03
担当者は手を止めた。
「本当に、不成立でよろしいですか?」
「え……」
ヒルデが言葉に詰まっていると、担当者は手元の魔法紙から顔を上げてヒルデを見た。
「ヒルデさんは、結婚相談所の仕組みはきちんと理解していらっしゃいますか?」
「し、している」
お見合い後の仕組みは、まず男性側が返事をし、交流期間を希望した場合に限り、女性側の意思を確認するという一連の流れのはずだ。
担当者が片手に手続きの書類を持ち、もう片手に成立の判を持って、再び淡々とヒルデに聞いた。
「ヒルデさんに『交流期間』へ進みたい意思があるのなら、進めます。お相手の方は進みたいとのことでしたので」
「ほほほ、本当なら絶対に進むぞ!!!!」
「かしこまりました」
担当者は、ヒルデの勢いが面白かったのか、それとも何度も断られたヒルデを見てきているからか、ほんの少しだけ目元を緩ませてから、判をポンと押して書類の処理を済ませた。
書類に成立の判が押されたところを、ヒルデは初めて見た。
「……嬉しい!」
「良かったですね」
記念にその手続き書類をもらいたいくらいだったが、ヒルデがもらってしまったら不成立になってしまうかもしれないので堪えた。
「…………でも、私はお見合い中に断られていたんだ。それでも良かったのだろうか?」
「わかりかねますが、相談所への正式なお返事は確認しております」
「ふむ。なぜそうなったんだろうな。貴殿は、相手が何を考えているのか分かるか?」
「それもわかりません」
「あ、そうだ所感。所感は来ていたか?」
「所感はお断りの場合のみ、送られてくるものです」
担当者はもうすっかり真顔に戻っていた。
どんな時も淡々としている担当者は表情に乏しいが、こうしてヒルデの物分かりが悪い時も、特に嫌な顔はしない。
「それでは交流期間が成立しましたので、こちらの書類に、お相手とやり取りをするために使用したいヒルデさんの魔羽便の受取番号をお願いします。こちらはお相手に伝えられ、後ほど男性側から連絡が行きます」
「よ、よし。ここに書けばいいのか?」
「はい」
「魔羽便の受取番号だよな?」
「はい。二度も言わせないでください」
「すまん」
やはりまだヒルデには『交流期間』というものに進めた実感がないらしい。
書類をじっと見つめているのに、手元がおぼつかない。
魔羽便の受取番号を指示されたところに書き込んだヒルデは、何回もその番号を確認した。
ヒルデの魔羽便の番号は一つしかない。請求書も結婚相談所からの釣書も全部そこに送られてくる。
書き終えた書類を担当者に渡すと、彼女はざっと確認して受理してくれた。
「では次に、ヒルデさんは『交流期間』へ進まれるのが初めてですので、簡単に説明します」
「有難い。よろしく頼む」
「『交流期間』は簡単に言うとお試しの恋人期間のようなものですが、ここは結婚相談所ですので、複数人と同時に交流し、比較検討できます」
「分かった」
そして担当者は続けた。
『交流期間』は最長三ヶ月の期間があるが、合わないと思えばいつでもどちらからでも断れる。
しかし、次の『婚約前期間』へ進む際は、通常、男性側からの申し込みを待つのだという。
「……ちなみに、交流期間に男性からの婚約の申し込みがなかった場合、自分で申し込みをしても良いよな?」
「は?それは、女性から申し込むと言うことですか?」
「いや、問題ないとは思うが、説明がやけに細かくて気になってな」
「……女性から申し込んでも、罪に問われるようなことはないと思いますが……」
妙に歯切れの悪い担当者だったが、咳払いをして気を取り直し、話を続けた。
「それから、『交流期間』の段階では変わらず釣書が届きますので、お見合いをしていただいても構いません。一応、釣書が来ないように止める事もできますが」
「なるほど。ではそうしてくれ」
「釣書のお送りを停止するということですか?効率が悪いので、皆さんあまりそのようにはされませんが」
