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穀物転生  作者: リース
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第9食 フレンチトースト

森の奥の陽光が、まだらに二人を照らしていた。

焼き立てパンの香りがようやく風に溶けていき、静寂が戻る。

さっきまで牛の獣人、アグニが暴食したとは思えないほど、あたりは穏やかだった。


まずは、落ち着いて状況を整理しよう。


シャロは心の中でそう呟き、ツタを軽く動かす。

仲間ができたのは喜ばしいことだが、行動を共にするならまずは互いの持ち物を知る必要がある。

アグニが何を持っているのか、それを確認しておきたかった。


「荷物?おう!見てもいいゾ!」


アグニはそう言うと、背中に背負っていた大きな革の鞄をどさりと下ろした。

その音に、森の土がわずかに舞い上がる。

シャロはツタの先を器用に動かし、鞄の中を覗き込んだ。


まず見えたのは丸められた寝具。

綿と獣皮を縫い合わせた簡易布団のようなもので、使用感がある。

そして折りたたまれた着替え。

炎を思わせる赤い布地で、彼女の髪の色に合わせたような暖色の衣装だった。


次に革の水筒、中には水がたっぷりと入っている。


食器が数枚、金属の皿、木製のスプーン、フォーク。

それから魔法薬とその空き瓶が数本。


そして麻袋。

中を覗くと沢山の角や爪、綺麗な赤い魔石が入っていた。

ダンジョンのモンスターから手に入れたのだろう。

冒険者にとっては換金用の貴重な資源だ。


だが、シャロの視線はその奥にある異物に釘付けになった。


麻袋の下からガシャリと重い金属音。

シャロが取り出すと、それは大きな鍋だった。


シャロは思わず硬直する。

まさか、冒険者が鍋を持ち歩いているとは。


普通、冒険者は可能な限り荷物を厳選するのが普通だ。

当然、調理器具を持つ者などいない。

携帯糧食で空腹を凌ぐのが常識で、外で料理なんてしないからだ。

食材を生やせるシャロが例外中の例外であり、彼女自身もそれは自覚している。


「魔物を食べようと思ったんダ!魔物って臭いし硬いし不味いけど、煮たり焼いたりしたらなんとかなるかなーって思ったんダ!」


シャロは呆れたようにツタを揺らした。


『この人……馬鹿じゃないの……?』


魔物は基本的に食べられない。

葉や果実、爪や角は薬に使われる事もあるが、肉は毒にしかならない、それは冒険者の常識だ。

腐敗や毒素、魔力の残滓が強すぎて、焼こうが煮ようが人間の身体では分解できない。

それは獣人だろうがエルフだろうが変わらない。

そのため、魔物を美味しく食べようとした研究はいくつもあるが、成果が出た試しがない。

毒抜きに成功しても、食感や臭気が問題になる。

魔物の肉が素材として価値が無いのは、それが理由だ。

ましてや目の前の獣人のように現場で調理しようという発想は、常識の埒外だった。


「まぁ、結局失敗したけどナ!味が……こう、な?えぐかったゾ!」


恥ずかしそうに頬をかきながら、アグニは笑った。

それでもその表情には後悔の色はない。

むしろ、次は成功させるぞという無邪気な闘志があった。


シャロはため息をつきながらも、ほんの少しだけ笑っていた。

馬鹿ではあるが、憎めない。

それに、その鍋は悪くない。


今まで一つの鍋で全てをまかなっていたが、二つになれば同時に調理ができる。

片方で煮込み、もう片方で焼き上げることもできる。

単純に効率が倍になる。


シャロはツタを伸ばし、アグニの鍋を軽く持ち上げてみた。

作りはしっかりしていて、素材は鉄より頑丈なレアメタル製だろうか?

