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『姿絵と違う』『姿絵の方が良かった』そう言われないようにするために、化粧を勉強したい。
ではどうするか。
本を読むか。
人間観察でもするか。
とりあえず化粧品を買うところから始めてみようか。
空を見上げても、そこは青いばかりで答えは書いてなかった。
しかし、ヒルデは閃いた。
(……そうだ。彼女に聞こう)
思いついたら即行動のヒルデは目的地へ向かう途中、レイヴンに遭遇した。
「お、ヒルデ。何走って……」
「レイヴン、ミレイユだ!!」
「はあ?いきなりどうした」
レイヴンの脇を走り抜いてから戻ってきたヒルデが訳を話すと、レイヴンは「いいんじゃないか」と言った。
「自分の強みを分かって見せ方を工夫するのとか、時と場合に合わせた化粧をするのとか、そういうのミレイユは上手かったもんな」
ミレイユ・ランベール。彼女はヒルデの勇者パーティの仲間だった。彼女は同じくヒルデの勇者パーティのメンバーだったマーカスと結婚して、順風満帆な新婚生活を送っている。
彼女はおかし作りと恋の話をすることが好きで、可愛らしいので男性にもよく告白されていた。
「忙しそうだったから婚活のことさえ伝えてなかったが、早速ミレイユに助けてもらえないか聞きに行くところだったんだ。レイヴンも来るか?」
「事前に連絡してる?」
「してない。思い立ったが吉日というし」
「いきなり行ったら流石に迷惑じゃないか?新婚だし」
「では迷惑だと言われたら出直そう」
「……気心知れた仲だし、それでいいか」
ミレイユたちの新居は王都の石畳街にある。
ヒルデたちのいる王都の中心部からは、歩いて二十分ほどの距離だ。
ヒルデとレイヴンは掃き清められた路地を進み、愛らしい小窓とバルコニーのある家の前まで来た。
ミレイユたちの家がここで間違いないことを確かめると、ヒルデたちは石階段をゆっくり上がって木の扉を三度叩いた。
「あらヒルデ、レイヴン〜!いらっしゃい」
出迎えてくれたミレイユは、「ちょうど結婚式の絵を描いてくれてる画家さんが帰ったところだったの〜」と言って、ヒルデとレイヴンを喜んで家に招き入れてくれた。
外観はこじんまりとしているように見えたが、家の中に入ってみると意外と広い。
「そういえばマーカスは?姿が見えないが」
「騎士団の遠征に行っていてあと一週間はいないの〜。マーカスもヒルデとレイヴンが来たって聞いたら、会いたかったって悔しがると思うわ〜」
「ミレイユたちはまだ新婚なのにな」
「マーカスは副隊長だし、私たちは新婚旅行で一ヶ月お休みを融通してもらったんだから仕方ないわよね〜」
廊下を歩き、ミレイユは二人を身内用の団欒室へと案内してくれた。
「はい、どうぞ〜。お茶の準備をするわね〜。ヒルデは渋茶だったわよね。レイヴンは珈琲だったかしら〜」
「ああ。ありがとう」
礼を言いながら団欒室に入ると、真っ白なものがヒルデの目に飛び込んできた。
「……これは」
思わず呟く。
大きな女神の画の横に飾ってあったのは、ミレイユが結婚式で着ていたウェディングドレスだった。
「せっかく綺麗に作ってもらった思い出のウェディングドレスだから、しばらく見えるところに飾っておきたいな〜と思っちゃったの〜」
お茶の準備をしながら微笑んだミレイユの顔は、あの日結婚式で見せた幸せそうな微笑みと同じだった。
「素敵だな。これは私が婚活を始めようと思ったきっかけになった式で着られたドレスだ」
「うふふ〜。そんなこと言ってくれるなんて嬉しいわ〜…………え?」
