02
「……前回来た、ってお見合いで来たんですか」
バルトの問いに、ヒルデは大きく頷いた。
「そうだぞ。初めての獣人のお見合い相手だったな」
「……そういうの、あんまり言わない方がいいんじゃないですか?…………俺は別にどうでもいいですけど」
「そういうのとは?」
「はあ。そんなのも分からないんですか。……普通にいい気はしなくないですか、相手が別の男ともお見合いしまくってるって思ったら」
「しかし、結婚相談所にいるのならみんなそうだろう?」
「アンタ…………本当にガサツですよね」
「気を悪くさせてしまったか?」
「もういいですけど」
呆れられてしまったようでヒルデがしょんぼりとしたところで、目の前にばさりとメニューの別ページが開かれた。
見れば、飲み物ではなく、食べ物が並んだページだ。
「スコーンじゃなくて、別の頼んだらどうです。アンタは燻製肉のバゲットとか好きですよね、どうせ」
「お見合いで肉を食べてもいいのか?断られるだろう」
以前のお見合いでステーキを食べて「お見合い相手がいきなり肉食い始めたら驚くだろ」とレイヴンに怒られてから、ヒルデはお見合いで肉を食べないようにしている。
しかしバルトは、ヒルデの心配など知らんとばかりに、フンと鼻で笑った。
「アンタはお見合いで肉食べなかったら、俺に断られないと思ってるんですか」
「あ、それもそうか」
確かに、このお見合いはすでにお断りだった。
「では、遠慮なく食べるとしよう」
ヒルデたちは給仕を呼び、飲み物と料理を注文した。
「かしこまりました」とお辞儀をした給仕を見送ると、バルトの色素の薄い瞳と、尖った耳がヒルデの方に向いた。
「で、何が聞きたいんです」
「では、趣味の話はどうだ。私は毎朝の鍛錬と採掘と野営なんかが趣味だぞ。貴殿は?」
「狩猟競技とかですかね。まあ、生まれが雪山の集落なんでおのずと」
今度はバルトが素直に答えてくれたので、ヒルデはほっとした。
「狩猟競技か。完全獣化ができる貴殿ならば無双ができて楽しいだろうな」
「別にそうでもないですよ。長兄には勝てたことがないんで」
「ああ、次期族長の方だな。確かに惚れ惚れするくらい強かったな」
「…………まあ、そうでしょうね」
バルトはふいと視線を落としたが、ヒルデはちょうど、運ばれてきた渋茶をずずーっと飲んでいた。
一息ついてからヒルデが次の質問をしようと口を開きかけると、バルトに遮られた。
「人の話ばっかりしてないで、アンタの話もしたらどうです?……アンタはなんで婚活なんてしてるんですか。ガサツ女は一生独り身貫くのかと思ってましたけど」
バルトは長い足を組み直し、珈琲を一口飲んでから、ヒルデに視線を向ける。
「友人の結婚式に出席してな。良いなと思ったんだ」
「ありきたりな理由ですね」
「はは。言葉にするとありきたりかもしれんが、私は感動したんだ。ではバルト殿は何故婚活を?」
「また俺の話に戻るんですか」
「いや、バルト殿の話の方が聞きたくなってしまってな」
よく分からない微妙な顔をしてから、バルトは渋々質問に答えてくれた。
「上の兄弟はみんな結婚したし、面倒なのでさっさと結婚しとこうと思って始めました」
「そうか。貴殿はどういう相手を探しているんだ?」
「別に、適当ですよ。顔がよければなんでもいいです」
「なんと、それだけでいいのか?」
「……なんですかその反応」
確かに外見を良くすることには、大変な努力が伴う。
しかしその努力さえ怠らなければ、剣ダコがあろうと空気が読めなかろうと結婚してもいいだなんて、器が大きい以外の何ものでもない。こんなに無欲な男性も珍しい。
しかし、目を輝かせたヒルデとは対照的に、バルトは有り得ないと言いたげな顔をしていた。
「ん?バルト殿は何故驚いているんだ?」
「いや、俺クズ発言しましたよね、普通に」
「いやいや何を言っている。貴殿はかなり寛容な男性だ。…………ちなみに私は今、結婚のために外見改善の特訓をしているところなんだ。どうだろう、私の顔は貴殿の基準に届いていたりしないだろうか?」
