第64食 餃子
どこまでも続く暗黒の荒野。
しばらく歩みを進めていると、またしても景色が唐突に変化し始めた。
今度は地面が平坦な石畳のような冷たい質感に変わり、その周囲には不気味な「石像」が、まるで美術展のように無秩序に並べられていた。
コウモリのような巨大な翼と、鋭い爪、そして悪魔のような角を持った恐ろしい姿の石像だ。
「……もうなんなんだよここハ!気持ち悪い所ばっかじゃねーカ!」
その光景を見たアグニが、ついに我慢の限界とばかりに苛立ちの声を上げた。
「沼地に、剣だらけの場所に、紫の草原に、墓地に、次はこんな気味が悪い石像かヨ!見られてるみたいでゾクゾクする!」
「落ち着け、馬鹿牛。ここでイライラしても無駄に体力を消耗するだけだ」
ヨシュアが呆れたようにため息をつきながらたしなめる。
「……でも、ホントに不気味だよね。何と言うか、統一感が無いっていうか……」
シャロが不安そうに石像の一つを見上げながら呟く。
「確かにシャロの言う通りだな。今までの階層はある程度環境が固定されていたが、この第九層は、本当に環境がバラバラだ」
エミルも周囲を厳しい目で見渡す。
「それだけデタラメな環境なんだろう。なにせ、ここまでは前人未踏の階層だからな。常識が通用しないのも当然といえば当然だ。どんな異常現象が起きても驚かないように、常に最悪を想定しておくんだな」
ヨシュアの言葉に、シャロたちは改めて気を引き締めた。
その時だった。
「……っ!?」
鋭い殺気を感じ取り、四人が同時に武器を構えた。
静寂に包まれていた石畳のエリアに、突如として石が擦れ合うような嫌な音が響き渡る。
「なんだ!?」
エミルが剣を抜いて叫ぶ。
「おい、見ロ!石像が動いてるゾ!!」
アグニが指差した先。
ただの置物だと思われていた周囲の石像群の中から、五体の石像が一斉に動き出したのだ。
「あれは……ガーゴイルか!しかも、普通のものよりはるかに禍々しい……上位種だな!」
ヨシュアが忌々しそうに杖を構える。
ガーゴイル、悪魔の姿を模して作られた動く石像の魔物。
「ギイイイイイッ!!」
ガーゴイルたちは金属質なけたたましい鳴き声を上げると、巨大な石の翼を広げ、上空から猛スピードで四人に襲いかかってきた。
「来るぞ!迎え撃て!!奴らは体内のどこかに動力源である『核』があるはずだ!そこを狙え!そうすれば動かなくなる!!」
ヨシュアの的確な指示が飛ぶ。
「核を突けばいいんだナ!任せロ!!」
アグニが先陣を切って跳躍し、空から急降下してくるガーゴイルの一体に向かって、魔力を込めた拳を叩きこもうとした。
しかし、ガーゴイルは素早く飛翔し、その一撃を回避する。
「チイッ!素早イ!」
「《ライトニング・カリバー》!!」
エミルが剣に雷を纏わせ、別のガーゴイルの翼を深い一撃で切り裂いた。
しかし、翼を失ってもガーゴイルは意に介さず、残った鋭い爪でエミルに襲いかかる。
「くっ……痛みを感じない相手は厄介だな!」
「《リーフ・グングニル》!!」
シャロは太いツタを纏め合わせ、1本の巨大な大槍を生成し、ガーゴイルに向けて投擲した。
ズドオオオオンッ!!
ガーゴイルは避けようとするものの、その大槍は激しい音を立てて、ガーゴイルの翼を貫いた。
「《インフェルノ・エクスプロージョン》!!」
ヨシュアはガーゴイルの胴体めがけ、高火力の爆発魔法が直撃する。
ドゴオオオオンッ!!
