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穀物転生  作者: リース
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第42食 セレナ 前編

「セレナ……!セレナじゃないか!」


エミルが弾かれたように立ち上がる。

シャロも立ち上がり、笠を揺らして駆け出した。


「セレナ!よかった、無事だったんだ!」


二人は歓喜のあまり、無防備にセレナへと駆け寄っていく。


「あれがエミルが探していた仲間か」


カインたちも警戒を解きかけた。

だが。


「待て!近づくな!!」


ヨシュアの鋭い絶叫が響いた。

普段冷静な彼女が激しく叫んでいる。


「え?」


シャロとエミルが足を止める。

ヨシュアは杖を構え、脂汗を流しながらセレナを睨みつけていた。


「セレナの様子がおかしい!離れろッ!」


ヨシュアの警告。

だが、それは一瞬遅かった。

シャロたちの目の前にいたセレナが、突如大きな口を開ける。

美しい顔が、まるで獣のように歪む。

唇の間から覗くのは、鋭く尖った歯。


「――っ!?」


エミルがギョッとして身を引こうとする。

だが、セレナの手がエミルの肩を掴んだ。

華奢な腕からは想像もつかない怪力。

そして。


ガブッ!!!


「がああっ!!」


エミルの悲鳴が火口に木霊した。

セレナがエミルの首筋に噛み付き、鮮血が噴き出す。

赤い血が、セレナの白い肌を汚していく。


「エミルッ!!」


シャロが叫ぶ。

セレナはビクリと反応し、エミルを乱暴に突き飛ばした。

血を啜った口元を舐め、恍惚とした表情を浮かべるセレナ。

その瞳は赤く充血し、狂気と渇望に満ちていた。


「う……うぅ……」


突き飛ばされたエミルが、苦しげに喉を押さえてうずくまる。

だが、その異変はすぐに訪れた。

エミルの体が痙攣し、白目を剥く。


「ガァ……アァ……ッ!」


エミルが顔を上げた。

その瞳は、セレナと同じ真紅に染まっていた。

理性の光は消え失せ、あるのはただ、目の前の獲物を喰らいたいという獣の欲求だけ。


「ウガアアアアッ!!!」


「エミル……?」


シャロが後ずさる。

エミルがバネのように跳躍し、シャロに襲いかかった。

速い。

鍛えられた足腰に、魔物としての身体能力が加わり、その速度は凄まじい。


「くっ!」


シャロは紙一重で回避する。

エミルの爪が、シャロの服を切り裂く。


「間違いない、あれは『ヴァンパイア』だ!」


ヨシュアが冷静にセレナを分析する。

ヴァンパイア、アンデッドの中でも上位に位置する魔物。

血を吸われた者は吸血鬼化し、理性を失って親吸血鬼のあやつり人形となる。


「させるかっ!!」


カインとガロンが飛び出した。

熟練の連携、ガロンが盾でエミルの体当たりを受け止め、その隙にカインが背後に回り込んで羽交い締めにする。


「ガアアッ!!!ウガアアアッ!!!」


エミルが暴れる。

その力は、大男であるガロンですら押し負けそうなほどだ。


「アリア!浄化を!」


「はいっ!」


聖女アリアが杖を掲げる。

神聖な光がエミルを包み込む。


「邪悪なる呪縛よ、聖なる光の御名において解き放て!《ピュリフィケーション》!」


光がエミルの体内に侵入し、汚染された肉体を浄化していく。


「ギャァァァァァァッ!!」


エミルが断末魔のような悲鳴を上げる。

だが、それは浄化の痛みだ。

数秒後、エミルの瞳から赤色が抜け、そのままカインの腕の中でぐたりと意識を失った。


「はぁ……はぁ……なんとか、戻ったか」


カインが冷や汗を拭う。

首筋の噛み跡も、聖魔法の効果で塞がっている。


「……油断したな。まさか彼女がヴァンパイア化しているとは」


カインが苦々しく言う。

だが、危機は去っていない。

元凶であるセレナが、今も尚シャロを襲っている。


「セレナ!どうしたの!?私だよ、シャロだよ!」


「ガアアアアッ!!!」


シャロが呼びかける。

しかし、セレナの耳には届いていないようだ。

彼女はただ、よだれを垂らしながら、目の前の極上の獲物を見つめている。

セレナの手が伸びる。

