4>> 真相?
コテンと小首を傾げて不思議そうな顔をしたリリアンに見つめられてヴィヴィアンはそっと視線を逸らした。
リリアンは続ける。
「わたくし、恥ずかしかったのですよ?
だって、破かれたという教科書。裏表紙に大きくわたくしの名前が書かれていたのですもの」
そのリリアンの言葉に会場内の全員がまたもや『え?』っと思った。
リリアンは続ける。
「捨てられたというハンカチにも、折られたペンにも、一目見てわたくしの持ち物だと分かる様に大きく名前が書いてあったのですもの……
わたくし、自分の持ち物に大きく名前を書いたのは幼少期にたくさんのお友達と行ったピクニックの時だけですわ」
ほうっと溜め息を吐いて頬に手を添えたリリアンがヴィヴィアンを見る。
ヴィヴィアンは目を逸らしてもじもじしていた。
そんな二人の態度と、リリアンから聞かされた言葉に皆が何が行われたのか大体察して思う。
──いい歳して自分の持ち物のそれも人に見えるところに大きく名前を書く令嬢とか思われるのはそれはそれで恥ずかしいな……──
「しかもお姉様、ペンを折る時に侍従に頼んでノコギリを使われましたでしょ? どこの世界に『わざわざペンを盗んでノコギリで切ってからあたかも素手で折ったかの様に捨てる』意地悪な人が居ますか? とても不自然で目撃者の方も困惑しておられましたわよ?」
「だ、だってペンって、とっても硬いんですもの……」
小さな声で言い訳するヴィヴィアンにもう噂されていたような悪役令嬢の姿は無かった。
「捨てられた教科書はお姉様が2年の時に使われていた物。ハンカチはお姉様がわざわざ手縫いされてわたくしの名前まで刺繍した物。ペンと靴はわたくしの持っていた物と同じ物をわざわざ買って。
わたくしの物だと言われても、わたくしは何一つ無くしてはいないんですもの。
何も無くしてはいないのですから『嫌がらせをされた』ことにはなりませんわ」
フフッとおかしそうに、リリアンが華の様に笑う。
そんな妹を焦った顔で見上げるヴィヴィアンの姿は、その場面だけを見ればそれは小説に出てきた悪役令嬢の断罪のシーンと良く似ていた。
しかし、小説の中では妹と寄り添っていた王子様が壇下で悪役令嬢にピッタリと寄り添っているので、ちゃんと話を聞いておらずに場面だけを見た人がいれば、今何が起きているのかさっぱり分からなくなりそうな感じになっていた。
「ヴィヴィー」
セオドアが優しく婚約者を愛称で呼ぶ。
呼ばれたヴィヴィアンは小さく肩を揺らして困った顔で横のセオドアを見た。
「ヴィヴィーがどれだけ望んでも、君を裁く理由は無い。
だから、
ここではっきりさせようか。
ヴィヴィアン。君が私を嫌いなら、今ここで婚約を解消しよう。
私は嫌われている君に無理やり王妃をさせようとは思わない。私がどれだけ君を愛していようとも、それを貴女が邪魔だと思っているのなら……それこそ私が貴女にしている“嫌がらせ”となってしまう。私はただ貴女を愛し、貴女の幸せを望んでいるんだ。
ヴィヴィアン。
私の愛する君よ……
私が嫌いならば、その愛しい唇で、ハッキリと私を拒絶してくれないか」
セオドアの言葉に、全ての人が震えた。
┼
ヴィヴィアンは真っ赤になっていた。元々赤い瞳はほんのりと潤んでいる。
そしてその唇をふるふると震えさせて泣き出しそうにその顔を歪めた。
「そ……そんな言い方はやっぱり意地悪ですわ……」
そう言ってヴィヴィアンは目を伏せる。そんなヴィヴィアンの肩に手を置いて、セオドアは更に二人の距離を縮めた。
突然始まった第一王子とその婚約者のラブシーンに会場内の人々は先程とは違った緊張感から口籠り体の動き止めた。
皆が生唾を飲み込みながらことの成り行きを見守る。
壇上のリリアンだけが一人、こうなることを知っていたかのように聖母の様な優しい瞳で二人を見ていた。
「意地悪か?
