第58食 フォンデュ
シャロたちは鏡のように輝く氷の大洞窟をさらに奥へと進んでいた。
ヨシュアの導きに従って入り組んだ氷の回廊を歩き続ける。
順調に進んでいるように思えたが、やがて異変が起き始めた。
「……ぶるっ。なぁ、なんだか急に寒くなってこないか?」
アグニが身震いをして、両手で自分の二の腕をさすった。
第8層の過酷な寒さに耐えるため、一行は分厚いバイソンの毛皮の防寒着を着込み、その上から常にヨシュアの『保温魔法』を展開している。
それにも関わらず、防寒着や魔法の結界をすり抜けるような、芯まで凍りつくような冷気がヒタヒタと迫ってきていた。
「もっと暖かくできないかヨシュア?アタシ、寒いのは苦手なんだヨ……」
「そう言われてもな。悪いが、火を点けずに周囲を温め続けるのはこれが限界なんだ」
ヨシュアも吐く息を白くしながら、首を横に振る。
「しかし、本当に異常な寒さだぞ。一体、何が原因なんだ……?」
エミルが警戒するように周囲の氷壁を睨みつけた。
ただの環境変化とは思えない、明確な意思すら感じるような冷気だ。
その直後だった。
四人の足が、ピタリと同調して止まった。
――強い魔物の気配。
つい先ほど死闘を演じたアイスドラゴンとは比べ物にならない、肌が粟立つような、絶対的な捕食者の気配が、前方から巨大なプレッシャーとなって押し寄せてきた。
「……ッ!来るぞ!」
ヨシュアの警告と同時に、シャロたちは咄嗟に武器を構え、迎撃の体勢を取った。
前方、薄暗い洞窟の奥深く。
ズン……ズン……と、氷の床を踏みしめる硬質な足音が響き渡る。
そして、洞窟の奥からゆっくりと姿を現したのは――月光のように輝く、巨大な銀色の毛並みを持つ一頭の『狼』だった。
肩高だけで十数メートルはある巨体。
氷の結晶のような鋭い瞳と、絶対零度の冷気を纏った美しい孤高の獣。
「フェンリル……!」
ヨシュアが、絞り出すような声でその名を呼んだ。
それは、神々の伝承に名を残す極寒の神獣。
「ウォオオオオオン!!」
フェンリルがシャロたちを捉え、低く恐ろしい咆哮を上げた。
その瞬間、猛烈な凍える風が洞窟内に吹き荒れた。
「っ!?なんだこの風は……!」
「あまりにも冷たすぎる……!この異常な寒さは、こいつが原因だったのか!」
エミルが叫ぶ。
フェンリルがただ吠えただけで、周囲の空気が急速に凍り付き、シャロたちの肌に刺さるような痛みを伴った。
直後、フェンリルが動いた。
巨大な質量からは想像もつかない、まるで風そのもののような素早さだった。
「速いッ!」
銀色の残像がエミルの目の前に迫り、巨木の丸太のような前脚から繰り出される豪腕の爪撃が空気を切り裂く。
ガキイインッ!!
