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それから一ヶ月後。
ヒルデはミレイユと共に、たまたま休日だったレイヴンの家を訪れていた。
「ヒルデ〜!一ヶ月でも見違えるほど綺麗になったわね!やっぱり肌と髪は女の命ね〜!」
ミレイユがはしゃぐのも分かる。美容に疎いヒルデでも『街で見かけた上品な令嬢に近づいてきたかも!すごい!!』と思うくらい変わってきた。
「なんだか、もちもちするんだ」
「うふふ〜そうよね〜、私にも触らせて〜!」
「いいぞ。思う存分触ってくれ!」
「ふふふ〜いいわね〜!やっぱり癒されるわ〜」
ミレイユは満足そうにヒルデの頬を触りながら、レイヴンを振り返った。
「レイヴンもヒルデのほっぺ触る〜?」
「はあ?誰が触るか!」
「そんなつれない事を言わず、レイヴンもぜひ触って私の努力の成果を確かめてくれ」
「だから絶対嫌だって言ってるだろ!」
レイヴンは思いっきりヒルデとミレイユを睨み、しばらく二人には近づこうとしなかった。
(まったく、レイヴンのやつは厳しいんだから)
努力が実るのはとても楽しいし、それを周りが褒めてくれたり喜んでくれるのも嬉しい。
それは最初から婚活を手伝ってくれるレイヴンに対して一番思っているのだから、ぜひ一緒に喜んでもらいたかったのに。
(まあ、レイヴンがもっと喜ぶように、もっと大きな成果を出さなくてはいけないという事だよな)
そんな事を思いつつ、ヒルデは座り直して切り出した。
「そういえば、もう一つ二人に報告があるんだ」
ヒルデはポンと一つの釣書をテーブルに置いた。
「次のお見合い相手が決まったぞ!」
「まあ〜!やったわね〜!!どんな方なの〜?」
ミレイユが両手をパンと合わせて、楽しそうに言った。
「獣人の方だ。私はお見合いで獣人の方と会うのは初めてで楽しみなんだ」
獣人は獣の特徴を持つ、身体能力に優れた種族である。しかしその属性は多種多様で、兎獣人や熊獣人、狼獣人、狐獣人など、同じ獣人ではあるがみんなそれぞれ違った性質を持っている。
レイヴンが息を吐きながら小さく腕を組んだ。
「獣人か……。ちょうど、獣人の結婚についての本買ったな」
「そうなのか?」
「ああ。ヒルデに希望の種族がないなら、他種族の結婚についても調べといた方がいいと思って。いくつか見せたい本もある」
どさどさどさ。
重たい音と共に、テーブルの上に大量の本が置かれた。
ミレイユは少し驚いていたが、それには構わず、レイヴンは『全種族版 婚活の統計』という本を取って目次を探し、パラパラと頁を開いた。
統計のグラフと、細かな説明文章がびっちりと書かれたページだ。
「獣人相手だとヒルデに朗報があるんだよな…………あ、これこれ。成婚した女性の年齢見ると、24歳くらいまで大丈夫そうだから、獣人からしたらヒルデの22歳でも行き遅れじゃないってことだ」
「本当か?それは素晴らしいな!」
人族女性は、人族男性が相手だと二十歳を過ぎた瞬間に途端に結婚が難しくなるが、他種族であればまだ希望があるらしい。
「あと、獣人はお見合いしてから結婚までの期間が他種族に比べてかなり短い。一目惚れして結婚する奴が多いんだって」
「ふむふむ」
「それから、発情期の事故はあるらしいけど、ほとんど浮気しないらしい。獣人は惚れやすい割に愛情深い奴が多いみたいだし、俺は結婚するなら結構いい種族だと思う」
「なるほど」
読んで説明してくれているレイヴンが次の本を手に取ったので、ヒルデは釣られるように彼の手元を覗き込んだ。
『大陸 文化辞典』。
獣人の文化について様々書かれた頁には、伝統料理から地域特性、番の文化まで色々と書かれていた。
「獣人の番というのは私も聞いたことがあるぞ。婚活が楽そうで羨ましいな」
「いや、今は番に出会える奴なんて殆どいないらしいぞ」
獣人と鳥人だけが持つその文化、『番』とは、自分と相性が最もよい運命の相手というものを、その鋭い嗅覚で見分けることができるというものだ。
「なあレイヴン。番に出会える可能性は殆どないと言うが、結婚した後に番を見つけたらどうなるんだ?」
「それは即離婚して番と再婚だろ」
「容赦がないな」
「それくらい番っていうのは絶対的なものなんだろ。でもいくら番が見つかったからって気軽に離婚ばっかりしてたら大変だから、獣人は結婚が決まったら、番を見分けるためだけの嗅覚を焼き切るって聞いた」
レイヴンの話に大変そうだなと相槌を打っていると、ミレイユも本を覗き込んできた。
「獣人といえば、獣化も特徴的よね〜」
獣人は抜群の身体能力を備え、五感が鋭い。その上、大部分の者が獣化という特殊な形態変化が出来るので、戦闘能力にも秀でている。
こうして三人で本を覗き込みながら、一通り獣人の文化についてあれやこれやと言いあった。
窓から日差しが入ってきて眩しくなったのでヒルデが目を細めると、レイヴンがカーテンを閉めてくれた。
カーテンに触れて倒れかかった窓辺の本を器用に押さえながら、レイヴンはヒルデに振り返った。
「で、お見合いの日時は?」
「週末だ」
「場所は?」
「シャーウッド諸侯同盟まで行ってくる」
