01
村の復興の手伝いとミレイユの特訓も順調にこなす日々の間で、ヒルデはミレイユと共にレイヴンの家にきていた。
「お見合いが決まったぞ!獣人の方なんだが」
「また獣人か」
テーブルを囲むようにして顔を突き合わせている三人の中心には、ヒルデとのお見合いが決まった相手の釣書が一冊。
種族:獣人、男性、20歳。魔法適正:なし、加護:なし、職業:護衛侍従。
灰銀の長い髪を三つ編みにした、エキゾティックな雰囲気の吊り目の男性。雪狼属の獣人らしく、ピンと尖った耳。全身が描かれていない姿絵でも、きっと恵まれた体格なのだろうと思わせる広い肩。
「こいつは……」
姿絵を見た瞬間、レイヴンが唸った。
「そうね、この子はあれだわ〜」
ミレイユも唸った。
「うむ。知り合いだな」
そして、ヒルデも唸った。
釣書には氏名が載っていない。しかし姿絵を見た三人には、その獣人の男性が誰なのかすぐに分かった。
彼は、ヒルデたちが魔王討伐の旅をしていた頃、道中で出会った別の勇者パーティに所属していた青年だ。
思い出すのは、シャーウッド諸侯同盟の北に広がる、大雪山グロッシュラーにある砦の防衛戦。
その場所は過酷な環境にあるため、大陸でも一、二を争う防衛難易度の砦で、普段は寒さに強い獣人、雪の民の各部族が合同で守っている。
しかし大規模な魔族と魔物の襲撃に遭い、付近にいた勇者や騎士団に救援要請があった。こうして総力戦を繰り広げたのが、後にグロッシュラー防衛戦と呼ばれる戦いだ。
「それでこの子、確か夜食の骨付き肉を巡ってヒルデと喧嘩したのよね〜」
ミレイユが覚えている通り、ヒルデがこの男性と初めて話したのはある日の深夜。哨戒任務を終えたヒルデが夜食を摂っていた時。
グロッシュラー砦にしばらく滞在していた事で、ヒルデはそこの食堂で働く恰幅の良い箆鹿獣人の女性と仲良くなっていた。
彼女は時々ヒルデの夜食におかずを追加してくれていたのだが、なんとこの日は「今日の夜は骨付き肉をこっそり載せてやるからね」と言われていたのだ。
「夜食に肉が食べられるなんて嬉しい」と喜んでいたヒルデだが、いざ夜食の時間になって、箆鹿獣人の女性に謝られることとなった。
骨付き肉が一つしかない。でも骨付き肉をあげる約束していた者がこの場に二人いる、と。
それが、ヒルデと狼獣人の男性だった。
箆鹿獣人の女性は、「余ると思っていたのに、焦がしたり落としたりで一個しか余らなかったんだよ」と首を垂れた。
そこで「半分にしよう」とヒルデは提案したが、狼獣人の男性は「俺は今日一日、一個食べる気で過ごしたんですけど」とヒルデの提案を跳ねつけてきた。
弱々しいランプが数個あるだけの薄暗い食堂で、ヒルデと狼獣人の男性は相対した。
話は拗れかけたが、周りの仲裁によって肉は二人で一つを分け合うことになり、その件は終わった。
しかしそれからというもの、その狼獣人の男性と食堂ですれ違う度に、ヒルデは「食い意地女」「ガサツ女」と悪態をつかれるようになった。
そしてレイヴンが「小物」「狭量」と言い返すので、二つの勇者パーティの間には険悪な雰囲気が漂っていたのであった。
まあ、そんな思い出もあったが、グロッシュラー防衛戦が終わってからは、風の噂でたまに彼や彼の仲間たちの名前を聞くことはあっても、もう会うことはないと思っていた。
「でも、こうして釣書でお見合いが成立したってことは、縁はあった相手ってことよね〜」
「そうだよな!会うのが楽しみだな」
「そうね〜。たしかこの子、雪の民のどこかの族長の、何番目かの息子さんだったわよね〜。防衛戦の時は彼と彼のお兄さんが圧倒的だったから覚えているわ〜」
「彼らの完全獣化は確かに迫力があったな」
「そうね〜、もふもふだったわ〜!」
ミレイユがもふもふ、と手で表現しながら頷いた。
ちなみに、よくある獣化は鎧を身に付けるように部分的に外見が変化するものだが、完全獣化は能力の強化幅が大きいだけでなく、獣型になるのでもふもふ感が非常に強い。