私はただ君の本心が知りたいだけの哀れな求婚者だよ」
セオドアはゆっくりと近付いてヴィヴィアンの髪に触れるほどに互いの顔を近付けた。
ヴィヴィアンはそれを拒めない……
ヴィヴィアンはセオドアの目を見れなくて伏せた視線を横に逸らして、ただその視界に入った物を見ていた。ドキドキと早くなる心臓は自分の意思では抑えられない。だって……
「わたくしは……」
「……ん?」
「わたくしがセオ様を嫌いなど……ありえませんわ……」
「では何故拒むんだい?」
「だって……だってわたくし……」
小さく唇を噛んだヴィヴィアンのその唇を親指で撫でたセオドアがヴィヴィアンと鼻と鼻が触れ合うほどに近付けてヴィヴィアンを見る。
「知っているよ。魔女になりたいんだろう?」
「っ、……えぇ、そうよ。
もうずっと前から……ずっと……」
「ならなればいい」
「え?」
「次期王妃が魔女。素敵じゃないか」
「え?」
そのセオドアの言葉にヴィヴィアンの目が大きく開かれる。
そんなヴィヴィアンの表情にセオドアは優しく笑う。
「誰が魔女は王妃になっちゃ駄目だと言った? この国にはそんな法律も無いよ? 外見で王妃を選ぶ文化だってこの国には無い。
王子が選んだ女性が王妃となるんだ。
私が選んだのはヴィヴィアン、貴女だ。
私は貴女しか要らない。
貴女が魔女になりたいのなら、なら、私の妻は魔女だ。それだけだ」
「で、でも……」
眉尻を下げたヴィヴィアンにセオドアは優しく目を合せて、そしてその視線を外してヴィヴィアンから少し離れて会場内を見渡した。
その口元に浮かぶ小さな笑みと、セオドアの藤紫色の瞳の奥に揺らめく光に、見た者の背中に悪寒が走った。
「私の選んだ女性が王妃となる。
それを否定する者がいるとするならば……それこそ、そいつが間違っているだけだと思わないかい?
なぁ、みんな?」
第一王子殿下からそう問われて反論できる者は居なかった。
しかし一人だけ、ふるふると震えて首を振る。
「あぁ、セオ様っ、でもわたくしっ、わたくしダメなのです!」
「ヴィヴィー?」
「わたくしっ、ダメなのですっ!
だってっ、だってわたくしのなりたい魔女様は、
なりたい魔女様は……っ、
人里離れた森の奥の小さな家の中で大釜を掻き回してフェッフェッフェッと笑う、黒いローブを着た魔女様なんですもの! とても王妃様にはなれませんわ!!」
両手を頬に当てて叫ぶ様にそう言ったヴィヴィアンに全員が思った。
──えぇえぇええ〜〜……──
と……
┼
「そんなこと!」
セオドアは明るく言う。
「魔女だって毎日大釜を掻き回している訳じゃないだろう? ヴィヴィーだって毎日大釜を掻き回していたらきっと飽きるよ。
だからね、時々大釜を掻き回したらいいよ。
実はヴィヴィーがそう言うと思って私の領地の森の中にヴィヴィーが読んでいた絵本の挿絵と同じ様な魔女の家を既に作ってあるんだ!」
「まぁ!?」
「私の領地は王都の隣だから、時々休みを取ってそこへ行こう。ヴィヴィーは魔女に、私は魔女を護る騎士に。二人だけの時間を楽しもうじゃないか。
王族にもそれくらいの休息は許されているよ」
ウィンクしてそう言ったセオドアにヴィヴィアンの目が煌めく。
「魔女に、魔女を護る騎士様……っ!」
「そしてそんな二人は、実はその国の国王と王妃という秘密があった……、どう? 素敵じゃない?」
「っ、……隠された真実の姿っ!!」
ヴィヴィアンの瞳がこれでもかと言わんばかりに輝いた。胸の前で合わせられた両手がヴィヴィアンの期待を表すかの様にギュッと握られる。
そんなヴィヴィアンに優しい笑みを向けたセオドアが恭しく片膝を突いてヴィヴィアンの前に跪く。そしてヴィヴィアンに右手を差し出した。
「私の最愛の魔女様……
貴女が私の愛を受け入れてくれるなら、是非この手を取り、私と共に居てくれませんか?
