらえなかったが、ヒルデは分かったと頷いた。




