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穀物転生  作者: リース
3/14

第3食 おにぎり

シャロは再びダンジョンの中を探索していた。

次の獲物を探す為に、強くなるために。


『……?』


その静寂の中に、ふと違和感を覚えた。

遠くから、何かの“音”がした。


カン……カン……


金属が岩に当たるような、乾いた響き。

それに混じって、規則正しい足音。

複数人の、重たい足取り。


シャロは戦闘態勢を取る。


『……魔物?』


いや、違う。

このリズム、この靴音の重さは、明らかに獣ではない。

それに、時折聞こえる金属の擦れる音――


『……まさか!』


シャロは急いで岩陰へと身を滑り込ませる。

息を殺し、ツタをぴたりと縮める。

そのまま、岩の裂け目の影に隠れて、音の主を待った。


カン……カン……カン……


やがて、姿が現れた。


鎧の光沢、腰に下げた剣、肩に荷物を背負った男と、後ろに続く二人の仲間。

間違いない、冒険者チームだ。


『……人間だ』


心臓が跳ねた。

懐かしい、けれど同時に、恐怖が押し寄せる。

彼らから見れば、魔物である自分は討伐対象だ。


冒険者たちは淡々と進む。

先頭の男が警戒しながら道を確かめる。

後ろの二人が囁き合う声も聞こえる。


冒険者たちはしばらく周囲を警戒していたが、やがて何事もなく奥へ進んでいった。


『……ふぅ……危なかった……』


シャロは静かに岩陰から姿を出す。

足元には、彼らの残した靴跡。

ほんの少しの差で、命を落としていたかもしれない。


『……やっぱり、今のままじゃダメだよね』


角ウサギ一匹に苦戦するようじゃ、人間の冒険者なんて到底敵わない。

もし遭遇したら、戦うどころか逃げ切ることも難しいだろう。

このままでは、いずれ本当に討伐される。


『せめて、人間と同じぐらいには戦えるようになりたいな』


それは切実な願いだった。


『……行こう。強くなるために』


***


しばらく進んだその時、三つの影を見つけた。

二つの背丈は今のシャロの倍ぐらいに高い。

緑色の皮膚、尖った耳、鋭い牙、片手にはこん棒。

そして、ぎらついた黄色い目。


『ゴブリン……』


ダンジョンでは定番の魔物。

大ネズミと並ぶほどの“弱小種”ではあるが、その大ネズミにすら苦戦する今のシャロにとっては、決して侮れない相手だ。

数で押されれば、一瞬でやられる。


そして、残り一つは人間の、恐らく冒険者だ。

ぐったりしていて動かない、恐らくゴブリンにやられたのだろう。

いくらゴブリンが弱小種であっても、油断すれば素人冒険者ならああなる事もある。


ゴブリンたちがシャロに気づいた。

黄色い目が光り、ぎゃあと濁った声を上げる。

次の瞬間、ゴブリンが突進してきた。


『来た!』


シャロは身をひねり、ぎりぎりでそれを避ける。

風を切るこん棒の軌跡が頬をかすめた。


二体目のゴブリンがこん棒を振り回しながら迫ってくる。

それもシャロは素早く横に跳んで回避する。


シャロは冷静だった。

この二匹、動きにまるで連携がない。

お互いが勝手に突っ込んでくるだけの、単純な動き。


『……読みやすいね』


シャロはツタを伸ばし、タイミングを見計らって


『捕まえた!』


片方のゴブリンの足をツタで絡め取り、ぎゅっと縛り付けた。

ゴブリンがギャッと叫び、もがく。

そのすぐ隣で、もう片方のゴブリンがこん棒を振り上げ、助けに入る。

そこを、縛ったゴブリンの体を、もう一匹に向かって勢いよく引っ張る。


『いっけぇ!』


バシンッ、と音を立てて二体のゴブリンが衝突した。

鈍い音が洞窟に響く。

その瞬間、ゴブリンがバランスを崩し、手にしていた武器を取り落とした。


『今だ!』


シャロは反射的にツタを伸ばす。

蔓が地を這い、落ちたこん棒の柄を巻き取った。

それを引き寄せ、手の中に収める。


『ふふ……これでこっちにも武器がある!』


シャロは素早く倒れかけたゴブリンの懐に飛び込む。


『食らえっ!』


ツタで握ったこん棒でゴブリンを叩きつける。


「ギャッ!」


短い悲鳴。

ゴブリンの体が震え、やがて力を失って崩れ落ちた。


『一匹終わり!』


息をつく暇もなく、背後から衝撃。

もう片方のゴブリンがこん棒で殴りかかってきた。

シャロは辛うじてそれをかわし、ツタを広げて距離を取る。


『しつこいなぁ!』


再びゴブリンが突進してくる。

シャロはその勢いを利用し、素早く蔓を絡ませた。


『つかまえた!』


ツタが幾重にも絡まり、ゴブリンの腕と脚を締め上げる。

ギチギチと音を立てながら、動きが止まった。

暴れようとするが、蔓は完全にゴブリンの動きを固定していた。


『くらえっ!』


シャロは拘束したゴブリンの頭をこん棒で殴りつける。

