03
王都の流行の最先端を行く店内は、明るく洗練された空間で、壁には今季の流行を取り入れた衣装が美しく並んでいる。
中には麗しい貴族令嬢や、煌びやかな街の豪商の娘たちがいて、ヒルデは少々場違いな気分になった。
「何だよキョロキョロすんな。いつもみたいに堂々としてれば良いんだよ」
「いやな、私は生まれてこの方、こんなお洒落なところとは縁がなかったというか、さっきから女の子たちの視線が痛いというか」
「お前、昔から女の子にはなんか弱いよな」
「そうなんだ。私は女の子とあまり話す機会がなかったからな、どうすればいいか分からないんだ」
「昔、ヒルデが女の子に蛙贈って怖がられてたこと思い出した……」
フッとレイヴンが小さく笑うと、店内の女の子たちが反応した。
『ねえねえ、あの人かっこよくない?』
『でも隣にいる子、ダサくない?』
『何、あの女の格好』
そんな囁きが聞こえてくる。
街の通りでそんなことを言われても何とも思わないヒルデなのだが、今日は自分が女の子たちの縄張りに入り込んでいる侵入者のような気がして、少しいたたまれない。
こそこそとレイヴンの後について歩いていたヒルデだが、すぐに「いらっしゃいませお嬢様!」と後ろから大きな声で店員に話しかけられた。
「わ!なんだヒルデいきなり腕掴むな!」
「……レイヴン、店員さんが呼んでいるぞ」
「絶対俺じゃないだろ」
自分は絶対にお嬢様なんて柄ではないのに、とヒルデが右往左往している間に、店員に何着か服を見立ててもらう流れになってしまった。
「お嬢様にはこの辺りのお衣装が似合うと思いますわ!……あとは、これなんかも!もしよければ試着をされませんか?」
ヒルデがレイヴンに助けを求める視線を送ると、彼は何事もないような顔をしていた。
「試着してみれば?」
「……や、やっぱりそうだよな。うむ、やってみよう」
店員はヒルデを小さな半個室に案内した。そして抱えていた服を部屋の壁に掛ける。
武器屋で上等な鎧の試着なら何百回としてきたが、こんな上等な仕立て屋で試着などしたことがない。
ドキドキしながら、ヒルデは自らの上着に手をかけた。
「いやいや、着替えはカーテン閉めてからだろ!」
「あ、カーテンを閉めるのか。失敬失敬」
「ほんと、俺がいないところではちゃんと気をつけろよ……」
武器屋で試着する鎧と同じ要領で考えていたから、危うく公開試着するところだった。こんなところで裸になったら、すぐさま衛兵を呼ばれてしまう。危ない危ない。
シャッとカーテンを閉めてから、ヒルデは最初のワンピースを身につけた。
ワンピースは初めてだが、思ったより動きやすい。
ヒルデはそのまま、カーテンを開けた。
「着たぞ。どうだ?」
「……」
「やはり変か?」
「別に、いいんじゃない」
試着室の前で待っていたレイヴンは、ヒルデの顔からスッと目を逸らした。
どうやらワンピースの裾を見ているようだ。動くものに反射的に注目してしまうのは本能だと納得しながら、ヒルデは次のワンピースの試着に移る。
二着目三着目と着て、最後の四着目になった。
「これで最後だ。どれがいいだろうか」
ヒルデがシャッとカーテンを開けると、レイヴンの隣にニコニコ顔の店員が立っていた。
「とってもお似合いですお嬢様!清楚な半袖、上品な厚めの生地、女性らしいスカート丈。素敵ですわ!実に淑女らしいです。こちら、靴も似合うものをお持ちしました。ぜひお試しください」
「あ、ああ、分かった」
靴も履いて外に出る。目が合った店員はにっこりと微笑んだ。
「素敵でございます!その組合せが完璧だと思います!」
レイヴンに視線を送ると、彼はやっぱりスカートの裾を見たまま「いいんじゃない」と言った。
「ではこれにする」
服の良し悪しは分からないが、皆がそう言うのだし、これは落ち着いた色で自分の髪にも合う気がする。
「これでお見合いで相手に喜んでもらえるといいな」
ヒルデが決めたことを伝えると、店員は「お買い上げありがとうございまーす!」とますます元気になった。
そしてヒルデが元通りの服に着替えると、彼女は素早くワンピースと靴を受け取っていった。
「店内はまだ色々あるのでゆっくり見ていって下さいね!あ、アクセサリーはあちらですよ!」
「あ、アクセサリー?装飾品のことか……?」
ヒルデは生返事をし、店員が力強く指差した方へなんとなく移動してしまう。
(私のお見合いにも装飾品が必要か?いや、家にある封眠の腕環や、封火傷の指環で代用できないか?)
