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穀物転生  作者: リース
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第4食 ミックスナッツ

ネズミの巣の奥、葉と布で作った即席の寝床で、シャロはゆっくりと目を覚ました。


『ふわぁ……』


小さく伸びをして、体を起こす。

眠気を覚ますように肩を回すと、ツタの先がぱらりと揺れた。


『さて、今日も……行こっか』


昨日手に入れたものを確認する。

火打石、塩、包丁、鍋蓋、腰布。

それを眺めるだけで、少しニヤけてしまう。


ツタを伸ばして軽く体を動かす。

前よりも、ずっと自在に扱えるようになっていた。

初めて角ウサギに挑んだあの日とは、まるで別人、いや、別魔物だ。


『……ふぅ、調子は悪くない』


シャロは小さく息をつきながら、ダンジョンの奥へ視線を向けた。

そこには、どこまでも続く暗闇。


心の奥がざわついた。

あの奥へ行くために、自分はここで少しずつ力を蓄えている。

――そう理解しているのに。


『早く行かなければ……』


そんな思いが、胸の奥から湧き上がる。


『もう大丈夫じゃないかな?ここまで戦えるようになった。

角ウサギも、大ネズミも、ゴブリンだって倒せた。

少しくらいなら奥に行っても――』


シャロは首を横に振った。


『……ダメ』


自分はまだまだ弱い。

この先の魔物がどれだけ強いか、十分わかっている。

迂闊な行動は取れない。

今度もまた生き返れると言う保証も無い。


『まだ行けない。今の私じゃ戦えない……』


シャロは自分に言い聞かせるように呟いた。

早く先に進みたい焦りがある。

けれど、今は耐える時だ。


『今日も、歩こう』


そう言って、シャロはダンジョンを進み始めた。

時折、遠くから聞こえる風の音以外は静かだった。


しかし、ふとその静寂が破られた。


空気が張り詰め、強い力を感じる。

荒々しく、濁った波、生き物の気配。


『っ……これは……』


シャロは息を呑む。

やがて暗闇の向こうから、1つの影が現れた。


『ホフゴブリン……!』


ゴブリンの上位種。

姿形はゴブリンとほとんど変わらないが、その大きさはゴブリンよりも一回りも二回りも大きい。

そして右手には巨大なこん棒を持っている。


『この階層のぬしね……!』


ぬし。

ダンジョンの階層の中でもひときわ強い個体の事を言う。

滅多に出てくるものではないが、次の階層の魔物と同等以上の強さを持つと言う、非常に危険な存在だ。


シャロは思考を巡らせる。

ホフゴブリンは角ウサギやオオカミ、ゴブリンよりもずっと強い魔物だ。


逃げるべきか――?


そんな思考が頭をかすめた瞬間、シャロは小さく首を振った。


『……いや、ダメだ』


この“ぬし”がこの付近に居座れば、もう安全には探索できない。

自分の食料を得るための狩場が奪われる。

それに


『……自分の力が、どこまで通じるのか、試してみたい』


怖くないと言えば嘘になる。

だが、それ以上に、自分の限界を知りたいという好奇心が勝っていた。


シャロはゆっくりと包丁を右手、いや、ツタの先に構え、体勢を整え対峙する。


『……ごくり』


自然と喉が鳴った。

ツタの先が小刻みに震える。

怖い。

だが、それと同時に、奥底から何かが沸き上がっていた。

これまで戦ったどの魔物よりも強い。

だからこそ、ここを超えなければ、自分は前に進めない。


「グルルル……」


ホフゴブリンが低く唸った。

それが合図のように、ホフゴブリンが地を蹴った。

大きなこん棒を持っているにも拘わらず、素早い動き。


直後


ドゴオッ!!