鈍い音がすると、ゴブリンは力なくその場に倒れたのだった。


『ふぅ……終わった……』


ツタの先で額の汗をぬぐうような仕草をする。

戦いの余韻が残る中、シャロは倒れていた冒険者に近寄った。

彼はまだ若い男の子で、肌にはまだぬくもりがあるが、息は止まっていて、ピクリとも動かない。

もう……死んでいる……


『……安らかに眠ってください』


シャロは片膝をつくと、静かに瞼を閉じた。


祈りを済ませると、シャロは彼の荷物を漁り始める。

死体の荷物漁り、冒険者なら普通の事だった。

シャロが居たチームでも何度かやった事がある。

ましてや今のシャロにとっては死活問題だ。


冒険者が手に握っていたのは包丁と鍋の蓋、そして、頭には紐でくくった鉄の鍋。

恐らく武器と防具の代わりだろう。

金が無い初心者冒険者は、武器防具の代わりに調理器具を使う人も居る。

包丁は剣、蓋は盾、鍋は兜代わりだろう。

だが、今のシャロにとっては武器防具よりも欲しかった代物だ。

シャロはそっと包丁を取り上げた。

持ち手は手垢で黒く光り、刃は何度も研がれた跡があった。


『これは、まだ使える』


試しに包丁を持ち、光を反射させてみる。

刃の先に、ダンジョンの岩壁が淡く映る。

柄を握る指に馴染む感触が心地よい。


彼女は続いて鍋を見た。

人の頭がすっぽり入るほどの大きな鉄鍋で、外側には傷が無数にあり、底は煤で黒く焦げている。

だが、凹みも穴もなく、しっかりしている。


『こっちも使えそうね』


一方、リュックの中にはほとんど何もない。

皮袋の中に数個の魔石と魔物の爪や角が入ってたぐらいだ。

これだけ集めるのが限界だったのだろう。

孤児なんかはマトモな職に就けない事も多い。

そうなると、取れる選択肢は二つに一つ、冒険者か盗賊か。

弱くても、金が無くても、冒険者になるしか無かったのだろう。


『ありがたく使わせてもらうね』


シャロは荷物を手にし、その場を去るのだった。


***


『今回は大収穫だね!』


シャロは戦利品を並べてみた。

包丁、鉄鍋、鍋蓋、リュック。

これだけあれば煮たり焼いたり切ったり、色々する事ができる。

リュックがあるから荷物を持ち運ぶのも楽になる。

さらに、ゴブリンの腰に巻かれていた腰布も手に入れた。

しっかりとした布地だ。

魔物が身につけていたものとはいえ、これも貴重な資源。


『包丁……鍋……!これでついに料理ができる!』


シャロの顔に浮かぶのは、戦士の誇りでも狩人の満足でもない。

料理人としての笑みだった。


シャロはそのまま近くの水場へ向かった。

先ほど戦った場所のすぐ裏手、そこには泉のように澄んだ水が湧き出していた。


『さて、まずはこの布を洗おう』


シャロは腰布を掴み、ざぶんと水に浸けた。

布から泥がゆっくりと溶け出し、泉の表面が茶色に染まっていく。


『ふぅ……やっぱり道具は大切に使わないとね』


ツタの先端を櫛のように動かして布をこすり、何度もすすぐ。

何度目かのすすぎでようやく汚れが落ち、白に近い灰色の布が現れた。


『よし、これで清潔になった』


布を絞り、岩陰に広げて干す。


『布は料理でも大事だからね。包む、こす、拭く、いくらでも使える』


シャロは綺麗になった布を見て、誇らしげに笑った。


『鍋と包丁も洗わなきゃ』


武器防具として使われていた鍋と包丁だ、これもちゃんと洗わなければ。

水に浸け、ツタでこすって汚れを落とす。

多少だが汚れが落ち、軽く光沢が出て来た。


『さて、ごはんにしよう』


シャロは倒したゴブリンの死体を引き寄せる。


『今日はとうもろこし以外の料理にしようかな』


あの甘い香りとポップコーンの幸福感も悪くはない。

でも、毎日それだけでは飽きてしまう。

やっぱり人として、いや、魔物としても変化がほしい。


シャロはそっとゴブリンの亡骸に近づいた。

そして、手のひらを当てる。

すでに慣れた感覚だ。

心を落ち着け、イメージを明確にする。


するとその瞬間、ゴブリンの表面から薄緑の光が走り、そこから一斉に芽が伸び始めた。

それは瞬く間に稲となり、金色の穂が頭を垂れた。

ダンジョンの湿った空気の中で、まるで陽光を浴びたかのように輝く。


『よし!成功だ!』


シャロは両手を広げて喜んだ。


しかし、これを収穫、脱穀、籾すりするとなると、かなりの時間と手間がかかる。

その為、またコルンムーメの力を使うことにする。

なんとなくだが、できる気がするのだ。


シャロは手を稲に向け、念じる。

沢山実った稲の先端に意識を集中する。


すると、プチプチと言う音がし、稲の先端、籾の部分から米が分離し、ふわりと浮き上がると、鍋の中に吸い込まれるように飛んでいった。


『わあ、凄い!収穫も脱穀も籾摺りも一瞬ね!』


シャロは喜んで鍋に溜まった米を見る。

そこには白くつやつやとした米が沢山入っていた。

白い米……?


