第31食 エビ&カキフライ
ここは5層の海のフロアのとある島。
その島の上で5人が言い争いをしている。
「ふざけるな!乾パン一つで5000エンスだと!?高すぎる!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているのは、四人組の冒険者パーティだ。
彼らの装備は潮風と度重なる戦闘でボロボロになっており、疲労困憊の様子が見て取れる。
食料が尽き、補給を求めてこの島に立ち寄ったのだろう。
彼らの視線の先には簡易的な屋台、そして木箱に腰掛け、優雅にキセルをふかしている一人の女性がいた。
「嫌なら買わなきゃいいのさ。私は困らないからねぇ」
紫煙をくゆらせながら、女性はのらりくらりと受け流した。
彼女の名はマルク。
丸い耳と、ふさふさとした茶色の縞模様の尻尾を持つ、狸の獣人だ。
ゆったりとした異国風のローブを纏い、糸目のような細い目には、商売人特有の計算高い光が宿っている。
「足元を見やがって……!街なら300エンス程度で買えるんだぞ!」
「おやおや兄さん、ここは街じゃないよ?ダンジョンのそれなりに深い所、それも海エリアのド真ん中さ」
マルクはキセルをコツンと叩いて灰を落とした。
「ここまで商品を運んでくるのに、どれだけのリスクとコストがかかってると思うんだい?輸送費、護衛費、そして命の保証料。それらを上乗せすれば、5000エンスでも高くはないと思うけどねぇ?」
「ぐぬぬ……!」
冒険者たちは言葉に詰まった。
彼女の言うことは正論だ。
ダンジョン内での物価が跳ね上がるのは常識。
ましてや補給の難しい第五層ともなれば、パンのひと欠片が金貨に化けることもある。
マルクは、自ら魔物を狩る冒険者ではない。
必要な物資をダンジョン深層まで持ち込み、不足している冒険者に高値で売りさばくことで利益を得る「ダンジョン行商人」なのだ。
彼女の隣には、干し肉、乾パン、ポーション、コンパス、麻袋といった必需品が、まるでお祭りの屋台のように綺麗に並べられている。
飢えた冒険者たちにとって、それは砂漠のオアシスであり、同時に悪魔の契約書でもあった。
どの商品も地上の10倍以上の値段はあり、まさしく足元を見るような金額に見えるだろう。
それでも命には代えられない、だからこんな強気な値段でも彼女の商売は成立してるのであった。
「……くそっ、わかったよ、払えばいいんだろ!」
そして、それは彼らも同じだった。
いくら高くても、命には代えられない。
「毎度ありぃ」
リーダー格の男が震える手で財布から金を取り出し、マルクに叩きつけた。
マルクはお金を受け取ると、代わりに紙に包んだ乾パンと、ポーションの瓶を受け取る。
「二度と来るか!守銭奴め!」
「またのご利用をお待ちしてるよぉ~」
捨て台詞を吐いて去っていく冒険者たちの背中に、マルクはひらひらと手を振った。
彼らが見えなくなると、マルクは懐に金をしまい込み、ニヤリと口角を上げた。
「へっ、チョロいもんだねぇ。なんだかんだ言っても、ああいうお客は後を絶えないからねぇ」
彼女は木箱の上に広げた売上金を数え始めた。
今日の稼ぎは上々だ、ポーションの在庫も捌けたし、そろそろ潮時だろう。
「だいぶ売れたねぇ、もう少ししたら店仕舞いして帰ろうかねぇ」
チャリ、チャリと硬貨が触れ合う音だけが、波音に混じって響く。
平和な午後。
だが、ここはダンジョン、その平和が何時崩れてもおかしくはない。
ピクリ。
マルクの丸い耳が動いた。
商人の勘が、獣人の聴覚が、海の方から近づいてくる魔物の気配を捉えたのだ。
「……おやおや。招かれざる客のお出ましだねぇ」
マルクは金を素早く袋にしまい、立ち上がった。
海から這い上がってきたのは、数匹の奇妙な生物だった。
馬のような頭部と四肢を持っているが、その肌は粘液にまみれた緑色の鱗に覆われ、たてがみは海藻のように濡れそぼっている。足には水かきがあり、尻尾は魚のそれだ。
ケルピー、水辺に生息し、馬と魚の機動力を併せ持った、厄介な魔物だ。
「ヒヒィィィンッ!」
先頭のケルピーがいななきを上げ、マルクを威嚇した。
その目は飢えに血走っている。商品の食料の匂いにつられたのか、あるいはマルク自身を餌とみなしたのか。
「やれやれ。店仕舞いの最中に邪魔が入るとは、無粋な連中だねぇ」
マルクは深いため息をつくと、腰に差していた長い杖を抜き放った。
華奢な体躯に、動きにくいローブ。
冒険者ですらない彼女は一見すれば、ケルピーの群れに蹂躙されるだけの弱者に見えるだろう。
だが、ケルピーたちが一斉に襲いかかろうとした、その時。
「仕事だよ、あんたたち!」
マルクが杖を地面に向かって振り下ろした。
ズズズズズッ……!!