凄まじい爆風と熱波が石像を包み込んだ。
爆煙が晴れると、そこには胴体を吹き飛ばされ、バラバラの残骸となって地面に散らばったガーゴイルの一体の姿があった。
それと同じくして、シャロとエミル、アグニもガーゴイルの身体を粉々に粉砕していた。
「後は核を探し出して砕けばいいんだロ!?」
「ああ!そうすれば奴らは完全に動かなく……!?」
4人がガーゴイルの核を探そうとしていると、地面に散らばっていたガーゴイルの破片すべての「欠片」が、フワフワと宙に浮き上がり始めたのだ。
「なっ……!?」
シャロが目を見開く。
次の瞬間、宙に浮いた無数の重い石の残骸たちが、まるで意思を持ったかのように、弾丸のごとき弾速で四人に向かって一斉に襲いかかってきた。
ズドドドドドドドドッ!!
「ぐうっ!?」
「きゃあっ!!」
それはまさに瓦礫の雨あられだった。
大きさも形もバラバラな何百もの石の塊が、全方位から容赦なく襲い掛かって来る。
「何なんだよコレハ!?倒したはずなのにバラバラになって襲ってくるとか卑怯だゾ!!」
アグニが拳で飛来する瓦礫を次々と粉砕していくが、数が多すぎて防戦一方になる。
エミルも剣で防御しつつ切り払っているが、石の残骸は弾かれても弾かれても、再び空中で軌道を変えて執拗に襲いかかって来る。
「くそっ、これじゃあキリがない!激しすぎる攻撃のせいで、奴らの核を狙うどころか、反撃の隙すらまともに作れないぞ!!」
エミルが叫ぶ。
このまま防御を続けていれば、いずれ魔力と体力が尽き、瓦礫の嵐に押し潰されてしまうのは明白だった。
その絶望的な状況下で、ヨシュアが杖を両手で力強く握りしめる。
「――俺が核を狙う!!お前達は、何があっても俺を守れ!!」
それは、ヨシュアが一切の防御と回避を捨て、攻撃の準備のみに全神経を注ぐことを意味していた。
もし三人の防御が突破されれば、ヨシュアは瓦礫の直撃を受けて大ダメージを受ける、命を完全な信頼で預ける作戦だった。
「分かった!絶対にヨシュアを守るよ!!」
「任せとけってんダ!!アタシの背中に隠れてロ!」
「その代わり、攻撃はお前に任せたぞ!ヨシュア!」
シャロ、アグニ、エミルの三人が、一切の迷いなくヨシュアの周囲を三角形に取り囲むように陣形を組んだ。
ヨシュアは深く息を吸い込むと、ゆっくりと目を閉じ、激しく飛び交う瓦礫の1つ1つを探知していく。
しかし、状況は過酷を極めていた。
ヨシュアが防衛から外れたことで、一人当たりの瓦礫の負担は大きくなり、三人の体力はどんどんと削れていく。
「がはっ……!」
エミルの肩を尖った石がかすり、鮮血が舞う。
「ちくしょうッ!多すぎるゾ!!」
アグニの腕や脚にも無数の打撲傷が増え、息が上がり始めている。
シャロも必死に瓦礫を叩き落すが、額からは滝のような汗が流れ落ち、限界が近いことを悟っていた。
「まだか、ヨシュア……!」
エミルが血まみれの顔で叫ぶ。
死ぬ気でヨシュアを守る彼女たちだが、防衛線が崩れるのはもはや時間の問題だった。
その時、極限の集中の果てに、ヨシュアは5つの魔力の根源をハッキリと捉えた。
ヨシュアがカッと目を開くと、自らの杖を、まるで熟練の狙撃手のように頬に当て真横に構えた。
杖の先端に、極限まで圧縮された青白い魔力が小さな一点となって輝く。
広範囲を焼き払う大魔法は必要ない。
必要なのは、乱れ飛ぶ障害物を潜り抜け、標的のみを確実に撃ち抜く「針の穴を通す」精度と威力。
「――《アイス・スナイプ》!!」
ドンッ!!
