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穀物転生  作者: リース
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第41食 レッドドラゴン 後編

意識が、泥沼のような深い闇から浮上する。

まぶたの裏でチカチカと光る残像。

全身を襲っていたはずの焼き付くような熱さと、骨が砕けるような激痛が、嘘のように引いていた。


「……っ」


シャロはゆっくりと瞳を開けた。

視界に映るのは相変わらずの禍々しい火口の天井。

だが、先ほどまで感じていた死の気配は消え失せている。

記憶が急速に巻き戻された。

レッドドラゴンとの死闘、ヨシュアの落下、アグニの決死の投擲、そして、自分が食われる直前に見た、氷の魔法と鋭い剣閃。


「ヨシュア!アグニ!」


シャロは弾かれたように上体を起こした。

周囲を見渡そうと首を巡らせる。


「大丈夫ですよ。もう、治療は済んでいますから」


鈴を転がすような穏やかな声が、シャロの耳に届いた。

すぐ横で、純白の法衣を身にまとった女性が、慈愛に満ちた瞳で微笑んでいる。

彼女の手からは淡い治癒魔法の光が溢れていた。

聖女だ、高位の回復職であることは一目でわかった。


「ちりょ、う……?」


シャロが自分の体を見ると、あれほど酷かった火傷や切り傷が綺麗に塞がっていた。

そして、少し離れた場所には、見知らぬ四人の冒険者たちが立っていた。


一人は、全身を重厚な鎧で固め、頭から龍の角を生やした巨漢の龍人。

一人は、巨大な戦斧を背負い、立派な髭を蓄えたドワーフ。

一人は、知的な眼鏡をかけ、高価そうな杖を手にしたエルフの魔術師。

そしてもう一人は、しなやかな身体つきをした、金髪のエルフの剣士。

彼女だけはなんだか初めて見た気がしない。


彼らの足元には、あのレッドドラゴンの巨体が沈黙して横たわっていた、完全に息絶えている。


「あ、あなた達が、助けてくれたんですか……?」


シャロは震える声で尋ねた。

状況から見て彼らがトドメを刺し、瀕死の自分たちを治療してくれたのは明らかだった。


「ええ、貴方たちの治療はすべて済ませたわ。酷い火傷だったけれど、私の治癒魔法とポーションを併用してなんとか完治させたわ」


少女はニコリと微笑んだ。


「目が覚めたか、嬢ちゃん」


ドワーフの男が豪快に笑いながら近づいてきた。

その視線は、シャロと、まだ眠っているヨシュアたちに向けられている。

それに続いて龍人の男も近づいてきた。


「まさか、たった三人でこの階層のぬしとやり合う命知らずがいるなんてな。肝が冷えたぞ」


「ええ、本当に……でも、あなたたちがここまで弱らせてくれていなかったら、私たちも無傷では済まなかったわ。あそこまで追い詰めるなんて、大した実力ね。おかげで楽に倒せたわ」