「くぅッ……!」
エミルが咄嗟に剣でガードするが、そのあまりの重さと冷気に弾き飛ばされそうになる。
続く追撃をシャロやアグニが回避しようとするが、極度の寒さで筋肉が硬直し、思うように身体が素早く動かない。
「このままじゃ動きが完全に鈍る!ヨシュア!」
「分かっている!」
シャロが氷の床に素早く植物のツタや太い枝を編み込み、簡易的なキャンプファイヤーの薪のような形を作り上げた。
そこへヨシュアが炎の魔法を放ち、一気に火を点ける。
オレンジ色の炎が上がり、周囲の冷気を力強く押し返し始めた。
「はぁっ……!なんとか体が温まってきタ!」
アグニが炎のそばで深く息を吸い込む。
こわばっていた筋肉がほぐれ、ようやく本来の力が出せる状態に戻る。
しかし、休む間もなくフェンリルが次の攻撃を仕掛けてきた。
「ワオオオオオオン!!」
銀狼が四方八方を跳ね回り、目にも留まらぬ速度で突進と爪撃を繰り返す。
シャロたちは炎による恩恵で反撃に移るものの、フェンリルの動きはあまりにも素早く、剣撃も魔法もギリギリで避けられてしまい、なかなか決定打を与えられない。
おまけにフェンリルの異常な冷気領域の中では、シャロたちが作ったこの『簡易的な焚き火』のそばから離れるわけにはいかなかった。
少しでも離れれば、数秒で血液まで凍りつくような寒さに襲撃される。
結果として、彼女たちは限られた狭い範囲での戦闘を強いられ、機動力を完全に削がれてしまっていたのだ。
「シャロ!ヨシュア!何とかならないか!?」
エミルが2人に助けを求めると、2人はアイコンタクトを取り、魔力を練り始める。
「《ローズ・アンガー》!」
シャロが氷の床に手を付けると、氷を砕きながら無数の太い茨がフェンリルに襲い掛かる。
「《フレイム・ランス》!!」
更にヨシュアが強力な炎の槍による攻撃魔法をフェンリルに放つ。
フェンリルはその2人の攻撃を避けるが、それも計算済みだ。
シャロの生やした茨に、ヨシュアが放った炎が灯り、一気に火が燃え移り、洞窟のあちこちで業火が上がり始めた。
氷の密室が急激に温められていく。
「これならいけるゾ!!」
冷気の呪縛から解放され、アグニとエミルが水を得た魚のように動き出した。
雷を纏ったエミルの剣閃がフェンリルの毛を焦がし、アグニの魔力を込めた拳がその胴体を掠める。
しかし、相手は神獣フェンリル。
一筋縄でいくはずがなかった。
「ルオオオオオーーーーッ!!」
洞窟内が自分に不利なほど温まってきたことを悟ると、フェンリルは大きく息を吸い込み、天に向かって強烈な咆哮を上げた。
同時に、フェンリルの全身から極寒の猛吹雪が周囲に放たれた。
猛吹雪は洞窟内の気温を一瞬にして氷点下数十度まで叩き落とし、周囲で燃え盛っていた茨の炎を瞬く間に鎮火させてしまった。
「だったらもう1度!」
「ああ!」
シャロが再び茨を生やし、ヨシュアが炎を放つ。
するとフェンリルが猛吹雪を放ち、炎を消し去る。
温めては冷やす。
温めては冷やす。
その極限のいたちごっこが、何度も何度も繰り返された。
「クソッ……!このままじゃ、先に力尽きるのはこっちだ……!」
エミルがハァハァと荒い息を吐きながら、絶望的な予測を口にした。
事実、前線で直接フェンリルと殴り合っているエミルとアグニは、猛吹雪の直撃を至近距離で何度も浴びており、顔や手足の皮膚にいくつもの痛々しい凍傷ができていた。
フェンリルの方もダメージが無くはないが、こちらの疲弊の方が大きい。
そんな膠着状態の攻防が続いた、その時だった。
フェンリルの行動パターン――猛吹雪を放つ直前に必ず足を止めるという癖を、シャロの研ぎ澄まされた瞳が見切った。
「……ここだッ!《フォレスト・プリズン》!!」
シャロが魔力を注ぎ込み、フェンリルの周囲の地面から、かつてないほど強靭で極太の茨を生い茂らせ、逃げられないようにフェンリルに絡みつかせる。
「今だ!みんな!!」
シャロの叫びに、三人が即座に呼応した。
「喰らいやがれェッ!《オーラ・バースト》!!」
アグニが全身の魔力を込めた波動を叩き込む。
「切り裂け!《ライジング・エクスカリバー》!!」
エミルが雷を纏った強烈な剣の一撃を放つ。
「消し飛べ!《インフェルノ・フェニックス》!!」
ヨシュアが背後から全てを焼き尽くす炎の不死鳥を飛ばす。
三方向からの全力の必殺技の同時攻撃。
対するフェンリルは、茨のせいで回避が不可能だと悟ると、自らの身体からありったけの魔力を込めた強大な『猛吹雪の防壁』を展開した。
ゴオオオオオオオオッ!!!!
