第67食 ヴェノムヴァンパイア 後編
ヨシュアの放った『精神干渉魔法』の光に包まれ、四人の意識は深く、深い闇の底へと沈み込んでいった。
「……ッ、ここは」
シャロがゆっくりと目を開けると、そこは果てしのない闇の中だった。
しかし、あの気味の悪かった第九層の淀んだ暗闇とは違う、見上げれば無数の眩い光の粒子が浮かんでおり、まるで満天の「星空」のような、どこか澄み切った静かな闇の空間だった。
「気が付いたか、シャロ」
隣でヨシュアが杖を握りしめながら、周囲を警戒して立っていた。
「ここが……セレナの精神世界なのか?」
エミルが剣を抜いて周囲を見渡す。
アグニも拳を構えて身構えている。
「ああ。奴の精神世界に飛び込んだ。このどこかに、セレナの魂を乗っ取っている『ヴェノムヴァンパイアの精神体』があるハズだ。そいつを倒せば、俺達の勝ちだ」
ヨシュアがそう言い終えるか終えないかのうちに。
「……そうはさせない」
星空のような闇の空間がドロリと歪み、そこから漆黒の瘴気と共に「巨大な影」がヌルリと這い出してきた。
それは、現実世界で対峙した時と全く同じ姿形をした、しかし実体を持たぬ怨念の塊のような『ヴェノムヴァンパイアの精神体』だった。
「調子に乗りやがって……我をここまで追い詰めるとは……屈辱だ、今度こそ、貴様らをこの終わりのない闇の底に葬ってやる」
ヴェノムヴァンパイアの精神体が、怒りを含んだおぞましい声を響かせる。
「させるかッ!!ここでアンタをぶっ飛ばして、セレナを連れて帰るんだゾ!!」
アグニが魔力を爆発させ、牽制として飛びかかる。
「死ねエエエエエエッ!」
ヴェノムヴァンパイアが巨大な腕を振り上げ、強烈な「闇の魔法」を四人に向けて無数に放ってきた。
漆黒のレーザーと闇の炎の弾幕が、精神空間を激しく容赦なく切り裂く。
「今度こそ、完全に倒してやる!!」
「みんな、空だ!!奴の顔面に攻撃を集中させろ!!」
エミルの号令で、四人は星空の空間を蹴って空中へと舞い上がった。
精神世界であるためか、現実以上に身体が軽く、イメージした通りに空中を自在に飛び回ることができる。
四人はヴェノムヴァンパイアが放つ無数の闇の魔法をギリギリで回避し、奴の最大の弱点である頭部めがけて一斉に攻撃を仕掛けた。
エミルの雷の斬撃がヴェノムヴァンパイアの額を深く切り裂き、アグニの拳がその牙を何本もへし折る。
シャロの茨の槍が頬を切り裂き、ヨシュアの氷の弾丸が鼻を潰す。
確かな手応え、しかし。
「無駄だ無駄だ無駄だァッ!!」
「なっ!?」
ヴェノムヴァンパイアの顔に刻まれたはずの深い傷が、あっという間に「完治」してしまったのだ。
ダメージを受けてる様子もない。
「一体どういうことだ……!?いくら精神体とは言え、現実空間で使っていた再生能力とはレベルが違う!こんなに強い訳が……!」
ヨシュアが絶望的な声を漏らす。
「フハハハハハッ!!所詮はその程度、我の深層世界に土足で踏み込んできた事を、永遠に後悔するがいい!!」
ヴェノムヴァンパイアが高らかに笑い、さらに激しい闇の魔法の嵐を巻き起こす。
「くそっ!攻撃が効かないなら、どうすればいいんだ!?」
エミルが必死に飛び交う闇の刃を剣で弾き落とす。
「顔が効かないなら、別の所を攻撃するまでだゾ!!はああああっ!!」
アグニがレーザーの雨をくぐり抜け、上空から急降下してヴェノムヴァンパイアの無防備な巨大な胴体の中央めがけて、渾身のパンチを叩き込んだ。
ドゴオオオオオンッ!!