エルフの魔術師の女性が、感心したように、しかしどこか計算高い目でシャロたちを評価する。

第六層のボス、レッドドラゴン。

それをハイエナした形にはなるが、彼らに悪びれる様子はない。

むしろ、シャロたちが生きていたことが奇跡だと言いたげだ。


すると、今まで黙っていた金髪のエルフの剣士が、フッと誇らしげに口元を緩めた。


「ああ、当然だ。僕の仲間は優秀だからね」


その声に、シャロの心臓が大きく跳ねた。

聞き覚えのある声。

聞き覚えのある口調。

そして、自分たちのことを「僕の仲間」と呼ぶ、その響き。


シャロは目を見開き、そのエルフの剣士を凝視した。

輝くような金髪、意志の強い碧眼、記憶の中にある姿と寸分違わず重なる。


「……え?」


喉が張り付く。

信じられないという思いと、溢れ出しそうな歓喜が混ざり合う。


「エミル……!?」


シャロがその名を呼ぶと、剣士エミルは、懐かしそうに目を細めて頷いた。


「久しぶりだなシャロ。無事でよかった」


かつてパーティのリーダーを務めていた、頼れる剣士。

ドラゴンに襲われ生死不明だった仲間の一人。

彼女がそこに立っていた。


「エミル……ッ!うわぁぁぁん!!」


シャロは涙を流しながらエミルに飛びついた。

エミルは苦笑しながら、しっかりとシャロを受け止める。

暖かで柔らかい手のひらが彼女が生きていることを雄弁に物語っていた。


「エミル……?」


その時、横で寝かされていたヨシュアが、呻き声を上げながら身を起こした。

彼女もまた、エミルの名前を聞いて意識を取り戻したようだ。


「ヨシュア!見て、エミルだよ!エミルが生きてた!」


「……本当か!?」


ヨシュアはまだ少しふらつく体で立ち上がると、エミルを見て、珍しく安堵の笑みを浮かべた。


「無事そうでよかった、ヨシュア」


「お前もな、エミル……心配したぞ……」


二人は短く言葉を交わし、拳を軽く合わせた。

多くを語る必要はない。その仕草だけで、互いの信頼関係が蘇る。


感動の再会が一段落ついたところで、シャロは涙を拭いながら周囲の冒険者たちを見回した。


「あの、この人たちは……?」


「ああ、僕がみんなと離れ離れになった後、一人で彷徨っていたところを拾ってもらってね。一時的にパーティに入れてもらっていたんだ。紹介するよ。龍人のカインと聖女アリア、ドワーフのガロンとエルフのハロルドだ」


エミルが説明する。

いくら彼女と言えど、一人でこの深層を生き延びる事は困難だった。

つまり、彼らはエミルの命の恩人だと言う事だ。

そして、この強力なメンバーの中にいても、エミルは前衛として十分に機能していたようだ。


「そうだったんだ……皆さん、エミルを助けてくれて、それに私たちまで助けてくれて、本当にありがとうございます!」


シャロとヨシュアは、改めて四人の冒険者に深く頭を下げた。

彼らがいなければ、間違いなく全滅していた。命の恩人だ。


「気にするな。困ったときはお互い様だ」


リーダーのカインが爽やかに笑う。

龍人族特有の威圧感はあるが、話してみると気さくで頼れる兄貴分といった感じだ。


「それに、俺たちにとっても僥倖だった。弱っていたとはいえ、レッドドラゴンを倒せたのは大きな功績だ。素材も手に入るしな」


カイン、アリア、ガロンが笑う中、ハロルドだけがツカツカと歩み寄ってきた。

そして、スッと無言で右手を差し出した。


「それはそれとして、感謝の気持ちがあるならお礼をよこしなさい」


ハロルドは冷徹な商人のような顔で指を折った。


「あなたたちのリーダーをここまで護衛した費用。そして、瀕死のあなたたち三人を最高級のポーションと治癒魔法で助けた費用。加えて、ドラゴン討伐の協力費……タダなわけないでしょう?」