その爪は長く伸び、ナイフのように鋭利になっている。

シャロは避ける。

かつて回復魔法で助けてくれた温かい手が、今は命を刈り取る凶器となっている。


「アリア!彼女も浄化するんだ!」


カインが叫ぶ。

エミルと同じように、浄化すれば元に戻るはずだ。


「わかったわ!邪悪なる呪縛よ……!」


アリアが浄化の魔法の詠唱を始める。


「ダメッ!」


シャロが思わず叫ぶ。

そもそもセレナはエミルとは違う。

吸血鬼に噛まれたエミルとは違い、セレナはヨシュアの魔法により、吸血鬼そのものとなっている可能性が高い。

もしそうなら、浄化魔法を受ければ人間に戻るのではなく、灰になって消滅してしまうかもしれない。

しかし、浄化魔法は既に発動していた。

聖なる光がセレナを包む。


「ギャアアアアアッ!!!!」


セレナの体が白く焼かれる。

一瞬、彼女の顔が苦痛に歪んだ。

だが、次の瞬間。


バジィッ!!


光が弾かれた。

浄化されたのではない。

セレナ自身が闇の力で聖なる光を霧散させたのだ。


「な、なんでっ!?」


アリアが驚愕する。

自身の最大出力の浄化魔法が無効化された。

消滅するどころか、火傷の一つも負っていない。


「嘘……アンデッドなのに、聖魔法が効かない!?そんな馬鹿な!」


ハロルドも目を疑う。

アンデッドに聖魔法は絶対の弱点のはずだ。


「グルァッ!!」


セレナが反撃に出た。

目にも止まらぬ速さでアリアに肉薄し、その鋭い爪を振り下ろす。

アリアは魔法の硬直で動けない。


「危ないっ!」


ドンッ!


シャロがアリアに体当たりをして突き飛ばした。

代わりに、シャロの肩をセレナの爪が切り裂く。


「くぅっ……!」


シャロが痛みに顔を歪める。

アリアは転がりながらも無事だったが、顔面蒼白だ。


「あ、ありがとう……でも、今の魔法が効かないなんて……」


場の空気が凍りつく。

聖魔法が通用しないアンデッド、この怪物は一体何なのか。

その答えを、ヨシュアだけが理解していた。


「……やはりか」


ヨシュアが脂汗を流しながら呟く。


「おい!あれは一体なんだ!ただのヴァンパイアじゃないぞ!」


カインが叫ぶ。

ヨシュアはゆっくりと、絶望的な事実を口にした。


「恐らく、あれは『ヴァンパイアオリジン』……吸血鬼の真祖と呼ばれる存在だ」


「真祖だと……!?」


「ああ。ヴァンパイアオリジンは、吸血鬼の弱点を克服している。太陽の光も、聖なる力も、奴には効かん」


「そんなの……どうやって倒せばいいんだヨ!」


アグニが吠える。

弱点がない魔物など、どう攻略すればいいのか。


「力押ししかない。効かないと言っても弱点ではないと言うだけだ。完全に消滅させるほどの火力で焼き尽くせば、ヴァンパイアオリジンと言えど倒せる……だが」


ヨシュアが言葉を濁す。

それはつまり、セレナを殺すということだ。


「そんな……嫌だよ!セレナを殺すなんて!」


シャロが首を振る。

やっと会えたのだ。

助けるためにここまで来たのだ。

なのに、殺さなければならないなんて。


「甘いことを言うな!」


怒声が響いた。

意識を取り戻したエミルだった。

彼女は青ざめた顔で、ふらつきながらも剣を手に立ち上がっていた。


「エミル……」


「見ろ、あの姿を。あれはもう、僕たちの知ってるセレナじゃない。ただの化け物だ!」


エミルの目から涙が溢れる。

誰よりもセレナとの再会を望んでいたのは彼女だ。

その彼女が、剣を向けている。


「躊躇したら死ぬぞ。僕たちが死ねば、誰がセレナを止めるんだ。あんな姿のまま、永遠に迷宮を彷徨わせる気か!」


エミルの悲痛な叫び。

それはシャロの胸に突き刺さった。

そうだ、このままでは、セレナはずっとこの狂気の中で苦しみ続けることになる。

救うということは、生かして連れ帰ることだけではない。

安らかな眠りを与えることもまた、救いなのかもしれない。


「……わかった。止めよう、私たちの手で」


シャロが覚悟を決める。


「行くぞ!総力戦だ!」


カインが号令をかける。

カインとエミルが左右から切り込み、ガロンが正面から盾を構えて突進する。

アグニも拳を固めて飛び込む。


「食らえっ!《オーラ・ナックル》!」


ドゴオオオッ!


