07
バルトに誘われた祭りの日。
実は、この日より前にも手紙が届き、彼とはすでに二度ほど会っていた。つまり、交流期間に入ってから、今回で四度目になる。
暖かい格好で来いと言われたので、ヒルデは士官学校時代の冬季野戦訓練用に買った防寒具で行こうとした。しかし、たまたま様子を確認しにきたミレイユに、「もっと可愛くしなきゃ〜!」と止められた。
とはいっても、可愛らしい防寒具などヒルデは持っていない。
王国では春先に冬物の女性服を簡単に調達できる店がなく、かと言って小柄なミレイユの服を借りる訳にもいかず、飛竜で北の国まで出向いて服を用意した。
毛糸の編み込みが可愛らしい厚手の外套に、おしゃれなデザインだが防水仕様で底も頑丈なブーツ、それからマフラー。
支度屋に行き、化粧をしてもらってから、髪型はてっぺんで団子状にまとめてもらった。
こうして準備を済ませ、ヒルデはバルトと合流した。
「……雰囲気がいつもと違います。特に髪が」
「そうか?私はいつもこの髪質だぞ?」
「なんで髪質なんですか。髪型の話です。いつも下ろしてるのに」
「あ、下ろした方がいいか?」
「え!?いえ下ろさなくていいです別に!」
雪山の麓までは馬車で移動したが、途中で雪山用の車橇に乗り換えて進む。
白銀の斜面にも無数の雪解け水が走り、麓の陽の当たる岩陰からは淡い色の花々が顔を出している。
車内で景色を眺めつつ、ヒルデはバルトに聞いた。
「ところで、貴殿の兄弟はみんな完全獣化できるのか?」
「そうですね」
「みんなもふも……強いのだろうな」
「そうですね。長兄を除けば俺が一番もふもふで強いですけど」
バルトは何故か、強いと一緒にもふもふも強調した。
兄弟全員がもふもふ化したところを想像すると、ヒルデは思わず顔が緩んでしまった。
「それにしても兄弟全員もふもふ化ができるとは、すごい家族なのだな」
「どうなんですかね。母は獣人じゃないんですけど、父の番なんです。番の子供って能力的にもかなり恵まれるらしいですし、それでじゃないですか?」
「え?貴殿のご両親は番だったのか?番を見つけるのはとても大変なんだろう?」
ヒルデが驚くと、バルトはどうでもよさそうに尾を振った。
「そうですね。特に相手が他種族だとかなり大変ですね。誰が番なのか分かるのは自分だけですし、普通に断られる場合もあります。まあ、父は本当に運が良かっただけです」
「貴殿は番を探していたりはしないのか?」
「しないですね。見つけられたら確かに幸せかもしれませんが、探して見つかるものじゃありません。兄たちも全員、番でもない相手と結婚してますし」
「それに、両親みたいに年甲斐もなくベタベタしたいわけじゃないですし」と言って、バルトは澄ました顔で外を見た。
そろそろ到着するらしい。
「空気が美味しいな」
「そうですか」
地面に降り立ったヒルデが吐いた息は白い。
季節は春だが、高い雪山の間にはまだ冷たい空気も残っている。
「村はこちらです」
バルトに案内されて進むと楽器の音と、人々の声が聞こえてくる。
集落の後ろには真っ白に連なる山肌が見え、遠く春の空色との対比が美しい。
道の両脇には薪が高く積まれ、民家の軒先には厚い毛皮や干した肉が吊るされている。雪解け水を集める水路の周囲では人々が行き交い、子どもたちは雪の上を走り回っている。
氷の浮く湖の脇にある広場を見ると、すでに祭りが始まっているようだった。
年季の入った厚手の伝統衣装をまとい、独特の紋様が刻まれた仮面を被った者たちが大きな焚き火の前で歌っている。
「おお……」
うっかりヒルデの故郷の村のような、皆で歌って踊って食事を楽しむ祭りを想像していたが、こちらは神々を祀る厳かな伝統行事のようだ。
しかし、その踊りを見物している者たちに少々違和感がある。
想像よりも人出があるし、この雪山には似つかわしくない、街にいるような若い女性の姿や、貴族のように洒落込んだ婦人たちの姿も多い。
「あの女性たちもみんな、この集落の出身者なのか?」
「全然違います。彼女たちはただの観光客でしょう」
交通の便も良い訳ではない小さな集落の祭りに、流行に敏感そうな観光客たちが押し寄せているのは少し不思議な気がした。
首を傾げたヒルデの疑問を解決するように、バルトが教えてくれた。
「この祭りがエルフの国で舞台の題材になったらしくて、今日はその観客たちが来てるみたいです」
「どんな舞台なんだ?」
「よく知りませんが、獣人とエルフの番を題材にしたロマンスみたいですね」
「だから女性がこんなにも来ているのだな」
「そうですね。それもあってか、兄たちが鬱陶しいくらい張り切ってるみたいなんですよね……」
バルトは何故か、少しげんなりした顔をしていた。……と、そこで、彼に向けて駆けてくる姿があった。
「バルトーー!!到着したなら挨拶に来いよー!!」
大きな銀色の狼だった。
「あー、あれ四番目の兄です」
大きな尻尾をブンブン振って駆けてくる狼を指差し、バルトは言った。
しかしヒルデが狼に挨拶をする暇はなかった。狼はヒルデには見向きもせず、疾走したままバルトの首根っこを咥え、その勢いで彼を攫っていった。
「うわ、やめ……」
反抗するバルトの叫び声は、あっという間に遠のいてヒルデの耳には届かなくなった。
バシャーン!
