04
交流期間。
この期間に行わなければならないのは、いわゆる『デート』である。
そして『デート』で失敗すれば、容赦無く断られることだろう。
結婚をするために、乗り越えていかなければならない次の試練がこの『デート』なのである。
(これは、何をすれば正解なのだろうか)
ヒルデは22年間生きてきてデートなんて一度もした事がない。
「大丈夫よ〜。最初のデートはおめかしだけして、あとは男性にお任せしちゃいましょ〜」
「僕も、ここは相手のリードに任せるでいいと思うよ。ヒルデが楽しんでればバルト君も喜ぶと思うし」
ミレイユとマーカスの二人は、のんびりとそんな返答を返してきた。
(……しかし、本当にそれだけでいいのか?)
せめて相手に任せっぱなしにせずに、行き先くらいヒルデが考えた方が良いのではないだろうか。
いや、ツアーガイドでも雇った方がいいのでは?もしくは双方の気の置けない友人を呼んで、みんなが安心して楽しめる環境を作った方がいいのではないか?
しかしレイヴンが「何しにいく気なんだよ。デートっていってるのに友人なんて連れてったらその場で断られるぞ」と肩をすくめたので、思いとどまったのだった。
…
ヒルデにとって初めてのデートと言えるその日は、あっという間にやってきてしまった。
今日のためにヒルデができた準備は、髪と肌の調子を極限までよくすることと、当日に見なりを整えることくらいしかない。
ヒルデは化粧と髪結いを「私に任せて〜!」と言ってくれたミレイユにお願いした。
「うふふ、デートはお見合いよりもなんだか気合い入っちゃうわ〜。今日は私が、すれ違う人がみんな振り向く美女にしてあげるからね〜!」
ミレイユはヒルデに見違えるほど綺麗に化粧をしてくれて、編み込んだハーフアップの髪には、お気に入りのあのリボンを結んでもらった。
それから服装は、お見合いの勝負服とは別のものが良いとのことで、丁寧な縫製のワンピースになった。少し華やかな色だが、付き添ってくれたミレイユがこれが一番いいと言ってくれたので挑戦してみることにした。
「よし。完成よ〜!色々していたらそろそろ出発の時間ね〜。デート、楽しんできてね〜!」
元気に送り出してくれたミレイユに頷いて出発したヒルデは、いつもは飛竜でひとっ飛びするのだが、今日は獣車を雇って陸路でシャーウッド諸侯同盟に到着した。
ミレイユに整えてもらった髪型を崩さないようにするためだ。
「……よし、待ち合わせ場所はここで合っているな」
何度か右左を確認して、確信を得た。時間は約束の三十分前だ。時間前行動もできている。
しばらく待っていると、約束の時間少し前にバルトが現れた。
ラフで目立たない色の服装だ。だが、布地の質と丁寧な仕立て、丁寧に手入れされた革のブーツが、彼の銀灰の髪色によく似合う。
「……え、もう着いてたんですか?!」
「道に迷うといけないからな。それより元気だったか。今日は来てくれてありがとう」
「別に、お礼を言われるような事はしてないですけど」
バルトは呆れたような顔をしていた。
「……なんか意外な色の服着てますね」
「確かにそうだな。こんな華やかな服は着た事がない」
「まあ、春らしいですね」
「ありがとう。しかし、断られると思っていたから驚いたぞ。あんなにガサツ女は嫌だと言っていたのに」
「……暇だったので」
「そうか、では貴殿が暇で良かった。また会えて嬉しいぞ」
「…………そうですか」
小さく頷いたバルトは、こっそりと後ろに回した左手で尻尾を掴んでいるようだった。
傍目からでも結構な握力で握り込んでいるように見えるので、尻尾が千切れてしまわないか、やはり心配になってしまった。
しかしそんなヒルデの注意を逸らすように、バルトが声をかけた。
「どこに行きたいですか」
「そうだな、行く場所を決めないとな。調べてこれば良かったのだが……」
