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穀物転生  作者: リース
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36/61

第36食 フライドチキン

ダンジョンの第六層、赤茶けた大地、風に削られた奇岩の数々、そして、時折白い雲がゆっくりと流れていく、遥か彼方まで続く青い空。


「それにしてもいい景色だナ!」


アグニが感心しながら風景を見る。

だいぶ山道を登り、より遠くの景色が見えるようになっていた。

そして、後ろを歩くヨシュアに得意げに振り返る。


「おいヨシュア、知ってるか?あの綺麗な空も、遠くに見える山脈も、全部『幻』なんだゾ」


「……へぇ」


ヨシュアは意外そうな顔でアグニを見た。


「よく知っているな、お前。そんなダンジョンの構造に興味があるとは思わなかった」


「失礼な奴だな!……ま、教えてもらったのはシャロだけどナ!」


「なんだ、シャロからか。珍しいことを知ってるなと思ったら」


ヨシュアが納得したように頷く。

アグニは「えっへん」と胸を張っているが、情報の出処は結局シャロだった。


「私達もダンジョンで迷った時は隅っこまで行く事はあったからね」


シャロが懐かしそうに目を細める。


「なぁ、ダンジョンの端ってどうなってるんダ?」


「そうだね……」


シャロは少し考え込み、言葉を選ぶ。


「ずーっと端っこまで歩いていくとね、景色がだんだん薄くなって……うっすらと、茶色い土の壁が見えてくるんだよ」


「土の壁?」


「うん。触るとヒンヤリしてて、湿った土の匂いがするの。そこで『あ、ここはやっぱり地面の中なんだな』って実感するんだ」


その光景を想像し、アグニが腕組みをして頷く。


「なんだか夢のない話だけどよ、でも、そう聞くと妙に納得できるんだよナ。どんなにデカくても、ここは地下の洞窟で、終わりがあるってことだロ?」


「ああ、その通りだ。ダンジョンはあくまで、地下の洞窟や空洞を、高密度の魔力で空間拡張した異界だ。無限に見える空も、太陽も、全てはダンジョンが作り出した環境維持システムの一部に過ぎない。端に行けば、剥き出しの岩盤や土壁があるのは当然の理屈だ」


「なるほどなー。ま、理屈はともかく、今は目の前の道を進むだけダ!」


アグニは難しそうな顔をすぐにやめ、再び前を向いて歩き出した。


***


そんな雑談をしながら進むこと、数十分。

なだらかだった岩山の上り坂が終わり、三人の目の前に圧倒的な威圧感を持つ「壁」が現れた。


「うおっ……!なんだこりゃ、デカすぎだロ!」


アグニが首が痛くなるほど見上げた先。

それは、垂直に切り立った巨大な崖だった。

高さは優に数百メートルはあるだろうか。

雲を突き抜けんばかりにそびえ立つその絶壁は、行く手を完全に阻んでいた。


「まさか、ここを登るのカ?」


アグニが引きつった顔でヨシュアを見る。

彼女の身体能力なら登れないこともないだろうが、足場は脆く、滑落すればタダでは済まない高さだ。


「ああ。この崖の上が火口……つまり、第六層の中心部だ」


ヨシュアは淡々と答えた。

そして、絶望的な顔をしているアグニを見て、フッと口元を緩める。


「安心しろ。ここを素手で登れとは言わん。流石に厳しいし、無駄に体力を消耗するだけだからな」


「だよな!?びっくりさせんなヨ!」


「大丈夫だよアグニ。普通には登らないから。ね、ヨシュア」


シャロがヨシュアに目配せをする。

ヨシュアは頷き、杖を高く掲げた。


「《スカイ・フロート》!」


ヒュオオオオッ……!

ヨシュアの詠唱と共に、三人の足元から柔らかな緑色の風が巻き起こった。

ふわり、と体が軽くなる。

次の瞬間、シャロたちの足は地面を離れ、空中へと浮き上がった。


「うおぉっ!すげぇ!浮いたゾ!」


アグニが空中で足をバタつかせ、子供のように興奮する。


「風の魔力で体を持ち上げている。このまま気流に乗って、一気に崖の上まで上昇するぞ」


「楽チンだな!よし、行こうゼ!」


アグニが拳を突き上げる。

ヨシュアが上昇のための魔力を込めようとした、その時だった。


「ちょっと待って」


シャロが声を上げた。

彼女は空中で制止のジェスチャーをする。


「どうした、シャロ?」


「ちょっと、やってみたいことがあるの。私への風魔法、一旦解いてくれない?」


「解く?何をする気だ?」


ヨシュアは一旦シャロの飛行魔法を解く。

重力を無視した力が無くなり、地面へと着地する。


「はああああっ!!!」


シャロは背中に魔力を込める。

すると、彼女の背中から次々と葉が生えそろう。


バサァッ!!


