01
「ヒルデ・ロシュフォールさん。先日のお見合いの結果ですが……」
ゴクリ。
生唾を飲む。
ヒルデは目の前に座る担当者の女性に注目する。機械のように淡々と喋る彼女を、穴が開きそうなほどに凝視した。
「お断りでした」
担当者は抑揚のない声でそう一言、結果を告げた。
記念すべき30回目のお見合い。
いい加減慣れても良いはずなのに、『お断りでした』の言葉はやっぱり、いつ聞いても少し悲しい。
相手には好みも事情もあるのだと分かってはいるが、『もう二度と会わなくても問題ない』『これ以上知る価値もない』と何度も何度も繰り返し言われているようで、つい手元に視線を落としてしまう。
「ヒルデさんの方から疑問点などありますか」
『どうしたら誰かに選んでもらえるようになるのか』と疑問をぶつけたかったが、彼女はただ事務処理をしてくれるだけの職員だ。きっとこんなことを聞いても困らせてしまうだけだ。
ヒルデは小さく笑って首を振った。
「何もない。大丈夫だ」
「では不成立処理を進めさせていただきます」
「分かった」
担当者は無機質な動作で取り出した魔法紙に何やら書き記し、判を二つ押した。一件のお見合いが簡単に『不成立』で終了した。
ヒルデは踵を返し、結婚相談所を後にした。
バタン。
大きな扉が閉まる音が、結婚できない者を追い払うように妙に冷たく木霊する。
一瞬だけ振り返ったが、呼び止める者も特にいないので、ヒルデは歩き出した。
思い返すのは、数日前。
記念すべき30回目のお見合いは、結婚相談所が男性の代わりに選んだ、王都の当たり障りのないカフェで開催された。
約束の時間から少し遅れてやって来た人族の男性は、立ち上がって挨拶をしようとしたヒルデを見て目を見張った。
「…………でかっ」
「どうした?」
「い、いえ、えっと、思ったより身長が高くていらっしゃるな……と。す、スラリとしていていいですね」
「そうか、ありがとう」
確かにヒルデは身長175センチくらいと、他の人族女性に比べたら身長が高い。
ついでに外見の補足をすれば、長い髪は母譲りの煤けた赤色。瞳は父譲りの薄墨の黒。チャームポイントは額の古傷。
ヒルデが席につくと、男性は注文を取りにやってきた給仕に珈琲を頼んだ。
ヒルデは飲み物に渋茶、それから少し小腹が空いていたのでチーズと燻製肉のサンドイッチも頼むことにした。
注文をしてしばらくすると、飲み物と食べ物が運ばれてきた。
男性は、テーブルに置かれた巨大なサンドイッチをまじまじと見つめている。
どうしたのだろう。もしかしてサンドイッチが食べたいのだろうか。
「貴殿も一緒にサンドイッチを食べるか?」
「え?!」
ヒルデの提案に、男性は驚いたようにブンブンと首を振った。
「そ、それより、僕から自己紹介しますね」
男性は慣れた様子で自己紹介を済ませたので、ヒルデもそれに倣った。
「私はヒルデ・ロシュフォール。女性、22歳。種族:人族、魔法適正:なし、加護:なし。出身は北の方の小さな村だ。今はもうないんだけどな。それから職業は元勇者だが、現在無職だ」
「はい、年齢や種族は釣書ですでに拝見しています……って、元勇者ですか?!」
「そうだぞ。数いる勇者の中では下から数えた方が早いくらいだし知名度もないが、一応、大抵の者よりは強いぞ!」
お見合いだからなんでもアピールしておかなくてはと思ったのだが、男性は勇者についてそれ以上触れなかった。
代わりに静かな声で「とりあえず趣味の話でもしましょうか」とすっと話題を変えた。
「趣味か。私の趣味は毎朝の鍛錬と飛竜に乗ることと、野営と採掘だ」
「そうなんですか……それはまた、力強いご趣味で……」
「ああ、力には少し自信があるんだ。上位種でなければ素手で魔物にも勝てるから、結婚したら貴殿のことは全力で守るぞ!」
珈琲を啜っていた男性が思わず肩を揺らし、珈琲の液面が跳ねた。
「素手で魔物を?!ええええっと、す、すごいですね……?」
「ははは。ありがとう。女らしくないと言われる事が多いが、貴殿のように褒めてくれる方も探せばいるものだな」
「え、あ、いえ。あはは……」