正論だった。

冒険者の世界において、救助はボランティアではない。

シャロが軽くエミルを見ると、エミルはバツが悪そうに視線を逸らした。


「悪い……『仲間に会えたら払ってもらうから!』って後払いで約束しちゃったんだ……お金、持ってるか?」


リーダーの情けない問いかけに、ヨシュアは大きなため息をついた。


「……まぁ、仕方ないな。命には代えられん」


ヨシュアは懐から革袋を取り出し、シャロも自分の財布を取り出した。


「はい、これで全部です」


二人は持っていた現金をすべて、ハロルドに手渡した。

ハロルドは中身を確認すると、チャリンと重さを確かめて満足げに頷いた。


「うん、これなら十分ね。交渉成立よ」


どうやら身ぐるみ剥がされる事態は回避できたようだ。

命の値段と考えれば安いものだが、シャロたちの財布はすっからかんになってしまった。


その時。


グゥゥゥゥゥ~~~~ッ。


盛大な音が、静寂になった火口に響き渡った。

音の主はシャロ、そして続いて、エミルのお腹も可愛らしい音を立てた。


「……あはは、緊張が解けたらお腹空いちゃった」


「……流石に腹が減ったな。戦いの後だしな」


エミルが照れくさそうに笑う。

安堵と空腹、生きている証拠だ。


「じゃあ、作ろうか!お礼も兼ねて、皆さんに振る舞うよ!」


シャロが袖をまくり上げる。

その言葉に、カインたちが怪訝な顔をした。


「作る?何をだ?」


「食料なんて持ってきてるのか?干し肉くらいしか……」


ハロルド達が首を傾げる前で、シャロは巨大なレッドドラゴンの死骸へと歩み寄った。

そして、その赤熱する鱗にペタリと手を触れる。

シャロの魔力がドラゴンの身体を駆け巡ると、ドラゴンの背中から太い芽が何本も生え、勢いよく成長し、太い茎となった。

驚く冒険者たちの前でその茎の先には、実の代わりに丸々と太った『牛』、脂の乗った『豚』、そして、艶やかな羽毛の『鶏』が生えて来た。


「な……なんだこれ、木から牛や豚が生まれてるのか!?」


「そんな魔法聞いたことが無いわよ……!?」


カイン達が目玉が飛び出るぐらいに驚いて叫ぶ。

エミルもまた、目を丸くして牛とシャロを交互に見ていた。


「なぁヨシュア……シャロの奴、あんなデタラメな力持ってたか?それに、あの頭の角と尻尾は……」


「ああ……話せば長くなるんだがな……」


ヨシュアが淡々と説明するが、エミルたちの理解が追いつくには時間がかかりそうだった。


「よし、調理開始!と言っても、今回は人数も多いし、焼くだけにするね!」


シャロは慣れた手つきで葉のナイフを生成すると、まずは鶏の首を落とし、血抜きを始めた。

続けて豚、牛と手際よく解体していく。

魔法で出したとはいえ、そこにあるのは本物の生物。

内臓を取り出し、皮を剥ぎ、骨を外す工程は、熟練の解体職人のそれだ。


「……すごい手際ね」


「見事なもんだ」


最初は引いていたカインたちも、シャロの真剣な仕事ぶりに感嘆の声を漏らす。

シャロは大きなブロック肉を切り出すと、岩塩とブラックペッパー、そしてハーブをたっぷりと擦り込んだ。


「ヨシュア、火加減お願い!」


「了解だ……この岩なら、ちょうどいい鉄板になるだろう」


ヨシュアが平らな岩を魔法で温度を調整する。

天然の溶岩プレートの完成だ。

そこへ、分厚いステーキ肉を並べていく。


ジューッ!!!!!