バルトは兄だという狼によって、いかにも冷たそうな湖に放り投げられた。
一瞬の出来事だった。
しかしヒルデが心配する間もなく、大きな狼が勢いよく湖から飛び出してきた。
咥えていた濡れた衣服をビチャっと放り、ブルブルと身を震わせたのは獣化したバルトだった。
大きな獣が撒き散らす水滴を咄嗟に避け、ヒルデは脇に退避する。
「バルト、早く来てよ!お前に丁度いい催しを用意してるんだー!」
湖から上がってきたバルトに、楽しそうな兄狼がじゃれ付いた。
「なんですか、いきなりじゃれつくのもやめてください!鬱陶しい!」
「照れるなよ、大きくなったな、半年ぶりかー?」
「変わってないです。適当言うのやめてください。アンタの所為で服もびたびたになったんですけど!」
バルトが怒って攻撃するも、まとわりついてくる兄狼の尻尾は嬉しそうにブンブンと振られている。
雪山で暮らす狼獣人にとっては、氷水も噛みつき合いも大したことではないらしい。
「あ、そうだ、聞いて驚け。兄ちゃんがお前の為に今回の祭りで色々用意してやったんだぞー」
「なんですか。肉ですか」
「違うよ。まだ結婚してないお前の為に、エルフの美女との交流会だよー!」
「はい?!」
「ほら、舞台の影響で、狼獣人って今エルフの女性に人気みたいなんだよ。だから祭りに乗じて狼獣人に興味ある女性を募ってみたら、なんと十人も集まったんだぞー!しかもみんな雪山で暮らすのも問題ないって言ってるから、お前以外の若手にも紹介しようと思って……キャウン!」
容赦無く顔面に噛みつかれた兄狼はヒーンと涙目になった。
「鼻がもげちゃうだろー……」
「もげればいいです」
「兄ちゃんの大事な鼻に向かって酷い……」
兄狼の耳がキューンとしょぼくれた。
しかし、大きな二匹の狼が戯れる様には迫力がある。
二人に混ざって乱闘したい気もしたが、久しぶりの兄弟の時間を邪魔するのも申し訳ないので、ヒルデは二人の邪魔にならないように少し離れた場所で大人しくしていた。
「その交流会とやらがあるから、絶対に祭りに来いってしつこく連絡をよこしてきたわけですか」
「やだなー。久しぶりに弟の顔見たかっただけだろー。女の子はついでだよー」
「相変わらず嘘が下手ですね」
「で、女の子たちには会わない?」
「会いません」
「この弟が来ますって絵も見せちゃったんだけどな。バルトは何が気に入らなかったの?今集まってる子たち、可愛い子ばっかりだぞー?」
「結婚相談所に登録したので大丈夫です」
「それでも出会いは多い方がいいだろー。もしかしたら番に会えるかもしれないし」
「番になんて、そう簡単には会えません。…………それに今日は、連れがいます」
「連れ?」
「……友人のようなものですけど」
「え?もしかして結婚相談所で会った人?じゃあそれって……キャウン!」
バルトは再び兄狼をガリッと引っ掻いて、睨みつけた。
兄狼は痛みを逃すように舌を出して、前足で引っ掻かれた鼻を押さえている。
「いきなり引っ掻かないでよー」
「友人です」
バルトがちらりとこちらを見た。兄狼はヒルデを迎えるように尻尾をブンブンと振って「この子?この子?」とはしゃいでいるようだった。
「うわー!人族?こんな美人どうやって捕まえたの?」
「捕まえてません」
「じゃあお前が捕まえられたんだなー?……キャウン!」
前足の爪で兄狼に攻撃したバルトは、何食わぬ顔をして兄狼をヒルデに紹介した。
「これが四番目の兄、カイル・オルガゾットです」
「ヒルデ・ロシュフォールだ。よろしくカイル殿」
「よろしくね、ヒルデちゃん。僕の妻もね、人族だよー!」
「そうなのか!」
カイルは巨大な犬の如く舌を出して、嬉しそうに挨拶をしてくれた。
獣化した彼はバルトよりも少し小さく、表情も人懐っこいが、銀雪のような毛並みと硬く鋭い爪と牙はバルトと同じだった。
そして、そこにカイルの名を呼びながら近づいてくる気配があった。
「カイルー、お義兄さんが角笛を探してるのだけど、どこに置いたかわかるー?」
「わかる!」
足音に耳をぴくりと動かし、風に乗ったほのかな香りを嗅ぎ取ったカイルは、元気よく返事をした。
やってきた女性は、深い木色の髪の人族の女性だった。
暖かそうな分厚い装いのせいで、小柄でも存在感がある。
そんな彼女に全身でじゃれつき、守るように包んだカイルは尻尾を嵐のように振っていた。
「僕の妻です!」
紹介されてヒルデも名乗ると、すかさずカイルが補足を入れようとした。
「それでね、ヒルデちゃんはバルトの友……キャン!」
「友人です」
「……今、兄ちゃんはちゃんと友人って言おうとしたぞー」
それを見ただけで、カイルの妻は「そうなのね」と何かを承知したような顔で頷いた。
そして彼女はバルトがカイルに攻撃している間に、すっとヒルデの隣にやってきた。
「……あのね、ヒルデさん。ここで人族の方に会えて嬉しいついでに、先輩として一つお節介しても良いかしら」
「ああ、貴殿が良ければいつでもしてくれ」
「バルトとはご友人とのことだったけど、バルトが女性を連れて来るのは珍しいことだから、もう一押しだと思うの。それでね…………バルトが獣化したところでブラッシングしてあげると、きっと色々上手く行くと思うわ!」
ヒルデに耳打ちをして「頑張ってね!」と言ってくれたカイルの妻から、何故かブラシをプレゼントされたので、外套のポケットの中に入れた。
「じゃあバルト、僕が兄さんに角笛を持っていくついでに、友人のヒルデちゃんも紹介しに行くぞー」