炎、雷、光、そして猛吹雪の超エネルギーが激突し、洞窟内が白夜のように発光する。
互いに一歩も引かない、互いの存在をかけた凄絶な拮抗勝負が展開された。
だが、その均衡を破る最後の一撃があった。
「……これで、終わりだッ!《ローズ・グングニル》!」
シャロが巨大な『茨の大槍』を編み上げ、フェンリルめがけて投擲したのだ。
雷と炎と光と猛吹雪がぶつかり合う嵐の中を、緑色の槍が突き進む。
流石の神獣フェンリルであっても、三人の大技を全開で防御しながら、さらに致命的な四つ目の大技を防御しきることは不可能だった。
ドスッ!!!
茨の槍がフェンリルの猛吹雪の防壁を見事に貫き、その巨体へと深く突き刺さった。
バランスを崩したフェンリルに、エミル、アグニ、ヨシュアの必殺技が直撃し、強烈な爆発が巻き起こる。
「……やったか!?」
アグニが息も絶え絶えに叫び、土煙の向こうを凝視する。
だが。
「――ガアアアアアアアアッ!!!!」
爆煙を切り裂き、血だらけになりながらも凄まじい執念で立ち上がったフェンリルが、怒りと死の瀬戸際の力を込めた、渾身にして最大級の『猛吹雪』を放ってきた。
「嘘だろ!?あれだけの攻撃を食らってまだ生きてるのか!?」
ズドオオオオン!!
予想外の反撃に対処できず、猛吹雪の直撃を受けたシャロたち四人は、抗う術もなく洞窟の後方へと豪快に吹き飛ばされ、氷の壁に激突して崩れ落ちた。
「ぐはっ……!ま、まだこれだけの余力があるなんて……」
エミルが血を吐きながら、剣を杖代わりにして這い上がろうとする。
「いや、奴ももう完全に虫の息のハズだ。もう一発、たった一発でも攻撃を当てさえすれば倒せる……!」
ヨシュアもふらつきながら立ち上がろうとするが、足が悲鳴を上げて動かない。
「で、でも……寒すぎて、身体が、ぜんぜん動かないぞ……ッ」
アグニの言う通りだった。フェンリルの最後の猛吹雪は、洞窟内の温度を限界突破して低下させていた。シャロたちの衣服も、髪の毛も、そして皮膚の表面までもが、ピキピキと音を立てて『氷結』し始めていたのだ。
このままでは、あと一歩のところで間違いなく全員が完全に凍りつき、全滅する。
絶体絶命のその時、シャロがある決断を下した。
「ヨシュア……!」
シャロが、凍りついた声で叫ぶ。
「私に……炎魔法を放って!」
「……は!?何を言っているんだ!」
エミルが驚愕して叫ぶ。
「私の植物……の身体なら……とても燃えやすいハズ……!自分の体に火を点ければ……少しの間だけなら……あの猛吹雪の中でも動けるかもしれない……!」
シャロの眼差しは、覚悟と決意に満ちていた。
「馬鹿を言うな……!自分の体を燃やすなんて……体にかかるダメージは半端じゃないぞ……!下手したら……死ぬぞ……!」
ヨシュアが血相を変えて止める。
「それでも……!!このままじゃ……ここで全滅だよ……!」
シャロの悲痛な、しかし揺るぎない叫びに、誰も反論できなかった。
事実、今の状況を覆す手段は、もはやそれしか残されていなかった。
「……クソッ!!」
ヨシュアは歯が砕けるほど強く噛み締めると、杖をシャロへと向けた。
「わかった……!絶対に、死ぬなよ!!」
ヨシュアは自身の残り全ての魔力を絞り出し、シャロの体へと向けて炎の魔法を放った。
ボオオオオッ!!!