「もふもふ……確かにもふもふだったな」
「ふふふ〜、ヒルデももふもふには弱いのかしら〜?もしこの子と結婚したら、狼のもふもふも触り放題かもしれないわね〜」
「もふもふか……」
ヒルデがもふもふに興味を示すと、ミレイユがきらりと目を光らせた。
「それにもふもふだけじゃなくて、彼は今までのお見合い相手たちと比べたら明らかに強いから、ヒルデとも相性がいいかもしれないわね〜!ヒルデはどう思う〜?」
隙あらば恋の話を広げようとするミレイユと、それに付き合うヒルデ。そんな二人とは対照的に、レイヴンは眉を顰めていた。
「でもこいつ、食べ物独り占めしようとしたり、細かい事根に持って嫌味言ったり、あんまり性格良くなかっただろ」
「う〜ん、でも数年前の話だし、彼も若かったから〜」
「若かったって言っても17とかだろ。5歳6歳なら分かるけど、17にもなって戦場で仲間の士気下げるようなことしてたらちょっと心配だろ」
「確かにそう言うところもあったけれど〜。でも、今はきっと成長してるわよ〜!」
レイヴンを嗜めたミレイユは、ヒルデたちの為にお土産で持ってきていたお手製のお菓子を取り分けてくれた。
「それで、ヒルデはどう〜?あの子に嫌な印象とかある〜?」
「特にないぞ。結局あの時も肉を半分にしてくれたしな」
お菓子の皿を受け取りながらヒルデがミレイユに答えると、レイヴンが横から口を出してきた。
「半分じゃなくて、お前の取り分が明らかに少なかっただろ」
「ん?細かいことは忘れたな」
…
ミレイユに言われた通り肌の調子を整え、お見合い用の勝負服を身につけて迎えた週末。場所は再びシャーウッド諸侯同盟。
化粧や髪結いを済ませ、予定の時間よりも早く着くように支度屋を出る。
お見合い場所は、前回の相手だったロアンと同じ、石畳の大通りに面したカフェだ。
結婚相談所に近いところにあるので、どうやら婚活中の獣人たち御用達のお店らしい。
窓際では甘いお菓子と紅茶を楽しむ街娘たちが談笑し、奥の席ではお見合い中らしき獣人の男女が、少し緊張した面持ちで向かい合っているのが見えた。
(よし。今回も精一杯やるぞ)
ヒルデが待っていると、カランカラン、とカフェの扉についているベルが鳴った。
扉の大きな窓からは柔らかな陽光が差し込み、木の匂いが立ち上った気配がする。
約束の時間ぴったりに、相手の男性がやってきた。
「来たか。久しぶりだな」
「?!」
ヒルデが挨拶をすると、男性は目を丸くしていた。
雪原に差す月光のような灰銀色の長い三つ編みの髪。遥か北方の異郷の瞳。しなやかに鍛えられた体躯。すっと立ち上がった三角の耳。ふわふわの尻尾。
姿絵とはあまり変わらないが、数年前の防衛戦の時よりも成長し、更に精悍な雰囲気になっている。
「数年ぶりになるな」
「数年ぶり……?」
男性はヒルデの顔を凝視したまま、挨拶も無しに固まっていた。
「私のことは覚えているか?」
「……いえ……」
「そうか、私が一方的に覚えていただけだったか。まあいい、では自己紹介から始めよう。おっと、座らないのか?」
「……いや、座ります」
躊躇いがちにソファに腰掛けながら、男性は何度か咳払いをした。
「俺、アンタみたいな……いや、貴女みたいな綺れ……んんっ、人族の知り合いはいないんですけど」
何かがバサバサとソファの上で揺れ動いた音がした。男性の尻尾のようだ。この銀毛の大きな尻尾が、焦った男性に鷲掴みにされたのが見えた。
「そんなふうに掴んで痛くないのか?」
「尻尾なんて別になんでもないから気にしないでください。……ちょっと虫がいただけなんで」
「虫除けにもなるなんて便利だな」
「まあ、そうですね」
尻尾をお尻の下に敷くために何度か姿勢を変えて、ようやく男性はヒルデに向き直った。
「失礼しました。えっと、今日はよろしくお願いします」
「よろしくな。今日は会えて嬉しいぞ」
「そ、そうですか。全員に言ってるんでしょうけど、それならまあ、こちらとしても来た甲斐があったというか」