「なければ、適当に庭園でも行って、適当に昼食食べようって思ってますけど」
「……」
『適当』。本当にそれで大丈夫だろうか。
このデートが成功しなければ断られてしまうかもしれないのに。
一瞬、これから急いで観光名所を調べようかとも思ったが、ヒルデはミレイユたちの助言を思い出した。
(百戦錬磨の彼らがバルト殿に任せていいと言っていたんだ…………)
腹を括ったヒルデは「楽しむからよろしくな」とバルトに宣言し「はあ」と言われた。
「じゃあ、こちらです」
先を歩くバルトが進むのは、街の大通りだった。目的の庭園は徒歩で十分くらいの場所にあるらしい。
「ん?」
賑やかな街中を歩いていると、ふとヒルデの視線が吸い寄せられた。
その先には、一際目立つ看板が。
「なあ、バルト殿」
「なんですか」
「あれが遊楽園か」
ヒルデが指差した大きな看板には「シャーウッド遊楽園」と書かれていて、広大な園内らしき絵も添えられていた。
「ああいうの好きなんですか」
「分からない。行ったことがないからな。少し興味はあるが」
「ふーん。じゃあ行ってみます?」
「えっ」
なんてことのない顔で気軽に言われて、ヒルデは少し驚いてしまった。だが、正直に頷いた。
「行ってみたいな」
「いいですよ、行きましょうか」
「あ、しかし庭園は良いのか?計画を立ててくれていたのではないか?」
「計画なんて立ててないです。適当に考えただけなんで、遊楽園にしましょう」
バルトは方向転換して、再びスタスタと歩き始めた。
ついてこいという仕草をされたので、ヒルデもそれに続く。
「ちょっと獣車に乗ります」
「分かった」
乗合の獣車でも良かったが貸切獣車に押し込まれ、数十分もしないうちに目的地についた。
「……ここが遊楽園か」
施設の正門をくぐった瞬間、視界いっぱいに賑やかな景色が広がった。
巨大な観覧塔、空へ向かって伸びる魔法仕掛けの乗り物。
轟音とともに羽付きの乗り物が駆け上がり、悲鳴と歓声が入り混じった声が上がる。
次の瞬間には、魔導飛行船が頭上を横切っていく。
家族連れや恋人たちが行き交い、子供たちは色とりどりの風船を抱えながら、目当ての遊具へ向かって駆けていく。
その隣では、香ばしい肉料理や焼き菓子を並べた屋台に長い列ができていた。
所々に猫足のベンチが置かれ、疲れた客たちが甘いものを手に談笑している。
混ざり合う巨大な賑わいに、ヒルデは目を細めた。
「お祭りのような雰囲気、良いな」
「祭り好きなんですか」
「ああ、故郷の祭りの日を思い出す」
ヒルデの故郷の小さな村では年に一回、村総出のお祭りがあった。
朝からみんなで準備をして、花を飾って、下手な楽器を鳴らして歌って、料理を作ってみんなで食べて。
三十人もいない小さな村だったから遊楽園のように壮大でお洒落な祭りではなかったけれど、みんなが楽しそうなのは同じだった。
「乗り物はどれでも乗れるのか?」
「そうです」
ヒルデは可愛らしい絵で描かれた園内図を見ながら、バルトを見上げた。
「そうか。では最初に何に乗ろうか?」
「アンタの好きなものでいいです」
「うーむ。樹海ジップライン、重力反転ライド、渓谷ジャングルフライト……」
ヒルデは少し悩んだが、やがて一つの乗り物を指差した。
「これに乗ろう!暴走蔦コースターだ!」
「よりにもよって一番絶叫のやつですか……」
「なんだ気乗りしないのか?」
「……いえ。別に怖くはないですけど」
「そうだな。怖い乗り物ではなさそうだからな」
「……」
高さ数百メートルの木を模した塔の頂上まで魔法リフトで登り、そこから蔦を伝って密林を縦横無尽に駆け抜けるコースター。
「おおお!すごい!!!見ろ、遺跡が崩落したぞ!魔法だな!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「次は大滝へ急降下か!バルト殿、これは楽しいな!」
