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穀物転生  作者: リース
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第45食 焼きおにぎり

セレナを追って、赤熱する火口の底を進む4人の影があった。

シャロ、アグニ、ヨシュア、そしてエミルだ。

カイン達は地上へ戻ったため、ここから先は、再び少数精鋭での探索となる。


「グルルルルッ……!」


岩陰から低い唸り声が響いた。

現れたのは、全身が炎に包まれたライオン――フレイムレオの群れだ。

6層の主格とも言える強力な魔物。

以前遭遇した時は、その俊敏な動きと、触れるだけで火傷を負う高熱の体に苦戦を強いられた相手だ。


「敵か!」


アグニが構える。

だが、その表情に焦りはない。


「数は3体か……やれるな?」


エミルが短く確認する。


「もちろん!」


「ああ、問題ない」


「大丈夫だゾ!」


シャロ、アグニ、ヨシュアが即答する。

4人は示し合わせたように散開した。


「ガアアアアッ!」


先頭のフレイムレオが跳躍し、炎の爪を振り下ろす。

ターゲットはアグニ。

だが、アグニはフレイムレオの鋭い爪を避けると、反撃に移る。


「オラァッ!!」


アグニの分厚い筋肉に覆われた剛腕が、巨大なライオンを紙切れのように吹き飛ばす。


「ギャウンッ!?」


吹き飛んだレオに、今度は上空から氷の槍が降り注ぐ。

ヨシュアの魔法だ。

的確に急所を貫き、1体目を絶命させる。


今度はシャロが駆け出す。

セージマタンゴに進化したことで、身体能力は以前よりさらに向上している。

素早く走り、すれ違いざまに草の剣を一閃。

猛毒を含んだ斬撃は、瞬時にフレイムレオの動きを奪う。


「ふッ!」


そこへエミルが疾走し、動けなくなった個体の首を双剣で斬り落とした。


速い、そして、強い。

かつてあれほど苦戦した相手が、まるでスローモーションのように見える。

連携も完璧だ。

エミルとは久しぶりの共闘だが、呼吸はぴたりと合っている。


残る1体も、ものの数分で沈黙した。

無傷での完勝だった。


「……凄いな」


剣を納めながら、エミルが呆れたように呟いた。


「昔は奴らには随分手こずらせたが、今は力が湧いてくる」


魔力の質、肉体の強度、そして反応速度。

全てが以前とは桁違いだ。


「へへっ、シャロの飯を食えば強くなるんだゾ!」


アグニが得意げに力こぶを作る。


「ああ、どうやらそのようだな」


ヨシュアもそれに賛同する。


「普段のシャロの生成料理でも力は底上げされるが……特に『ぬし』クラスの魔物を素材とした食事を取ると、その上昇幅が跳ね上がるようだ」


レッドドラゴン。

6層の支配者であり、圧倒的な魔力の塊。

その肉を食べたことで、シャロは「セージマタンゴ」へ進化した。

だが、進化の恩恵を受けたのはシャロだけではない。

それを食べたアグニ、ヨシュア、そしてエミルもまた、生物としての『格』が一段階引き上げられたのだ。


「シャロはそれで種族進化をするが、俺たちはそれで『力の壁』を越えられるようだ」


人には才能の限界という壁がある。

どれだけ鍛えても超えられない力の天井。

だが、シャロの料理はそれをも突破させる効果があるらしい。


「なんだかすごい力を手に入れたんだな……お前たちと一緒なら、本当に深層まで行けるかもしれない」


エミルが感嘆と希望の入り混じった目でシャロを見る。

シャロはにっこりと笑い、倒したフレイムレオに手を触れた。

魔力が流れる。

死体が光に包まれ、その養分が新たな「食材」へと変換されていく。

そろそろ調味料が減りつつあったので、それの補給だ。

ミルク、油、砂糖、ポーションを食材から丁寧に補充する。


「さて、食材も補給したし、先に進もう!」


補給も完了し、一行はさらに奥へと進んだ。


***


火口の最奥。

そこには、巨大な「穴」が空いていた。

奈落へと続くような、暗く深い縦穴。

その壁面には、螺旋状に下へと続く細い通路が刻まれている。


「これが、次の階に進む道か……」


ヨシュアが穴を覗き込み、息を飲む。

熱気が下から吹き上げてくるが、その風にはどこか湿り気が混じっていた。