鍋底は厚く、熱が均等に伝わりやすい構造、鍋としてはかなり良い品だった。


「それな、王都で買ったんだゾ!高いのなら美味しくできると思ったんダ!」


アグニが得意げに言う。


『やっぱ馬鹿でしょこの人』


ツッコミを心の中で飲み込み、シャロは小さくうなずいた。

ともあれ、二人分の装備が揃ったというのは大きい。


アグニはしゃがみこみ、今度は逆にシャロの荷物へ視線を向けた。

彼女の黄金の瞳がきらりと光る。


「なぁなぁ、今度はシャロの番だゾ!それ、全部お前の荷物カ?」


シャロは少し戸惑いながらも、リュックを下ろした。

ツタを伸ばし、中のものを並べていく。


竹で編んだザル、木を削って作った皿と匙、干した布、岩塩、油とミルクが入った竹の水筒、砂糖を包んだ葉、そして鍋。


アグニは目を輝かせた。


「これ、もしかして、全部シャロが作ったのか!?」


シャロはこくりと頷いた。


「すごいゾ!すごすぎるゾ!!」


アグニは大げさに立ち上がり、目を輝かせた。


「こんなの初めて見たゾ!魔物って、みんな寝るか食べるか戦うかしか考えてないと思ってたゾ!」


興奮して両手を振り回すアグニに、シャロは苦笑するように葉を揺らした。

アグニの瞳には純粋な尊敬が宿っていた。

彼女の中で魔物=敵という図式が、少しだけ変わった瞬間だった。


荷物の確認を終えた二人は、それぞれリュックを背負い直した。

日光が森の奥を照らし、葉の隙間から光の筋が落ちる。

こうして二人はダンジョンを進むのだった。


***


「なぁ、シャロ」


ダンジョンの中を歩きながら声をかけてきたアグニの表情は明るかった。


「仲間になってくれて嬉しかったんダ。最近はな、誰も仲間になってくれなかったんダ」


歩きながらのその言葉に、シャロは一瞬だけ顔を向けた。

確かに少し疑問に思っていた。

ダンジョンというのは普通チームを組んで潜るものだ、その方が様々な状況に対応しやすくなる。

しかし、彼女アグニは仲間が居るそぶりを見せなかった。


「アタシ、けっこう食べるからナ。冒険のたびに食料がすぐなくなるんダ。仲間達、いつも怒ってタ。『お前が居たら食料がいくらあっても足りない!』ってナ」


笑いながら、彼女は自分の腹を軽く叩いた。


「で、ついたあだ名が“暴食のアグニ”……なんかかっこいいけど、実際は怒られてばっかりだったゾ」


その言葉にシャロの心が少し動く。

暴食のアグニ、その名は聞いたことがあった。

かつて人間だった頃、冒険者たちの間で噂されていた。

実力は確かだが、食料の消費が尋常ではなく、どのパーティも長続きしなかったという話。

まさか彼女がその人だったとは……


「それで考えたんダ!いっそ魔物を食べれるようになればいいんじゃないかっテ!焼いたり、煮たり……全部ダメだったけどナ!」


豪快に笑う声が、森の静寂に反響する。

その姿を見て、シャロは少し納得した。

彼女はただ生きるために、そして戦うために、どうにか工夫しようとしていたのだ。

そして今、シャロの力ならば彼女の欠点を補える。

“食材を無限に生み出せる魔物”と、“食料を大量に消費する獣人”。

案外、相性は悪くないのかもしれない。


ふと、足元の落ち葉がざわめいた。

その瞬間、シャロは反射的に動いた。


羽音。

低く、不快な震え。

次の瞬間、黄色と黒の塊が木々の隙間から飛び出した。


『キラービー!』


視界の奥に光沢を放つ外殻がいくつも現れた。

六本の脚を持つ蜂型の魔物、キラービー。

その針には強力な毒があり、かすり傷でも命を落としかねない。

しかも数が多い。

軽く数えても10は超える。


シャロはすぐさま荷物を置き、戦闘態勢に入る。

キラービーの群れが一直線に突っ込んできた。


『《リーフ・カッター》!』


シャロの葉が鋭さを増し、キラービーに向かって飛んでいく。

葉の刃が直撃した蜂達がぽとぽとと落ちていくが、流石に全部は倒しきれない。

残ったキラービーが次々襲い掛かってくる。


『数が多すぎる!』


すると、アグニが前に出た。


「任せろ、全部ぶっ潰してやるゾ!」


アグニが拳を構えると、キラービーにパンチを1撃放つ。

キラービーは吹き飛ばされ、木にぶつかると、動きを止めた。


「おらおらおらおらおら!!」


アグニが次々に鋭いパンチを繰り出す。

まるで腕が何本もあるかのようなスピードで、次々にキラービーが殴り倒されていく。

パワー、スピード、精密性、どれも目を見張るものがある。


そして


「ふぅっ、終わったゾ!」


アグニが肩を回しながら、息を整える。

シャロは唖然として立ち尽くしていた。

あれだけ沢山いたキラービーが、あっという間に全てのされていた。

この力を持つ者が味方で良かった、そう思った。

それと同時に、あの時敵対しないで本当に良かった……とも。


『さて、食事にしよう』


戦闘後のルーティーン。

シャロは慣れた手つきでキラービーの死体を一ヶ所に集めていった。


「おいシャロ!まさかそれを食べるんじゃないだろうナ!?魔物は食べられないんだゾ!!」


背後から聞こえるアグニの声は、警戒と驚愕が入り混じっていた。

シャロは無言で振り返る。


『あなたがそれを言うのか……』


その目は無言のツッコミで満ちていた。

シャロは小さくため息をつき、両手をキラービーの死体にそっと触れる。

その瞬間、死体の周りから緑色の光が滲み出した。


「な、なにを……!?」


アグニの言葉を遮るように、死骸の表面から芽が伸びた。