「良かった。いろいろ話そうな」
「……わかりました」
男性のピンと立った耳がヒルデの方へ向けられた。どうやら落ち着いて聞く姿勢になってくれたようだ。
「では改めて。ヒルデ・ロシュフォールだ。女性、22歳。種族:人族、魔法適正:なし、加護:なし……」
お見合いの度に繰り返している自己紹介をヒルデが述べている途中で、驚いた様子の男性が手を挙げてヒルデを制止した。
「今、なんて言いました?」
「加護はなしだぞ」
「違う、アンタの名前です。ヒルデ・ロシュフォール……?」
「そうだ。職業は元勇者で、今は無職だ」
「勇者……!?」
「はは、そうだ。思い出したか?久しぶりだな、バルト・オルガゾット殿」
名前を呼ぶと、ハッと息を呑んだ男性の表情が凍りついた。
そして記憶が蘇るにつれて変化した彼の表情は、みるみる険しいものに変わっていく。
「思い出しました!アンタ、グロッシュラー防衛戦の時の食い意地ガサツ女!」
「ヒルデ・ロシュフォールだ」
「……見た目が全然違う上に、なぜか匂いまで変わって分かりませんでした……騙されるところでした」
バルトは低く唸った。
「あの時のガサツ女という時点で、もう結婚相手としては見えません。このお見合いはもうナシで」
「え?!」
ヒルデの方は、知り合いだから次こそは何か違うかもと期待していたのだが、バルトの考えは逆だったらしい。
「も、もちろん、貴殿がなしと言うのなら尊重するが、折角こうして再び会えたんだ。防衛戦が終わった後の旅の話とか、貴殿のパーティメンバーが今どうしているのかとか、少し話でもしないか?」
「嫌ですけど。俺は世間話しに来たわけではありませんし」
バルトはすっと立ち上がって背を向け、さっさと行ってしまう。
(……今回は、会って一分くらいで終了か)
どうやら、また記録的な早さでお見合いが終了してしまったようだ。
「…………今日、楽しみにしていたんだがな」
残念さも相まって、ヒルデは思わず呟いてしまった。
すると、耳がぴくりと動いたバルトが止まった。
しばし沈黙してから、はあとため息をつく。
「…………こちらも、すぐ席を立つのは流石に失礼でした」
バルトは乱暴に戻ってきて、ソファに座り直した。
しかし思いとどまってくれたのはいいものの、バルトはきつく腕を組み、決して朗らかな対話ができるような雰囲気ではない。
「…………でも、アンタだって、昔自分と喧嘩した性格の悪い男とお見合いなんて嫌でしょう」
「いいや。私は会えて嬉しいぞ」
「だから、そんな社交辞令言って何になるんです。もしかして惚れさせて報復とか考えてるんですか」
「報復?なにを言っている。惚れてもらえたら喜んで結婚だろう。私は結婚相談所にいるんだぞ」
「……」
バルトから反応が返ってこなくなった。
しかし、沈黙を続けるわけにもいかないので、何か話題を探してみる。
「そうだ。貴殿の自己紹介をお願いできるか?」
「名前知ってるんだから、それ以外の基本情報は釣書見ればいいんじゃないですか」
「……確かに。では鍛錬の話をしようか。貴殿は以前よりさらに良い面構えになった。随分と鍛錬を重ねたようだが、どんな事をしているんだ?」
「……褒めても何も出ませんけど」
「褒めているわけではないぞ?」
「天然ですか……タチが悪いですね」
バルトは、質問をしてもそっけない。せっかく留まってくれたのだからと質問攻めにするのも良くないだろうか。
「じゃあ、何か私に質問はあるか?なんでも答えよう」
そんなヒルデに対し、バルトは面倒くさそうに眉を顰めながら、メニューを寄越してきた。
「…………何飲みたいんです?」
「ん?」
「なんか選べばって言ってるんです。飲みたいものとか。色々話したいんですよね?」
「ああ。…………では、渋茶とスコーンにするぞ。前回来た時スコーンが美味しかったんだ」
ヒルデがメニューを眺めて呟くと、バルトがふと怪訝そうに顔を上げた。