「向こうまで出向くんだな。まあヒルデなら問題ないだろうけど、獣人の獣化には気をつけろよ」
「うむ」
レイヴンに力強く返事をすると、ミレイユもやってきて、ぎゅっとヒルデの手を握って鼓舞してくれた。
「ヒルデはお化粧の特訓も頑張ってるけど、今回は支度屋さんに頼んでね〜!」
「化粧と髪結いはすでに支度屋を予約したぞ。服はあの勝負服を着て、髪飾りもつける予定だ」
「うんうん、前日はお肌もスペシャルケアをしてね〜。私特製の美容液と濃縮香油、あとで送ってあげるからそれを使うのよ〜!」
応援してくれる二人に心からの感謝をしつつ、ヒルデは頭を下げた。
「じゃあ、頑張ってね〜!」
「頑張れよ」
…
人族の住む王国エルグランからもほど近い、飛竜で一時間ほど。
獣人の国・シャーウッド諸侯同盟は、様々な種類の獣人と鳥人の領主がそれぞれの独立性を保ちながら集まっており、環境も気候も地域ごとに多種多様だ。
ヒルデは獣人と鳥人が多く住むシャーウッド諸侯同盟の中でも、一番大きな領地の中にある都市に到着した。
他の街や集落とは違って、暮らしている獣人と鳥人の属性にあまり偏りはないらしい。
賑やかに光を反射する看板を一つ一つ確認して進み、方向音痴のヒルデはようやく辿り着いた。
「ここだな」
獣人の国の結婚相談所の隣にあるその建物は、今日のお見合いのためにヒルデが化粧と髪結いをお願いした支度屋だ。
「予約時間より少し早いが、いくか」
店内に入ったヒルデは、少し待ってから席に案内された。
綺麗でおしゃれな店内。
デートにいく前なのか、それともヒルデのようにお見合いに臨む者が多いのか、たくさんの獣人鳥人が鏡の前に座っている。
女性だけでなくちらほら男性もいて、ヒルデの隣にいた孔雀っぽい鳥人男性は顔に化粧までしているようだった。
ヒルデはしなやかな獣人のお姉さんに化粧をしてもらい、あちこちに指示を飛ばしてバタバタしている、店長と思わしき獣人の女性に髪も結ってもらった。
店内は大変混雑していて、店員も客もみんな終始忙しなくしていたが、接客自体は丁寧だった。
「はい出来た。肌も綺麗だし自然な化粧にしといたよ。髪もサラサラでいい感じ。可愛いよ」
「ああ、ありがとう」
ポンと肩を叩かれて、ヒルデは目の前の大きな鏡を見た。
(良い感じ……に見える)
柔らかい眉毛、自然な目元。
髪は緩やかに編み込まれ、髪飾りは後ろに留められている。
自分ではあるが、自分とは全く違う。だけど、姿絵の自分には近づいてきている。
以前は化粧の良し悪しすら分からなかったが、今はなんとなくわかる。肌や髪もいい仕事をしてくれている。
これはレイヴンが親身になって考えてくれ、ミレイユが根気強く教えてくれた結果だ。
仲間に支えられ、一つずつ変わってきている事が誇らしく、嬉しい。
ヒルデはぎゅっと握り込んでいた拳を開いた。
剣ダコは変わらずそこにある。
ヒルデは一度瞬きをして、姿勢を正した。手のひらを開いたまま立ち上がる。
正面の鏡に映る、煤けた赤髪の女性がそれでいいと頷いた。
こうして化粧と髪結いが予定よりも早く終わったので、ヒルデは店を出た。
まだ時間があるので、ヒルデは興味本位で隣の建物に入ってみた。獣人・鳥人に特化した結婚相談所だ。
大きな看板を掲げた扉をくぐると、大きな相性演算装置のある玄関ホール。ホールをすぎた所にあるカウンターのある部屋は更に広く、まるでレストランか酒場のように人で賑わっていた。
ヒルデの脇を、兎耳の小さな女性が嬉しそうにスキップしながら通り過ぎていく。彼女はきっと婚活がうまくいってるのだろう。
しかし、向こうのテーブルではふさふさ尻尾の女性が「だから、顔が全然カッコよくなかったの!」と叫んでいた。そしてその向こうでは熊耳の男性が「金金うるさい女性だったのでお断りで」と担当者と話している。
そしてふと視線を逸らすと、壁にかけられた『発情期の外出は禁止されています』というタペストリーが目に入った。『番を発見した場合、直ちに相談所の登録解除してください』と至る所に貼られた注意書きもあった。
獣人の国でしか見られないような文章だ。
(お国柄、種族柄というのは面白いな)
道草を食っていると、あっという間にお見合いの予定開始時間30分前になった。
ヒルデは結婚相談所を出て、待ち合わせの場所に向かった。方向音痴なので、早めに着けるように行動すると安心だ。
シャーウッド諸侯同盟の大通りはとても広くて、お祭りのような賑やかさだった。
大人しく内気な牛獣人のような者が大人数で食事をとっているかと思えば、がっちりとした体格の熊獣人が道の真ん中で罵り合いをしている場面もあった。
しかし野生的で横暴なだけでなく人懐っこい者も多い印象で、前から歩いてきただけの者に「今日はいい天気だね」と挨拶をする者もいれば、綺麗な女性に豪快な花束のおまけを渡している花屋もいた。
歩いているだけで元気になれそうな都市である。
街の雰囲気を楽しみながらヒルデは指定されたカフェに到着して、席に座った。
(よし。今回も気合を入れて頑張ろう)
「こんにちは。お見合いの方ですよね?すみません、遅くなって」
謝罪と同時に、ヒルデの視界にひょこっと巨体が現れた。