「す、すごいゾ!芽が生えタ!」


ぐんぐんと伸びていく茎が、見る間に広がり、黄色い小麦の穂を実らせる。

さらに、根元のあたりから何かが膨らみ、白く丸い卵が転がり落ちた。


「えええええっ!!?今、植物から卵が出たゾ!?どうなってるんダ!?」


アグニは興奮で飛び跳ねる。

そんな彼女をよそに、シャロはいつものように黙々と作業を進める。

小麦に向かって念を送ると、殻から小麦が外れ、すり鉢に向かって飛んでいく。


「すげぇ!こんな魔法見た事無いゾ!」


アグニはシャロの一挙一動に興奮していた。


そんなアグニを他所に、シャロはすり鉢に入れた小麦を麺棒で粉に挽く。

ゴリゴリと言う音と共に、小麦が粉へと変わっていく。

アグニの食べる量の事を想定して、かなり多めに小麦粉を作っておく。


しばらくして小麦粉が完成すると、それをボウル代わりの大きな器に入れて、ミルクと塩、砂糖、油を加える。


「おお……すごい手際だゾ……!」


アグニは横から興味津々に覗き込む。


やがて生地をまとめると、布で覆い、発酵させるために脇へ置いた。

しばらくして発酵を終えた生地を取り出すと、シャロは丁寧に形を整え、再び少し発酵させる。


次にシャロは火打石で火を起こし、火加減を調整すると、その上に鍋を置く。

そして熱せられた鍋に生地を置いた


「ふむふむ、こうやって焼くのか。なるほどな……」


じゅううう……


しばらく焼いていると、生地が焼ける心地よい音が響く。

香ばしい匂いが辺りに広がり、アグニの目が輝く。


「おおっ!!これは!!パンができてきたゾ!!」


ふっくらと焼き上がったパンを見て、アグニはすでによだれを垂らしていた。


「食べていいのか!?」


アグニが身を乗り出した瞬間、シャロは手をかざして制止する。


「えっ、まだダメなのか……?」


アグニは首を傾げる。

シャロは首を横に振り、次の準備を始めた。


器にミルクを注ぎ、砂糖を加える。

そこに卵を割り入れ、手際よくかき混ぜる。

さらさらとした液体が、金色に輝く。


パンを輪切りにし、その液にひたす。

じんわりと染み込んでいく様子を、アグニは息を呑んで見つめていた。


「なんか……ワクワクするゾ……!」


浸し終えたパンを、今度は再び鍋で焼く。

ふっくらと膨らんでいき、辺縁がこんがりときつね色になる。

甘くて香ばしい香りが漂い、アグニの鼻先がひくひくと動いた。


「おおおお……これは……!」


シャロは焼き上がったそれを皿に乗せ、アグニへ差し出す。


「食べてもいいのカ!?」


コクリ、と頷く。


その瞬間、アグニは一気にかぶりついた。


「はふっ、あっつ……!でもうまいっ!!」


口の中に広がる甘味と香ばしさに、アグニの目がまん丸になる。

 

「表面はカリッとしてるのに、中はふわふわ……!ミルクの香りと卵の甘さが混ざって……たまらんゾ!!」


感動の声を上げながら、次の一切れ、また次の一切れと口に運んでいく。

見る間に皿は空になり、シャロの分も危うく奪われかけた。

シャロは苦笑しながら、自分の皿を少し引き寄せて一口かじる。


『うん、美味しい』


ふわっと柔らかく、甘く、優しい味。

戦いの緊張が解けていくようだった。


「ふう……うまかったゾ……」


アグニは満足そうに息を吐き、腹をぽんと叩いた。

その腹は、まるで樽のように膨れている。


「こんなに腹いっぱいになったの、久しぶりだゾ……!」


シャロはその言葉に少しだけ笑みを浮かべた。

アグニの食べっぷりはすさまじく、なんと人の五倍は食べていた。

獣人は特別多く食べる種族では無い。

実際シャロの仲間であるヨシュアはキツネの獣人だが、食べる量は普通だ、だからアグニが特別なのだろう。

これでは普通の冒険者チームでは食料が持たないのも当然だった。

相当多めに作っておいて良かった。


「シャロは凄いナ!魔物からこんな美味い料理を作れるし、しかもなんか体がポカポカして力が湧いてくる感じがするゾ!」


『!?』


その言葉に、シャロは思わず息を呑んだ。

食事をする事で力が湧く、てっきり、それは自分が魔物だからだと思っていた。


だが、アグニは紛れもないヒト族、魔物では無い。

そんな彼女にもしっかり効果が出ている。


つまり、この力は「食べると強くなる」能力ではない。

「強くなる食事を作る」能力と言う事だ。

そう気づいた瞬間、胸の奥に何かが灯った。


かつての仲間、エミル達の顔が浮かぶ。

もし再会できて、この料理を食べることができたのなら、もっと強いチームになれるだろう。

そう思うと、胸の中がワクワクで満たされた感じがした。

仲間と再会する楽しみが1つ増えたのだった。


「ふわぁぁぁ……」


アグニが大きなあくびをする。

無理も無い、空はもうだいぶ日が傾いている、今日はここで休もう。

そう判断したシャロは、静かに手を地面へとかざした。

やがて、周囲の土から柔らかな葉が生え、ふかふかとした緑のベッドが出来上がる。


「おおっ、相変わらず便利だなシャロ!」


アグニが感心したように笑い、自分の荷物から布団を広げて隣に並べる。

シャロも微笑み、葉のベッドに身を沈める。

心地よい草の香りが漂い、まぶたが重くなる。


「おやすみ、シャロ……」


その声を最後に、静かな呼吸だけが響いた。

二人は穏やかな眠りへと落ちて行った。

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