3>>断罪……劇……?
──婚約破棄だ!!──
と言いそうなところで悪役令嬢側の気持ちを聞くなどとなんとセオドア殿下は心優しい方なのかと、皆が思った。だがそんな聞き方をしてしまえば……
「まぁ殿下! 何を言い出されますの?!
わたくしが婚約破棄を望むですって?! ありえませんわ!!
わたくしはセオドア殿下の婚約者! 次期王妃はわたくしですわ!!
貴方の側に控えたリリ」
「そうだろう!!!!!
貴女ならそう言ってくれると分かっていたよ!!!!」
ヴィヴィアンの言葉を遮ってセオドアが大声を上げて喜んだ。
皆の耳には確実にヴィヴィアンが「リリ」まで言った声が聞こえていた。その言葉が完成していれば絶対に『リリアン』と言っただろうことは皆が想像できた。
しかしその言葉を言わせないとばかりにセオドアが壇上から跳んで降りてヴィヴィアンを抱き締めたことで、それまで余裕振っていたヴィヴィアンの方が慌てているのが皆の目に入った。
「え?! ちょっと?!? お待ちになって?!?
ここは“婚約は破棄だー!”とお言いになるところではありませの?!? 殿下?!?」
セオドアの腕から慌てて逃げ出し戸惑うヴィヴィアンに壇上に居た妹のリリアンが声を掛ける。
「お姉様。
たった今、お姉様が言われた言葉をしっかりと録音させて頂きましたわ。
もう言い逃れはできません」
キッパリと言ったリリアンの言葉にヴィヴィアンは青褪める。
そんなヴィヴィアンの手を取って、セオドアは幸せそうに微笑んだ。
「婚約破棄など……私が望む訳がないだろう?」
そんなリリアンとセオドアを交互に見ながらヴィヴィアンは焦った様に口を開いた。
「何を仰っておりますの?!
悪役令嬢を王妃になどと、おかしいと思われませんの?!
悪い女はここでドーンと裁かれて国外追放と相場が決まっておりますのよ?!
ほら殿下! わたくしの今までの言動を思い出して! わたくしをどうぞズバッと国外追放にしてくださいませ!!」
アワアワとそんなことを言い出したヴィヴィアンに聞いていた周りの方が驚き目を見開いた。
物語の中ではそんな罰が与えられたが、実際にそんな罰を高位貴族の令嬢に与えるなんて考えられない。
ヴィヴィアン様は何を言い出すんだと皆が慌てた。
そんな会場内の空気を感じ取ったのか、普段のふんわりとした雰囲気を感じさせない凛とした立ち姿をしたリリアンがキッとした目を姉に向けて口を開いた。
「往生際が悪いですわよお姉様!!
先程ご自分で言われたではありませんか!
“次期王妃はわたくしですわ”、と!
侯爵家の娘が一度口にしたことを反故にするなど許されません!!
お姉様は王妃となられるのです!!」
「嫌ぁあ!!!
リリアン、言わないで!!!
わたくし、王妃様じゃなくて魔女様になりたいのよぉおお!!!」
耳を塞いでそう叫んだヴィヴィアンの言葉に場の空気は一瞬止まった。
┼
ヴィヴィアンから発せられる言葉に周りは驚く。
「先程の言葉は“悪役令嬢”だから言ったのですわ! 本心ではありませんのよ?!
だって悪役令嬢が素直に婚約破棄を受け入れる訳がありませんもの?! そもそもセオ様が意地悪ですわ!? あんな聞き方!!
ちゃんと“婚約破棄だー”と言ってくれませんと!!」
「それを言ったら貴女が居なくなるじゃないか」
「わたくしの計画がっ!!
今からでも遅くはありませんわ!!
こんな見た目の暗い、闇の似合う女を王妃にしようとはせずに、リリアンの様な花の妖精の如く華やかで可愛いく性格も完璧な女性を王妃にするべきですわ!!」
「わたくしが妖精ならお姉様は女神ですわ」
「皆様だってそれをお望みなのですよ!?
そうですわ!! 黒い王妃ではなく可愛い王妃様を求めているのは皆様方ですもの!!!
セオ様! 国民の求めるものを選ぶのも王の役目!! わたくしはずっと皆様から“次期王妃に相応しくない”と言われていましたのよ!? そんな女を伴侶に選ぶなど皆様の反感を買いますわ!! 嫌われ者の女など捨てて、国民に選ばれたリリアンを是非お側に!!」
「皆から嫌われる様にヴィヴィが頑張っていたのは知ってるよ。でもそんな噂は直ぐに払拭できるから安心して。
私はヴィヴィアンが良いんだ」
にっこり♡
セオドアの満面の笑みにヴィヴィアンは喋り続けていた口から言葉を失った。
そしてその顔を真っ赤にして、照れた。
──!!??!?!?!?!──
ヴィヴィアンの照れ顔を見てしまった全員の心臓が一瞬止まった。学生も教師も参列者の保護者たちも全員がヴィヴィアンが見せた恐ろしい程のギャップに目を見開いた。
ヴィヴィアンのことを直接知らず、噂だけを耳にしていた者たちは『悪女?! あの方が?!??』と思った。
周りの人たちにそんなことを思われているなど考えもしないヴィヴィアンが真っ赤な顔を必死に左右に振ってセオドアを否定する。セオドアの発言を否定しているのか、セオドアの言葉にときめいてしまった自分の気持ちを否定しているのかはヴィヴィアンにも分からなかった。
「ち、違いますわ! セオ様だってわたくしの噂は知っておられますでしょう? わたくしは悪い女なのですわ!! 妹を虐める酷い姉でもあるのですのよ!! 皆様に悪役令嬢などと呼ばれる女など、貴方の隣には相応しくありませんもの!!
