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「じゃあヒルデさん。結婚相手にはこうあってほしいとか、相手に求めるものとかありますか?」
「相手に求めるものか……私は相手が嬉しそうにしていてくれたらいいと思うぞ」
「それだけですか?」
「そうだな。簡単ではないだろうが、私はそのために全力で頑張りたいと思っているぞ」
「ああ、なんて献身的で優しいんだ……!でも妻とはそういうものですよね。やっぱり人族の女性は心得てるんですね」
ヒルデは飲み物をこくりと一口飲み、「ロアン殿はどうだ?」と同じ質問を返した。
「家で夫を癒し、外で夫を立てたいと言ってくれるだけでいいです。これは人族の女性からしてみたら、きっと当たり前のことですよね。僕も妻に求めることは多くないんですよ」
人族、という単語がまた出てきて、ヒルデは小さく瞬きをした。
自分が人族だからという理由だったとしても相手が喜んでくれるのであれば悪くはないが、ヒルデは今まで『人族の女性らしくない』と言われることが多かった。
少しばかり心配になったので、聞いてみた。
「ロアン殿は先ほどから人族の女性と言うが、私はあまり人族らしくないと言われるんだ。しかも女性らしいより男らしいと言われる」
「へ?」
先ほどまでニコニコして嬉しそうだったロアンが、一瞬動きを止めた。
「……何を言ってるんですか。ヒルデさんは素敵です。たとえばほら、獣人なんてああいう女性がたくさんいるんですから」
ロアンは店の窓を指差した。
外にいたのは獣人の恋人同士らしき男女で、何やら怒った女性が相手に平手打ちをしていた。
叩かれた犬属の男性は耳をぺたんと垂らして、ペコペコと謝っている。
「ほらね。獣人はみんな短慮で暴力的なんですよ」
「しかし、何かわけがあったのかもしれないぞ?」
「わけなんてありますかね?どうせ、獣化もできない雑魚だからとか、図体がデカいだけの木偶の坊だからとかですよ。いじめられるのなんて、いつだってそんな理不尽な理由で………………」
ロアンの大きな体がふるりと震えた。膝の上で手を何度も組み直しているようだ。
もしかしたら、思い返すと落ち着かないようなことが過去にあったのかもしれない。
「ロアン殿、大丈夫か?余計なことを言ってすまない。無理に話すことはないぞ」
「あ……すみません。そうですね、こんな話はやめましょう。別の話……お仕事の話とかしましょうか」
「そうだな、そうしよう」
せっかく、先ほどまでヒルデと楽しそうに話してくれていたのだ。ロアンには、やっぱり楽しんだままで帰ってもらいたい。
「ロアン殿は飴細工師だったな。店はこの辺りか?」
「はい。この街の飴屋で働いています。週末は遊楽園の屋台へ行くことが多いですが」
「なるほど、職場が二つあるんだな。どのような飴細工を作るんだ?」
「遊楽園では星や風船なんかが人気です。街の飴屋だと、薔薇や城みたいな祝いの日の飴細工を作ることも多いです」
「そんなものまで手掛けるとは。貴殿は手先が器用なんだな」
「へへ。そうですね、細かい作業が好きなんです」
ロアンの笑顔が戻ってきて、ヒルデはホッとした。
こうしてロアンとは、仕事の話や遊楽園の話、甘いものについての話などをした。
お見合いではよくある当たり障りのないものだったかもしれないが、なかなか楽しく話す事ができたのではないだろうか。
彼はヒルデの前回までのお見合い相手のように呆れて席を立ったり、チラチラ時計を見ることもなかった。
「もうそろそろ一時間だな。お見合いはここで終了にするか」
「そうですね、もう少しヒルデさんと話したかったですが」
「……ん?」
(『もう少し話したかった』…………?これは言葉通りの意味しかないよな?では、もう少し話したかったのならまた会えば良いのでは?)
ロアンが立ち上がったので、ヒルデは慌てて彼を引き留めた。
「ロアン殿、今日は楽しかった。ありがとう。もう少し話したかったとのことだが、よかったらまた会って貰えたら嬉しいぞ」
「へ……?」
ロアンはポカンとしていた。
(あ、もしかして『もう少し話したかった』には、私の知らない別の意味があったのだろうか?)
たとえば、『ご縁があったら』のようにわかりにくい意味が隠されているのかもしれない。
しかしロアンの表情を伺うと、彼は嬉しそうな笑顔になった。
「ヒルデさん!是非会いましょう!女性から言ってくれる方がいるなんて思いもしませんでした。僕もヒルデさんに会いたいです!」
「ええと、それは私と『交流期間』へ進んでくれると言うことか?」
「はい。当たり前じゃないですか!」
「そ、そうか……!!」
(…………お見合いが成功した?お見合いが成功した!!)
ロアン本人がそう言ったのだ。間違いない。
やはり本当に、お見合いが成功した。
お見合いで双方がまた会いたいと思えば、次の段階である『交流期間』へ進める。
正直『交流期間』へ進むことは、夢のまた夢だと思っていた。しかし今確かに、結婚へ一歩近づいた。
(やったぞレイヴン、ミレイユ、マーカス……!)
