表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
穀物転生  作者: リース
PR
40/61

第40食 レッドドラゴン 中編

アグニの拳がレッドドラゴンの逆鱗を捉えた。

確かな手応え、肉を打ち据える衝撃。

それは間違いなく、この巨大な怪物の急所を穿ったはずだった。


「グギャアアアアアアッ!!?」


レッドドラゴンの絶叫が火口の壁に反響し、鍾乳石のように垂れ下がる溶岩を震わせる。

巨体がぐらりと揺らぎ、拘束していた氷と蔦が弾け飛ぶ。

アグニは反動を利用して地面に着地し、ザザッと滑りながら勝利を確信して顔を上げた。


「へっ……やった、だろ……?」


しかし、その期待は瞬時に絶望へと塗り替えられた。


「グルルルル……ルアアアアッ!!」


レッドドラゴンは倒れない。

充血した黄金の瞳は、痛みによって濁るどころか、より鮮烈な殺意を宿してアグニを見下ろしていた。

急所を殴られた怒りが、生物としてのリミッターを外したのだ。


「嘘だろ……まだ立ってるのかよ!?」


「マズい……!アグニ、離れろッ!」


ヨシュアの警告は遅かった。

氷の足枷を力尽くで粉砕したドラゴンが、その丸太のような右足を、真下にいるアグニめがけて振り下ろしたのだ。


ドオオオオオンッ!!!


地面が陥没し、土煙が舞う。

アグニは咄嗟に反応し、直撃だけは避けた。

だが、回避しきれなかった下半身の一部を、ドラゴンの巨大な爪が掠め、そのまま地面ごと踏み潰した。


「がああッ!!?」


アグニの悲鳴、骨が軋む嫌な音が響く。

そのままドラゴンの足が、アグニを地面に縫い付ける重石となる。


「アグニッ!!」


シャロが叫んだ。

思考するよりも早く、彼女は駆け出していた。

両手の平から魔力を放出する。

編み上げられたのは、鋼鉄の硬度を持つ緑の刃。


「やめろおおおおっ!」


シャロは草の聖剣を握り締め、ドラゴンの足元へと突進する。

狙うはアグニが位置を暴いてくれた逆鱗。

そこを切り裂けば、今度こそ終わらせられるはずだ。


だが、竜は学習する。

足元に群がる羽虫が、己の弱点を狙っていることを理解したのだ。


バサアアアアッ!!!


突風、シャロが剣を振り下ろそうとした瞬間、凄まじい風圧が彼女を吹き飛ばした。

レッドドラゴンの巨大な翼が展開され、その巨体が軽々と宙に浮いたのだ。


「しまっ……空に!?」


シャロが強風に煽られながら空を見上げる。

アグニを踏みつけていた足が離れ、アグニ自身は解放されたものの、地面に倒れ伏して動けない。

そして頭上には災厄の影。


ドラゴンは滞空し、その口元に再び白熱の光を溜め込み始めた。

地上にいる獲物を安全圏から焼き払うつもりだ。


「さっきのブレスが来るぞ!シャロ、アグニを連れて走れ!」


ヨシュアが叫ぶ。

シャロはアグニの元へ滑り込み、その身体を抱え上げた。


「アグニ、しっかりして!」


「っぐ……わりぃ、足が……」


アグニの足はどす黒く変色し、自力で走れる状態ではない。

直後、空から炎の雨が降り注いだ。


ゴオオオオオオオッ!!


それは広範囲を焼き尽くす散弾のような火球だった。

シャロはアグニを背負い、ヨシュアは回転しながら避け、必死に岩陰から岩陰へと逃げ回る。

逃げた先から岩が溶け、地面がガラス化していく。


「ハッ、やっこさん相当怒ってるようだな……!」


ヨシュアが額の汗を拭いながら悪態をつく。

一方的に空から攻撃されれば、いずれ隠れる場所もなくなり、全滅する。

だが、ヨシュアの目は死んでいなかった。


「アグニが見つけたチャンスだ、無駄にするな! ここで決めるぞ!」


彼女は杖を掲げ、自身の身体に風の魔力を纏わせた。

シャロはアグニを比較的安全な岩の窪みに隠すと、背中に魔力を集中させた。

バサリと生え出したのは、葉脈の走る巨大な『緑葉の翼』。

この火口に行く時に使ったのと同じものだ。


「行くぞっ!」


ダンッ!