巨大な棍棒が地面を叩きつけ、轟音が鳴る。


『っ……!当たっていたら一瞬でペチャンコね……!』


息が詰まりそうになるが、足を止めるわけにはいかない。

ツタを伸ばし、岩壁に絡めて体勢を立て直す。


そしてツタを伸ばし、空気を切る音と共に、鉄の包丁がホフゴブリンの脛を裂いた。


肉が裂け、血飛沫が飛ぶ。

ホフゴブリンが咆哮を上げた。


「グルアアアアアアッ!!」


怒りに満ちた赤い瞳が、シャロを捉える。

次の瞬間、棍棒が振り下ろされた。

シャロは必死に左右へ転がり、なんとか直撃を避けた。


『危なっ……!』


心臓が跳ねる。

今の自分の大きさでは、ほんの少しの油断が命取りになる。


拘束?いや、無理だ、あの怪力をツタで縛るなど到底不可能、暴れられたら簡単にひきちぎられてしまう。


シャロは焦りを抑えながら、頭の中で状況を整理する。


『真正面からじゃ勝てない。リーチを活かすしかない』


シャロはすかさずツタで握った包丁を勢いよく突き出した。

狙いはホフゴブリンの胸、心臓部。


だが、ホフゴブリンの反応は早かった。

拳が唸りを上げて振り抜かれる。


ガキイインッ!!


鈍い金属音。

シャロの包丁が弾かれ、宙を舞った。

光苔の反射を受けて、銀の軌跡が回転しながら遠くの地面へと落ちていく。


『しまっ――!』


シャロは慌てて駆け出し、包丁へと向かう。

背後ではホフゴブリンが唸り、足を引きずりながら追ってくる。


足の傷が効いている、機動力は削がれた。

つまり、時間さえ稼げば勝機はある。


『ふぅ……落ち着け、大丈夫だ』


そう呟きながら、包丁をツタで拾い上げる。

武器もある、戦況はこっちの方が有利だ。

その一瞬の油断が命取りだった。


ブンッ!


次の瞬間、空気を裂くような音がした。


『……え?』


顔を上げた時にはもう遅かった。

巨大な棍棒がこちらに向かって飛んできていた。


ドゴォン!!!


轟音が響き渡る。

体が吹き飛び、岩壁に叩きつけられる。

視界が一瞬で白くかすんだ。

体中を焼くような痛み。

ツタの先端がちぎれ、体のあちこちが痺れる。


『くっ……油断……した……!』


朦朧とする意識の中、シャロは歯を食いしばる。

目を凝らすと、ホフゴブリンが足を引きずりながら近づいてくるのが見えた。

その姿は、まるで死神のようだった。


ホフゴブリンは投げつけたこん棒を拾うと、ニヤリと笑う。

勝利を確信したような、そんな笑み。


「グルアアアアアアッ!!」


そして、ホフゴブリンはトドメの一撃を放つため、こん棒を思い切り振り上げた。


その瞬間


『今だっ!』


ホフゴブリンがトドメを刺す、その一瞬の隙を突き、シャロが包丁をブン投げた。


ドスッ!


鈍い音。

投げた包丁はホフゴブリンの頭部に命中した。

ホフゴブリンの動きが止まり、ぐらりと揺れる。


『油断……したね……』


シャロは息を切らしながら、ホフゴブリンの目から光が消えるのを見届けた。

やがて、ホフゴブリンはその場に崩れ落ちた。


シャロはしばらく動けなかった。

全身が痛み、息をするたびに胸の奥が軋む。

それでも、ゆっくりと笑みが浮かんだ。


『ふぅ……やった……』


震えるツタを地につき、ようやく体を支える。

倒れたホフゴブリンの身体を見上げながら、シャロは長い息を吐いた。


熱い、体のあちこちが焼けるように痛んでいた。

戦いは終わったが、今はとても動けそうにない。


『ちょっと……休まないと……』


シャロは岩に背中を預け、少し休息を取るのだった。


***


『ふぅ……少しはマシになってきたかな』


休息を取り、痛みもだいぶ引いてきた。

ツタを軽く動かしてみる。

しなやかに揺れ、違和感はない。

ほんの十数分前まであれほど激しく傷ついていたと言うのに、この回復力。


『やっぱり、魔物だから……なのかな……?』


自分の体を見下ろし、少しだけ笑った。

血ではなく樹液が流れる身体、それが今は少し心強くもある。


シャロはゆっくりと立ち上がり、ホフゴブリンに刺した包丁を抜こうとする。


しかし


ボキッ!