「気をつけろ。ここから先は、まだ俺達が踏み入れたことが無いエリア……『未踏領域』だ」


エミルが緊張した面持ちで警告する。

ここから先は正真正銘の未知の世界。

どんな魔物がいるのか、どんな環境なのか、彼女達は知らない。

セレナはおそらく、この下にいる。


「なぁに、このメンバーなら大丈夫だロ!」


アグニがガハハと笑い、先陣を切って歩き出す。


「お前は少し慎重になれ……まったく」


ヨシュアがため息をつきつつ続く。

シャロもまた、エミルと顔を見合わせて頷き、一歩を踏み出した。


「行こう!セレナを助けに!」


螺旋通路を降りること数十分。

周囲の環境が劇的に変化した。

赤熱した岩肌は姿を消し、代わりに壁面を覆い尽くすのは、巨大な苔と蔦。

そして、眼下に広がっていたのは――


「うわぁ……!」


シャロが歓声を上げる。

そこは、緑の海だった。

見上げるような巨木が何千、何万と立ち並び、鬱蒼とした森を形成している。

6層の火山地帯とは打って変わって、ムッとするような湿気と、濃密な植物の匂いが立ち込めている。

第7層、『大樹海エリア』だ。


「さっきも言ったけど、ここから先は未知の領域だから気をつけろ。七層ともなれば、出てくる魔物も間違いなく強くなっているハズだ」


「わかってる」


「それよりも、この広い樹海でどう進むんダ?出口はわからないんだロ?闇雲に進むのカ?」


アグニの言葉に、エミルはふっと口元を緩めて笑った。


「そんな事はしないよ。効率が悪すぎるからね」


「やる奴もいるが……エミルの言う通り、効率が悪すぎる」


ヨシュアも同意するように頷き、自身の杖を軽く叩いた。


「通常、未知の階層を進むにはいくつかの方法がある。地図を買うか、案内人を雇うか……だが、今の俺たちにはどちらも無理だ。だから、魔法で出口を見つけ出す」


そう言うと、ヨシュアは地面に杖を突き立て、深く集中し始めた。

彼女が唱えたのは『サーチ』の魔法。

探知範囲を広げ、周囲の地形や魔物の気配を確認するための初級魔法だ。

だが、広大なダンジョンの1フロアを丸々チェックするとなると、話は変わってくる。

それは初級魔法の枠を超えた、相当な集中力と膨大な魔力量を要求される高等魔術だ。


「…………」


ヨシュアの額から大粒の汗が流れ落ちる。

杖を握る手がわずかに震え、彼女の表情が険しくなる。

これまで何度も魔物と戦い、食事をしてレベルアップした彼女であっても、この広範囲のサーチは難しいのだろう。

シャロ、アグニ、エミルの三人は、その精神統一を乱さないよう、ただ静かに彼女を見守っていた。


しばらくの沈黙の後、ヨシュアがカッと目を開け、確信に満ちた動作でとある方角を指さした。


「……あっちだ。あっちの方にある巨大な大木、その中に出口に続く気配があった」


「さすがだな、ヨシュア!」


シャロ達は頷き、コンパスで方角を確認した。


「大丈夫?少し休む?」


「このぐらい平気だ。行こう」


シャロ達はヨシュアの指し示した緑の深淵の先へと、迷いのない足取りで進み始めるのだった。


***


シャロ達は、巨木の根を跨ぎ、背丈ほどもあるシダ植物をかき分けて進む。

道なき道だ。

足元は腐葉土でふかふかとしており、気を抜くと足を取られそうだ。


しばらく進むと、シャロがピクリと反応した。


「……何かいる」


「ああ、囲まれているな」


ヨシュアも杖を構える。

風が止んだ。

森のざわめきが消え、不気味な静寂が訪れる。


ズズズ……ッ


地響きと共に、周囲の景色が動いた。

いや、景色だと思っていた「大樹」が動いたのだ。

幹に浮き出た木目の顔。

枝葉が腕のように蠢き、根が足となって地面を踏みしめる。

体長は10メートル近い。

木の魔物、トレント。

だが、2層にいたものとはサイズも魔力量も比較にならない。


「『エルダートレント』か!」


エミルが叫ぶ。

その数10体近く。

森そのものが襲いかかってくるような威圧感だ。


ヒュンッ!


鋭い破裂音と共に、エルダートレントの枝が槍のように伸びてきた。


「散開ッ!」


4人は四方へ飛び退く。

枝が地面を穿ち、土煙が上がる。


シャロが動く。

草の剣を生成し、回転しながら突っ込む。


スバアッ!