「どうだッ!?」
アグニの強烈な一撃によって、ヴェノムヴァンパイアの真っ黒な腹部に巨大な亀裂が走った。
そして、その裂けた傷口の奥から、彼らは「それ」をハッキリと目撃した。
黒い肉の奥深く。
そこに、糸の切れた操り人形のように目を閉じ、意識を失ったセレナの姿が、生きたまま埋もれていたのだ。
「「「「セレナ!!」」」」
全員がその姿に釘付けになった。
しかし、その裂け目はあっという間に完全に塞がってしまった。
「……ヨシュア!ひょっとして、あの埋まっているセレナをなんとかすれば……!」
シャロがひらめきの声を上げる。
「ああ……!!間違いない、奴のあの異常な再生能力と無限の魔力の正体は、あれだ!本来の持ち主であるセレナの魂を核として利用しているからだ!セレナをなんとか引きずり出せれば、奴の無敵の再生力は消え失せる!!」
ヨシュアのその言葉に、状況を突破するための明確な活路が見えた。
「なら、奴の腹部に僕たちの最大火力を集中攻撃して大きく裂く!そして、シャロの植物の能力でセレナを引っ張り出してくれ!!」
エミルが瞬時に作戦を立案し、叫ぶ。
「そうはさせるかああああッ!!」
作戦を聞きつけたヴェノムヴァンパイアが、焦ったように狂乱し、全身から無数の闇の触手と炎を乱れ撃つ。
その弾幕数は先ほどまでの比ではない。
「くっ……激しすぎる!」
四人は必死に上空を飛び回りながら、ヴェノムヴァンパイアの隙を伺う。
あのデタラメな再生速度だ、誰かが単発で攻撃しても、すぐに塞がってしまいシャロが蔦を伸ばす時間が稼げない。
一斉に、かつ同時に最大火力で腹部を吹き飛ばし、傷が大きく広がる「その一瞬の隙」をとにかく必死に探すしかない。
だが、焦れば焦るほど、隙は見つからない。
「くそっ、このままじゃ体力が……!」
その時だった。
アグニが飛来する特大の闇の魔法球を魔力を込めた拳で弾き返すと、それがヴェノムヴァンパイアの頭部に直撃した。
「グガアアアアッ!?」
自身の強烈な魔法を顔面にモロに食らい、ヴェノムヴァンパイアの巨体がほんの一瞬、大きくよろけた。
「でかした、アグニ!今だっ!!」
エミルの絶叫を合図に。
エミル、ヨシュア、アグニの三人は、それぞれが持つ残りの全魔力を解放し、無防備に晒されたヴェノムヴァンパイアの「腹部」のただ一点めがけて、最大出力の必殺技を同時に叩き込んだ。
「《超オーラ・バースト》!!」
「《アブソリュート・ライガー》!!」
「《サンダー・ボルト・エクスカリバー》!!」
ズバアアアアアアアアアアンッ!!!!
「ウガアアアアアアアアアッ!!」
三人の圧倒的な火力の集中砲火を受け、ヴェノムヴァンパイアの巨体が大きく後方へ吹き飛ばされる。
そして、その分厚い腹部の装甲が、縦横にぱっくりと大きく裂け、その亀裂の中から、目を閉じたセレナの上半身が完全に外の空気に顔を出した。
「いっけえええええええっ!!!!」
すかさず、シャロが自身の両腕から強靭な世界樹のツタを何本も猛スピードで射出する。
ツタは真っ直ぐにセレナの身体へと巻き付き、肩や胴体をしっかりとホールドした。
「みんな!引っ張れ!!」
空中にいた三人が瞬時にシャロの後ろに回り込み、ピンと張られた太いツタを一列になってガッチリと掴んだ。
「うおおおおおおおッ!!引けえええええええっ!!」
綱引きの要領で、四人がかりで力いっぱいセレナの身体を引っ張る。
ズルッ……!
セレナの身体が、ヴェノムヴァンパイアの拘束肉からわずかに外側へと引きずり出される。
「チョコザイなああああっ!!!」
よろめきから回復したヴェノムヴァンパイアが、自身の腹部から抜け出そうとしているセレナに向けて自身の巨大な手を伸ばし、シャロの世界樹のツタをガシッと掴んで強引に引き戻そうとした。
ギチギチギチッ……!!