シャロの背中から成長したその植物は、4組の、まるで鳥の羽のような姿へと成長した。


「なっ……!?」


「す、すげぇ……!」


ヨシュアとアグニが目を見張る。

シャロは背中の植物の羽を意識して動かした。

ブォン!と空気を叩く音がして、彼女の体はふわりと宙に留まった。


「できた……!やっぱり、今の私なら生やせると思った!」


「すごいな……『ビーストバロメッツ』の能力の応用か?」


ヨシュアが感嘆の声を上げる。

ビーストバロメッツは獣の力を持った植物。

今までのシャロの力を見るに、鳥の能力を持っていてもおかしくはない。


「うん!なんとなくだけれど、できる気がしたんだ」


「一人分の浮遊魔法の手間が減るのは助かるな。魔力の節約にもなる……よし、じゃあ行くぞ!」


シャロが自力で飛べるなら、ヨシュアは自分とアグニの制御に集中できる。

三人は改めて、遥かなる崖の上を目指して上昇を開始した。


ゴオオオオッ!!


グングンと高度が上がっていく。

アグニはヨシュアの風魔法に運ばれながら、周囲を見回して大騒ぎだ。


「ヒャッハー!高けぇー!見ろよシャロ、あんなにデカかった岩が豆粒みたいダ!」


「暴れるな馬鹿!落とすぞ!」


一方、シャロは自分の翼で風を捉え、滑空するように上昇していた。

風を切る感覚。自分の体の一部で空を飛ぶ感覚。

それは、人間だった頃の彼女からは想像もできないほどの自由だった。


「気持ちいい……!」


景色が高くなり、視界が開けていく。

眼下には、赤茶けた大地がジオラマのように広がり、遠くには地平線が緩やかに弧を描いているのが見える。

青い空と、荒涼とした大地のコントラスト。


「ホント……幻とは思えないぐらいに綺麗……」


シャロはうっとりとその絶景に見惚れた。

たとえこれが作り物の空だとしても、この感動は本物だ。


だが、美しい空には、捕食者も潜んでいる。


「……ッ!魔物だ!」


ヨシュアの鋭い声が響いた。

上空の雲の切れ間から、灰色の影が急降下してくる。


ギャアアアアッ!


耳をつんざくような鳴き声。

それは翼開長五メートルを超える、巨大な翼竜だった。

鋭く尖ったクチバシ、皮膜に覆われた翼、そして頭部には特徴的なトサカ。

プテラノドン、古代の空を支配した翼竜が三匹、襲いかかってきた。


「チッ、空の敵か!上等だ、叩き落としてやる!」


アグニが空中で拳を構える。

しかし、ヨシュアが即座に否定した。


「馬鹿!こんな空中でまともに戦えるか!」


「じゃあどうするんダ!」


「無視だ!頂上まで急いで逃げるぞ!迎撃は着地してからだ!」


ヨシュアは風魔法の出力を上げ、上昇速度を加速させた。

シャロも慌てて翼を羽ばたかせ、後を追う。


だが、プテラノドンたちは逃がさない。

彼らは空の王者だ、上昇気流を巧みに利用し、あっという間に距離を詰めてくる。

そして。


カッ!!


先頭のプテラノドンの口が赤く発光した。


「ブレスが来る!散開!」


ヨシュアの指示と同時。


ゴオオオオオッ!!


灼熱の火炎弾が放たれた。

シャロたちは左右に分かれて回避する。

熱波が肌を焼き、背後の岩を焦がす。


「《リーフ・カッター》!」


シャロは空中で身をひねり、葉の刃を飛ばす。


ヒュヒュヒュンッ!