太い枝が切り落とされる。


エルダートレントが怒り、無数の根を地面から隆起させる。

全方位からの串刺し攻撃。


「甘いなっ!」


ヨシュアはすかさず飛翔魔法で空へ舞う。

上空から炎の魔法を放ち、樹冠を燃やす。

植物に炎は効果覿面だ。


「はああっ!」


エミルもまた、枝から枝へと軽業師のように飛び移り、敵の攻撃を回避しながら懐へ潜り込む。

鋭い剣が幹の中心を正確に切り裂く。


「オラオラオラァッ!」


アグニは力技だ。

伸びてきた根を逆に掴み、巨体を背負い投げの要領でブン回す。

エルダートレント同士が激突し、幹が砕け散る。


シャロは切り裂き、アグニは引きちぎり、ヨシュアは焼き、エミルは穿つ。

エルダートレントも必死に抵抗する。

枝を鞭のようにしならせ、根を触手のように操り、鋭利な葉を飛ばしてくる。

その一撃一撃が、直撃すれば致命傷になりかねない威力を持っている。

タフさも異常で、腕を落とされてもすぐに新しい枝が生えてくる。


だが、あのレッドドラゴンとの死闘を潜り抜けた4人にとっては、恐れる相手ではなかった。

どんな攻撃も、当たらなければ意味がない。

そして今の彼らには、決定的な攻撃力がある。


「これで……終わりだァッ!」


アグニの最大出力の拳が、一番大きな個体を粉砕した。

それを合図に、残りの個体も次々と沈んでいく。

倒された巨木たちが地響きを立てて倒れ、森に静寂が戻った。


「ふぅ……タフな相手だったな」


アグニが肩を回す。

全員、息は上がっているが怪我はない。

7層の魔物も十分に相手にできることが証明された。


「よし、魔物も倒したことだし……食事にするカ!」


アグニがにんまりと笑う。

戦闘後の食事、それがこのパーティの鉄則になりつつある。


「お前達……いつもこんな事してるのか?」


エミルが呆れたように言う。

ダンジョンの深層、しかも未知のエリアで、戦闘直後に料理など正気の沙汰ではない。


「へへ、腹が減っては戦はできねーだロ?」


「……俺も最初はそう思ってたが、今はもう慣れたよ」


ヨシュアが遠い目をする。

この「異常」が「日常」になってしまった自分に苦笑しながら。


「まずは場所を確保しよう!」


シャロは手慣れた様子で、周囲の草を鋭い葉の刃で切り払い、平らなスペースを作る。


「今日は何を作るんダ?」


アグニが涎を垂らしながら聞く。


「ふふっ。セージマタンゴになったから、新しい力を試してみたいの」


シャロが得意げに胸を張る。


「って事はキノコ料理カ!?キノコ鍋とかカ!?」


「残念ハズレ!もっと凄いものだよ」


シャロはエルダートレントの巨大な幹に手を触れた。

魔力が注がれ、巨木から次々と食材が実っていく。

今回生み出したのは「米」「大豆」「小麦」そして「ブドウ」だ。


「相変わらずとんでもない光景だな……木から米とか小麦が生えるなんて」


エミルが目を丸くする。

何度見ても慣れない光景らしい。


「ホント凄いよナ!シャロは!」


「何度も見たから俺も慣れてしまったな……」


シャロがいつものように食材を摘み取る。

そして、近くの木をくり抜き、大きな樽のような容器を2つ作った。

シャロは採取した大豆を蒸し、小麦を炒って砕く。

それを一つの樽に入れ、塩と水を加える。

もう一つの樽には、大量のブドウを潰してジュース状にしたものを入れた。

そして、シャロは2つの樽に両手をかざした。


ゴゴゴゴゴ……


樽がガタガタと揺れ始め、蓋の隙間からシューとガスが勢いよく噴き出した。


「うおっ!?なんダ、爆発するのカ!?」


アグニが飛びのく。

エミルもヨシュアも、何が起きているのか想像もつかないようだ。


「一体シャロは何をしてるんだ?」


「さあ……魔術の儀式にも見えるが……」


しばらくガスが出続け、やがて静かになった。

樽の中から芳醇な香りが漂ってくる。


「さて……上手くいったかな……?」


シャロが蓋を開ける。

そして、中身を指ですくい、ぺろりと舐めた。


「うん!完璧!」


「何ができたんだ?」


恐る恐る容器の中を覗き込む3人。

一つ目の樽に入っていたのは、黒くてとろりとした液体。

独特の、しかし食欲をそそる香ばしい香りがする。


「ふふっ。これは『醤油』だよ!」


シャロが高らかに宣言する。


「醤油……?東洋の調味料だという、あれか?」


エミルが記憶を辿る。


「聞いたことはあるが……醤油を作るには、確か何か月も寝かせる必要があるんじゃなかったか?」


