ダイアログーその4
「オマエ、さっきあの木を“ここからだとほぼ一本の直線に見える”と言ったな」
「ああ...うん、言ったけど?」
「では、あの木に近づいてみろ」
「なんで…」
「いいから行くんだ」
随分と偉そうに……
セミに命令されてる人間って、世界中、いや人類史上、僕一人だけだろうな。
僕は歩いてきた道を10メートルほど戻り、木の前に立った。
「オレ様、今、僕の目の前30センチくらいのところに木があるよ」
「何に見える?」
「何にって......木だよ、木に見える、だってこれ……木だよ」
「まったく……オマエさんのバカさ加減にはつくづく……その木がまだ"一本の直線に見えるのか?"、という意味だ」
「あ、いや……近くで見ると、直線には見えないかな」
「では、何が違う?」
「太さがある。幅がある、つまり……"面"が見える」
「10メートル先から見たら"一本の直線"だった木が、30センチ間近から見ると"面"が見える。つまり見え方に"変化"が起きたということだな?」
「そんなのあたりまえだよ…だってモノをより近くで見れば、より大きく見えるのだから」
「そう、あたりまえだ。では次は、オマエの想像力を試そうじゃないか」
僕は少し後悔し始めていた。
たぶん……オレ様は、僕をからかっているんだ。
死ぬ前に人間をバカにして死にたいんだ。
これは、オレ様の仲間たちが人間に殺されたことへの復讐なんだ。
「フン、また、そのバカでかい大脳で、しょーもない下らんことを考えているようだな。"教えてくれ"と言ったのはオマエのほうだぞ」
僕はかなり後悔し始めていた。
こんな死にぞこないのセミに話しかけるんじゃなかった……でも、もう遅いか…
「いいか、今からオマエは体長1mmのアブラムシだ。この木の幹に止まっているアブラムシだ」
「アブラムシって......無理だよ、だって…」
「ったく、何をするにも言い訳が先に来るヤツだな」
「いいか、まずじっと木の幹を見て、その目によーく焼き付けろ。そして目を閉じて想像しろ」
「オマエはこの木の幹に止まっているアブラムシだ」
僕はじっと木の幹を見た。
ヒダが――見える。
樹皮のササクレが見える。
樹液の塊のようなモノが見える。
小さな白い粉の粒のようなモノが見える。
木の幹の周囲をクルクル回って登っていく――アリが見える。
僕はゆっくりと目を閉じた。
そして念じるように想像した。
僕は…この木の幹に止まる…体長1mmのアブラムシだ。
僕は無意識に深呼吸をする。
大きく息を吐きだしたその瞬間、
目の前に、見たこともない景色が広がった――