強靭なツタが、両者の凄まじい力と魔力の引っ張り合いによって悲鳴を上げる。
「コイツは……絶対に……渡さぬわあああああっ!!」
凄まじい執念と怪力。
ジリ、ジリリ……と、だんだんとセレナの身体が、再びヴェノムヴァンパイアの黒い肉の中へと引き戻されていく。
「ダメだ……!あいつの力が強すぎる!このままじゃ引き戻される!!」
ヨシュアが歯を食いしばり、顔を歪める。
「弱気になんな!!意地でも引けえええええっ!!!」
エミルが足を踏ん張り、腕の筋肉を限界まで膨張させて引っ張る。
しかし、無情にもセレナの身体はどんどん奥へと戻っていく。
「フハハハハハッ!!惜しかったな、蟲ケラどもめ!お前達がどれだけ足掻こうと、我の圧倒的な力と絶望の前に、決して勝つことはできんのだ!!」
ヴェノムヴァンパイアの醜い高笑いが、星空の精神世界に響き渡る。
「お願い……!誰か、誰か力を貸して!!セレナを助けて!!」
シャロが心の底から、悲痛な叫びを上げた。
その時だった。
スッ……
シャロのすぐ後ろから、シャロの太いツタとは違う、細くて、柔らかくて、しかしとても温かい『小さなツタ』が一本、ヒョロリと伸びてきた。
その小さなツタは、シャロたちが掴んでいるメインのツタにクルクルと巻き付き、一緒に引っ張り始めたのだ。
「え……?」
シャロが驚いて後ろを振り向く。
ヨシュアたちも目を丸くした。
そこにいたのは、球根のような身体を持ち、頭に小さな麦わら帽子を被った、人間の子供ほどしかない小さな植物の魔物。
「コルンムーメ……?」
そう、弱小植物魔物であるコルンムーメがそこに居た。
「何でコルンムーメがここに……?」
「そうか……!あれはシャロが融合したコルンムーメの精神体だ!」
そう、シャロの体内でずっと眠り続け、彼女と共に進化の道を歩んできた、もう一人の「シャロ」。
「もしかして……私達を手伝ってくれるの……?」
シャロが震える声で呟く。
コルンムーメの精神体は、大きな瞳でシャロを見上げると、シャロの問いかけに、元気よく、力強く小さく頷いてみせた。
最弱の魔物と人間、その種族を超えた絆。
「な……貴様ああああっ!!」
その光景を見たヴェノムヴァンパイアが、これまでにないほど大激怒し、声を荒げた。
「同じ魔物でありながら、人間に味方するとは何事かあああっ!!恥さらしめが!我ら魔物は人間を喰らい、支配する存在だ!!」
だが、そんなヴェノムヴァンパイアの狂乱と怒声とは裏腹に、コルンムーメという「魂の味方」の力が加わったツタの引っ張る力は、劇的に、そして圧倒的に増加した。
ズルリッ……!ズズズッ……!!
「ああっ!?」
ヴェノムヴァンパイアの巨腕のホールドを完全に振り切り、セレナの身体がみるみるうちに黒い肉の海から引きずり出されていく。
「やめろ!!止めろおおおおおっ!!」
ヴェノムヴァンパイアの声から、圧倒的な王の余裕が完全に消え去り、子供のような醜い恐怖と焦燥が露わになった。
「そいつが居なくなったら……我の核がなくなったら、俺はまた元の、何の力も知性もないただの卑しい魔物に……元に戻ってしまう!!嫌だ!俺は王だ!神だあああああっ!!」
どんなに暴れ狂おうと、どれだけ吠え猛ろうと、その流れを止めることは出来なかった。
「これで……終わりだああああああっ!!!!」
四人と一匹のありったけの心がこもった全力の力。
ズルウウウウッ!!!!!
とうとう、セレナの全身が、ヴェノムヴァンパイアの呪われた胴体から完全に引きずり出された。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
核を失ったヴェノムヴァンパイアの精神体が、崩壊の断末魔を上げる。
それと同時に、景色の向こうから白い光が溢れ出し、星空のような闇の空間をすべて白一色に塗りつぶしていった――
***
「……ッ!!」
シャロがハッと大きく息を吸い込み、パチリと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、眩いばかりに光り輝く、現実世界の黄金のフロアの天井だった。
「もどって……きた……」
隣を見ると、エミル、アグニ、ヨシュアも時を同じくして精神世界から帰還し、目を覚まして立ち上がるところだった。
「みんな居るな!……ヴェノムヴァンパイアはどうなった!?」
ヨシュアの叫びに、四人は正面を見た。
そこには、ヨシュアの絶対零度の氷柱とシャロの世界樹の茨によってガッチリと拘束されたままの、巨大なヴェノムヴァンパイアの肉体があった。
だが、その様子は明らかにおかしかった。
巨大な身体は小刻みにガクガクと震え、恐ろしい瞳の光は完全に消え失せ、白目を剥いていた。
そして。
「お……ごぉっ……!!」
ヴェノムヴァンパイアがうめき声を上げると、その巨大な口を大きく開け、中から何かを吐き出した。
粘液にまみれ、意識を失ったままの、人間の少女の身体。
「セレナッ!!」
すかさずエミルが風のように駆け出し、間一髪のところで宙に放り出されたセレナの身体を優しく、しっかりと腕の中にキャッチした。
温かくて、柔らかい、紛れもない人間の体温がそこにあった。
「イヤ……ダ……元ニ……戻ルノハ……イヤ、ダァ……」
核であるセレナの魂を失ったヴェノムヴァンパイアの肉体。
無敵を誇ったその巨大な漆黒の身体は、足元からパラパラと灰のように崩壊を始めていた。
知性を失い、元のただの醜い魔物へと戻って行く。
「イ、イヤダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ヴェノムヴァンパイアが絶望に満ちた最後の咆哮を上げる。
その崩壊していく巨大な肉体の中心から、制御を失った漆黒の「黒い光」が、まるで超新星の爆発のように限界まで膨れ上がり、黄金のフロア全体へと溢れ出していった。
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