シャロの身体を、真っ赤な炎が包み込む。
「――――――ッ!!!」
文字通り全身を直火で焼かれるような激痛。
発狂しそうになるほどの熱さと痛みに、シャロは悲鳴を上げそうになるのを、力一杯歯を食いしばって根性で耐えた。
だが、おかげで氷は溶け、自由に身体が動けるようになった。
シャロは猛吹雪が吹き荒れる中心、フェンリルへと向かって一直線に突っ込んでいった。
予想通り、炎に包まれているおかげで凍りつくことはない。
だが、この方法は長くは持たない。
シャロの体力が尽きるのが先か、炎が消えるのが先か、とにかく取れるのは短期決戦一択だ。
「グウオオオオオオッ!!」
フェンリルも最後の力を振り絞り、向かってくるシャロを迎撃すべく、巨大な爪を振り下ろした。
ザシュッッ!!
「がはっ……!!」
身を避ける余裕などないシャロの左肩から胸にかけて、フェンリルの爪が深く切り裂く。
樹液が舞い、炎と共に焼けこげる。
しかし、シャロの歩みは止まらなかった。
肉を斬らせて、真の懐へと入り込んだ。
「今度こそ……終わりだああああッ!!!」
シャロは激痛と火傷でボロボロになりながらも、全生命力を振り絞り、至近距離でもう一度、極太の『茨の槍』を手元で生成し、放った。
フェンリルも最後の力で防御しようとするが、もはやその体にはそれを防ぐ魔力は残されていなかった。
ズドオオオオンッッ!!!!
放たれた茨の槍は、フェンリルの身体を完全に貫通し、背中の氷壁ごと縫い付けた。
ピクリ、と巨体が震え――フェンリルの瞳から、ついに光が消えた。
銀狼の神獣が、完全に絶命した瞬間だった。
「や、やった……」
シャロはフェンリルが崩れ落ちるのを見届けると、そのままプツリと糸が切れたように意識を手放し、冷たい氷の床へと力なく倒れ込んだ。
***
パチパチとはぜる炎の音が、シャロの意識をゆっくりと浮上させた。
全身を焼かれたような激痛は嘘のように引いており、代わりに温かく心地よい熱が体を包んでいる。
「……ん」
シャロがゆっくりと目を開けると、心配そうにこちらを覗き込む二つの顔があった。
「シャロ!気がついたか!」
「よかったァ!シャロ、無事カ!?」
エミルとアグニが、弾かれたようにシャロに駆け寄ってきた。
「二人とも……私、どれくらい寝てたの?」
シャロは体を起こし、周囲を見回す。
近くではヨシュアが新たな焚き火を起こしており、氷の洞窟には心地よい暖かさが満ちていた。
「1時間ちょっとってところだ。ポーションは飲ませたが、無茶のしすぎで魔力も体力もすっからかんだったから休ませておいたんだ」
エミルがほっとしたように息を吐く。
「どうなったの?あのフェンリルは?」
「なんとか倒したよ。シャロのあの特攻がトドメになったようだ」
「よかった……本当に、よかった」
シャロが安堵して胸を撫で下ろす。
「全然よくないゾ!植物のお前が自分に火をつけて突っ込むなんて、本当に死んだかと思ったんだからナ!」
アグニがシャロの肩をペチペチと叩きながら、涙目で怒る。
「本当に無茶をする奴だよ、お前は」