脂の爆ぜる音。香ばしい肉の香り。

暴力的なまでの食欲をそそる匂いが、一瞬にして周囲に充満した。


「んん……?」


その匂いに反応してアグニがむくりと起き上がった。


「……肉の、匂い……」


アグニがゾンビのように起き上がり、匂いにつられてふらふらと岩盤へ歩み寄る。


「起きたかアグニ。相変わらずだな」


ヨシュアが苦笑する。

アグニはヨシュアの声に反応し、次に肉を焼いているシャロを見て、最後に知らないカイン達を見て、首を傾げた。


「コイツらは誰だ?」


「彼女は誰だい?」


アグニとエミルが同時に不思議そうに尋ねる。


「アグニだ。シャロが連れてきた新しい仲間だよ……まあ、見ての通りの食いしん坊だが、実力は悪くない」


「へぇ……ヨシュア、君がそこまで言うなんてね」


「こっちはエミル。私達のチームリーダーで、彼らは私やエミルを助けてくれた冒険者達だよ」


「そうカ!それはありがとうナ!」


エミルが興味深そうにアグニを見つめ、アグニの方も笑顔でエミルを見つめ返す。

そうこうしているうちに、ステーキが焼き上がった。

表面はこんがりと狐色、中はジューシーなミディアムレア。

シャロは木の皿に切り分けた肉を乗せ、全員に配った。


「はい、お待たせしました!ドラゴン討伐記念、特製ミックスグリルだよ!」


シャロが声を上げる。

岩板の上には、極厚のステーキが人数分、山のように積み上げられていた。

肉汁が溢れ出し、岩肌を伝って香ばしい煙を上げている。


「いただきます!」


アグニが待ちきれずに手づかみで肉にかぶりつく。


「んん~っ!!うめぇぇぇ!!生きててよかったぁぁ!」


そのあまりの食べっぷりに、毒見役としては十分すぎる説得力があった。

アグニはシャロのステーキは二度目だが、感動は色褪せない。

むしろ、ドラゴンとの死闘の後だから、その感動もひとしおだ。

ヨシュアもナイフで切り分け、口に運ぶ。


「……ああ、今回も上出来だ。疲弊した体に染み渡る」


それを見て、エミルたちも恐る恐る肉を口にした。

魔物から生えた肉、ダンジョンの深部での料理。

常識外れの食事だが……


「……っ!美味しい!肉がやわらかくてとろける……!」


「なんだこれは!?地上の高級店より美味いぞ!」


「力が湧いてくるようだ……!」


「凄いなシャロ!」


エミル、カイン、ガロン、アリア、ハロルド。

全員の表情が一瞬で輝いた。

熱々の肉汁が口いっぱいに広がり、噛むほどに旨味が溢れ出す。

まさかこんな灼熱の地獄の底で、これほど温かく、生きる喜びに満ちた料理が食べられるとは。


「いっぱいあるから、おかわりもしてね!」


シャロも自分の分の肉を切り分け、口に運ぶ。

ジューシーな肉の旨味が広がり、幸せが脳髄を駆け巡る。

やっぱり、みんなで食べるご飯は最高だ。

シャロは噛み締めるように、再会の味を堪能した。


食事は賑やかに進んだ。

カインたちがシャロたちを見つけた時の状況、エミルがカインたちに助けられた経緯、そしてシャロたちがここまでどうやって辿り着いたか。

話は尽きず、笑い声が火口の底に響き渡る。

レッドドラゴンとの死闘の傷跡が残る場所で、そこだけが温かな光に包まれているようだった。


そして、全員が満腹になり、幸福なため息をついた時だった。


「ふぅ……美味しかった……」


シャロが満足げにお腹をさすった、その直後。


ドクン。


シャロの心臓が、大きく跳ねたような気がした。

体の奥底から、熱い奔流が湧き上がってくる。

そして


カァァァァァッ!!