大地が鳴動した。
マルクの周囲の土が生き物のように盛り上がり、固まり、人の形を成していく。
現れたのは、身長二メートルを超える岩と土の巨人たち。
それも一体ではない、四体もの巨人がマルクを取り囲むように出現し、不動の城壁となって立ちはだかった。
「ヒヒッ!?」
突進していたケルピーたちが、予期せぬ障害物の出現に急ブレーキをかける。
このゴーレムたちこそがマルクの守護者であり、重い商品を運搬する荷物持ちでもある。
彼女は土魔法のスペシャリストにして、ゴーレム使いなのだ。
「潰しておしまい」
マルクが扇子のように手を振るう。
その動作に連動して、ゴーレムたちが動いた。
先頭のケルピーに対し、一番手前のゴーレムが丸太のような腕を振り下ろす。
見た目に対して素早い動きと、見た目通りの重い一撃。
ケルピーは素早く横に跳び、これを回避する。
だが、マルクの指揮はそこまで読んでいた。
回避した先には、すでに二体目のゴーレムが待ち構えていた。
まるで最初からそこに来ることがわかっていたかのように、横薙ぎのフックが放たれる。
ドゴォッ!!
逃げ場を失ったケルピーの横っ腹に、岩の拳がめり込んだ。
肋骨が砕ける嫌な音が響き、ケルピーは砂浜を転がりながら海へ吹き飛ばされた。
「ヒィィッ!」
残りのケルピーたちが散開し、包囲攻撃を仕掛ける。
一体がゴーレムの股下をくぐり抜け、マルクに肉薄しようとする。
「おっと、甘いねぇ」
マルクは慌てない。
彼女の真横に控えていたゴーレムが素早く腕を伸ばし、ケルピーの動きを妨害する。
道を塞がれ、動きが止まるケルピーに、別のゴーレムの拳骨が炸裂した。
グシャッ!