ヨシュアの杖の先から小さく、しかし凄まじく鋭い氷の弾丸が超高速で放たれた。
弾丸は無数に飛び交う瓦礫のわずかな隙間を一直線に縫い。
バキンッ!!
空中に浮かんでいた、拳大ほどの赤い「核」の一つを見事に撃ち抜いて破壊した。
「まず一つッ!!」
核が破壊された瞬間、瓦礫の嵐の一部が制御を失い、ガラガラと音を立てて無害な石となって地面に崩れ落ちた。
「弾幕が薄くなった……!これならまだ耐えられるゾ!!」
アグニが気力を振り絞って拳を振るい、迫り来る岩を砕く。
ヨシュアは一切の油断を見せず、瞬時に次弾を装填し、杖の狙いを定めた。
二発目、三発目。そして四発目。
狙撃銃のようなヨシュアの魔法の弾丸は、驚異的な精度で次々と瓦礫の奥に隠れた核を捉え、確実に粉砕していった。
その度に瓦礫の嵐は勢いを失い、地面にはただの石ころの山がうず高く積もっていく。
「あと一つだ!!」
ヨシュアが最後の核に狙いを定めた、まさにその瞬間だった。
残っていた瓦礫と最後の核が一箇所に凄まじい勢いで集束し、圧縮され、再び一体のガーゴイルの姿へと再構築されたのだ。
「ギイイイイイイイイイッ!!」
最後のガーゴイルは怒りに任せて空中に舞い上がり、一直線にヨシュアめがけて滑空してきた。それは、回避不能の決死の特攻だった。
目前に迫る鋭い牙と鋭い爪。
しかし、ヨシュアの表情には微塵の焦りもなかった。
「……バカめ。バラバラのままでいればまだ時間稼ぎができたものを」
ヨシュアの呟きと同時に、彼女の前にシャロ、エミル、アグニの三人が立ちはだかった。
ボロボロに傷ついた彼女たちの顔に、恐怖の色は一切ない。
そこにあるのは、敵が「一体」という的になった以上、もはや何も恐れる必要がないという絶対の確信と、圧倒的な闘志だけだった。
「これで最後だ!!みんな、全力を叩き込むよ!!」
シャロの合図と共に、四人の最大火力が解放された。
「《超オーラ・バースト》!!」
「《ライジング・エクスカリバー》!!」
「《アブソリュート・ライガー》!!」
「《ネイチャー・ブレス》!!!!」
魔力の波動、雷光の斬撃、絶対零度の氷弾、そしてドラゴンの高熱のブレス。
四人の必殺の一撃が、滑空してくる巨大なガーゴイルを正面から完全に飲み込んだ。
ドゴオオオォォンッ!!!!!!