「私は元々効率がいい方ではない。今回の相手から断られるまで、他の方の釣書は止めておいてくれるか」
「かしこまりました」
担当者は無機質な動作で、見慣れない色の魔法紙に何やら書き記し、判を二つ押した。こうして事務処理が終わり、ヒルデは席を立った。
結婚相談所を出た。
淡く芽吹く街路樹。賑やかな春の飾りをつけた店先が目に飛び込んでくる。
温かい風が柔い花びらを攫っては、手を取り合うように舞っている。
深く息を吸うと、先ほどまでの曇天が嘘のように遠くの山まで晴れ渡って見えた。
気持ちが良い。そう思ったら、ヒルデは自然と走り出していた。
…
「お見合い成功した?!あの獣人と?!」
「良かったじゃない〜!!!流石よヒルデ〜!特訓の成果があったわね〜!!!」
「おめでとうヒルデ!!獣人は一目惚れが多いらしいし、いけるよこれは!」
レイヴンを連れ出し、ミレイユとマーカスの家に押しかけたヒルデは、早速三人にお見合いの結果を報告していた。
レイヴンは驚き、ミレイユは自分のことのように喜んでくれて、マーカスは小さく拍手をしてくれた。
「あの獣人、昔より性格良くなってたか?」
「昔もそこまで悪くなかったと思うが」
「じゃあ、嫌なこと言われなかったか?」
「いや、最後に肉までくれたぞ!」
「餌付けされてる……?」
ヒルデが手放しで答えると、レイヴンが額に手を当てた。
「ねえ、それよりヒルデ、綺麗になったって驚かれなかった〜?バルト君はやっぱりかっこよくなってた〜?」
今度はヒルデの正面に座るミレイユが声を上げた。
「バルト殿はますます強そうになっていたぞ!だが私の方は、基準に届いてなかったらしい……」
「あら!どうしたのかしら!」
「まあ大丈夫だ!こうして先に進めたのだから、それでもいいと思ってくれたのだろう」
「そうね〜」
レイヴンとは違い、ミレイユはあまり心配していない様子で笑った。
「じゃあ、ヒルデたち二人はどういう話をしたの〜?昔の話とかした〜?」
「昔の話は沢山したぞ。彼の仲間たちは獣人と鳥人がほとんどだっただろう。住処が近いので良く集まっているらしい。それと、魔王が討伐されてからバルト殿以外は全員結婚したらしいぞ」
「まあ〜、そうなのね。天剣の勇者さんは確か金獅子の獣人だったわよね〜。彼が同じパーティにいた白鳥の神官さんと結婚したってことだけは知ってたけど〜」
バルト曰く、彼らの結婚式は、王都を練り歩いて花とお菓子を撒くパレードのように盛大な物だったらしい。
「もしもヒルデがバルト君と結婚したら、シャーウッドに住むことになるのかな?それとも、バルト君の故郷かな?雪山の方だったらヒルデは喜びそうだね」
ティーカップをソーサーに戻し、話を聞いていたマーカスも会話に入ってきた。
「確かにいいな、さらにやる気が出てきたぞ!」
「雪の民のお祭りは結構すごいらしいしね。ヒルデ、僕も遊びに行きたいからぜひ結婚頑張ってね」
こうしてレイヴンに突っ込まれたり、ミレイユに色々聞かれたり、マーカスに助け舟を出してもらったりしながら、勇者の旅を思い出すような楽しい時間が過ぎた。
そしてその夜。
パタパタと一通の羽の生えた封筒が飛んできて、ヒルデの家の小窓にある鳥の巣箱のようなポストにことんと収まった。
『週末会えますか』
バルトからヒルデの元へ飛んできた魔羽便には、簡潔にそう記してあった。
『はい』
戦場での迅速な情報伝達で鍛えられているヒルデが悩む事なく返信したら、考えあぐねたように一時間後に返事が来た。
『どこか行きたいところはありますか?』
『いいえ』
『何かしたいことはありますか?』
『いいえ』
『では前回と同じくシャーウッドの盟主領で会いませんか』
待ち合わせ場所や日時候補が送られてきたので、これにヒルデが速攻『はい』と返信して、バルトと再び会える予定が確定したのだった。




