04
ヒルデはどうして結婚がしたいと思うようになったのか。
それは、とても単純でとても簡単な理由だった。
ゴーンゴーンと鐘が鳴ったのが聞こえて、ヒルデは顔を上げる。
服を買いに行ってから数日が経ったこの日のヒルデはレイヴンの家へ向かっていて、その道中で真っ白な大聖堂の前を通りがかった。
人だかりができている。神殿で神々への祈りを捧げた後の新郎新婦が、丁度到着したところのようだった。
大勢に囲まれている二人の顔は見えないが、ヒルデは彼らがどんな表情をしているのか想像できる。
あの日もそうだったから。
耳の奥で思い出すのは、かつての仲間の名前と祝福の声。
青く澄み切った空へ溶ける音を追うように、白い鳥が飛び立ったのを憶えている。
ミレイユとマーカスが、神殿から大聖堂に到着する。
眩く映える純白の礼装、晴れ着姿の仲間たち。
ミレイユの長いベールが風を受けて雲のように揺れた時、派遣された祈祷神官が婚姻の誓詞を読み上げる。
「神々の祝福に満ちる朝も、試練の御手が下される夜も――」
しかし新郎であるマーカスは、最後まで待てずに言い切った。
「誓います」
新婦のミレイユが笑って、空いっぱいに花びらが舞った。
世界が何よりも美しく見える瞬間は、人生の中で幾度かある。
死に物狂いで乗り越えた夜、満身創痍で見上げた朝陽。穏やかな山の稜線、夕食の匂いに溶ける故郷の夕日。そして、苦楽を共にして来た大切な友人の結婚式。
自分がいることで、隣の誰かが幸せそうに笑ってくれた瞬間。
……ああそうか。
これも、人々が何より平和を望んだ理由の一つなのだ。ヒルデや他の勇者たちが剣を振るって血を流しながらも進んできた日々は、この美しい光景へと繋がっていたのだ。
…
ヒルデの次のお見合いはそれから数日後に決まった。
レイヴンの助言通り、服は用意した。そしてなんと、化粧や髪結もしてくれる支度屋も予約した。
今までとは違う。きっと今回は何かが変わるはず。
しかし、それだけでなくまだできることがある気がする。
ヒルデはお見合いに関する本を自分なりに読んだりして勉強したが、最終的にレイヴンに助けを求めていた。
「レイヴン、頼みがある!次の私のお見合いを見て、助言をくれないだろうか!」
「隠れてお見合いを見てろってこと?」
「そうだ。頼む!せっかく服もリボンもあるんだ。次は絶対に成功させたい。いや、もし成功しなくともただでは起きたくない。すまないがもう一度だけ頼らせてくれ!」
渋々だったが、最終的にレイヴンは小さく頷いた。
「……分かった。あんまり役に立つことは言えないかもしれないけど」
「ありがとう!」
そしてお見合い当日。
支度屋から出てきてレイヴンと合流したヒルデは、彼が横目でチラリとヒルデの頭を見たことに気がついた。
どうやら、もらったリボンをつけていたことに気がついたらしい。
「それ、つけてくの?」
「お守りなんだ」
「なんだそれ…………」
「だめか?」
「いや、もう好きにすればいいけど……」
外套のポケットに手を突っ込み、レイヴンはお見合い会場への道を先に歩き始めた。
方向音痴のヒルデとは違って地理に明るいレイヴンは、簡単に場所を教えただけで、近道まで使って目的地に辿り着いた。
「ここ?」
コクッと頷いたヒルデは、大きな桟橋の向こうに見える時計台を確認した。
予定時刻十五分前だ。
「じゃあ、俺は少し後で入るから。頑張れ」
「ああ、ありがとう」
よし。頑張るぞ。
ヒルデは大きく足を踏み出した。……のだが、そんなヒルデの次なるお見合いは――それはもう、酷いことになってしまうのだった。
…
「結婚相談所にどれだけ手回しても、最近はブスばっか紹介されてさー、今回も22歳のババアかよと思ったけど、実物は顔も小さいし悪く無いじゃん。今の化粧はケバすぎだけど、もっと上手くしたら映えるんじゃない?服も可愛いし胸もあるし、ヒルデちゃんは合格にしてあげてもいいよ。うひひひひッ」