ね!
そうですわよね!? 皆様?!」
セオドアを説得できないと思ったのかヴィヴィアンが勢いよく周りを見渡した。
ヴィヴィアンの艶めく美しい黒髪がふんわりと揺れ動く。目を引くその黒色に皆の目が釘付けになって、そんな皆の“嫌悪感を一切含みもしない眼差し”にヴィヴィアンは「あら?」と深緋色の目をパチパチと瞬かせた。
そんなヴィヴィアンにセオドアが優しく微笑みかける。
「皆、そんなことは思っていないみたいだよ?
それに噂はただの噂だ。これからヴィヴィアンの本当の姿を皆に知ってもらえれば、事実無根の悪意ある噂など、直ぐに消えてしまうよ」
セオドアの言葉にリリアンも続ける。
「わたくしがセオドア殿下と懇意だという噂など、わたくしが結婚して領地に戻り、お姉様とセオドア殿下が仲睦まじくしていれば直ぐに消えますわ」
リリアンの言葉にヴィヴィアンは我が意を得たりと言わんばかりに口元に小さな笑みを浮かべる。それ以外はとても焦っている様子だった。
「そ、そうですわ!?
リリアンと殿下は最近仲良くされていたではありませんか!!
わたくしは二人の仲を引き裂く悪や」
「リリアンに構っていたらヴィヴィーが嫉妬してくれるのが嬉しくって♡」
「むしろわたくしが当て馬ですわ、お姉様。
わたくしを餌にセオドア殿下はお姉様とイチャついていただけでしたわね」
「え?」
キッパリと二人に言われてヴィヴィアンは目を丸くして固まった。
┼
ヴィヴィアンは自分は空気の読める女だと思っていた。
周りの目を見て、その場の空気を読んで、自分が周りからどう思われているかを自覚して、自分の立ち回りを決める。それを完璧にできていると思っていた。
だからあの人気の小説のように、自分の婚約者の『王子様』と自分の『美しく可愛らしい心優しき妹』が『運命の悪戯で引き離されていて』、その障害となっているのが『薄気味悪い見た目のヴィヴィアン』であると気付いた時から人知れず頑張っていた。
その頑張りの動機が『上手くいけば小説のように国外追放にされる!』という不順極まりない動機からではあったが、ヴィヴィアンは自分の見た目が『暗く』『闇の属性の存在』のようだと気付いた時から、自分は『表の人では無い』と自覚していたので、美しく光り輝く妹のリリアンの陰に潜む人生を歩むことを心に決めていたのだった。
別に誰かにそう言われた訳では無い。ヴィヴィアンの周りにヴィヴィアンにそんなことを言う人は居ない。だが彼女は自らそう思ってしまった。それが『自分の立ち位置』だと理解してしまった。
『わたくしは光り輝く世界に居るべき存在では無い!? この黒い闇の様な髪、血の様な赤い目!! わたくしは闇に生きるべき存在!! この絵本の中の魔女にそっくりのわたくしは……そう……!
きっと魔女として生きるべきなのよ!!!』
ヴィヴィアンは自らそう導き出した。
そう、ヴィヴィアンは重度の厨二病患者だったのだ。
闇に憧れる彼女はそれがあたかも『世界の真理』だと考え、周りの空気を読んでいたが、そんなヴィヴィアンの読む空気が正しい訳がなかったのだ。
「あ、当て馬はわたくしでしてよ?! リリアンが当て馬役な訳は無いわ!! わたくしは当て馬役の悪役令嬢ですもの!!
そ、そうだわ!!
わたくしの悪い噂は噂では無いのですもの!? 事実でしてよ?!
目撃者も居りますもの!! そうですわ!!
わたくしが悪いことをしていたところを見た人がこの会場内に居りますもの!!
是非出て来て証言して下さいな!!」
ヴィヴィアンは慌てて会場内を見渡した。幼少期にずっと無表情だったヴィヴィアンが、悪役令嬢だと噂が立ち始めてからはキツい顔で怖い表情しかしていなかったヴィヴィアンが、今は焦った様に眉尻を下げて、助けを求める様に会場内を見渡している。
強いと思っていた女性のそんな弱った姿を見せられて、そのギャップの魅力に気付かない者は居ない……
折角悪女を断罪できる場面を用意して上げたのに名乗り出て来ない目撃者に、ヴィヴィアンの顔が少し泣きそうになっていて、見ていた者たちの心の中に芽生えてはいけない感情が芽生えそうになった。
その気配に気づいのか、ヴィヴィアンだけを見ていたセオドアがゆっくりと会場内に居る一人ひとりを見回すかの様に笑顔で会場内を見渡した。その笑顔に殺気を感じた全員が本能で目を逸らす。
セオドアから目を逸らした皆の行動を『自分の目から目を逸らされた』と思ったヴィヴィアンが更に焦って胸の前で両手を握る。
「ど、どうされましたの?!
出て来てよろしいのですわよ?!」
断罪される側が目撃者を呼ぶというおかしな状態になっていることに気付きもせずに会場内を見渡すヴィヴィアンに、壇上にいるリリアンが口を開いた。
「お姉様。
目撃者が居ても、その行為自体に悪意が無ければ意味がないではないですか」
リリアンの言葉に全員が『え?』と思った。
「お姉様がわたくしの教科書を破いて捨てた。わたくしのハンカチを池に捨てた。わたくしのペンを折った。わたくしの靴を土に埋めた。
目撃者の方が皆心配して教えて下さいましたが、おかしいのですよね。
だってわたくしの持ち物は何一つ無くなってはいないのですもの。
お姉様が捨てたというわたくしの持ち物は、一体どこから出てきた物でしょうか?」