ヨシュアの知識にもあったようだが、その知識と異なる作り方で首をかしげる。


「普通はそうだけど、セージマタンゴになって菌を操れるようになって、発酵にかかる時間を凄く短縮できるようになったんだ!」


「なんだかよくわからないけれどすごいゾ!」


「発酵ってことは……そっちの容器は、まさか……!」


ヨシュアがもう一つの樽を見る。

中に入っているのは、透き通るような美しい赤紫色の液体。

甘く、アルコールのツンとした香りが鼻をくすぐる。


「ワインか!」


「正解!」


シャロがウィンクする。


「ヨシュア、ずっとお酒飲みたがってたでしょ?それに、ワインは料理にもよく使うし!」


「まさか本当に酒も造れるようになるなんて……」


ヨシュアが感動で震えている。

ダンジョン内で新鮮な酒が飲めるなど、最上級冒険者でもありえない贅沢だ。


「酔っぱらったり二日酔いになったら大変だから、ちょっとだけね!」


「肉に酒に小麦に豆……他には何が作れるんだ?」


エミルが呆然と呟く。


「穀物、卵、野菜、果物、魚、肉……そして発酵食品。もう本当になんでも作れるよ!」


「すごいな……まるで歩く食糧庫だ」


「人間業……いや、魔物でも無理だろこんなん……」


そんな話をしている間に、火にかけていた米が炊きあがった。

真っ白でツヤツヤの白米。

それをシャロがテキパキとおにぎりにしていく。

そして表面にたっぷりと、出来たての醤油を塗る。


ジュウウウゥ……


熱した鍋の上におにぎりを乗せる。

醤油が焦げる音。

そして、爆発的に広がる香ばしい香り。

嗅いだことの無い、未知なる香り。


「おっ……!なんだこの匂いは……!」


アグニの腹が雷のように鳴った。

エミルもヨシュアも生唾を飲み込む。


「完成!『焼きおにぎり』!」


こんがりと焦げ目のついた、黄金色のおにぎり。

シンプルだが、至高の料理。


「いただきますッ!」


アグニが我慢できずに手を伸ばす。

熱々のおにぎりをハフハフと言いながら口に運ぶ。

カリッとした表面の食感。

中はふっくらとしたお米の甘み。

そして何より、焼けた醤油の香ばしさと塩気が、口いっぱいに広がる。


「う、うめえええええええッ!!」


アグニが絶叫した。


「なんだこれ!?ただの米なのに、なんでこんなに美味いんダ!?」


「焦げた醤油の風味が米の甘みを引き立てているな……美味い」


「……美味い!東洋料理なんて初めて食べたけど、こんなに美味いなんて!」


エミルもヨシュアもしみじみと味わっている。

そして、そこにワインを一口。

ブドウの芳醇な香りと程よい渋みが、口の中の油分を洗い流し、次の一口を誘う。


「この酒も絶品だ、甘くてコクがあって、香りもいい。こんなの地上ならば何十万も出さなきゃ飲めないだろう」


ヨシュアはワインの入った木のコップを愛おしそうに眺めた。

エミルもシャロも美味しそうにワインを飲む。


「んぐ……うぇ、なんか苦くて渋いゾ。アタシはもっと甘いほうがいいな」


ただ一人、アグニだけはワインの味に顔をしかめた。

彼女にはまだ大人の味は早かったようだ。


「ふっ、まだまだ舌がお子様だな」


エミルが笑う。


「へぇ、お前にも苦手なものがあるんだな」


ヨシュアもニヤニヤする。


「うるせー!アタシは次からはブドウジュースの方がいいや!作ってくれ!」


「もちろんいいよ。100%ジュースも作れるからね」


シャロは微笑ましくみんなを見渡した。

美味しい料理を食べて、笑い合える仲間がいる。

それは、何よりも幸せなことだ。


ふと、エミルの表情が少しだけ切なげに曇った。


「……本当に美味いな。この飯を、セレナにも食べさせてやりたいな」


その言葉に、全員の手が止まる。

そうだ、ここにセレナがいないことが、唯一の欠けているピース。

彼女もきっと、この焼きおにぎりを喜んでくれたはずだ。

そして、ワインを飲んで顔を赤くして笑ったかもしれない。


「……うん」


シャロが力強く頷く。


「その為には、しっかり食べて、強くなって……絶対にセレナを助け出さないと!」


「ああ、そうだな!」


「おうよ!食って力つけて、あの化け物をぶっ飛ばして、無理やり食わせてやるゾ!」


アグニが大きな口でおにぎりを頬張る。

その瞳には強い闘志が燃えていた。

こうして7層「大樹海」での最初の食事の時間が過ぎていったのだった。

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