葉は空を裂いて迫るが、プテラノドンは翼を畳んで急降下し、紙一重で回避する。

速い、空での機動力が違いすぎる。


「アグニ!お前、遠距離攻撃とか持ってないのか!?」


ヨシュアが叫ぶ。

アグニが何か撃てれば牽制になる。


「そんなの持ってないゾ!」


「役立たずがッ!……くそ、シャロ!あいつらの相手は任せたぞ!」


「わかった!」


プテラノドンの相手はシャロに任せ、ヨシュアとアグニは弾丸のように加速し、崖の頂上へと急ぐ。

凄まじい勢いで空を飛び 風を切り、空が近づいていく。

そして、ついに崖の頂上が見えた。


「後少しだ……!」


ヨシュアは力を振り絞り、崖の頂上まで急ぐ。

そして二人は岩場に着地し、即座に振り返る。


「シャロ!!」


遅れて、崖下からシャロが上昇してくるのが見えた。

シャロの背中にある四枚の翼、そのうちの二枚が、赤く燃え上がっていた、プテラノドンの火炎を食らったのだろう。

そのプテラノドンもしつこくシャロを追う。


「あっつ!あつあつ!」


「急げシャロ!」


シャロは背中の羽を切り離し、アグニの所に飛ぶ。


「おっと!」


アグニは飛び込んでくるシャロを無事受け止めた。


「シャロが相手してくれて助かったゾ!」


「2人が無事でよかった……」


「馬鹿、自分の心配をしろ……だが、とにかく」


「「「反撃開始だ!」」」


アグニが拳を鳴らす。

崖の上空には、獲物を逃して旋回する三匹のプテラノドン。

彼らは再び編隊を組み、一斉に炎を吐きながら降下攻撃を仕掛けてきた。


「来るぞ!迎撃!」


ヨシュアが叫び、自らは空に飛び出した。

空中で三次元的に動きながら魔法を放つ。


「凍てつけ!《アイシクル・ショット》!」


無数の氷の礫が散弾銃のように放たれる。

プテラノドンもそれを避け、ヨシュアに攻撃を定める。


「おらあああっ!」


しかし、ヨシュアに注意が行ってる間、アグニがシャロを投げ飛ばす。


「《リーフ・カリバー》!」


シャロは空中で草の長剣を生成し、切っ先を構える。

ロケットのような加速でプテラノドンの一匹に狙いを定める。


「はああああっ!!」


すれ違いざまの一閃。


ザシュッ!!


鋭い葉の剣が、プテラノドンの鋼鉄のように硬い首を両断した。

鮮血を撒き散らし、一匹目が墜落していく。


「《ブリザード・ランス》!」


シャロの一撃に油断した隙に、ヨシュアも氷の魔法を放つ。

巨大な氷の槍が放たれ、プテラノドンの一匹を串刺しにし、凍結した。


残り一匹。


最後の一匹は、仲間がやられたことに激昂し、空中に投げ出されて無防備なシャロに狙いを定めた。


「ギャオオオオッ!」


口から最大の火球を生成する。

シャロは落下中で、回避行動が取れない。


「させるかああっ!!」


地上からの怒声、アグニだ。

彼女は地面に突き刺さっていた、シャロの体ほどもある巨大な岩を引っこ抜いていた。

そして、腰を落とし、全身のバネを使って投擲した。


「落ちろおおおッ!!」


ドゴオオオオン!!