ヨシュアも焚き火のそばから、呆れたような、それでいてどこかホッとしたような声で小言を言ってきた。
「あはは……ごめんなさい。でも、あれしか方法が無いと思って」
シャロが頭をかいて謝る。
「……まあ、事実あの行動以外では、フェンリルのあの猛吹雪を突破して倒すことはできなかったのも確かだがな」
ヨシュアがそう言って目を伏せると、エミルとアグニも無言で頷いた。
まさに、全員の力を結集して掴み取った薄氷の勝利だったのだ。
その時。
グウウウウ~~~~ッ。
静かな洞窟内に、フェンリルの咆哮よりも立派な音が鳴り響いた。
「こんだけ戦ったら、流石に腹が減ったゾ……」
アグニが辛そうに自分のお腹をさする。
「あはは、じゃあ早速食事にしようか!」
シャロが元気よく立ち上がる。
「おい、大丈夫なのか!?無理するなよ!」
「そうだゾ、もうちょっと休んだ方がいいんじゃないカ?」
エミルとアグニが慌てて制止するが、シャロは首を横に振った。
「大丈夫だよ、もうしっかり休んだから。それに、フェンリルのような神獣なら、きっと最高の料理になるはずだよ!」
シャロの料理人としての執念には勝てず、三人は苦笑いしながらシャロの背中を見守ることにした。
シャロは倒れているフェンリルの神々しい毛皮に手を触れると、光につつまれ、植物が芽吹き、立派な食材が実った。
現れたのは黄金色の『小麦』、新鮮な『卵』、ゴツゴツとした『じゃがいも』、鮮やかな緑の『ブロッコリー』、オレンジの『にんじん』、ずっしりと重い『かぼちゃ』、真っ赤な『トマト』、そして『いちご』と『バナナ』。
最後に出てきたのは、茶色い殻に包まれた『カカオ豆』だった。
シャロはまず、いつものように小麦を挽き、できた小麦粉に塩と油、そして卵とミルクを加えて、力強く捏ね始める。
生地が滑らかになったところで、シャロの魔力を注ぎ込み、一瞬で一次発酵を終わらせる。
拳でガス抜きをし、丸め直してもう一度発酵。
ふっくらと膨らんだ生地を細長く伸ばし、太い木の枝にグルグルと巻きつけ、直火の焚き火でじっくりと焼き上げていく、いわゆる棒焼きパンだ。
次に野菜と果物のカットを済ませると、鍋にたっぷりのミルクと油を注ぎ込む。
そこへ再び魔力を注ぎ込み、発酵を急激に進める。
鍋の中に塊のようなものができ始め、それが分離してくる。
浮き出た余分な水分を力強く絞り出し、残った固形物をさらに発酵させて熟成させる。
あっという間に、濃厚な香りを放つ特製の『チーズ』の完成だ。
そのチーズに少量の小麦粉と酒を加え、鍋を火にかけながらゆっくりと温める。
チーズがトロトロに溶け出し、アルコールが飛んで芳醇な香りだけが残る。
焦げないように、時々木べらで丁寧に大きくかき混ぜていく。
それと並行し、シャロは別の小鍋を用意し、カカオ豆を焦がさないように火でじっくりと炒り、焙煎していく。
香ばしく、どこか甘苦い独特の香りが立ち上ってきたところで、殻を綺麗に剥ぎ取り、中身の豆をすり鉢で徹底的にすり潰す。
豆に含まれる油分がにじみ出て、次第にペースト状の粉になっていく。
