05
遊楽園の地下に広がる幻想的な洞窟を、二十人ほどが乗れる大きなゴンドラに乗ってゆっくりと巡る。
「これはゆっくりだし石も見られて、いいな」
「石が見られるといいんですか?」
「よくないか?石は綺麗だぞ」
「まあ綺麗ですけど」
鍾乳石の天井から細い水滴が落ち、波紋が明るい光を揺らす。
巨大な水晶の森、水面から突き出した色とりどりの鉱石の間をすり抜けていく。
「あ、あそこの石、骨付きの肉のようだぞ」
「……なんかもう少し情緒あること言えないんですか」
「光る肉・骨の周りが・美味しそう」
「詩ならなんでも情緒が出ると思ってます?」
「少し出ると思っている」
バルトの耳がへにゃっと垂れた。
「まあちょっと面白かったんでそれでいいですけど」
ゆったりした乗り物なら、こうして景色を眺めながらのんびり喋ることもできる。これはもなかなか良い。
そんなことを思いながらヒルデが座席に背を預けていると、後ろの席で子供の泣き声がした。
振り返ってみると、コロコロとした子供が五人もいる家族連れが座っていた。
髪に混じる羽冠が特徴的な家族だったので、彼らが鶉の鳥人なのだろうと予想がついた。
やんちゃそうな子供の一人が、大人しそうな子供の髪を引っ張り、わんわんと泣かせている。両親は宥めたり叱ったり忙しそうだった。
「バルト殿の小さな頃もあんな感じだったのか?」
「こんな都会にはなかなか遊びに来なかったですけど、兄弟が沢山いる感じはあんなふうでしたよ。一匹いなくなっても気づかないっていうか」
ヒルデは微笑ましく眺めていたのだが、バルトが発言した瞬間に、両親とバチッと目が合った。そして子供達の数を確認した母親が青い顔で言った。
「いない。ミーちゃんがいないわ」
「え?……本当だ!」
「あ、あなた、どうしましょう!」
「だ、大丈夫、僕がなんとかするよ……!」
父親鳥人が慌て始め、母親鳥人がワッと顔を覆った。両親のただならぬ様子を察知した子供達は不安げな顔で彼らを見上げている。
「あー……なんかバツが悪いタイミングですね……」
バルトはなんとなく座席の背もたれに隠れるように縮んだが、ヒルデは咄嗟に座席に膝立ちになっていた。
まだ乗り物が動いているのに立ちあがって乗り物から身を乗り出したり、座席の下を確認しようとする父親を制止して、声をかける。
「貴殿ら、子供の一人が迷子なのか?」
「そ、そうなんです!私たち村から遊びに来ていてこんな人がいっぱいの都会初めてなんですけど、ミーちゃんがいなくて、どうしたら……!」
「よし、大丈夫だ。一旦落ち着こう。まず、この乗り物を待っている間にミーちゃんはいたか?」
「た、多分いました……」
「なら、まずは到着を持って乗り場を探してみよう。そこにいる可能性が高そうじゃないか?」
「あ、そ、そうか。そうですよね!」
乗り物が止まって、ヒルデたちは両親たちと共に外に出た。
そして乗り場周辺を探したが、ミーちゃんはいないとのことだった。
「い、いません!どうしましょう!と、都会では子供が連れ去られることもあるって……鳥人は結構高値で売れるって……!」
相当焦っているのか、母親鳥人は青い顔でヒルデに助けを求めてきた。
「大丈夫、落ち着いてくれ。…………そこにいるバルト殿……私の連れならばミーちゃんの匂いを辿れるだろう。ミーちゃんの物は手元にあるか?」
「ええと……手元にはミーちゃんの物は何も……」
「では施設の者に聞いてみよう。保護されているかもしれないし、探すのを手伝ってくれると思う」
ヒルデが母親を宥めていると、バルトが近くを通った施設の係員を呼び止めてくれた。
「はい。お母さん、詳細を話してください」
「あ、あの、係員さん。私たち村から出てきたんですけど、ミーちゃん……ミオルって言うんですけど、気づいたらいなくなってしまって。こんなに人がいる場所でいなくなったら、どうやって見つけたらいいかわからなくて……」
母親が説明するも要領を得ないので係員は戸惑っていたが、見かねた様子のバルトが助け舟を出した。
「状況だけじゃなくて特徴も伝えてください。まず、ご両親が鶉の鳥人なのでミーちゃんも同じですよね。女の子ですか」
「……男の子です」
「幾つですか」
「七歳です」
「はい。じゃあ特徴を」
「頭の羽冠は主人のものと似ていて白と茶色です」
「服装の特徴は」
「青い上着に茶色の下履きでした」
手際よく大体の情報が出揃い、係員が別の係員に協力を求めるために足早に去って行った。
しかしこれで終わりではなく、最後にバルトがもうひとつ質問をした。
「ミーちゃんって、好きな物とかあるんですか?食べ物とか乗り物とか」
「え、えっと……食べ物、乗り物は特にありませんが、綺麗なお姉さんが好きです」