勇者だったヒルデの仲間だった彼ら。ヒルデとも歳が近く、様々な困難を共に乗り越えてきた友人。
ずっとヒルデと同じような境遇にいるのだろうと漠然と思っていた二人が、新しい人生の章を始めた。
恋人同士、ひいては結婚などという選択肢が実在していることを、ヒルデはあの時初めて実感した。
ヒルデは少し懐かしさを感じて目を細めていた。
しかし一方のミレイユは何故か、豆をぶつけられた鳩のように驚いた顔でヒルデを二度見していた。
「ミレイユ、どうした?」
「……婚活?って言ったかしら〜?」
「ああ。言ったぞ」
「ええっと、誰がしているの〜?」
「私だぞ。ミレイユには最近会えていなかったから言ってなかったが」
「え?ヒルデが?んん〜?でも婚活って、結婚相手を探す活動よね?」
「そうだぞ」
「あれ〜?じゃあ、ヒルデが結婚したいように聞こえるんだけど……」
ミレイユは確認を取るような視線で、ヒルデの隣にいるレイヴンをちらりと見た。
「俺も最初聞いた時その反応だったな。でもヒルデは本気で結婚したいらしい。こいつは結婚相談所にも登録してる」
「そうなの?じゃあ本当なのね〜……」
レイヴンが頷いて、ようやくミレイユはヒルデが婚活を始めたことを信じてくれたようだった。
しかし納得してくれた筈なのに、ミレイユはまだチラチラとレイヴンに視線を送っている。
「……ええっと、それじゃあレイヴン……」
「何」
ミレイユはレイヴンに寄っていき、小さめの声で彼に話しかけた。
「ヒルデが結婚したいなんて言い出したのに、思ったより冷静ね〜……?」
「俺もかなり驚いたけど、聞いたのは今じゃないし」
「それをヒルデに聞いてから、レイヴンは何してるの〜?」
「婚活手伝ってる」
「手伝っ……?!そうなの?手伝ってるの?」
「そうだよ」
「ええっと、レイヴンはそれでいいの……?」
「なんの質問だよ」
「…………」
いくら問いかけても表情ひとつ変えないレイヴンに、ミレイユはぴたりと口を閉じた。
穴があいてしまいそうなほど、レイヴンを見る。
「俺は応援してるから」
レイヴンとミレイユのぶつかった視線が意味するところは分からなかったが、諦めたのはミレイユの方らしかった。
「分かったわ」
くるりと回って、ヒルデに向き直る。
ガシッとヒルデの手を取ったミレイユは、先ほどの訝しげな表情とは打って変わって、満面の笑みを浮かべた。
「じゃあヒルデ。『恋愛より鍛錬!武器!ご飯!』だったあなたと、私はようやく一緒に恋の話ができるのね〜!!たくさん好きな人のお話、しちゃいましょうね〜!!」
「好きな人というか、婚活の話ができるぞ」
「それもとっっっっても素敵よ〜!!」
ミレイユはヒルデたちの為に次々とお茶とお菓子をテーブルに置きながら、弾丸のように喋り出した。
「色々聞かせて〜!ヒルデはどんな人と結婚したいの?どんな人に会ったの?何人くらいに会ったの?良い人はいた?気が合いそうな人はいた?面白い人はいた?優しい人はいた〜!?」
そういえば、勇者の冒険が始まった頃、ミレイユは恋愛の話をしようと何度もヒルデに話しかけてきた。
ミレイユにとって、パーティの唯一の同性であったヒルデ。
『女の子同士、夜二人で焚き火を囲みながら、冒険中の恋の話をして思い出を作りたいわ〜』と言っていたミレイユだが、全く恋愛のレの字も知らなかったヒルデが彼女にしてあげられた事は、マシュマロを焼いてあげることくらいしかなかった。
しかし彼女は今、その失った時を取り戻さんとしているようだった。
