ダイアログーその7
羽音が衝突音に変わった瞬間、風圧で吹き飛ばされそうになる。
目の前の視界が遮られた。
ヤバい、マジでヤバい――――!
視界を遮っているモノの輪郭だけが、徐々に周囲の景色から浮かびあがってきた。
黒いぞ――
いや、黒というより、濡れたような茶褐色。
そのモノがよりハッキリと見えてきた。
二本の太いモノが、左右から何かを挟むように突き出している。
その太いモノから生えている無数の毛が、小刻みに震えている。
一本一本を目で追えないほど速い。
何だ、これ……
先端は内側に曲がっている。
表面は硬そうで、つるりとしているようにも、細かな傷だらけのようにも見える。
これが、僕がこの世で最後にみる光景なのか......?
その二本が動いた。
まるで僕に狙いを定めたように、ゆっくりと左右に開いていく。
いや、確実に僕に狙いを定めているんだ。
ギ……
音がしたような気がした。
開いた。
止まった。
そして――
閉じた。
二本の先端が、僕の目の前で交差するように噛み合った。
これ......口だ――
カチッ。
また開く。
カチッ。
閉じる。
食う気だ。
僕は食われるんだ。
だけど、コイツはナニモノなんだ。
正体も知らないヤツにこのまま食われるのか......
しかし、この口は何でこんなに恐ろしい形状をしているんだろう。
もっと穏やかな口の形状だったら獲物も警戒しないから、より簡単に捕食できるんじゃないのか?
サメ、トラ、ライオン、毒蛇......どのキバも恐ろしい形状をしている。
どれも見ているだけでこっちが震えあがるようだ。
きっと、遠い先祖がDNAで僕らに伝えたんだ。
こいつらヤバいぞ、って。
でも今、僕の体は震えあがって動かない。
これじゃ、逆効果じゃないのか?
なんてこった。
オレ様は人間の脳にはバグがあると言ったが、大脳だけじゃない。
きっとDNAにもバグがあるんだ。
そのせいで情報が間違って伝承されてきたに違いない。
ちきしょうっ!
体が......体が動かない。
左右から何かを挟むように突き出した二本の太いモノが、繊毛を揺らしながら僕をロックオンした。
死にたくない!
こんなのいやだ!
絶対にイヤだ―――――!!!!
その時、強烈な衝撃音が鳴り響くと、僕の体が宙に浮いた―――
そして、目の前の景色が回転しだした。
意識が......遠のいていく......
「あなた、大丈夫?」
誰かが僕の肩を揺さぶっている。
僕は目を開けた。
すぐ目の前に、くすんだピンクの石畳が見えた。
その上に薄黒い影が落ちている。
僕の......影だ。
僕はしゃがみ込んでいた。
声の方を見上げた。
幼稚園児とその母親らしき女性が僕を見下ろしている。
僕はゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫です、すみません。ちょっと、クラっとしただけです。もう、大丈夫」
そう言って僕が頭を下げると、その幼稚園児とその母親らしき女性は大通りの方へ歩いて行った。
僕はあたりを見回す。
幼稚園のフェンスの内側に一本の木が立っている。
その木の上を何かが動いている。
テントウムシ......
一匹のテントウムシが、枝に群がっているアブラムシを食っている。
ナナホシテントウだ―――
コイツか、コイツがオレを食おうとしたのか......
一見愛らしい姿をしやがって、オレを食い物にしようなんて......
まるで......まるであの女と一緒じゃねぇかよ!