彼らに協力してミーちゃんを探すつもりでいたヒルデは、バルトの質問の意図が汲み取れた。
たとえば甘いものが好きだと言われれば、辺りの揚げ菓子屋台を真っ先に探しただろうし、馬車のような乗り物が好きだと言われれば、形状が似た乗り物の付近を探しただろう。
「しかし、綺麗なお姉さんか……」
ヒルデは綺麗なお姉さんを探して園内を見回した。
来園客の中にも綺麗な女性はたくさんいるし、施設の係員や屋台の店員にも美しい人がたくさんいる。
どうしたものかと思っていると、何故かバルトと目があった。
「ん、なんだ。見つけたか?」
「はい?!なんでもないですけど!!」
しかし焦った様子のバルトの向こうに、ちらりと茶色の小さな頭と、綺麗なお姉さんが見えた。
「む」
距離は結構ある。しかしヒルデの視力ならば、行き交う人の間に、父親に似た頭の羽冠と青い上着も確認できた。
「ミーちゃんを見つけたかもしれん。行こう!」
「ちょ、引っ張らないでくれます?!」
バルトの手を引いて早足に進んでいくと、小さな後ろ姿にたどり着いた。
その後ろ姿は、爆ぜもろこしを売っている屋台の若い女性係員と、やってきた女性客を一生懸命見上げていた。
外見が母親が挙げていた特徴と一致したので、ヒルデはしゃがんで声をかけてみた。
「こんにちは。突然失礼。貴殿、ミオル君……ミーちゃんか?」
「はぁい……おねえさんだれですか?」
「私はヒルデ・ロシュフォールだ。貴殿のお父上、お母上が探していたぞ」
「ミーちゃんも、ちちははを探してました」
探していたという割に、若い女性たちの顔ばかり眺めていたような気はしたが、泣いたり取り乱したりはしていないのだから、肝が座っているとも言える。
感心していると、ミーちゃんがヒルデをじっと見つめてきた。
「どうした、ミーちゃん」
「とかいはすごいですねぇ。きれえなお姉さんがいっぱいいます」
「良かったな」
ヒルデが微笑むと、ミーちゃんは満腹になったようにため息を漏らした。
「がんぷくです」
「難しい言葉を知っているな。ちなみに、ミーちゃんはここでお姉さんたちを見ていたのか?」
「そうです。ミーちゃんは、きれいなつがいを探しているんです」
返事の代わりに頭を撫でると、ミーちゃんはくすぐったそうに笑った。
羽冠がプルプルと震えて、とても可愛い。
「ははたちはどこですか?」
「向こうだ。一緒に行こう」
ヒルデが道を示して歩き出すと、ミーちゃんがトタトタと付いてきた。
「お手て繋いでもいいですか?」
「ああそうだな。その方がいいな」
手を繋いでやると、ミーちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせた。
しかし突然ビクッと肩を揺らして、後ろにバッと振り向いた。
「あのう」
「なんだ?」
「うしろにあやしい男のひとがいます」
「ああ、そうだな。あの怪しい男の人は私の連れだ」
「そうでしたか……」
バルトが連れならば仕方がないと思ったのか、それとも安心だと思ったのか、ミーちゃんは再び前を向いて歩き出した。
しかし今度は、バルトから声がかかる。
「怪しい人にしないでもらえます?」
「すまんすまん。後でソフトクリームでも買ってやるから」
「子供扱……」
「ミーちゃんもほしいです」
不満そうなバルトの声は、片手を上げたミーちゃんの声にかき消された。
無事にミーちゃんを両親に送り届けると、彼らはワッと感謝の声をあげた。他の兄弟に取り囲まれたミーちゃんは母親に抱き上げられ、頬擦りをされていた。
こうしてひと段落したところで、ヒルデはソフトクリームをミーちゃんにあげる約束をしたことを両親に話した。
しかし彼らは、逆にヒルデたちにご馳走すると言い出した。
最終的に「ミーちゃん、きれえなお姉さんからもらいたいです!」とミーちゃんが乱入してきて、約束通りヒルデがミーちゃんにソフトクリームを買ってあげた。
「はい、ミーちゃん」
「ありがとうございます!」
ヒルデがソフトクリームを手渡すと、ミーちゃんは嬉しそうに飛び跳ねた。
「はい、バルト殿」
「……ありがとうございます」
「ミーちゃんのように飛び跳ねてくれてもいいんだぞ」
「俺は大人ですので、そんなことはしません」
ベンチに腰掛けているバルトの隣には、ミーちゃんが座っている。
ヒルデも食べながら屈んで、足をプラプラさせながらソフトクリームに齧り付いているミーちゃんの頭を撫でた。
「美味しいか?」
「美味しいです!」
満面の笑顔で答えたミーちゃんの口元に、ソフトクリームがついていたので拭ってあげた。
「もっと頭をなでてください」
「こうか?」
