02
レイヴンが大きくむせたので、ヒルデは慌ててレイヴンの背をさすった。
「すまん、大丈夫か?」
「ごほごほ……大丈夫だけど、なんだよそれ」
「質問だ」
「質問なのはわかる」
「それで、可愛いと思った事なんてないよな?」
「意図は分かんないけど、俺は、お前のことは兄弟みたいなものとしか思ってないって」
レイヴンの返答を聞いて、ヒルデはフォークをカタンと下に置いた。
「やっぱりそうだよな。そうなんだよな」
呟いてから目の前のグラスをガシッと掴み、中のお酒を一気に飲み干す。
そして姿勢を正したヒルデは、レイヴンに向き合った。
「あのなレイヴン!そろそろ私一人では、にっちもさっちもいかなくなってきた事があるんだ。相談をしてもいいか?」
「……なんだよ」
ヒルデの様子が明らかにいつもと違うからか、レイヴンは訝しげに眉を顰めた。
「ずばり、お見合いがうまくいかんのだ!どうしたら良いと思う?!」
「は?!」
打ち明けると、レイヴンは突然石像のように固まった。
「え?は?………………お、お見合い?!?!お見合いって、結婚するための活動?結婚相談所とか使うアレ?!」
「そうだ。結婚相談所を使っているぞ」
ヒルデが頷くと、レイヴンは忙しく問い詰めてきた。
「いやいやいやいや待て待て待て待て。お前それ、結婚したいってこと?!」
「ああ、今の私の人生の目標は結婚だ」
「それってまさか…………す、好きなやつとか」
「それはこれから探すんだ」
「そ、そうか。いやそもそも目標が結婚なんて、どう言う風の吹き回しだよ!お前はいつも『恋愛なんて知らん、それより山に篭って鍛錬して暮らしたい』って言ってただろ!」
「ミレイユとマーカスの結婚式に参加してな、考えが変わったんだ」
ミレイユとマーカスは勇者パーティの仲間だった二人だ。その結婚式はヒルデの価値観をガラリと変えるほど感動的なものだった。
「あのとき、二人は本当に幸せそうだったんだ。……私も誰かをあんなふうにできたらいいなと思ってな」
「確かにいい結婚式だったけど、でも………………」
レイヴンは口を開けたは良いものの、続く言葉を失ってしまったようだ。
今まで結婚はおろか、恋愛のない文化圏からやってきたようなヒルデがこんなことを言い出したのだから、彼が驚くのも無理はない。
「……本気なのかよ」
「本気でなければお見合いをしたりはしない」
「……そっか。まあ、ヒルデは何かを中途半端に始めることはないか」
そう言ったレイヴンはフォークに水にんじんを刺して、ぼんやりと見つめているようだった。
そして一方のヒルデは、葡萄酒のおかわりをなみなみグラスに注ぎ、それを再び煽っていた。
「だけどな、こうして婚活を始めたはいいが、これがまたさっぱり上手くいかないんだ。会う人会う人振られまくる。何がいけないんだろうな。…………いや、選ばれない理由は分かっている。先日の相手には『怖い』と言われて断られた。その前の相手には『可愛くない』と言われて断られた」
「はあ?何様だよそいつら」
「しかし、人様の意見は大切だ。だから真摯に受け止めたいと思っている。……だけど、私はただ誠実に話ができればと思っただけなんだ。怖いと言われても、何をどう直せばいいのか分からないんだ……」
ヒルデがしょぼんと肩を落とすと、レイヴンが小さく眉間に皺を寄せた気配がした。
「なあレイヴン……こんな私が結婚したいなんて無理な願いだろうか?」
「……無理じゃないだろ」
「そうか、そうだよな、まだ諦めるのは早い。この大陸をくまなく探せば、きっと物好きの男性だっているはず……いてくれないと困る。そうだよな!」
祈りを込めて、ヒルデは両手でレイヴンの手を掴んだ。
「えっ、おい!」
「私はこれからも頑張る!全身全霊で死力を尽くす!だからレイヴン、私の婚活を応援してくれないか!」
「は?!?!」
「レイヴンはいつも冷静で、その助言が間違っていたためしがない!それに君はモテる!たくさんの素敵な女性を知っているレイヴンなら、私を結婚に導けると思うんだ!頼む、色々教えてくれ!」
レイヴンは神官で治癒師。王国の中央大神殿で大司教補佐を務めていて地位もあるし、加護もある。そしてさらに高い身長と黒髪で、凛々しい見た目だ。
ヒルデは今までに、何人もの女の子が結婚してくれと彼を追いかけているのを見てきた。
ガバッと頭を下げると、レイヴンが後退りをしたのが分かった。
「別に俺はモテないし、そんな手伝いなんか……」
「いいや頼む、私は結婚したいんだ。レイヴン、君しか頼れない。私を結婚させてくれ。一生のお願いだ」
「……」
「一生のお願いなんだ!」
「…………あー、わかったわかった、どうなっても知らないからな……」
もう逃げられないと観念したのか、レイヴンは渋々頷いた。
「本当か!」
これでもう、きっと大丈夫。