『えっ、もしかして、精米も済んでるの!?』


米と言うのは本来もっと茶色いものだ。

それを「玄米」と呼び、そこから茶色い「米ぬか」と呼ばれる物を取り除く作業「精米」をして、初めて白米になるのだ。


だが、シャロが収穫した米は最初からその米ぬかが無かった。

精米する必要が無いのだ。


『凄い……これがコルンムーメの力……!』


コルンムーメの、自分の力に感動するシャロ。

これなら思ってたより遥かに早く調理が済みそうだ。


米を集めたら、次は葉っぱを使って水を汲み、鍋に注いで米を研ぐ。

キュッ、キュッと音を立てながら、何度か水を替える。

薄く白く濁った研ぎ汁を流すと、米はより艶やかに見えた。


研ぎ終えた米に再び水を加え、火にかける前に30分ほど置く。

その間、火打石と火打金で焚き火を起こす。

パチパチと火花が散り、やがて小さな炎が立ち上がった。


時間が経ち、鍋を火にかける。


蓋をして、じっと耳を澄ます。

水が温まり、泡が立ち、ぐつぐつと音を立て始める。

その音が少しずつ変化していくのを聞きながら、炎を弱める。


やがて、蓋の隙間から湯気が立ち昇る。

その白い蒸気に、鼻がくすぐられる。


そして、静かに火を止める。

そのまま、しばらく蒸らす。


洞窟の中に、ほのかな甘い香りが広がっていく。

それはまるで、懐かしい家の匂いだった。


『そろそろいいかな』


鍋の蓋をゆっくりと開ける。

途端に、白い湯気がふわりと顔にかかる。

その香りに、シャロは思わず目を細めた。


『……炊けてる!』


鍋の中には、ふっくらと膨らんだ白いご飯。

一粒一粒が艶やかで、立ち上る香ばしい匂いに胸が高鳴る。


『ダンジョンの中で、炊きたてのご飯が食べられるなんて……』


シャロは少しご飯を冷ましてから、ツタで米をすくい、岩塩を削って振りかける。

塩の粒が白米の上で光った。

それをツタで器用に握る。


『ふふ……完成!特製、塩おにぎり!』


まだ湯気を立てたままの塩おにぎりが二つ。

その温もりを手のひらで感じながら、シャロは一口かじった。


『……っ!おいしい!』


舌に塩味が広がり、米の甘みが追いかけてくる。

噛むたびに柔らかく、ほんのりと甘い。

人間の頃に食べたどんな料理よりも、心に染みる味だった。


『やっぱり、ごはんってすごいなぁ……』


ただの塩むすび。

だが、それは今までで一番のご馳走だった。

ひと粒ひと粒に、ここまで来た時間と努力が詰まっている。


静かな笑みを浮かべながら、もう一口、また一口と食べ進める。

食べるたびに、体の奥から熱が湧き上がる。

それは単なる満腹感ではない。

力が満ちていく、そんな感覚だった。


『こんな美味しいものが食べられるなら、魔物になったのもよかったかもね』


シャロは静かに笑った。

その笑みは、穏やかで、どこか人間らしかった。


食べ終える頃には身体の芯から力が満ちていた。

食事を取るごとに、この身体は強くなっていく気がする。


『ごちそうさまでした』


シャロは小さく伸びをする。


『ふわぁぁぁ……』


声も無くちいさなあくびをする。

食事で体力は回復したものの、それでも取れない疲れが溜まっていたようだ。


『今日はそろそろ寝ちゃおうかな……?』


シャロは今日見つけた大ネズミの巣へ戻ることにした。

あそこなら天井が低く、外からの目も届かない。

魔物や人間に見つかる心配はないだろう。


洞窟を進み、見覚えのある小部屋に辿り着く。

壁際にはネズミの集めた枝や藁が散乱している。


ツタを伸ばして地面を整え、広い葉をいくつか生やして敷き詰める。

それが即席のベッドマットになる。

さらにその上に、干しておいた腰布を広げた。


『おお……ふかふか!』


思わず声が漏れる。

人間の頃、宿屋のベッドに潜り込んだ夜を思い出した。

あの温かさとは違うけれど、これも悪くない。


シャロは体を横たえる。

包丁、鍋、蓋、布――今日だけでたくさんのものを手に入れた。


『火がある。塩もある。調理器具もある。布まで』


ひとつひとつを数え上げながら、ふと笑みがこぼれる。


『案外、なんとかなるかもしれない……』


そう呟きながら、まぶたを閉じた。

やがてシャロは、穏やかな呼吸とともに、静かな眠りへと落ちていった。

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