アグニの一撃がセレナを吹き飛ばす。

強烈な一撃だが、ヴァンパイアオリジンとなったセレナには致命打にはならないようだ。


「ギャオオオオオォッ!」


セレナが咆哮する。

華奢な体からは想像もつかない暴力的な魔力が吹き荒れる。

カインの剣を片手で受け止め、ガロンの盾を蹴り飛ばし、アグニを体当たりで吹き飛ばす。

速い、そして重い。


「《アイス・ジャベリン》!」


「《ファイア・ストーム》!」


ヨシュアとハロルドが遠距離から魔法を放つ。

氷の槍と炎の嵐がセレナを襲うが、彼女はそれをマント一振りで拡散させた。

魔法防御力も桁違いだ。


「シャロ!毒だ!お前のキノコの毒を使え!セージマタンゴの毒なら、あるいは動きを鈍らせることができるかもしれない!」


ヨシュアが叫ぶ。


「わかった!」


シャロは手に意識を集中させる。

すると、紫色の胞子が噴出し、セレナの周囲に漂う。

エミル達はその胞子を吸い込まないよう、口元を手で押さえ、素早くそこから離脱する。


「グウッ!!?」


セレナが胞子を吸い込むと、一瞬だが動きが止まった。


「今だッ!」


その隙を見逃さず、全員が一斉に攻撃を仕掛けた。


「食らえ!《ドラグーン・スラッシュ》!」


「貫け!《ライトニング・カリバー》!」


「大地よ!《ガイア・バスター》!」


「はああっ!《オーラ・ナックル!》」


「切り裂け!《テンペスト・ブレード》!」


「神よ!《ホーリーアロー》!」


「いっけえ!《リーフ・カリバー》!」


カインの剣技、エミルの雷撃、ガロンの大斧、アグニの剛拳、ヨシュアの魔法、アリアの奇跡、シャロの草術、それらが一斉にセレナに襲い掛かる。

切り刻まれ、殴られ、焼かれるセレナ。

そしてトリにハロルドが詠唱していた最大級の爆裂魔法。


「爆ぜろ!《エクスプロージョン》ッ!!」


ドゴォォォォォォォォォンッ!!!


大爆発。

火口の底が揺れ、黒煙が立ち上る。

直撃だ。


「いくら真祖とはいえ、今の連携攻撃を受ければ無事では済まないはずだ……」


「やったか……?」


カイン達が荒い息を吐きながら煙を見つめる。

しかし、突如、黒煙の中から黒い光がほとばしる。


「な、なんだこの光は……!?」


「気を付けろ!何かの攻撃かもしれない!」


謎の光に注意するカイン達。

だが、シャロ達は、この光に嫌な予感を覚えていた。


「この光……まさか!」


そう、色こそ違うが、これは「進化の光」。

シャロが進化する時と同じエネルギー。

セレナはこの戦闘で、新たな存在へと進化しようとしていたのだ。

突き破るかのように黒煙から影が伸びる。


「な、なんだ……あの影は……」


煙が晴れた先。

そこにいたのは、もはや人間の形をしたセレナではなかった。


「ウヴゥ……アアアアアアアアァッ!!!」


絶叫と共に、黒い光が弾けた。

そして現れたのは、悪夢としか言いようのない異形だった。

全長五十メートルを超える巨体。

背中からは巨大なコウモリの翼が生え、額からは鬼のような二本の角が突き出ている。

四肢は丸太のように太く、鋭い爪が生えている。

皮膚はどす黒く変色し、血管が脈打っている。

まるで、地獄の底から這い出してきた悪魔。

だが、最もおぞましいのはその「頭部」だった。

悪魔の頭頂部から、まるで植物のように「セレナの上半身」が生えていたのだ。

人間の姿をしたセレナが、巨大な怪物に下半身を埋め込まれたような姿。


「あ……ああ……」


その姿を見た瞬間、エミルの剣がカランと音を立てて地面に落ちた。

あまりにも冒涜的な姿。

かつての清廉潔白な聖女の面影は、頭頂部に生えた虚ろな人形のような上半身にしか残っていない。


「嘘だろ……なんだよ、あれ……」


カインも言葉を失う。

絶対的な絶望が、シャロたちの目の前に立ちはだかっていた。

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