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ミレイユに言われた通り、ヒルデは毎日朝昼晩、香油をつけて髪を櫛で梳き、顔を洗ってから化粧液を肌に染み込ませる。
ミレイユと毎日魔羽便で密に連絡をとりながら、規則正しく行なう。
日々淡々とこなしているとそれは日課になっていき、少しずつ積み上がっていくような感覚がある。鍛錬と比べればささやかなことだが、地道に何かを積み重ねていくのはヒルデの好きな行為だ。
一週間ほど経った頃、ミレイユからヒルデに、訪ねてくるよう連絡が入った。
途中経過を見たいとのことだ。
もちろん快諾して、ヒルデは約束の日にミレイユを訪ねた。
「いらっしゃいヒルデ〜!」
歓迎してくれたミレイユに手を引かれて、ヒルデは玄関から身内用の団欒室へ移動した。
「お茶を淹れるわね〜。お菓子は途中経過を見てからにしましょうか〜」
「お手数かけるな」
「うふふ、いいのよ〜!じゃあ早速見ていきましょう〜!」
ミレイユは鏡をテーブルに置いて、ヒルデの肌と髪の調子を観察し始めた。
「一週間にしてはなかなか変化があったわね〜!ヒルデは元々生命力が強いから、お肌の反応も早いのかしらね〜」
ペタペタ頬に触ったり、サラサラと髪に触れたり。ミレイユは色々と助言をくれた。
「髪も前よりまとまりが良くなったわね〜。でも毛先はまだ少し傷んでるから、香油を丁寧に馴染ませてね」
「復興活動の時は日焼けをしないように、この溶液を肌に塗っておくといいわよ〜」
「肌に良い食材も教えておくわね〜。モモイモでしょ、プルナッツでしょ〜……」
「ヒルデは早寝早起きだから、それはしっかり続けるのよ〜」
ヒルデが一生懸命頷いていると、ミレイユが化粧品がたくさん入った箱をテーブルに置いた。
「少しずつお化粧についても学んでいきましょう〜」
「ぜひ!よろしく頼む!」
ミレイユに手取り足取り教えてもらいつつ、たまに「白粉を叩きすぎだわ〜ゴホゴホ」とか「眉毛が毛虫のようだわ〜」とか注意をされつつ、ヒルデは一生懸命鏡に向き合っていた。
「……最後は口紅か。あ、顎にもついてしまった」
ヒルデがはみ出した口紅をぐいっと手の甲で拭ってミレイユに注意された時、背後の扉がかちゃりと開いた。
「あらマーカス」
ミレイユが顔を上げる。
ヒルデが振り向くと、開いた扉の先には久しぶりの見知った顔があった。しかしミレイユに微笑んだ彼は、ヒルデを見て固まった。
「……誰?」
「私だ、ヒルデ・ロシュフォール」
「あ、化粧がすごすぎて分からなかったよ。しばらくぶりだね、ヒルデ」
練習で何度も化粧を失敗したヒルデの無惨な顔を見て笑った男性は、マーカス・ランベール。
現在の職業は騎士団守備隊第二小隊の副隊長。元勇者パーティの仲間で、ヒルデとは王都特別士官学校で知り合った。
有力な貴族であるランベール侯爵家の三男で、心から愛した女性と結婚した、大陸一幸せな男性の一人である。
マーカスはヒルデに挨拶をしてから、手に持っていた花束をミレイユに渡した。
「マーカス、これはどうしたの〜?」
「今日の朝、特別早く起きて見送りしてくれたのが嬉しかったから」
「あら〜。そんなの当たり前なのに〜」
騎士団に急遽呼び出されたらしいマーカスは、早朝からの仕事を終えて帰ってきたところらしい。
ミレイユが花を花瓶に飾っている間、マーカスはヒルデの向いのソファに腰掛けて自分のカップにお茶を注いだ。
「そういえばヒルデ。ミレイユから聞いたんだけど、婚活を始めたんだって?これは標灯の女神様でも予想できなかっただろうな」
「確かに意外かもしれないな。でも私は、マーカスとミレイユの結婚式を見て結婚したいと思ったんだぞ」
「それは光栄だね。……でもあのヒルデが……野戦訓練で男性と一緒の天幕に平然とぶち込まれたり、どんな美形が来ても見惚れず戦闘力を測ってたヒルデがね……」
「それと婚活は関係ないだろう」
「まあそうだけど。……士官学校の同級生たちも、これ聞いたらびっくりするだろうな。冬の同窓会が楽しみだね」
マーカスは懐かしそうに目を細める。
「じゃあ、仕事は?」
「まだ少し勇者の褒章でもらえた蓄えがあるからな。今行っている村はまだ用水路の整備が必要だし、他にも人手が必要な村がたくさんある。だからもう少し復興の手伝いをするつもりでいるんだ」
「そっか。まあ生活とのバランスを見ながら頑張ってね」
微笑んだマーカスは、上品な仕草で足を組み直す。
そしてお茶を一口飲んでから、ふっとヒルデを見た。
「あと、ちょっと思ったんだけど、結婚したいっていうならレイヴンは駄目なの?」
「ん?レイヴン?」
驚いたのはヒルデではなく、花瓶を持っていたミレイユだった。
ミレイユは慌ててマーカスの口を抑えようとしたが、マーカスは優しくミレイユを抱きしめただけで話を止めようとはしなかった。
「だから、ヒルデの結婚相手にレイヴンだと駄目なの?ヒルデもレイヴンなら文句はないでしょ」
「それは……もちろん文句などないが、いくらなんでも女として見られていない私を、幼馴染というだけでレイヴンに押し付けるのは酷というものだ。それにそもそも、レイヴンは結婚に興味がないと言っていたぞ」
結婚は一人で完結するものではない。
ヒルデは相手を全力で幸せにするつもりではあるが、結婚するのを望まない者でも頑張れば幸せにできるとは思ってない。
「じゃあ、ヒルデがレイヴンに女性として見られてないから違うって言うなら、見られるようにしたらどうだろう?多分、結婚相談所で婚活するよりはるかに楽だと思うよ」
「楽?なんでだ?」
「それは……痛」
マーカスは、抱きしめていたミレイユに手の甲をつねられていた。
「マーカス、ちょっと耳を貸してくれるかしら〜」
少し屈んだマーカスに、ミレイユが何かを耳打ちした。
「それは、レイヴン本人に聞いたわけじゃないでしょ〜」
「それはそうだけど。あいつは本当に自分の事言わないし、聞いても絶対教えてくれないし」
「じゃあ益々、私たちが勝手に言うことじゃないわ〜」
「そうだけど、ミレイユだってずっと見てたんだから、思うところはあるだろう」
「でも、やっぱり駄目よ。レイヴンは恥ずかしいとかタイミングを無くしたとか、そういうのじゃないと思うのよ〜」
「じゃあ何なのかな?」
「それは分からないけど…………今は様子を見る方がいいと思うの〜。だから、ヒルデには何も言わないで〜」
「……分かったよ」
マーカスとミレイユは、ヒルデに聞こえないようにしばし問答をしていたが、どうやらマーカスがミレイユの要望を聞くことにしたようだ。
やっぱりどんな男性も、惚れた女性には弱いらしい。