ヒルデが勇者の冒険中に身につけていた、有用な装飾品たちは家に保管されている。
眠気覚ましに使ったり、火傷の広がりを抑えたりできる効果付きの装飾品なので、お見合いにも使えたら一石二鳥だ。
しかしアクセサリーの棚に到着したヒルデは、キラキラ光る可愛いそれらに茫然となった。
「……なんだこれは」
金細工は蜂蜜の如く艶めき、銀細工は月明かりを集めたように白く光る。
息を吹き掛ければ崩れてしまいそうな、繊細な意匠のアクセサリー。
女の子たちの装飾品は、ヒルデの持っている戦闘に有利な効果を持った装飾品とは全くもって別物だった。
言うなれば、砂糖菓子と岩ほどに違う。
「ヒルデ、どうした?」
「いや。家にある勇者時代の装飾品を身に付けてお見合いに行っても問題ないかと思っていたのだが……」
「武具でアクセサリーの代用ができるわけないだろ」
「そのようだな……。では何か、お見合いの役に立ちそうなものをここで見繕うか。…………どれが良いのか、私にはさっぱり分からんが……」
ここが武器屋なら最適な装飾品を的確に選ぶことができるのだが、こんなに可愛い装飾品が相手ではヒルデは手も足も出ない。
しかし見て回っていると、一つ、目に留まった装飾品があった。
棚の隅にあった髪結い用のリボン。手に取ってみる。煌びやかな装飾も何もないが、落ち着いた色合いに妙な親近感を覚えた。
「リボン?」
「……ああ」
「ヒルデはそれが気になったのか?」
「あ、いや。多分これよりもう少し可愛らしいものがいいよな。多分、これとか。多分」
後ろから覗き込んできたレイヴンに慌てて返事をしてから、ヒルデはちょうど目の前の棚にあった髪飾りを手に取った。
水晶に金の装飾がついた女性らしい髪飾りだ。
すかさず店員がヒルデの元にやってきて、「そちら、一番人気の品でございます!」と言って試しにつけてみるよう勧めてくる。
やはり分からない領域では素直に専門家に従おうと思ったヒルデは、そちらの金の髪飾りを買うことに決めた。
こうして必要だと思われるものを買い揃えて、ヒルデたちは店を出た。
ふと上を見上げると、少し日が傾きかけている。
服と装飾品を選ぶのに、思ったよりも時間が掛かってしまったようだ。
洋服や髪飾りが入っている大きくてツヤツヤした箱を小脇に抱えたヒルデは、一旦解散しようかとレイヴンを振り返った。
「ん?レイヴンも何か買ったのか?」
「……まあ」
「そうかそうか」
片手に持った小箱は贈り物だろうか。レイヴンはモテるからなあ、どこぞの女の子にねだられたりしたのかもなあ、なんて思いながら歩いていると、あっという間にそれぞれの家へ向かう道の分岐点に到着した。
「じゃあ、ここで解散だな。今日はゆっくり休んでくれ」
「ヒルデもゆっくり休めよ。……あと、これ」
「なんだ?」
差し出されたのでつい受け取ると、それは先ほどのツヤツヤした小箱だった。
開けてみると、先ほどの髪結い用のリボンが入っていた。
「私が使っていいのか?」
「いいよ。ヒルデがああいうアクセサリーに興味示すの珍しかったから、記念に買っただけだけど」
リボンは、派手な装飾はないがしっかりとした生地で、改めて触るとやっぱり気持ちが良い。
「ありがとうレイヴン!お金は払うからな、いくらだった?」
「はあ?なんでだよ」
「いや、本来であれば婚活を手伝ってくれる君が謝礼品をもらう立場なんだぞ?」
「もうそういうのいいから、婚活の激励品ってことで貰っとけ!」
レイヴンはうるさそうに話を終わらせた。
しかし喜ぶヒルデが早速リボンで髪を縛ると、堪えきれなかったようで笑っていた。
「リボン、固結びすぎるだろ。髪千切れてハゲになっても知らねえぞ」
落としたら大変だと思うあまり、全力で髪を縛っていたのを笑われたらしい。
なんにせよ、楽しんでくれたなら悪くない。
そんなことを思いつつ、ヒルデは家に帰ってから丁寧にリボンを解き、簡易祭壇に飾ってみたのだった。
祭壇にはなくなった故郷の石や父の形見など、大切なものを飾っている。