二人は同時に地面を蹴った。

重力から解き放たれ、熱気が渦巻く空へと舞い上がる。


戦場は空へ。

マグマの海の上、高熱の気流が乱れ飛ぶ空中で、二人の冒険者と一匹の竜が対峙する。


「グルァッ!」


レッドドラゴンが不快そうに鼻を鳴らし、迎撃のブレスを吐き出した。

だが、二人は蝶のように舞った。


「っと、危ない!」


ヨシュアは風の魔法で身体をジェット機のように加速させ、炎の隙間を縫うように飛翔する。

シャロは葉の翼を羽ばたかせ、不規則な軌道で熱線を回避する。

万が一直撃すれば即死、掠っただけでも致命傷。

死の雨の中を潜り抜け、二人はドラゴンへと肉薄する。


「こっちだ、このトカゲ野郎!」


ヨシュアが杖を振るう。

無数の氷柱が出現し、ドラゴンの顔面へと殺到した。

硬い鱗には弾かれるが、目や鼻を狙うことで注意を逸らすことには成功する。


「グォッ!?」


鬱陶しい氷の礫に、ドラゴンが顔をしかめてヨシュアを睨む。

その一瞬の隙。

ドラゴンの意識がヨシュアに向いた瞬間、シャロが死角である腹下へと滑り込んだ。


「見つけた……!」


アグニが拳を叩き込んだ場所。

喉元の少し下、他の鱗とは逆さに生えた『逆鱗』。

そこはアグニの一撃によって周囲の肉が腫れ上がり、僅かに鱗が浮き上がっていた。


「これで……終わりだッ!」


シャロは草の聖剣を構え、全身の魔力を刃に込める。

加速をつけて接近し、逆鱗の隙間に切っ先を突き立てようとした。


しかし、レッドドラゴンの反応速度は、その巨体からは想像もつかないほど鋭敏だった。

腹下に潜り込まれた気配を察知した瞬間、空中で身体を捻り、強引に軸をずらしたのだ。


キイイインッ!!


シャロの剣は逆鱗を捉えきれず、隣の硬い鱗に弾かれた。


「なっ!?」


「グルアアアアッ!」


回避と同時に、ドラゴンの胴体がシャロに叩きつけられる。

質量による暴力。

それはタックルというより、空飛ぶ岩盤の衝突だった。


「があッ!!」


「シャロ!」


シャロは木の葉のように吹き飛ばされ、空中できりもみ回転する。


「チッ……小癪な真似を!なら、これでどうだ!」


ヨシュアの瞳が冷徹な光を帯びる。

彼女は空中で静止し、杖を両手で握り締めた。

展開される魔法陣は三重。

冷気が凝縮され、周囲の熱気さえも凍てつかせる。


「吼えろ!《アブソリュート・ライガー》!!」


ヨシュアの杖から放たれたのは、氷で形成された巨大な猛虎だった。

ドラゴンの頭部ほどもある氷の虎が、咆哮とともにレッドドラゴンへと飛び掛かる。

最大出力の一撃。


ドゴオオオオオオオオオンッ!!


直撃。

流石のレッドドラゴンも、空中でその衝撃を受け止めることはできなかった。

巨体が吹き飛び、火口壁の崖へと激しく叩きつけられる。


「グ、ギャァ……ッ!」


崖が崩れ、大量の岩石と共にドラゴンがずり落ちる。

腹部には氷の牙による傷跡。アグニの打撃と合わせ、ダメージは確実に蓄積している。

だが、それでも竜の命の火は消えない。


「グルルルルッ!!」


壁に張り付いたまま、レッドドラゴンが口を大きく開けた。

狙いは、魔法を放った直後で硬直しているヨシュア。


「くっ……《アイス・シールド》!」


ヨシュアは即座に分厚い氷の盾を展開する。


ゴオオオオオオッ!!!


しかし、放たれたドラゴンのブレスは、怒りによって火力が跳ね上がっていた。

氷の盾が蒸発する、防ぎきれない。


「ぐああっ……!」


炎の奔流がヨシュアを飲み込む。

直撃は免れたものの、ヨシュアの身体は焼き尽くされ、煙を上げながら落下していく。


「ヨシュア!!」


体勢を立て直したシャロが悲鳴を上げる。

ヨシュアは意識があるのかないのか、力なく地面へと落ちていく。

助けに行きたい、けれど、今ドラゴンから目を離せば全員死ぬ。

幸い、今レッドドラゴンの注意はヨシュアに向いている。

攻撃するなら、今が絶好のチャンス。


「伸びろッ!《ローズ・ウィップ・ランス》!」


シャロの腕から、鋼鉄の棘を持つ無数の茨が射出される。

それは槍のように鋭く硬質化し、一直線にドラゴンの逆鱗を目指す。

崖に張り付いて動きの止まった今なら、当てられる。


シュバババッ!