それから男性の特技や長所の話も聞き、相槌を打つ。その合間合間でサンドイッチを齧っていたら、残り一切れになってしまった。名残惜しいと思いつつも手を伸ばす。
男性は一瞬空になった皿をチラリと見て、出してきたハンカチで額を拭った。
「どうした?暑いのか?空調を調節してもらえるように言ってこようか?」
「あ、いえ……」
サンドイッチを一口で食べ終わったヒルデを見て、男性は再びハンカチで汗を拭った。
「あの、大変申し訳ないのですが、今日のお見合いは早めに終わらせていただいても良いでしょうか……」
「ん?」
結婚相談所でのお見合いは、一時間が原則だ。しかし、まだ十五分も経っていない。
……いや、前回三分で終わったお見合いに比べれば、頑張った方だと思うべきだろうか。
「私は、何か気に触るようなことをしてしまっただろうか?」
「ち、違うんです。……魔物を素手で倒すような男らしい方と結婚するのは怖い、というか、やっぱり結婚は可愛らしい女性としたい、というか……」
「えっ」
ヒルデが驚くと、男性には平謝りをされてしまった。
残っていた渋茶を飲み干して席を立った時にヒルデが伝票を掴むと、男性がもじもじしながら「会計は男性がするものだ」と言ってきた。
「いや、ほとんど私が食べたのだし、会計くらい任せてくれ。貴殿はお手洗いにでも行ってくるといい」
こうして最後にヒルデが店の扉の前で「今日は来てくれてありがとう」と伝えると、男性は「あ、ええ……」と返事にならない返事をして、その日は別れた。
結果は、担当者に伝えられた通り。
自分らしく誠実であろうとするほど、それを拒否される。
(怖いのは嫌で、可愛いのがいい。私のような者は嫌だよな……そうだよな……)
王都の街では、仲の良さそうな若い夫婦や、いたわり合っている老夫婦と当たり前のようにすれ違う。
しかしヒルデは一人、夕暮れの街で遠い空を仰ぐ。
コツンと小石を蹴った。それはコロコロと転がって、小さな溝に落ちて消えていった。
ふと、ヒルデの正面に長い影が差した。
「お、ヒルデ」
ばったり会ったのは、幼い頃からよく知る人物。
「なんかあった?珍しく元気ないみたいだけど」
ヒルデが曖昧に笑い返すと、男性は深い森のような緑色の目を細めた。
レイヴン・ストラウス。
彼はヒルデの勇者パーティにも同行してくれた戦友。かつ、ただの幼馴染だ。
「この時間帯だから夕食一緒に食べるだろ?……久々だし外で食べる?いや、うちに大蜥蜴ハンバーグの材料残ってたな。やっぱりそれでもいい?」
「……いい」
婚活がうまくいかず落ち込んでいるのだから、少しくらい食欲がなくなれば可愛げもあるのかもしれない。しかし悲しいかな、ヒルデの食欲はいつもと全く変わらなかった。
こうして到着したレイヴンの家は、王都にある。
外観はこじんまりとしているが、ガラス張りのベランダ兼室内温室もあるし、裏庭も倉庫もある。
中に入ると心地よい家具が出迎えてくれ、部屋はやはりいつもの様に綺麗に片付いていた。
「じゃあ準備してくるから待ってて」
ヒルデが部屋で待ちはじめてから二十分も経たないうちに、レイヴンがキッチンからひょこっと顔を出した。
もうご飯ができたらしい。
火の入ってない暖炉前で、ヒルデはソファの定位置の右側に座った。そしてレイヴンはキッチンの扉に近い左側だ。
「玉子、二つ載せといたぞ」
「……ありがとう」
「どうした、やっぱり元気ないな。お前、ハンバーグの玉子好きだろ?」
ソファに合わせた低めのテーブルの上に置かれた大きなハンバーグの上には、ドーンと玉子が載っている。
いつもならレイヴンに「大袈裟」と呆れられるくらい喜ぶヒルデだが、今日は美味しそうな匂いに目を細めただけだ。
「まあいい、熱いうちに食べるぞ」
お腹が空いていたらしいレイヴンに倣って、ヒルデもカトラリーを手に取った。
しかしハンバーグにナイフを入れようとして、ぴたりと動きを止めた。
「なあレイヴン。君は私のことが怖いと思うか?」
「どうしたいきなり。……怖いと思ったらずっと幼馴染やってないだろ」
「じゃあ可愛いと思うか?」
「ぶっ」
二章まで書き溜めがあるので、もしよければ気長にお付き合いいただけると嬉しいです。
@Yukurakinomiyam