昼はこの国を、そして夜には闇の世界を、
共に護っていこうではありませんか……」
ヴィヴィアンは震え、そして嬉しそうに笑ってセオドアの手を取った。
「わたくしの騎士様……
闇と光は表裏一体……真実の姿を隠して生きるわたくしめを、それでも愛しくださると言うのなら……
わたくしも、幾重の仮面でこの身を隠して、貴方様の側でこの力を使いましょう……」
「あぁ、ヴィヴィアン!」
手と手を取り合った二人は熱い視線を交わし合いその愛を確かめ合う。
立ち上がったセオドアがヴィヴィアンを抱きしめると自然と周りからは拍手が沸き起こり、愛し合う二人を祝福した。
「皆、ありがとう!
私たちはこれから二人で手を取り合い、この国の為に尽くすと誓うよ。
じゃあ、私たちはこれからのことを話し合う為にこのまま二人で城に帰るが、皆は卒業パーティーを楽しんでくれ!!
個人的なことに時間を割いてくれたことに感謝する!!」
そう言って笑顔のセオドアはヴィヴィアンの肩をギュッと抱きしめたまま会場内に手を降って二人で寄り添い歩いて出て行った。
次期国王夫婦の熱烈な告白シーンを目撃することができた会場内の皆は感動して今が何の時間だったか一瞬忘れていたが、セオドアの言葉に今が卒業式だったのだと思い出しハッとした。
そんな会場内にリリアンの声が響く。
「お騒がせしてしまって、妹として、また次期国王の義妹として、皆様にお詫び申し上げます」
ゆっくり頭を下げたリリアンに皆が驚いてギョッとする。王族ではないので頭を下げることはタブーとされていないが、それでも高位貴族の令嬢が下位貴族のいるこの場で全員に向けて頭を下げることは異常だった。
頭を上げたリリアンがザワつく会場内を落ち着かせる様に優しい声で説明する。
「先に申しておきますが、
姉は別に魔女ではありません。
憧れが行き過ぎて『本気で魔女になりたがっている』だけですの。実のところ姉には魔女の素養もありません。今後『本物の魔女』になることもあり得ませんので、ご安心下さいませ」
リリアンの言葉に会場内は何とも言えない空気に包まれた。聞いたことを全て本当だと信じ込む純粋無垢な一部の者たちだけが「え?」と驚いていたが、それ以外の全ての者がなんだか少しだけヴィヴィアンのことを不憫に思った。
どれだけ憧れてその理想を叶えようと努力したところでそもそも種ががなければ育つものなんて存在しないのだ…………
┼
リリアンの鈴を転がす様な美しい声が響く。
「姉はあんなのですが本当に優秀で、姉の代わりになるような女性はこの国にも他国にもおりません。
本人は悪女を気取っておりますが、根は恐ろしく単純で思いやりの心があり、言葉のままに虫も殺せない人なのです。
小さい頃に絵本に出てきた魔女に本気で憧れてしまい、周りがどうにか軌道修正しようと頑張ったのですが全くと言っていいほど効果が無く。本人は『自分が一人になるだけだから』と考えてしまっていて何故か居なくなることに前向きで……下手なことをすると家出してしまうんじゃないかという危険性から姉の夢を強く否定することはできませんでした。
セオドア殿下の『じゃあヴィヴィアンの願いを叶えてあげればいいじゃないか』という一言からあれよあれよと時間は流れて、今回の断罪劇となったのです。
先程の断罪劇で姉の答えによってはセオドア殿下は自ら廃嫡を望み姉に着いて自分も国外へと出て行くと言っていたので、わたくしは内心気が気ではなかったのですが、上手くいって今は心から安堵しておりますわ」
静まり返った会場内にリリアンの声が響く。え? そんなことまで言っちゃっていいの?! と皆が思ったがリリアンは世間話をするかの様な表情で語る。
実の姉の事を『あんなの』『気取って』と言うところに彼女の本心がチラ見えしてしまった気がした者たちは、リリアン様にももしや裏のお顔が……? とも思ったが、今は誰もが口を噤んでいた。
壇上のリリアンがコテリと小首を傾げる。
彼女の光り輝く様なバターブロンドの髪がサラリと揺れて、それだけで皆の視線は釘付けになる。ヴィヴィアンのギャップに心をかき乱されていた者たちの心の中を華で満たすかの様にリリアンは困った様な照れ笑いを皆に向けた。