茨の穂先が、剥がれかけた逆鱗の隙間に突き刺さった。


「グギャッ!?」


ドラゴンの動きが止まる。

深く刺さった、あともう少し押し込めば、トドメを差せる。


「貫けええええええッ!!」


シャロが叫び、魔力を注ぎ込む。

だが、レッドドラゴンは最期の力を振り絞り、茨に向かって灼熱のブレスを放つ。


ゴオオオオォッ!!


「くっ……!」


茨が燃やされる。

植物である以上、炎は天敵だ。

鋼鉄の硬度を持っていても、炭化してしまえば脆い灰に過ぎない。

せっかく通った刃が、ボロボロと崩れ落ちる。


そして、ドラゴンは自由になった首を巡らせ、再びブレスを吐こうと口を開けた。

回避不能。


(あ、死ぬ――)


シャロの脳裏に走馬灯がよぎる。

鋭い牙が並ぶ口腔。奥に見える発光体。

世界がスローモーションになる中、彼女はその死を受け入れそうになった。

その時だ。


ヒュンッ。


何かが、風を切って飛んできた。

それは、ただの黒い塊。

火口の底ならどこにでも転がっている、変哲もない溶岩石。


それが、ブレスを吐こうと大きく開かれたドラゴンの口内へ、吸い込まれるように飛び込んだ。


ゴッ!


異物が喉に詰まる音。

まさにブレスが放出されようとしていたその瞬間、排気口が塞がれたのだ。


ドオオオオオオオンッ!!!


体内での暴発。

行き場を失った熱エネルギーが逆流し、ドラゴンの口腔内で爆発した。


「グゴギャアアアアアアッ!!?」


レッドドラゴンは顔面から煙を吹き出し、その反動で崖から弾き飛ばされた。

巨体が空中で錐揉みし、地面へと激突する。

シャロはその爆風に煽られながらも、なんとか着地した。


「い、今のは……」


シャロが視線を向ける。

岩陰の窪み、そこには、アグニが倒れていた。


「へっ……一撃入れてやった……ゾ……」


「アグニ……!」


潰れた足で立ち上がることもできない状態で、彼女は最後の最期まで諦めていなかったのだ。

あの岩がなければ、シャロは今頃消し炭になっていただろう。


シャロはへたり込む。

魔力は空っぽだ。

少し離れた場所では、落下したヨシュアが黒焦げになったローブのまま、動かない。

アグニも限界を超えている。


静寂が戻る。

終わった……のか?


ズザッ……。


砂利を踏む音がした。

シャロは戦慄と共に、土煙の向こうを見た。


「グルル……ル……」


ボロボロの巨体。

顔の半分が焼け爛れ、逆鱗からは血が滴り、翼は折れ、毒が回り、足は凍りついている。

満身創痍、死に体。

けれど、レッドドラゴンは立ち上がっていた。

その瞳から、王者の矜持という名の執念だけを燃え上がらせて。


「嘘……でしょ……」


シャロの声が絶望に震える。

もう、指一本動かせない。

ヨシュアも、アグニも、物言わぬ骸のように倒れている。


ドラゴンが、ゆらりと三人を睨みつけた。

生き残った獲物を、確実に仕留めるために。

大きく、息を吸い込む。

喉が詰まっていようが、口が裂けようが関係ない。

最後の命を燃やした、特大のブレスの予兆。


(ごめん、みんな……)


シャロは目を閉じた。

全滅。

その二文字が脳裏を埋め尽くす。

熱気が肌を焼く。死が迫る。


――その瞬間。


「《ブリザード・ランサー》!」


凛とした声と共に、戦場が凍りついた。


ドスッ!


ドラゴンの頭に氷の大槍が直撃し、炎のブレスが中断する。


「!?」


シャロが目を開ける。

ドラゴンの動きが止まった一瞬の隙。


ザッ!


一人の人影が、疾風のごとく戦場を駆け抜けた。

その影は、動けないドラゴンの懐へ迷いなく飛び込むと、手にした白銀の長剣を煌めかせた。


「はあああああッ!!」


鋭い気合と共に、剣閃が走る。

狙いは一点。

アグニが殴り、シャロが刺し、傷口が開いたままの『逆鱗』。


ズドンッ!!


今度こそ、その刃は深々と急所まで貫通した。


「――――ッ」


レッドドラゴンの身体が、大きく痙攣した。

声にならない断末魔が漏れる。

黄金の瞳から光が消え、巨大な質量がゆっくりと傾いていく。


ズズウウウン……。


地響きを立てて、赤い災厄が倒れ伏した。

もう二度と、動く気配はない。


シャロは呆然と、その光景を見つめていた。

ドラゴンの骸の前に立つのは五つの人影。


「助かった……の……?」


安堵と疲労が同時に押し寄せ、シャロの意識はそこで暗転した。

面白かった 続きが読みたい方は ブックマーク 感想を入れたり

下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