「〜〜〜〜……………!!!」
ヒルデたちが乗っていたコースターが止まり、二人は地面に降り立った。
ホクホク顔でヒルデが振り向くと、バルトは心なしかげっそりしていた。
「楽しかったな!!」
「アンタはなんでそんな平気な顔してるんですか…………」
「日頃飛竜に乗っているからな。こういうのは好きなんだ。バルト殿は楽しかったか?」
「……普通に余裕で楽しかったですけど」
「そうか、良かった。……では、あれも乗ろう!」
ヒルデが次に指差したのは、空中落下トロッコだった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!もう止めてうわああああああああ!!!」
「ははは。やっぱり叫ぶと楽しそうだな」
「やっぱり無理あああああああ」
「私も叫んでみよう。ああああああああ」
「その気合いの入ってない悲鳴は何ですかあああああああ!!!」
園内でもひときわ高い塔から、魔法で作られた霧や火の中をぶち抜きつつトロッコが一気に落下するのがこの乗り物だ。
楽しかった。
しかし終わってみると、バルトがよろよろとしていた。
「バルト殿どうした!顔が青いぞ?」
「……別になんでもないです。全然全く苦手じゃないですし。次何乗ります?あの辺行きます?」
バルトが示す先には、ものすごい速さで岩肌を走る乗り物があり、人々が悲鳴をあげていた。
バルトと乗り物を見比べる。
彼は絶叫系の乗り物は苦手ではないと言っていたが、今日は少し体調が悪かったのかもしれない。
「やっぱり、少し休もうか」
ヒルデはすぐそこにあったベンチにバルトを座らせ、待つように言って飲み物を買いに走った。
「これは飲めるか?」
「…………飲めます」
「他に何か欲しいものはあるか?」
「ないです」
耳と尻尾がしょんぼりとしているバルトの隣に座り、ヒルデも買ってきた飲み物をゆっくりと飲んだ。
そして飲み物がなくなった頃、バルトが「もう大丈夫です」と立ち上がった。
「本当に大丈夫か?」
「……別になんともないです」
「本当か?体調が悪いんじゃないのか?」
問い詰めると、バルトは耳を力無く垂らして白状した。
「体調じゃなくて…………実は俺、絶叫系苦手なんですよね」
「そうだったのか。言ってくれればよかったのに」
「……そんなの、いい大人なのに情けないじゃないですか」
戦闘中のバルトは俊敏な動きや跳躍など、ここにあるどの乗り物よりも激しい動きを見せていた。
だから絶叫系が不得手というのは思いもよらなかった。
しかし、ベルトで固定されて自分の意思とは無関係に振り回されるのがどうにも、という彼の話を聞いて、ヒルデはなるほどと思った。
「すまなかったな。何度も無理に乗せてしまった。しかもバルト殿が叫んでいるのを見て楽しんでしまった」
「人が苦しんでるの見て、アンタすごい楽しそうに笑ってましたよね」
「つい」
「ついって、魔族じゃないですか」
「すまん、わざとじゃないんだ。貴殿も楽しんでいると思ってしまって。気に障ったか?」
「激怒ですよ」
言葉通りなら謝罪をしなければいけないが、バルトは逆に少しすっきりしたような顔をしていた。
しかも帰るとも言い出さないので、まだヒルデに付き合ってくれるということだ。
「次は貴殿が好きなものに乗ろうな」
「別にいいです。苦手なだけなんで大丈夫です。アンタの乗りたいやつでいいですよ」
じゃあまた激し目のものを、と言いかけた。
バルトが叫んで耳をしょぼしょぼさせるのを見たい気もするが、我慢だ。折角来ているのだから、二人で楽しめた方がいい。
「そうだな……では、次はあれに乗ろうか」
「あれ?まあいいですけど」
水晶洞窟の中を巡るゴンドラの案内板を指差し、ヒルデは歩き出した。