投げられた岩は唸りを上げて空を飛び、火を吐こうとしていたプテラノドンの顔に直撃した。


ドゴォッという鈍い音。


火球は口の中で暴発し、プテラノドンはきりもみ回転しながら墜落していく。


「今だッ!《アイシクル・ランス》!」


「《ローズ・ウィップ》!」


すかさずヨシュアが氷の槍で、シャロは鋭い茨で同時に攻撃を叩きこんだ。

氷の槍と、茨の刺突が同時に心臓を貫く。

プテラノドンは一度大きく痙攣し、動かなくなった。


静寂が戻る、残ったのは、焦げた匂いと、荒い息遣いだけ。

三人は顔を見合わせ、そしてニカッと笑った。


「……よし、終わり!」


「空でも地上でも、アタシたちは無敵だナ!」


「ふふっ、そうだね」


三匹のプテラノドンを撃退したシャロたちは、戦いの興奮が冷めると同時に強烈な空腹に襲われていた。

崖の上は見晴らしが良く、風も通る。休息にはうってつけの場所だ。


「よし、ご飯にしよう!」


シャロは腕まくりをすると、倒したプテラノドンに手を当てて魔力を循環させた。

実ったのは小麦、アーモンド、ニンニク、スパイス、そして丸々と太った鶏。


「おおっ、鶏も生やせるのカ!」


アグニが目を丸くして感心する。


「牛に豚に、ついに鶏か……家畜のフルコースだな。本当に何でもありだ」


ヨシュアは呆れつつも、その利便性には感謝せざるを得ない。

ダンジョンの過酷な環境下で、これほど新鮮なタンパク質を確保できるのは奇跡だ。


シャロはまずは鶏の解体を行う。

手早く羽をむしり、部位ごとに切り分ける。

モモ、ムネ、ササミ、手羽先、余すところなく使う。

次に器にミルクと刻みニンニクをたっぷりと入れる。

そこへ、切り分けた鶏肉を投入し、手でしっかりと揉み込む。


肉を休ませている間に、次の工程に移る。

収穫した小麦を粉に挽き、そこに数種類のスパイスと塩を混ぜ合わせる。

特製スパイスフラワーの完成だ。

さらに、別の器に卵を割り入れ、溶き卵を作る。

そして最後に砕いたアーモンドを用意する。


次に鍋にたっぷりと油を注ぎ、火にかける。

油が温まり、菜箸を入れるとシュワシュワと泡が出る頃合いを見計らって、シャロは動き出した。


漬け込んでおいた鶏肉を取り出し、まずは『スパイス小麦粉』を薄くまぶす。

次に『溶き卵』にくぐらせる。

最後に『アーモンド粉』をギュッギュッと押し付けるように纏わせる。

そうしたら、鶏肉を油に投入。


ジュワアアアアアッ!!


肉を油に入れた瞬間、食欲をそそる轟音が崖の上に響き渡った。

アグニがゴクリと喉を鳴らす。

ニンニクとスパイスが油で熱せられ、暴力的なまでに良い香りが漂う。

シャロは真剣な眼差しで揚げ具合を見守る。

こんがりと色がついてきたところで、一度油から引き上げた。


「お、完成か!?」


アグニが期待して声を上げるが、シャロは指を振った。


「焦らない焦らない。これは『二度揚げ』って言ってね、一度余熱で中まで火を通してから、もう一回高温で揚げるの。そうすると、外はカリカリ、中はジューシーに仕上がるんだよ」


「へぇ~」


シャロは鶏肉を数分休ませた後、再び油へ投入。


バチバチバチッ!!


先ほどよりも高く、乾いた音が鳴る。

衣に含まれた水分が飛び、カリッとした質感に変わっていくのが目に見てもわかる。


きつね色よりも濃い、食欲を唆るゴールデンブラウンになったところで引き上げる。

油を切って、山盛りに盛り付ければ完成だ。


「お待たせ!『特製・スパイシーフライドチキン』だよ!」


熱々の湯気を立てる肉の山。

アグニは待ちきれない様子で、一番大きな骨付きモモ肉を掴んだ。


「いっただきまぁーす!ガブッ!」


ザクッ!!


岩山に、凄まじい咀嚼音が木霊した。

フライドチキンの衣はハードな食感で、噛み砕く快感が脳を揺さぶる。


「あつっ!はふっ!……んん~ッ!!」


アグニが目を見開く。

衣を突破した先から、閉じ込められていた肉汁が鉄砲水のように溢れ出したのだ。


「うっめぇぇぇ!衣がザックザクで、中の肉がめちゃくちゃ柔らかいゾ!ニンニクのパンチが効いてて、噛めば噛むほど旨味が出てくるゾ!」


ミルクに漬けた効果で、鶏肉は驚くほどふっくらとしている。

ヨシュアも手羽先を手に取り、上品かつ大胆にかぶりついた。


「……なるほど。これは美味い」


カリッ、ジュワッ。


ヨシュアの口元が緩む。


「スパイスの調合が絶妙だ。ピリッとした辛さが脂の重さを消している……この過酷な場所で、これほど手の込んだ揚げ物が食えるとはな……王宮料理より贅沢かもしれないぞ?」