包丁は根元で折れてしまった。


『なっ……折角の包丁がっ……!』


命には代えられないとは言え、折角の包丁がダメになってしまった。

シャロは少し凹んでしまう。

ホフゴブリンを倒せたのも、この包丁のおかげだ。

その包丁が使えなくなった今、次の階層で戦うのはだいぶ厳しくなってしまった。


『気にしても仕方ない、食事にしよう』


シャロは気持ちを切り替えて、食事の準備をすることに。

どんな戦いの後でも、食事は欠かせない。

食べることが、力になる。

それは人間でも、魔物でも同じこと。


シャロはホフゴブリンの腰布を剥ぐと、近くの泉で洗って干す。

洗濯が終わったらホフゴブリンの体に軽く触れる。

するとその瞬間、ホフゴブリンの表面から薄緑の光が走り、そこから一斉に芽が伸び始めた。

やがて、殻に覆われた小さな実が、いくつもぶら下がった。

アーモンド、カシューナッツ、ピーナッツ、マカデミアナッツ、くるみ。


シャロは米を摘んだ時と同じように、豆に向かって念を送る。

するとパキパキと言う音がして、豆が外れ、浮かび上がると、鍋の中に集まっていく。


次に火打石と火打金を取り出し、石を打ち合わせる。


カチッ、カチッ……パッ!


火花が飛び、用意しておいた乾いた藁に着火する。

細い枝を重ねて小さな焚き火を作る。

そうしたら焚き火の上に鍋を置き、中にナッツを入れ、何度か鍋を振りながら炒る。

ポン、パチッという軽快な音が響くたび、香ばしい匂いが広がった。


『うわぁ、いい匂い……!』


塩の塊を取り出し、石で削って粉末にする。

それを指先ですくい、ぱらぱらと振りかけた。

途端に香りがぐっと引き締まる。


『これぞ、天然ミックスナッツ!』


熱で油が滲み、艶を帯びたナッツたち。

それをツタの先でつまみ、一粒、口へ運ぶ。


――カリッ


『……んっ!』


香ばしい。

香り豊かで、塩が程よく効いている。

そして、ほんのりとした甘み。


『おいしい……!』


頬を緩ませながら、次々とナッツを口に運ぶ。

硬い殻を噛み砕くたび、疲労が少しずつ溶けていく

お腹が空いてたのもあり、すっかり平らげたのだった。


『ふぅ……ごちそうさまでした』


その時、身体の奥から何かが湧き上がってくる感覚があった。


『……え?』


胸の中心がじんわりと熱くなる。

それが次第に全身に広がり、指先まで痺れるような感覚が走った。

体内の魔力がどんどんと膨れ上がるのを感じる。


『な、なにこれ!?』


次の瞬間、体全体が眩い光に包まれた。


白く、柔らかな光。

それは痛みも熱もなく、ただ暖かかった。

けれど、確かに何かが変わっていく。

身体が、生命力の流れが再構築されていくような――そんな感覚。


シャロは思わず目を閉じる。

しばらくして、光が静かに収まっていった。


『……終わった?』


辺りを見回す。

特に変わったものはない。

けれど、自分の体が軽い、力が満ちてくる。

まるで、今までとは別の存在になったような感覚。


『もしかして……これって……』


シャロははっとして立ち上がると、泉へと急いだ。

息を整え、水面を覗き込む。


『……っ!』


そこに映っていたのはコルンムーメが成長したような姿だった。

球根状の身体から芽が生え、麦わら帽子が消えた代わりに髪のように葉が茂り、大きな紫の花が咲いていた。

体つきも少しは大きくなっている。


試しにツタを伸ばしてみると、伸びる速度が以前より速くなっていた。

力を込めるとツタの先から小さな葉が芽吹くのがわかった。

魔力の流れも安定しているようだ。


『この紫の花……もしかして……エッグプラント?』


エッグプラント、文字通り卵の実をつける植物の魔物。

肉食性で、動物や人を襲う狂暴な植物だ。

初心者冒険者がうかつに近づけば返り討ちに合う程度の強さはある。

シャロは自分の姿を見つめ、そして小さく笑った。


『やった!できたんだ進化!』


小さな身体を精いっぱいに跳ねさせ、シャロは嬉しそうに花を揺らした。

魔物としての自分を受け入れ始めてから、大きく感じる“成長”の実感。

嬉しさが胸の奥で弾け、顔が自然とほころんだ。


シャロは両手を胸の前で組み、喜びに満ち溢れるように笑ったのだった。

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