06
「貴殿は、ロアン殿!……そうか週末は遊楽園で働いているのだったか。精が出るな」
ヒルデはキラキラと繊細に光る飴細工を近くで見ようと、屋台に駆け寄った。知り合いが一生懸命働いているところを見るというのは、何故か妙に誇らしい気分になる。
しかしそんなヒルデの一方で、ロアンは引き攣った顔で身じろぎをした。
「貴女がなんでここに……?それに、隣の男性は……?」
「ああ、彼はお見合い相手で……」
「!」
ロアンは、手に持っていた飴切り鋏とへらを下に取り落とした。
青い顔でヒルデの隣のバルトを上から下まで眺めたロアンは、おもむろに屋台の外に出てきた。
「あの、犬の方、ちょっとこちらへ!」
飴の欠片がついていそうな大きな手で、バルトを引っ張る。あっという間に、バルトは屋台の傍に連れて行かれてしまった。
「余計なお世話かもしれませんが……貴方、彼女は止めておいた方がいいですよ。見た目に騙されてはいけません」
「なんですかいきなり」
「あの、彼女を人族だと思ったら痛い目を見ますよ」
ロアンはヒルデに背を向け、声を落として話し始める。
その肩越しに、バルトの表情が冷ややかに固まったのが見えた。
「僕はあの女性とお見合いしたんですけど、彼女、お見合い中に暴力沙汰を起こしたんですよ。僕、結婚相談所に報告はしたんですけど、対応してもらえなかったんですかね」
「……暴力沙汰とは?」
「彼女、虎獣人を蹴り飛ばしたんですよ!」
興奮したロアンの叫びが聞き取れた。
恐る恐るバルトの表情を窺うと、彼は静かに瞬きをしてヒルデと目を合わせる。
「何もしていない虎獣人に突っかかって、いきなり蹴り飛ばしたんですか?」
「……いや、宥めようと思ったんだがうまく説得ができなくて」
「なんの説得ですか?」
「謝っていた親子が殴られそうだったのでやめさせようと思ったんだ」
ヒルデが言うと、バルトの返事の前にロアンが叫んだ。
「それでも暴力は許されません!こんな女性と結婚したら、蹴り飛ばされるかもと毎日恐れないといけないんですよ…………しかし九死に一生でしたね、犬の方。結婚してから暴力性が分かった、なんてことになったら目も当てられませんから」
ロアンは労わるような目をバルトに向ける。
もしかして、バルトはそのままロアンの隣に並ぶだろうか。ヒルデは思わずごくりと息を呑んだが、バルトが立ったのはロアンの正面だった。
「それは心配には及びません。この人が普通に強いのは最初から知ってます。俺は一緒に戦ったことがありますので」
「……え?!」
ロアンが目を見開いた。
「た、戦った事がある?というか、そんな暴力的な女性だということを知っているのに、お断りしないんですか?」
「しないんじゃないですか。別に壊すばかりでなく、守る強さもあるでしょう。それに俺は、相手が強い人族でも吸血鬼でも阿修羅族でも、自分より強くてもいいですよ。貴方のように余裕がない訳ではないので」
「で、でも貴方さっき、耳もヘニャヘニャで子犬みたいでしたけど……本当に強いんですか?!」
「え?!……そんなことはありません、耳もヘニャヘニャじゃありません!強いです!」
「いえでも、さっきヒルデさんの横を歩いていた時……」
「違います!」
大声でロアンの声をかき消したバルトは、耳をピンと立てて捲し立てた。
「貴方こそ、目の前の相手の力量も測れないとは情けないですよ。しかも俺、犬じゃなくて狼ですし!そこは間違えないでください!失礼です!」
バルトはロアンの返事は聞かず、くるっと踵を返した。
「別の場所へ行きましょう」
ロアンの屋台があるところでの食事は流石に気まずいということなのだろう。
ヒルデたちは場所を移動し、別の屋台が集まっている広場で昼食を摂ることにした。
ソーセージ串やサンドイッチなどを購入し、適当な木陰のベンチに陣取る。