これに砂糖をたっぷりと加え、湯煎しながらゆっくりかき混ぜて溶かせば、ツヤツヤと輝く、黒に近い焦茶色のドロリとしたソースが完成した。
野菜を軽く茹で上げ、木の枝で焼いたパンを用意すれば、準備は全て整った。
「完成!!特製二色の『フォンデュ』だよ!!」
焚き火の周りに、トロトロにとろける黄金色のチーズ鍋と、甘い香りを放つ褐色のドロドロの鍋。
そして、色とりどりの野菜、パン、果物が山盛りに並べられた。
「これは……どうやって食べるんだ?ソースが二種類あるが」
エミルが不思議そうに串を持ちながら尋ねる。
「えっとね、串に好きな具材を刺して、この二つのソースのどっちかに潜らせて、たっぷり絡めて食べるんだよ!」
シャロがお手本として、じゃがいもを串に刺し、チーズ鍋の中でくるくると回してたっぷりとチーズを絡め取った。
トロ〜リと伸びるチーズが食欲をそそる。
「なるほど!そういう事カ!」
早速アグニが、大きめにちぎったパンを豪快に串に刺し、黄色いチーズソースの方へと深くくぐらせた。
「いただきまーす!」
火傷しそうな熱々を、ハフハフと頬張る。
「……んんッ!!美味い!!パンは外がサクサクで中がもっちりしてるし、チーズが濃厚でしょっぱくて、パンに最高に合うゾ!」
アグニは目を輝かせ、次々と野菜をチーズに潜らせては口に運んでいく。
「どれ……」
エミルとヨシュアも、それぞれブロッコリーやにんじんをチーズに絡めて食べてみる。
「……美味いな。チーズをこんな贅沢に使った食べ方は初めてだ」
「ああ、これは良い。この濃厚なチーズの味が、実に酒に合う」
ヨシュアはすぐさまチーズフォンデュをあてにして上機嫌に飲み始めた。
「シャロ!こっちの茶色いのはなんダ!?」
「そっちはチョコレートだよ。パンや果物に付けて食べると美味しいよ!」
「どれどれ……」
アグニが真っ赤ないちごをチョコレートソースにドボンと潜らせ、そのままパクリと口に入れた。
「……!!甘ァい!!すっごく甘くて、いちごの甘酸っぱさが合わさって……メチャクチャ美味しいゾ!!」
アグニはほっぺたを両手で押さえ、文字通りとろけるような顔をした。
エミルもバナナを串に刺し、チョコレートソースをたっぷりと絡めて口に運ぶ。
「……っ!美味い……!!口の中でとろけて、上品な甘さがいつまでも残る……!」
「確かに……この濃厚な甘みとほろ苦さが癖になるな……!」
ヨシュアでさえも、黙々とバナナをチョコレートにくぐらせていた。
死闘の疲れも、洞窟の寒さも忘れる時間。
こうして、暖かく甘美な「二色のフォンデュ」パーティは、賑やかに終わりを告げたのだった。
***
「ふぅ……食った食った!大満足だゾ!」
「本当に美味しかった。フェンリルという『ぬし』クラスの魔物を食べたおかげか、体の底から力が湧いてくる」
エミルが手を開いたり握ったりして体調の良さを確認する。
実際、神獣レベルの肉から生成した食材による食事を摂取したことで、全員の力が目に見えて底上げされていた。
「と言う事は……?」
ヨシュア、エミル、アグニの三人が、一斉に意味深な視線をシャロへと向けた、まさにその瞬間だった。
カアアアアッ!!!