「?!」
バルトがぎょっと目を丸くした。
「……も、もし万が一届いてたらどうするんですか……」
「届いていたらとても嬉しいぞ!」
ミレイユが綺麗になったと褒めてくれたので、もしかしたら希望があるかも……なんて一瞬調子に乗ってしまったヒルデだが、ハッと我に返った。
「……しかしよく考えたら、最初にお見合いを断られているのだからそれはないか。蒸し返してすまない」
「………………そ、そうですよ。っていうか適当に言いましたけど、顔がいくら好みだからってそんな簡単に色々決めたりしませんし」
「そうだよな」
思ったことを、考えずに口に出してしまうところは悪い癖だ。
反省しながら、ヒルデは残りのバゲットを頬張った。
ソースが口に付いている感覚があったので袖で拭きかけたが、ヒルデは慌ててミレイユに持たされたハンカチに切り替える。
嫌な顔はされなかっただろうかと見ると、バルトと目が合った。
「……どうした?」
「空ですね」
ヒルデが自分のカップを覗き込むと、いつの間にか空になっていた。
飲み物が無くなるのがいつもより早い気がする、なんて思っていると、バルトがメニューを開いて差し出してきた。
「なんかまた適当に頼めばいいんじゃないですか」
「お、ありがとう」
ヒルデがメニューを眺めていると、同じようにメニューを眺めていたバルトがふいに顔を上げた。
「……アンタはどういう奴がいいんですか」
「ん?」
「結婚相手ですよ。頼り甲斐があるとか、落ち着いてるとか、自分より強い方がいいとか色々あるでしょう」
「私がいいと言ってくれる人がいいぞ」
「……それは最低限ではないですか?」
バルトは呆れた顔をした。
しかしそれ以上何も出てこないと察したのか、バルトはソファにもたれた。
「ま、まあアンタのようなガサツ女でもいい男は少ないでしょうし、それくらいの希望が妥当といえばそうかもしれませんね?」
「そうだ。一人いれば十分だ。何人も伴侶が欲しいわけではないしな。ははは」
「はははじゃなくて、今俺、嫌味言ったんですけど……わかりました?」
「すまん、分からなかった」
ヒルデが首を傾げると、バルトの耳が少しだけ垂れた。
厳しいことを言っているようだが、三角耳が申し訳なさそうにしょぼくれているのが、ちぐはぐで少し可愛くも見える。
「しかし、私がいいと言ってくれる男性がいたのなら、その器の大きさは大陸一だと思わないか。ということは、私は自動的に大陸一素晴らしい男性と結婚できるというわけだ」
「それ、大陸一の物好きの間違いじゃないですか」
「うむ。そうとも言う」
大きく同意すると、バルトがポツリと言った。
「初めて会った時も思ったけど、アンタ、全然怒らないですよね……何言われてもヘラヘラしているというか」
「ん?」
「俺と話すの嫌になったりしません?」
「ならないが。何故?」
「俺、アンタに結構鬱陶しい事言ってるじゃないですか。ガサツとか色々」
「そうか?私は貴殿と話すのが楽しいがな。たくさんお見合いをしてきたが、ここまで質問が尽きないのは初めてかもしれん」
ふふっと笑ったヒルデがメニューに視線を戻すと、視界の端でバルトの耳がぴょこぴょこと動いたのが見えた。
「どうした?」
「いや別に嬉しいとかじゃないですけど!」
「そうだな。でも付き合ってくれてありがとうな。せめて貴殿も飲みたいものを飲んでいってくれ。食べたいものでもいいぞ。ほら、このステーキなんてどうだ?」
ヒルデはテーブルの上でくるりと回したメニューを見せた。
「……そもそも、なんでカフェのメニューに肉塊があるんですかね」
漏らすように小さく笑ったバルトは、無難に珈琲を頼むことにしたようだ。
丁度通りかがった給仕に追加で飲み物を頼んでくれてからも、二人は色々な話をした。
魔王戦役の時にバルトたちのパーティがどこを旅したのかとか、そのパーティメンバーが今どうしているのかとか。
やはり旧知の仲だと言うこともあって、その他にも聞きたいことは山ほどあった。