突如、シャロの全身が強烈な光を放ち始めた。

まばゆい光が周囲を照らし出し、全員が目を覆う。


「うわっ!?なんだ!?」


「シャロが光ってる!?」


カインたちが慌ててふためく。

エミルも驚いて腰を浮かす。

だが、ヨシュアとアグニだけは違った。


「またか……!」


「来た来た来たァ!進化だゾ!」


光は激しく脈動し、シャロのシルエットを変えていく。

レッドドラゴンという規格外の魔物と戦い、その死体から生成した極上の肉を食したのだ、得られる経験値は計り知れない。


数秒後、光が収束した。


「誰か、鏡を持ってないか?」


「あ、アタシ持ってるけど」


シャロはハロルドから鏡を借りて、その中を覗き込む。

そこに立っていたのは、以前の牛角と牛尻尾を持つビーストバロメッツ姿のシャロではなかった。

姿形は女性「シャロ」の姿ではあるが、頭の上に巨大な『キノコの笠』が乗っていたのだ。

深みのある茶色で、肉厚な椎茸のような笠。

それが帽子のように、あるいは体の一部として、シャロの頭に鎮座していた。

シャロはおそるおそる自分の頭に手をやった。

ふにに、という弾力のある感触。


「な、なんだこれは……!一体何が起きたんだ!?」


カインが剣を構えたまま叫ぶ。

どう見ても異常事態だ。

食後の女性が発光してキノコが生えるなど、呪いか何かとしか思えない。


「やったじゃねぇかシャロ!進化だ!今度はキノ……」


「少し黙ってろ」


歓喜の声を上げようとしたアグニの後頭部を、ヨシュアが杖でフルスイングした。

ゴチンッ!と良い音がしてアグニが白目を剥く。


「驚かせてすまない。これは……彼女特有の『魔法』のようなものだ」


「魔法?光ってキノコが生えるのがか?」


ガロンが疑わしげに言う。


「ああ。彼女は特殊な古代魔法の使い手でな。魔力が一定値を超えると、魔力の余剰分が具現化して、こう……姿が変わる副作用があるんだ」


「副作用……?」


「とにかく害はない。それは俺達が保証する。な?シャロ、アグニ、エミル」


ヨシュアがシャロとアグニ、ついでにエミルに目配せをする。

「合わせろ」という無言の圧力だ。

ここで「魔物に進化しました」なんて言えば、彼らにどう判断されるかわからない。

エミルはともかく、他のメンバーはまだシャロの正体を知らないのだ。


「あ、うん!そうなんです!私、食べ過ぎるとキノコが生えるんです!あははは……」


シャロは引きつった笑いで頭の笠を押さえた。


「そうか……世界は広いんだな……」


苦しすぎる言い訳だが、カインたちは顔を見合わせ、無理やり納得したようだった。


一息ついたところで、エミルは小声でシャロに尋ねた。


「おいシャロ、本当は一体何が起きたんだ?そんな魔法、シャロは使えないハズだぞ?」


シャロと初対面のカイン達ならともかく、シャロの事を昔から知ってるエミルは流石に誤魔化せない。


「……今から言う事は、絶対内緒にしてね」


「……ああ、わかった」


神妙な面構えで話すシャロに、よっぽど重要な事だろうとエミルも理解したようだ。


「実は私、色々あって、魔物に転生してしまったみたいなの」


「魔物だと……?」


声こそ出さないが、流石のエミルも驚いた様子だった。


「それで今回は……ねぇヨシュア、これって何に進化したの?」


シャロも自分が何に進化したのかわからないようで、ヨシュアに小声で相談する。


「……恐らく『セージマタンゴ』だな」


ヨシュアが誰にも聞こえないような小声で返す。


「セージマタンゴ?」


「ああ。マタンゴと呼ばれる動くキノコの魔物の上位種だ。強力な毒や幻覚作用のある胞子を操り、森を支配すると言われる厄介な魔物だ」


「毒キノコ……」


シャロは自分の頭の笠を撫でた。


「今度は菌かぁ……」


牛になったと思ったら、次はキノコ。

とは言え力が溢れてくる感覚は確かだった。

この力があれば、きっと次の階層でも戦える。


「さて……」


カインが立ち上がり、場を仕切り直した。

彼はエミルを見て、真剣な表情で尋ねた。


「エミル、君はどうする?元の仲間と会えた訳だが」


エミルの答えは決まっていた。

彼女はカインたちに向き直り、深く頭を下げた。


「カイン、みんな。本当にありがとう。僕を拾ってくれて、ここまで連れてきてくれて。僕はやっぱり自分のパーティに戻るよ」


「そうか。まあ、そう言うだろうな」


カインは寂しそうだが、納得したように笑った。

ガロンやアリア、ハロルドも、名残惜しそうだが笑顔で頷いている。

短い期間だったが、エミルはこのパーティにも馴染み、愛されていたのだろう。


「お前らなら大丈夫だ。あのドラゴンを倒した実力があれば、この先も進めるだろう」


「気をつけてね、エミル。シャロちゃんたちも」


「ああ、ありがとう」


こうして、ついに元リーダーのエミルが帰ってきたのだ。


「おかえり、エミル」


シャロが改めて言うと、エミルは照れくさそうに鼻をこすった。


「ただいま。懐かしいな、このメンバーと顔を合わせるのは」


「そうだね」


「一人新顔が居るけどな」


「アタシの事だな!」


「さて……これで残る仲間はあと一人……セレナだけだな」


ヨシュアのその言葉に、場の空気が少し重くなる。


「セレナ……この六層まで見つからなかったってことは、やっぱり……」


シャロが不安げに呟く。

シャロ達が一層から奥に行き、それでもまだ見つかっていないセレナは、さらに奥、第七層以降に飛ばされている可能性が高い。


「七層か……ここよりさらに過酷な場所だぞ」


アグニが腕組みをして唸る。


「セレナ一人で大丈夫かな。あの子、回復魔法は凄いけど、戦闘はそこまでではないし……」


シャロの顔が曇る。

非戦闘員の聖女が、単独で深層に放り出されて生き延びられる確率は極めて低い。


「僕みたいに、誰かに助けられていればいいんだけど……」


エミルの願い。

どうか無事でいてほしい。

全員がそう祈った、その時だった。


ゾクリ。


シャロの背筋に、冷たいものが走った。

殺気ではない。

もっと異質で、禍々しく、それでいてどこか懐かしいような気配。


「……誰?」


シャロが振り返る。

アグニも、ヨシュアも、エミルも、カイン達も振り返る。

いつの間にか、ドラゴンの死体の影に、人影があった。

ボロボロの黒いマントを纏っている。


「気をつけろ、ただの冒険者じゃなさそうだ」


ヨシュアが警告を発する。

謎の人物の足音が響く。

マントの奥から青白い視線が射抜いてくる。

その顔が見えた瞬間、エミル達の息が止まった。


「……あ」


シャロの声が震えた。

見間違うはずがない。

美しく整った顔立ち、月光のような銀髪、そして華奢な体躯。

何度も夢に見た、大切な仲間。


「……セレナ!」


そう、彼女がシャロ達の最後の仲間、聖女セレナだった。

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