予想通りというべきか、シャロの全身が強烈な白い光に包まれ始めた。
「やっぱり来たカ!!シャロの進化ダ!」
アグニが手を叩いて喜ぶ。
「今度はどんな姿になるのか……」
だが、今回の進化はいつもと少し違った。
シャロから発せられる光の柱は、天井の氷柱を破壊するほどの勢いでどんどん大きく、膨張していったのだ。
光の塊が、人間サイズから、どんどんと見上げるほどへと巨大化していく。
「おいおい……デカすぎないか!?」
エミルとヨシュアが、思わず後ずさりして光を見上げる。
やがて、数分間に及ぶ長い発光が収束し、光がパッと弾けて散った。
「……あれ?」
光が収まった時、シャロは急に自分の『視界が高くなっている』ことに気がついた。
エミルたちを見下ろす形になっており、自分の体が信じられないほど重く、巨大なものになっているのを感じる。
「ど、どうなってるの私……?」
シャロは困惑しながら首を傾げ、鏡のように光を反射する洞窟の壁で自分の姿を確認した。
そこに映っていたのは硬い樹皮で覆われた巨大な胴体、太い大木のような四肢、背中には青々とした葉が茂る巨大な翼。
そして、頭部には鹿の角のように枝分かれした立派な『木の角』が生えている。
「こ、これ……ドラゴン……!?」
シャロは信じられないものを見るように、自分自身の巨大な前脚を見つめた。
声は低い重低音になっており、洞窟の壁をビリビリと震わせるほどだ。
「すげええええっ!!シャロがドラゴンになっちまったゾ!!」
アグニが目を輝かせ、シャロの太い前脚に抱きついて大興奮している。
「植物の体を持った龍……『ウッドドラゴン』か。またとんでもないものに進化したな」
ヨシュアは顎に手を当てて、興味深そうに巨大なシャロを探求の眼差しで見上げた。
レッドドラゴンやアイスドラゴンと同列のドラゴンだ。
文字通り、大木の身体と恐るべき生命力を誇るドラゴンの亜種だ。
「す、すごい力があふれてくるけど……これ、どうしよう……」
シャロがオロオロと首を動かす。
「進化したのは良いが、流石にその姿のままだと、なんとかならんか?食事の支度ひとつ満足にできやしないだろう?」
エミルが呆れたように、一番の死活問題を指摘した。
確かに、この数メートルの巨体と太い爪では、鍋を振るう事も困難だ。
「わ、わかった、なんとか元の姿に戻れないか、試してみるよ」
シャロは巨大なまぶたを閉じ、内なる魔力と生命エネルギーの奔流に意識を集中させた。
自分が人間の形であった時の感覚、手足の長さ、視界の高さを強くイメージする。
すると、しゅるしゅるしゅる……という音と共に、シャロの巨大な大木の体がゆっくりと縮んでいき、元の「シャロ」の姿へと戻っていった。
目を開けると、視界は元の高さに戻っており、エミルやアグニの顔が正面にあった。
「おお、戻れたじゃないか」
エミルがほっとしたように笑う。
「ただ……完全に元の姿には戻らなかったみたいだな」
ヨシュアがシャロの頭を指差して言った。
シャロが頭に手をやると、人間の頭の両耳の少し上あたりに、先ほどのウッドドラゴンのものと同じ、丈夫な『木の角』がちょこんと残っていたのだ。
「えへへ、でも人間の姿に戻れてよかったぁ。ホッとしたよ」
シャロは安堵の息を吐き、頭の角を撫でた。
「流石に、あの数十メートルのドラゴンの姿のままだと、洞窟の中を歩くのも色々面倒だからね」
エミルが肩をすくめる。
「ああ。ドラゴンのままだと、仮にダンジョンをクリアしても、外には出られんからな。これぐらいなら頭を隠せばなんとかなるだろう」
ヨシュアも現実的な問題を口にする。
「えー!ドラゴン格好良かったのになー!」
アグニだけが一人、口を尖らせて心底残念そうにしていた。
「でも、ドラゴンにまで進化できちゃったし……これで、魔物としてはもう行けるところまで行けたっていうか、最強クラスになっちゃった感じがするね」
自分がドラゴンになってしまったという非現実感に、シャロは不思議な笑いを漏らした。
「ああ。神獣を倒し、ドラゴンが味方についているようなものだ。これ以上心強いことはないな」
エミルがシャロの肩を叩いて、誇らしげに微笑む。
「この調子で、次の階層へ進もう。あのフェンリルがおそらくこの第8階層の『ぬし』だったはずだ。だとすれば、次の第9層への道は近くにある」
ヨシュアがダンジョンの奥深くへと視線を向け、気を引き締めるように言った。
「第9層……そろそろ、このダンジョンの最深部も近いはずだ」
神獣を打ち破り、最強の力を手に入れたシャロたち。
大切な仲間、セレナを助け出すために。
四人は決意を新たに、さらに深く、暗く、恐ろしい迷宮の奥を目指して、再び力強く歩き始めるのだった。
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