「はい!」
再びヒルデが頭を撫でてやると、ミーちゃんが笑いながら喉を鳴らした。
「あんまり触ると懐かれますよ」
そう言いながらソフトクリームのコーンを齧っているバルトは、呆れた顔をしている。
「存分に懐いてもらって構わない。なあミーちゃん」
「はぁい。……お姉さん、だっこしてください」
「いいぞ。おいで」
全身でねだってくるミーちゃんを抱き上げたタイミングで、彼の両親が呼びに来た。
ミーちゃんはヒルデから離れ難そうだったが、他の兄弟たちが「あの乗り物に乗ろうぜ」と駆け出して行ったので、最終的には彼らの後に続いて行った。
駆け出す子供を心配しつつ、慌ただしくヒルデたちに頭を下げる両親に手を振った。
座っているバルトのところに戻ってきたヒルデは、彼のソフトクリームが消えていることに気がついた。
「美味かったか?」
「……美味しかったです」
「よしよし、良かった」
ミーちゃんはいなくなってしまったので手持ち無沙汰かと思ったが、丁度良い位置に別の耳と頭があった。特によく考えることもせず、ヒルデはヨシヨシと撫でた。
「貴殿も小さい頃はミーちゃんのような感じだったのだろう?」
「なんですか、可愛いって言いたいんですか」
「当たり前だ。可愛くないわけがないだろう」
耳はピンと立っているのに、毛はミーちゃんの髪と同じくらい柔らかくて温かい。
揺れている尻尾も大きくてもふもふだなと思っていると、バルトがいきなり身を捩った。
「……ってなに撫でてるんですか!!」
「す、すまん!いいところに頭があったから、つい!」
「いいところに頭ってなんですか!年下扱いしないでもらえます?最悪です!」
「申し訳ない。……でも実際年下ではあったよな?」
「違います」
「嘘をつくんじゃない」
「……精神的には俺の方が大人です」
「精神的に大人な者は歳を誤魔化そうとはしないぞ」
バルトの耳がしょんぼりと垂れた。
「……正論ですね」
「ははは。非を認められるのは偉いぞ」
「その言い方もむかつきます」
また怒らせたと思って謝ったが、「いやです」と許してもらえなかった。
仕方がないので飲み物を買ってきて、バルトに一つ渡しながら隣に座った。
しばらく飲み物を飲みながら園内の楽しそうな客たちを眺めていると、怒りは収まったのか、バルトが小さく呟いた。
「女性って年上の男の方がいいんですよね。特に人族」
「そうなのか?」
「……俺は知らないですが、知り合いがそう言ってたんで」
ヒルデは自分の周りにいる女性たちを思い出してみたが、彼女たちが年上の男性がいいと特別言っていた記憶はない。しかし色々なところで、男性は若い女性と結婚したいのだという声を聞くことがある。
「年齢に関していえば、人族は男性の方がこだわりがあるように思うな。獣人はどうだ?私のような行き遅れでもさほど気にしないとは聞いたが」
「獣人はむしろ甘える方が好きな人が多いですし、歳が上の方がいいっていう人もいるんじゃないですか。……いや、まあ俺は普通に頼り甲斐もありますし、頼られる方がいいですけど」
「そうだな。貴殿はお兄さんが七人もいるんだもんな。外では頼られたいよな」
兄弟分といえばレイヴン一人だったヒルデにとって、七人も上にいて世話を焼いてもらえる状況を想像するのは簡単ではなかったが、やはり助けられるばかりではなく、誰かを支えられる、頼られる存在になりたいという気持ちはとても理解できる。
(末っ子にも末っ子の苦悩があると言うことだな……)
うんうん、と一人で納得しつつ、ヒルデはふと時計を見た。
昼食の時間はとっくに過ぎてしまっている。
「先に甘いものを食べてしまったが、昼食はどうする?」
「そうですね……。アンタはお腹減ったんですか?」
ぐう。
ヒルデが口を開く前に、お腹が返事をした。
「本当に色気ないですね。まあいいです。食べましょうか」
「ははは。かたじけないな」
二人は、食べ物の屋台が集まっている広場までやってきた。混雑時間は過ぎてしまっているので、客はまばらだった。
店に長蛇の列ができているというわけでもないし、席の確保も容易そうだったので、ヒルデたちはゆったりと屋台を見て回った。
「何を食べようか迷うな」
「肉でいいんじゃないですか」
「どの肉を食べるか考えないといけないだろう。あと、肉と一緒に何を食べるかも決めないとな」
「食い意地はってますね」
「貴殿も食べることは嫌いではないだろう?ほら、あれとあれなんてどう……」
バルトの注意を惹こうとしたヒルデの声は、誰かの「あ!!」という驚きの声にかき消された。
「ん?」
声のした方に振り向くと、飴菓子の屋台の中に見たことのある顔があった。
「ヒルデさん……?!」