すでに結婚をした後かのような達成感だった。
結婚というものは、できるかもしれないと思っただけでこんなにも嬉しいものなのか。よし、結婚相手は絶対に幸せにするぞ。絶対に苦労はさせないぞ。
ロアンは「途中まで送らせてください」とヒルデの横に立った。
ヒルデの飛竜を預けている境界門までの道中、ロアンはなぜか、歩きにくいと思うほどに寄ってくる。
しかしロアンはニコニコと微笑んでいるので、これが彼にとっては普通なのだろう。
(それにしても、お見合いの次の『交流期間』なんて初めてだが、何をすればいいのだろうな?!)
まだ結婚相談所に報告をしていないし、正式に次の段階へ進めた訳ではない。今は言質をとっただけの段階だが、ヒルデはワクワクが隠せないまま歩いていた。
………………しかし。
角を曲がったところで、何やら不穏な音がした。
耳を澄ます。ヒルデはあまり耳が良くないが、すぐに理解した。
少し行ったところで、言い争いをしている気配。そして小さな子供が泣いている声がする。
人がまばらに行き交う、中通りの水路の脇。
ヒルデがその場所に足を踏み入れると、数人の屈強な獣人に囲まれて蹲る小柄な人影が見えた。
小柄な人影はうさぎの獣人の母親と、泣いている小さな男の子のようだ。
「おばさんさぁ、アンタの子供が俺の腕引っ掻いたのは、どう落とし前つけてくれるつもり?」
震える親子に迫る屈強な獣人の一人は、虎の獣人だった。
彼はバキバキと指を鳴らして、親子を見下ろした。虎獣人の太い腕には、男の子の小さな抵抗の跡が見える。
ぐっしょりと濡れて見窄らしい服を着た母親は足に怪我をしているようだった。そして彼女に庇われている男の子は恐怖で泣いていたが、それでも必死に叫んでいる。
「お、おじさんがママにぶつかって、ママが水路に落ちて怪我しちゃったのに、あ、謝らないのがいけないんだ!」
「こら、お願いだから黙っ……ああっ!」
しかし母親が男の子の口を塞ぐ前に、虎獣人の腕が唸って母親と男の子をまとめて引っ叩いた。
吹き飛んだ母親は自分が悲鳴を上げる前にすぐに飛び起き、顔を青くして必死に男の子に駆け寄った。
「大丈夫!?痛かったね、ごめんね、ごめんね」
母親に頭を抱きしめられた男の子は大きな声で泣きながら、ブンブンと首を振る。
「違う、違うよ……なんでママが謝らなきゃいけないの?」
母親は男の子の口を押さえ、虎獣人に向かって頭を下げた。水滴がぼたぼたと下に滴り落ちる。
「…………すみません、ごめんなさい。子供のしたことなので、もう許して貰えないでしょうか……」
母親の震える声。唇を切っているのか、口から血が滲んでいた。
しかし彼女の謝罪は虚しく木霊するだけで届かない。
虎獣人と、その取り巻きの獣人はペッと唾を吐いた。
「世の中にはごめんですまねぇことが、たくさんあんだよ。獣化も出来ない癖に自分より強ぇ奴に喧嘩売って、いざ買われたらごめんなさい許してくださいなんて、罷り通るわけねぇだろ」
「そうだよ。その子だって立派な獣人じゃん?相手に牙見せるってのがどういうことか、しっかり躾てあげないと」
「そもそも、弱い奴に噛まれるのが一番ムカつくよね。それで子供だから許してあげてなんて、俺は子供の頃に一度も言ってもらったことねぇし?」
嘲笑う声が聞こえていても、泣いている子供がいても、助けに入る者は当たり前のようにいなかった。
諍いに気づいても、すぐに他のことに気を取られて去っていく。もしくは遠巻きに眺めてヒソヒソ話をしているだけ。
『怪我してるから逃げられないのかね?ちょっと誰か助けてやりなよ』
『今日は喧嘩する気分じゃないし〜』
『行くか?助けてやる?でもあの虎には勝てる気しねぇよ』
『見るなら昨日の熊獣人の殴り合いみたいな、すごいやつが見たいよなあ』
「ヒルデさん、よかったら帰る前にブラウンベリーのクッキーを売っているお店の前を通っていきましょうか」
飛び出そうとした時、ヒルデは後ろからロアンに腕を掴まれた。
「ほらほら、早く行きましょう。お店はもう少し行った先にあるんです。とっても可愛いお店ですよ。ヒルデさんも絶対に気に入ります」
動かないヒルデを急かすようにロアンが微笑んだ時、虎獣人の男がうさぎ獣人の母親に向かって手を挙げた。
「……彼らが心配ですか?ヒルデさんは優しいですね。でも衛兵を呼んだりしなくても大丈夫です。あんな諍いは勝手にやらせておきましょう。それよりも貴女のような女性には、野蛮な奴らを見せたくもないです」
母親が、男の子を全身で庇ったのが見えた。
「ロアン殿」
「なんですか、ヒルデさん?」
「折角お菓子屋に寄ろうと提案してくれたのにすまない。先に帰っていても良いからな」
「え?」
ヒルデは腕を捻ってロアンの手を解くと、走り出した。
見て見ぬ振りをする者たちを滑るように追い越し、一直線に飛び込んでいく。