「問題の多い姉ですが、わたくしの大切な大切な姉ですの。
皆様には不安に思われることも多いでしょうけれど、姉は悪人ではありませんわ。噂に惑わされずに、これからの姉を見ていていただきたいのです。きっと彼女は良き王妃となりましょう」
そう言うとリリアンは美しいカーテシーをして締めくった。会場内には止まっていた音楽が鳴り始め、元々手配されていた使用人たちが何事もなかったかのように仕事を始めた。
まだ何が起こったのかいまいち受け止めきれていない卒業生やその親族たちが呆然としていたが、明るい音楽や使用人たちがテキパキと動く姿を見て、あぁそういえば今卒業式だったなと思い出したのだった。
そして何事もなかったかのように卒業パーティーが始まり、王子やその婚約者がその場に居ないことが当たり前だったかのように二人の話題に触れることはなく卒業パーティーは華やかに和やかなままお開きとなった。
参加者たちの帰り際、王家と侯爵家連名の手土産が全員に配られた。それを受け取った半数以上が一体あの茶番はいつから計画されていたのだろうかとちょっと怖くなったのだった。
──┼──
あの卒業式の日から半年後、異例の早さでセオドア王子とヴィヴィアンの結婚式は執り行われた。国中を挙げてのお祭り騒ぎとなり、二人は皆から祝福された。
結婚式の場でのヴィヴィアンはそれまでのイメージを払拭するかのように清廉で輝かしいばかりの美しさを放っていた。
白いウェディングドレスと漆黒の髪のコントラストは皆の視線を集め、相手の心を見透かすようだと思われていた深緋色の瞳は今は優しさを含んで国民を見つめている。化粧を変えたのかヴィヴィアンの顔からは仄暗い印象は完全に消え去り、今は逆に聖母のような人受けする雰囲気があった。
姉の結婚式で感極まって涙した妹リリアンを抱き締めたヴィヴィアンの姿を見た人々はまるでそこに天国が広がっているかのような錯覚を覚えた。あまりにも美しかったからだ。
ヴィヴィアンは悪女だ小説に出てくる悪役令嬢と同じだと聞いていた人たちも、そんなヴィヴィアンを見た瞬間に噂は所詮噂だったんだと、未来の王妃への悪感情を消し去ることになった。
セオドアに抱き締められてその腕の中で照れ笑いをするヴィヴィアンのその幸せそうな表情とそんなヴィヴィアンを心の底から愛おしげに見つめるセオドア王子の顔を見た国民たちは、今後のこの国の平穏を感じ取るのだった。
それから王太子となったセオドアと王太子妃となったヴィヴィアンの悪い噂が国内や国外にも上がることはなかった。
だがそれとは別に王都の中では不思議な話が広まっていた。
『孤児院や広場に時々魔女が現れる』
そんな話だ。
その魔女は大鍋で具だくさんスープを作って無料でみんなに配ってくれるという。「フェッフェッフェッ」と怪しい笑い声を上げながら鍋を混ぜる魔女は真っ黒なローブを着てフードで顔を隠してはいたが、小さな子供が下から覗き見るととても美しい女性が赤色の瞳を煌めかせて優しく微笑んでくれるらしい。
そんな魔女の直ぐ側には必ず全身甲冑の騎士が控えていて、少しでも不審な動きをする者が居たら恐ろしい殺気を飛ばしてそれだけで相手の動きを止めるらしい。それ以外にもそもそも魔女が現れる時にはその周りには何処に所属しているのかは分からないが確実に貴族に関係していると思われる剣士たちが警備に当たっているらしい。
その為に王都や魔女が出没する地域の治安はとても良くなっていた。
魔女は神出鬼没だったが現れる時は必ず炊き出しをしているか薬を安く売っているかのどちらかだったので、出会えた国民はみんなとても助かったと口にしている。
そんな話が広まり、実際に魔女に出会った人々も多かったことから、その後のティアード国の中では魔女は幸せの使者のように語られることになる。他国では昔と変わらず『魔女は悪者』というイメージがあることから、他国の者とティアード国の者が話をした時には必ず小さな齟齬が生まれることになった。
その魔女と魔女の側にいる全身甲冑の騎士がティアード国の王太子妃と王太子であることは公然の秘密である。
[完]
→最後に〔雑なキャラ紹介〕あり〼。