落ち着いてみると、先ほど起こったことがじわじわと思い出されてきた。
それはバルトも同じだったようで、尻尾が少し苛立たしげに動いていた。
「失礼な奴とお見合いしてたんですね」
「いや、失礼なばかりではなく、にこやかに接してくれた時もあったんだがな」
「……アンタがお見合いでスコーン食べた時の相手ですか」
「む?よく覚えているな」
ふん、と鼻を鳴らしただけでバルトはそれ以上何も言わなかったので、彼が何を考えているかは分からなかった。
「それにしても、……バルト殿は、本当に血の気が多い女性でも平気なんだな」
ヒルデがソーセージを頬張りながら呟くと、バルトも肉串をバクリと食べた。
「まあ、俺も喧嘩っ早いところはあるので」
「そうか。改めて、貴殿と交流期間に進めてよかった」
「はい?!別に交流期間なんて、ちょっと話したい、くらいで進むこともありますし。そんな大層なことではないですし」
「そうだったか」
交流期間へ進むと決める基準は人それぞれだ。
だがヒルデにとって、実際にもう一度会いたいと思ってもらえたことは奇跡のようなものなので、理由がなんであれとても嬉しい。
もぐもぐと残りの肉を食べ、サンドイッチもたいらげた。
そして腹ごなしに、のんびりとした乗り物にいくつか乗り、良い頃合いになったので帰ることになった。
「たくさん遊べたな!楽しかった!」
笑いながら話しかけると、バルトはふいとそっぽを向いた。
「……疲れました」
「あ、疲れさせてしまったか!」
たしかにロアンの件もあったし、最初に苦手な絶叫の乗り物にも乗せて、最後まで連れ回してしまった。
「疲れさせてしまったとは不甲斐ない。せめて帰ったらゆっくり休んでくれ」
ヒルデがそう言うと、バルトからはため息が返ってきた。
折角の『交流期間』だったが、やはり最初から上手くいく訳もないか。
バルトと共に遊楽園を出て、街まで戻って、獣車乗り場の前で別れることとなった。
「じゃあな。今日はありがとう」
「あの」
手を振って去ろうとすると、ヒルデは呼び止められた。
「どうした?」
「そういえば来月、故郷の集落で祭りがあるんですけど」
「そうなのか。良いな。楽しんで来てくれ」
「別に楽しみな物でもないんですけど、兄に呼ばれてるんです。…………それで、道中暇なんで、アンタも来ますか」
「私も?」
ヒルデが首を傾げると、バルトの耳が小さく動いた。
「お祭りが好きって言ってたじゃないですか」
「ああ。しかし、ええと、それだと貴殿は私とまた会うことにならないか?」
「なりますね」
「ん?ということは、まだ私は断られないのか?」
「……そうなんじゃないですか」
「そうなのか?また会ってくれるのか?!」
「そうじゃなかったら誘いませんけど」
(本当か?いいのか?私は社交辞令も冗談も大抵気づかんぞ?)
しばらくバルトを見つめてみたが、「やっぱり冗談です。会いたくありません」と言われないところを見るに、本当に再び会えるらしい。
(良かった!まだ『交流期間』が終了してない!!)
ということは、婚約に一歩近づけたわけで、婚約に一歩近づけたということは、結婚も完全に不可能ではないということだ。
「……どうしますか。面倒だったら断ってくれていいですけど」
「いやいや。是非、一緒に行こう!」
「わかりました」
「楽しみだ!」
嬉しくなったヒルデが笑いを堪えきれずにいると、自分の尻尾を掴んでいたバルトは一瞬後退りをした。
「ま……また手紙送ります」
「ありがとう。待っているな」
「待たなくても、良いですけど。…………それよりもう帰るんですよね。じゃあ気をつけてさようなら」
「ああ。貴殿も気をつけて帰るんだぞ」
獣車の中からヒルデが手を振ると、バルトが困ったような顔で送り出してくれた。