しかし、時間が経つのは早い。
あれこれと話をしていると、いつの間にかお見合いの終了時刻が近づいていた。
ヒルデはそういえば、と持参していた皮袋からゴソゴソと箱を取り出した。
「今日は会ってくれてありがとうな。色々な話ができて楽しかった。これ、お土産だ」
「なんですか。そんなもので俺の好感度上げようとしたって無駄ですけど」
「いや、ただのお礼だ。今日時間を作ってくれただろう?これは私の故郷のお菓子と似ているんだがな、硬くて美味いぞ」
差し出したのは、王都の外れにある小さなジジババの焼き菓子店で買える素朴なお菓子。ヒルデもよく買って食べている物だ。
しかし、クンクンと箱を嗅いだバルトは眉根を寄せた。
「ジジくさいお菓子ですね」
「お爺はそんな硬いお菓子は食べん。それは若者のお菓子だ」
「若者こそこんな古臭いお菓子食べないと思いますけど。……ま、いいです。貰っておきます」
「良かった。じゃあ行こうか」
箱を受け取ってくれたバルトに満足したヒルデは、立ち上がった。
途中、ヒルデが会計のために出入り口付近のカウンターに寄ると、メガネをかけた店主から「お代はいただいてます」と言われた。
バルトを振り返ると素知らぬ顔をされたが、見ず知らずの者が支払いを済ませたわけではないだろう。
ヒルデの方が明らかにたくさん食べたのに、会計まで任せるのは忍びない。
「気を遣う必要はないぞ。……ほら、これで足りるか?」
「なんでそんなの渡してくるんです?そんな端金いらないです」
金額の計算はしていなかったので適当にいくらかを差し出したが、受け取ってはもらえなかった。そればかりか、バルトはむっとした表情になる。
絶対に受け取ってはもらえなさそうな様子だったので、ヒルデは手を引っ込めた。
「じゃあ、ありがとうな」
「別に……本当どうでもいいんで、そういうの」
カフェから出ると、ヒルデたちに続くように、お見合いをしていたらしい獣人の男女が出てきた。
片方がさっと片手を上げ、特に名残惜しむ風でもなく去っていく。残された片方はため息をついて見送っていた。うまくいかなかったのかもしれない。
やはりお見合いは簡単ではないのだなと思いつつ、ヒルデも片手を上げた。
「今日はありがとう。じゃあな。元気でな!」
くるりと踵を返すと、何故か前に進めなくなった。見ると、服の袖がバルトに掴まれていた。
「……やっぱり、ちょっと待ってくれます?」
「どうした?」
「少しだけここで待っててください」
「それは別に構わないが」
頷くヒルデの返事を最後まで聞かず、バルトはどこかへ姿を消した。
よく分からないまま、邪魔にならない場所で待っていると、すぐにバルトが戻ってきた。手には何かを持っている。
「これ、お土産に持ってけばいいんじゃないですか。アンタ肉好きですよね。はいどうぞ」
「なぜわざわざ?」
「だから、今日時間作ってくれたのはアンタだって同じなんで」
押し付けられたのは、美味しそうなバター肉の燻製だった。
すぐ近くに大通りがあるので、燻製屋まで走って買ってきてくれたらしい。
「またしても気を使わせてしまったか。すまんな、ありがとう」
「別にいいです」
「改めて今日はありがとう。じゃあ行くな!」
「…………はい。では」
答えるようにニコッと笑ったヒルデは、手を振って帰路についた。
…
バルトとのお見合いから数日後。
結婚相談所に入り、待合室で少し待つ。
自分の番が来て呼ばれてから、ヒルデは担当者のいる机の前に座った。
「ヒルデ・ロシュフォールさん。先日のお見合いの結果ですが……」
機械のように淡々と喋る人族の担当者の女性はいつもと変わらない。
「『交流期間』へと進みたいとのことでした」
担当者はやはり抑揚のない声でそう一言、結果を告げた。
「分かった。では不成立処理を進めてくれて構わない」
お見合いの席で、バルトにはっきり『お断り』と言われていたのだから、全く驚きはない。
「…………ん?!」