ヒルデの前に現れた人族の男性は、開口一番そう言った。
男性、36歳。種族:人族、魔法適正:なし、加護:なし、階級:伯爵、職業:無職。
ドビーと名乗ったその男性は、正面に座ったヒルデを、隅々までジロジロと見た。
「でもその額の傷は減点。気持ち悪い」
「いや、これは……」
「あ、いいよ説明とか。それよりヒルデちゃん、ゆっくり趣味とか特技の話しよう」
「わ、分かった。私も特技はあるぞ。視力がとてもいいから遠くのものもよく見えるし、声が聞こえなくても唇を読んで会話がわかる。迷惑になるから他人にはあまり使わないようにしているがな。あ、あと握力も、この間測ったら測定器が壊れたんだ」
「えー何それ。そんなのが特技?ギャグ?それにしては全然面白くないけど」
ドビーはつまらなさそうに鼻で笑った。
「あ、僕の特技はね、美術品の目利きかな。僕、エルフの裸身像とか、鳥人族の姿鏡なんかも買い付けてきたんだよ。すごくない?」
「私は芸術には疎いが、すごいんだろうな」
「それよりヒルデちゃん、そのジジイ言葉キモくない?全然可愛くないよ。直したら?」
ドビーは再びバッサリと話題を変えた。
彼は、気になることはすぐに指摘をしたいタチらしい。
「父について男ばかりの中で稽古をしていたから、幼い頃からこの喋り方なんだ。気に障ったか?」
「気に障りまくってるよ。全然色っぽくないから、もっとこう、語尾にハートとかつける感じで話してよ」
「……そうか」
(いや、『そうか。♡』こんな感じでしゃべればいいのだろうか……)
ヒルデが眉間に皺を寄せていると、ドビーが身を乗り出してきた。
「ねえヒルデちゃん、ヒルデちゃんは僕とデートするならどこ行きたい?」
「考えたことはないな」
「えー、じゃあ今ここで考えてよ」
ドビーがテーブルに肘をついて、頼んだ冷たい珈琲のストローを齧り出す。
ストローは普段静かな物だと思っていたが、五月蝿く感じることもあるらしい。
「そうだな。では八つの戒山などどうだろう」
「えー、それどこ?何?」
「鬼族の国にある拳法家の修行の地だ。私はよく父に連れられて行ったものだ。八つの谷と八つの崖があり、登るごとに厳しくなっていくんだ。しかし、踏破した後の頂上の景色は忘れ難いものだぞ」
「何それ。そんなことより僕は、デートでヒルデちゃんと遊楽園とかに行きたいな」
「遊楽園か。私は行ったことがないが楽しそうだな」
「で、そのあとは高級な宿に行くのもいいよね。ちなみに僕、アルスラン帝国の高級宿のVIPなんだよね」
「すごいのか?」
「当たり前でしょ。吸血鬼の帝国ホテルだよ?あそこは伯爵位以上ないと泊まれないんだから。僕、伯爵だよ、伯爵」
「貴殿は様々な場所を知っているのだな」
「そうだよ、僕色々知ってるの。うひひひひッ」
ドビーが肩を揺らして笑った。
「…………ヒルデちゃん、なかなか可愛いね。素直な女の子、僕好きだよ」
ドビーは飲み物をストローでズゴズゴーと飲み干した。そして最後にゲップをする。
その一方で、ヒルデたちの様子をこっそり見ているであろうレイヴンが、ガチャンと音を立ててカップをソーサーに戻した音がした。
「ねえねえヒルデちゃん」
「なんだ?」
「ヒルデちゃんって占いとか好き?」
「占い?」
「手相占いとか、相性占いとかあるでしょ。僕ね、手相が見れるの。よく当たるって評判なんだ。特に恋愛運。ヒルデちゃんも気になるでしょ?僕とどれくらい相性良いのかとか」
「相性を占いで決めてどうするんだ?」
「占いで相性が良かったら嬉しいでしょ。ヒルデちゃん、手出して。ほら」
ヒルデが素直に手を差し出すと、にたっと笑ったドビーはそのヒルデの長い指先に触れようとした。
……いや、その前に彼はヒルデの手のひらを見て叫んだ。
「何これ気持ち悪いっ!!」