凄まじい大爆発と衝撃波が荒野を吹き抜け、すべての残骸と塵を吹き飛ばしていく。
光が収まった後、そこにガーゴイルの姿は影も形も残っていなかった。
瓦礫の欠片すら残さず、四人の最大火力によって完全に消し飛んだのだ。
「はぁ……はぁ……終わっ……た……」
アグニがその場に大の字になってへたり込む。
エミルも剣を地面に突き立て、肩で大きく息をしていた。
シャロは膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えている。
「……とにかく……疲れた……身体のあちこちが痛いし……魔力もすっからかんだ……」
エミルの言う通り、四人の消耗は限界に近いものだった。
ヨシュアを守りながらの死闘、そして最後の一点突破。少しでも歯車が狂っていれば、今頃地面に転がっているのは自分たちの方だっただろう。
4人はポーションを飲み干すと、傷ついた身体の浅い傷がゆっくりと塞がり、失われた体力がわずかに戻ってきた。
「本当に厄介な相手ばっかりだな、この九層は……」
「もうあんな瓦礫の雨あられはご免だゾ……」
「ガーゴイルはもう居ないよな……?」
「ああ‥…恐らくあの5体だけだ」
エミルとヨシュアが念のためにと、周囲の魔物の気配を確認する。
どうやら、もうガーゴイルは居ないようだ。
「それにしても……腹減っタ……」
アグニが自分のお腹をポンポンと叩いた。
「じゃあ、早速食事の支度をするね!」
シャロはそう言うと、すでに調理の準備を始めていた。
「ったく……シャロはタフだな……こっちはもうヘトヘトだって言うのに」
そんなシャロを、エミルが呆れたような、尊敬してるかのような、複雑な表情でつぶやく。
シャロが今回ガーゴイルの欠片から生やしたのは、黄金色の小麦、シャキシャキのキャベツに玉ねぎ、香り高いニラ、ニンニク、ショウガ。そして豚1頭。
まずは軽くお湯を沸かしつつ、小麦を挽き、少量の塩を混ぜ、お湯を少しずつ加えながら、粉っぽさがなくなるまで手で手早く混ぜていく。
ポロポロとした状態になったら、今度は両手で体重をかけ、なめらかな生地になるまでしっかりと捏ねる。
生地が形になってきたら、魔力を流し込み、軽く発酵させる。
そうしたら生地を幾つかの小さなブロックに分け、打ち粉をした台の上で麺棒を使って丸く、ごく薄くに延ばしていく。
生地を伸ばしたら、今度は中身を作る。
キャベツ、玉ねぎ、ニラ、ニンニク、ショウガをみじん切りにしていき、豚を細かく解体し、粗挽きのミンチ状にする。
大きめのボウルにミンチ肉と刻んだ野菜たちを満載に入れ、そこに酒、油、醤油、塩と胡椒を加え、粘り気が出るまで良く捏ねる。
そうしたら生地に中身を乗せ、しっかりと包み込む。
次に2つの鍋に、それぞれ水と油をなみなみと注ぎ、温める。
そして、温まったお湯と油の中に、それぞれ作った生地を入れる。
熱湯の中でフワフワと踊る生地は徐々に透明感を増し、中の餡が透けて見えるようになる。
油の中でジュワアアッという激しい音と共に、生地が黄金色に染まり、香ばしい匂いが弾ける。
茹で終え、揚げ終えた生地を皿に盛り付ければ完成。
「完成!特製2種類の餃子!」
「うおおおおッ!!待ってましたァッ!!」
もはや限界だったアグニが、誰よりも早くフォークで茹でた方の餃子を突き刺し、大きな口でパクリと放り込んだ。
「アッッツ!!ハフッ……ホフッ……んんんんっっ!?」
アグニの目がこれ以上ないほどにカッと見開かれた。
「おいひぃぃぃッッ!!もちもちしてて、肉汁が凄くて、美味いゾオオオッ!!」
「どれどれ、俺は揚げた方を……む!」
ヨシュアも揚げ餃子を口に運び、その食感に驚嘆の声を上げた。
「確かに美味いな……皮がパリパリで、中身はジューシーだ、これは酒に合いそうだ」
エミルも2つの餃子を食べ比べる。
「んんっ……美味い……本当に美味い!茹でた方はツルッとしてて、揚げた方はサクサクしてて、どっちも美味しくて……これはいくらでも食べられてしまうぞ!」
「ふふふっ、二人とも、火傷しないように気をつけてね」
シャロも自分の分の餃子を口に運び、幸せそうに目を細めた。
死闘の直後とは思えないほど、和やかな笑い声と食欲を刺激する咀嚼音が第九層の闇に響き渡る。
腹八分目などどこ吹く風、限界まで膨れたお腹をさすりながら、四人の幸福な宴は、鍋が完全に空っぽになるまで延々と続くのだった。
面白かった 続きが読みたい方は ブックマーク 感想を入れたり
下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると励みになります