途端に体に巻き付いていた重りが嘘のように軽くなり、ヒルデは思わずレイヴンにぎゅっと抱きついた。
「君が応援してくれるのは本当に心強い!嬉しい!ありがとう!」
「や、やめろ!」
頬を押し付けるとレイヴンはギョッとしていたが、彼がヒルデの力に敵うはずも無かった。
「本当にやめろ!お前に抱き付かれると骨が折れるかもしれないだろ!放せ!」
「大事な君の骨を折る訳ないだろう。むしろ私が君を守るから心配するな。……ん?少し顔が赤いなレイヴン。まさか酔ったか?」
「酔ってないし顔も赤くない!いいから放せ!」
「うむ……」
ヒルデの腕から何とか脱出したレイヴンは、肩で息をしていた。
レイヴンも成人男性として十分な体格をしているが、ヒルデの拘束を自力で抜け出したいのであれば、攻撃魔法をぶつけるか攻城兵器でも持ってくるしかない。
「今日は酒は止めだ。もう飲ませないから」
「やめてくれ、私はまだ飲むんだ!」
「駄目だ、この酔っ払い」
レイヴンはヒルデを睨むと、手際よく酒瓶とグラスを片付け、水を手渡してくれた。
ヒルデが水をごくごく飲んで一息ついたところで、レイヴンが「ところで」と切り出した。
「手伝う……のはもう仕方ないとして、現状の把握がしたいんだけど」
「うむ、私の婚活が今、どんな感じかということだな?」
「そう。じゃあまず、この前あったっていうお見合いの様子教えて」
「分かった」
そう言って、ヒルデは覚えている限りなるべく詳細に先日のお見合いの様子を語ったのだった。
「…………なんとなくこんな感じだった。率直な意見を頼む」
「分かった。予想通りだったというか、まあヒルデにお見合いさせるとこうなるよなって感じ」
「……私のお見合い、受け答えが悪かったのだろうか。どこを直せば良いと思う?」
「いや、受け答えの前に一つ気になったところがあるんだけど」
真剣な顔でヒルデが見つめると、ため息をついたレイヴンは水を一口飲んだ。
「ヒルデ、そのお見合いに何着て行った?」
「いつもの服だ。こんな感じの」
ヒルデは今自分が着ている服を指差した。いわゆる、動きやすい作業着やサイズが大きめの男物の服である。
「よし、じゃあまず服を変えろ」
「何に変えるんだ?」
「スカートとか」
はっきりと言われて、ヒルデは慌てた。
「お見合いの時だけ変えるんだよな?だったら君も知っているように、私は普段そのような格好をしない。これは相手を騙すことにならないか?本性を偽ることは相手に不誠実ではないか?」
まっすぐに送った視線をじっと受け止めてくれたレイヴンは、少し考えたのちに口を開いた。
「……じゃあ、相手に好感を持ってもらえる服装は礼儀って考えたら?むしろお見合いで『貴方に好かれたいので頑張って女性らしくしてきました』って着飾ってこない方が不誠実に見える事もあるだろ」
(なるほど)
たしかに、結婚したいと思うのはヒルデの正直な気持ちだ。であればその意気込みを服装で表すことは、嘘ではない。そう考えれば、スカートを履くことは大切だ。
「じゃあレイヴン、もしよければ明日、買い物に付き合ってくれないか?!」
「いいよ」
「えっ」
「なんだよ」
「いや、いつもいきなり誘うと面倒だとか時間無いとか言って、ある程度ごねてからじゃないとついてきてくれないのに」
「……明日休みだしいいよ」
なんにせよ、とてもありがたい。
ヒルデが普段買い物をするところといえば市場か、裏通りの商店くらいで、若くて可愛い女の子たちが集う仕立て屋や服飾店には、22年間、一度たりとも入ったことがない。
きっとレイヴンの手助けがなければ、店に辿り着くことすらできないのではないだろうか。
「いつもありがとう!」
「……いいよ」
ヒルデは自分の分と、レイヴンが珍しく残したハンバーグを食べ、彼のグラスに水を注ぎ、そして最後に皿洗いも済ませた。
レイヴンが食後のお茶を淹れてくれたので飲んでいると、ヒルデは急に眠たくなってきた。
「やっぱり……食後は眠たくなるな」
だが本当の理由はそれだけでなく、安心したからでもあると思う。
「ふふふ……」
獣が闊歩する荒野で野宿した際も爆睡した経歴を持ち、いつも寝付きはすこぶる良いヒルデ。だが実は最近、婚活男性に断られる夢を見ることがあった。
現実でも断られて夢でも断られるなんて、ヒルデの精神は思ったよりも疲弊していたのかもしれない。
だが今夜はきっとそんな悪夢ではなく、肉をたらふく食べる夢でも見るだろう。
…
「……寝てる?」
急に静かになったヒルデの頭がカクンと肩に落ちてきたので、レイヴンは大きなため息をついた。
小さい頃から家族同然に育ってきた彼女は、なんの警戒もなく隣で寝落ちする。
「人の家で好き勝手食べて寝て、いい身分だよな」
呆れながらも毛布を持ってきて、ヒルデにかけてやる。
「はあ……ってか結婚ってなんだよ……」