「ふふっ、よかった。私も食べよっと!」


シャロもササミのカツを頬張る。

サクサクの衣と、淡白ながらもしっとりとした肉の旨味。

揚げたての高揚感が、戦いの疲れを吹き飛ばしてくれる。


三人はひたすらに鶏肉と格闘した。

骨の周りの一番美味しい肉までしゃぶり尽くし、指についた脂さえも惜しいと感じるほどの宴だった。


***


食事を終える頃には、空の色が変わっていた。

青かった空は深い藍色に染まり、風が冷たくなってきた。


「ふぅ……食った食った。もう動けねぇ……」


アグニが膨れたお腹をさすりながら、満足げに大の字になった。


「そろそろ日も暮れて来たな……今日はここで休もう」


「賛成ダ!丁度眠くなってきた所だしナ……」


アグニはリュックから布団を取り出すと、そこに潜り込んだ。


「おやすみ……ぐぅ」


満腹と程よい疲労。睡魔が襲ってくるのに時間はかからなかった。


「あはは、もう寝ちゃった」


アグニは数秒で寝息を立て始めた。

その寝顔は、屈強な戦士とは思えないほど無防備で幼い。


パチパチと薪が爆ぜる音だけが響く静寂。

ヨシュアは近くに見える火口の赤い光をじっと見つめていた。


「……ついに、ここまで戻ってきたな」


独り言のように漏らしたその言葉には、深い感情が滲んでいた。

シャロは焚き火の番をしながら、彼女の横顔を見た。


「もしかして、緊張してる?」


「……ああ」


ヨシュアは否定しなかった。

疲れたように目頭を押さえる。


「もし、あの時のレッドドラゴンとまた出くわしたらと思うとな」


かつて、彼女達を壊滅寸前まで追い込んだ絶望の象徴。

圧倒的な質量と、すべてを灰にする炎。

どれだけ強くなっても、その記憶が消えることはない。


「確かに……今の私たちでも、勝てるかどうか……」


シャロも表情を曇らせた。

アグニの怪力も、ヨシュアの氷魔法も、シャロの植物操作も、格段に進化した。

だが、相手は第六層の支配者だ、生物としての格が違う。


「あの時のような奇跡は、恐らく二度も起きないだろうな」


ヨシュアが自嘲気味に笑う。

不完全な転移魔法による脱出、そして合流。

シャロがこうした力を持てたのも、ヨシュアが力を取り戻したのも、アグニと出会えたのも、奇跡を超えた奇跡だ。


「それに……」


シャロが焚き火を見つめながら呟く。


「仲間が全員揃わないままここまで来ちゃったね」


その言葉に、ヨシュアの手が止まった。

結局この冒険の間にエミルとセレナとは出会えなかった……その行方は未だ知れない。


「ああ……もしあいつらが更に奥……第七層以降へ飛ばされたのだとしたらと思うとな」


ヨシュアの声が低くなる。

最悪の想像。

自分たちのように助け合える仲間がいればいいが、一人きりで深層に放り出されていたら、生存確率は絶望的だ。

それでも、遺品の一つでも見つけるまでは諦めるわけにはいかない。


重苦しい空気が流れる。

過去の恐怖と、未来への不安。

夜の闇が、二人の心を押しつぶそうとしていた。


その時だった。


「……むにゃ……まだ……食えるぞ……」


アグニの野太い、しかし幸せそうな寝言が聞こえてきた。

見れば、夢の中で何かを食べているのか、口をもぐもぐと動かし、よだれを垂らしている。


「……おかわり……からあげ……シチュー……」


あまりにも幸せそうな、欲望に忠実な寝言。

シリアスな空気など、彼女の食欲の前では塵のようなものだ。


「……ふっ」


「あはは……」


ヨシュアとシャロは、顔を見合わせて吹き出した。

肩の力が抜け、重たい空気が霧散していく。


「全く、のんきな奴だな。人が真面目な話をしているというのに」


ヨシュアが苦笑しながら、アグニの頬をつんつんと突く。


「うにゃぁ……」


アグニはそう唸って寝返りを打っただけだった。


「でも、アグニのこの性格には助かってるよ」


シャロが優しく微笑む。

アグニがいるから、暗くならない。

アグニが食べるから、生きる力が湧いてくる。

彼女の単純さは、この複雑怪奇なダンジョンにおいて最強の武器なのかもしれない。


「……そうだな。あいつが食えるうちは、まだ俺たちも大丈夫だということか」


ヨシュアは焚き火の前に横になった。


「とにかく、今日は寝よう。考えるのは明日でも遅くはない」


「そうだね。おやすみ、ヨシュア。おやすみ、アグニ」


シャロも自分の体を葉の毛布で包み、横になった。

満天の星の下、三人は眠りについた。

明日はとうとう火口への冒険だ。

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