「あなたの強さを受け止めてくれそうな人はいた?あなたが少しでも頼ってみたいと思える人はいた?あなたが勝てないと思う相手はいた?尊敬できる人はいた?一緒にいると気を抜ける人はいた〜!?」
「待て待て、ミレイユ。早口すぎて聞き取れないぞ」
「あら〜、ごめんね〜。それで、結婚相談所では何人くらいに会ったの〜?」
「34人だな。しかし、みんな断られてしまった」
ぼとり。
ミレイユが、ヒルデの皿に取り分けようとしていたお手製のお菓子を取り落とした。
「34人……お断り……?えっ、お断り?全員に?」
「全く面目ない話だが、その通りだ」
ヒルデが頷くと、ミレイユがふるふると震え出した。
「なんて、なんて、なんて……ヒルデ、大丈夫?」
「大丈夫だぞ。断られたがレイヴンに随分と助けてもらったしな」
「……」
「それにお見合いで何回断られようと、やっぱり私は結婚したい。頑張ると決めたんだ。これくらいなんてことない」
はははと笑ってみせると、ミレイユはヒルデをじっと見つめてきた。
「ねえ、私にも力になれることはないかしら〜?今は遠征で王都にいないけど、マーカスもきっと何かの役に立つわ〜」
「そのことなんだが!実は今日、ミレイユに力を貸してもらえないかと聞きにきたんだ」
詳細を話し、ぺこりと頭を下げる。するとミレイユは悩むことなくドンと胸を叩いた。
「もちろんよ〜〜!私に任せなさい〜!!!言えばマーカスも絶対に手伝ってくれると思うし、ヒルデの勇者パーティここに再結成〜!というところかしらね。前回は平和のためだったけれど、今度はヒルデの結婚のために〜!」
「なんだかまた冒険が始まりそうだな。とても頼もしい。ありがとう!」
「はい、じゃあ今いるみんなで円陣を組みましょう〜!勇者パーティが最初に結成された日みたいに〜!」
ミレイユが真ん中に手を差し出したので、ヒルデがそれに自分の手を重ねた。
「ほらレイヴンも頼む!」
静かに珈琲を飲んでいたレイヴンも、渋々と言った様子で手を重ねてくれた。
「よ〜し、じゃあ私は〜、まずヒルデのお肌と髪の改善するわ〜!良いお化粧は、良質な土台の上にしかできないんだから〜!」
「そうか、まずは基礎からということだな!……では私は、何があっても諦めず、綺麗な肌と髪のために常に全力を尽くすことを誓うぞ〜!」
「……俺は、引き続き結婚相談所とかお見合いについて調べとく」
一人だけ明らかに声の大きさが違う人物がいたが、レイヴンはいつもこんな感じだ。
ミレイユが「えいえいお〜!」と手を上に上げ、三人は気合いを入れた。
壁にかけられた大きな時計がポーンポーンと鐘をついた。
時刻を告げただけでなく、ヒルデに新たな仲間が加わったことも喜んでくれているようだった。
ミレイユの家で盛り上がり、夕方まで居座ってしまったヒルデたちはそろそろ帰ることにした。
歩きながらヒルデがふと空を仰ぐと、夕陽に染まった視界の遠くで時計台が見えた。ちょうど鐘が鳴っている。
ぐうううう。
途端に、ヒルデのお腹が鳴った。レイヴンは呆れた顔でヒルデを見ている。
「俺が相手だから良いとはいえ、色気無さすぎだろ」
「ええと……色気は明日からだ」
「なんだその甘えた発想は」
「…………。ところでレイヴン、良ければ夕食も一緒に食べないか?」
「都合悪い時に露骨に話題変えるな。まあ夕食食べるのは良いけど、今の時間は通りが混んでそうで面倒くさいな」
「たまにはいいだろう。レイヴン、通りでは迷子になるなよ」
「なるわけないだろ。ヒルデはどこにいても見つけやすいんだよ」
「しかし身長はレイヴンの方が高いが」
「僅差だろ」
二人で何を食べるか考えながら、夕食の買い物客や呼び込みで賑わう通りへ入っていった。