頭蓋を粉砕されたケルピーが沈黙する。
他のケルピーも、水流のブレスを吐いたり、噛みつこうとしたりするが、分厚い岩の装甲を持つゴーレムには通じない。
マルクは戦場全体を俯瞰し、まるでチェスの駒を動かすように的確な指示を飛ばし続ける。
「一番と二番は壁を作って圧殺、三番は遊撃、四番は私の護衛だ」
無駄のない指揮。
彼女が一人でダンジョンの深層を行き来でき、冒険者達に商売を成り立たせられる理由がこれだ。
個の武力ではなく、圧倒的な「軍団」としての暴力。
実力としては6層に挑む事も十分できるぐらいの戦力を持っていた。
数分後。
最後のケルピーが、二体のゴーレムに挟み撃ちにされ、プレス機のように潰された。
「ふぅ……こんなもんかねぇ」
マルクは杖を下ろし、額の汗を拭った。
周囲にはケルピーの死骸が転がっている。
「上出来上出来、さて、素材を回収しないとねぇ」
マルクが振り返り、荷物のナイフを取ろうとした、その瞬間だった。
ヒュッ。
風を切る音と共に、小さな影が木箱の上を駆け抜けた。
次の瞬間、そこにあったはずの革袋、本日の売上が詰まった袋が消えていた。
「……あ?」
マルクの細い目が、カッ!と見開かれた。
視線の先、岩場の上に、一匹の猿がうずくまっていた。
全身青色の毛に覆われ、手足には水かきがある。
シーモンキー、海辺に生息し、冒険者の荷物や光り物を盗むことで知られる、手癖の悪い魔物だ。
猿はマルクの金袋を掲げ、ケケケッとあざ笑うように歯を剥き出した。
「……いい度胸だねぇ」
マルクの声から、感情が消えた。
商人にとって、金は命。
それを奪う者は、魔物だろうが人間だろうが、万死に値する。
「泥棒には……死あるのみだよ」
シーモンキーが身軽な動きで岩場を飛び移り、海へ逃げようとした。
ゴーレムに指示を出してもとても追いつけないだろう。
だが、マルクは余裕を崩さない。
彼女は杖の先端を、逃げる猿の背中に向けた。
「逃がすわけないだろう?《アース・バレット》!」
杖先から、圧縮された岩の弾丸が射出された。
その速度は、銃弾に匹敵する。
猿が空中に飛び出し、回避不能になったタイミングを完全に読んでの一撃。
ズドンッ!!
石弾は正確無比にシーモンキーの後頭部を直撃した。
「ギャッ!?」
シーモンキ―は短い悲鳴を上げ、空中で硬直して落下する。
ドサリと砂浜に落下したシーモンキーは、姿勢を整え、逃げようとするが、もう遅い。
そこにはマルクのゴーレムが追い付いていたのだ。
「握り潰しな」
マルクが冷酷に告げる。
ゴーレムの巨大な指が閉じられる。
グシャリ
不快な音と共に、シーモンキーは哀れな最期を遂げた。
ゴーレムの手から金袋を回収したマルクは、中身が無事なことを確認してホッと息をついた。
血で汚れた袋を拭きながら、ふと鼻を動かす。
「ん?なんだい、この匂いは……」
潮風に混じって何やら食欲をそそる香りが漂ってきた。
香ばしい油の匂い、揚げ物の香りだ。
「こんな所で料理かい?ずいぶんな変人が居るもんだねぇ」
ダンジョン内で、しかも魔物が徘徊するこの島で、本格的な調理をするなど正気の沙汰ではない。
だが、商人の性か、あるいは単なる好奇心か、マルクは急いで店仕舞いをすると、匂いの元へと足を向けた。
ゴーレム二体を護衛に連れて、島の反対側へと回る。
そこには、三人の姿があった。
人魚の少女、巨体の牛の獣人、そして銀髪の狐の魔術師。
彼女らは油の溜まった鍋を前に、何やら美味しそうな料理を食べていた。
「へぇ……本当に料理をしてるよ、珍しい」
マルクは感心して声を上げた。
その声に気づき、三人が一斉に振り返る。
「むっ!?誰ダ!」
今先ほど食事を終えた三人が、警戒の色を見せて構える。
無理もない、ゴーレムを引き連れた謎の獣人が現れたのだから。
マルクは両手を挙げ、敵意がないことを示した。
「おっと、警戒しないでくれよ、私はただの通りすがりの行商人さ。名はマルク」
「ダンジョンで行商人?変わってるナ。客なんかいるのかヨ?」
アグニが率直な疑問をぶつける。
「それはもちろん、私の店はいつも大繁盛さ。私は冒険者として魔物を狩るより、こっちの方が性に合ってるのさ。この子たちが居れば、重い荷物も運べるし、護衛も完璧だからねぇ」
マルクはゴーレムの岩肌をポンと叩いた。
そして、視線を彼らの手元の大鍋と皿を見た。
近くで見ると、さらに破壊力のある匂いがする。
揚げたての衣の香りと、タルタルソースの酸味。
マルクのお腹が、小さく鳴った。
「それより……何やら美味しそうなものを食べてたようだねぇ。匂いにつられて来ちまったよ」
「もしかして、食べたいんですか?」
「ああ、さっき一仕事終えたばかりで小腹が空いててねぇ、よかったら売ってくれないかい?」
「いいですよ。材料ならありますから」
「恩に着るよ。で、いくらだい?」
マルクが財布を取り出す。
シャロは少し考えて、指を五本立てた。
「そうですね……一食、5000エンスでいいですか?」
「……はい?」
マルクの手が止まった。
出来立ての揚げ物が5000エンス?
先ほど彼女が乾パン1枚を同じく5000エンスで売りつけた事を考えたら安すぎる値段設定である。
自分ならばどれだけ安くても万を超える値段を付けたであろう。
「おや……随分安いんだねぇ。商売敵として忠告するわけじゃないが、行商人としてもっと値段を上げた方が良いとアドバイスするよ?ここはダンジョンだ、付加価値ってものがあるだろう?」
マルクは呆れ半分、親切心半分で言った。
だが、シャロは気にしないように笑って答える。
「大丈夫ですよ、私達はこの値段でやっているので。材料費もかかってませんし」
「材料費がかかっていない……とは、どういう事だい?」
材料費がかかっていない?魚も油も現地調達だと言うのか?
まさか、この冒険者達は魔物を食べてるのだろうか?
だが、この漂って来る香りは、とても魔物のものとは思えない。
それに、いくら材料費がかかってないと言っても、他の行商人ならお構いなしに高値を付けただろう。
もちろん彼女自身もそうしたハズだ。
この人魚の料理人は根っからの善人か、あるいは金銭感覚が欠落しているか。
どちらにせよ、買い手としては好都合だ。
「ふぅん……よくはわからないが、それなら、お言葉に甘えようかねぇ」
マルクが金を払うと、シャロは立ち上がり、視線を向けたのは『ケルピー』の死骸。
恐らくこっちはこっちでシャロ達もケルピーと戦っていたのだろう。
シャロはその死体の一つに近づき、そっと手を触れた。
ズズズッ……
マルクの目の前で、信じられない光景が展開された。
ケルピーの醜悪な体から瑞々しい植物が急速に芽吹いたのだ。
今回実ったのは、小麦と卵、レモンとアーモンド、そしてエビと牡蠣だ。
「なっ……!?」
マルクは吸っていたキセルを取り落としそうになった。
細い目がカッ!と見開かれる。
「おいおい、冗談だろう?魔物の死体から食材が生えた……?しかも、あんな新鮮な魚介類まで?」
商人の、魔術師の常識が悲鳴を上げている。
魔物の素材を剥ぎ取ることはあっても、それを苗床にして食用の資源に変換する魔法など聞いたことがない。
「彼女は……一体何者だい?」
マルクの鋭い視線が突き刺さる。
シャロの隣にいたアグニが、ビクッとして挙動不審になった。
「えっと、あの、シャロは実は……」
「落ち着け、馬鹿牛」
慌てふためくアグニを制し、ヨシュアが冷ややかな声で割り込んだ。
「……企業秘密って奴だ。深く詮索するのは野暮というものだろう?行商人と言うならわかるはずだ」
「企業秘密ねぇ……」
マルクは探るような目を向けたが、すぐにフッと笑って肩をすくめた。
深入りして藪蛇をつつくよりも、現状の利益を分析する方が建設的だ。
「ふぅん、なるほどねぇ。アンタたちの料理がやけに安かった理由は、これがからくりかい。仕入れ値ゼロで食材が手に入る……そりゃあ、価格破壊も起きるってもんさ」
彼女は納得したように頷いた。
一方、シャロは周囲の会話など気にも留めず、収穫した食材を並べて調理の準備に入っていた。
まずは下準備から。
収穫した小麦を粉にすると、鍋たっぷりの油を再び温め始める。
油の温度が上がるのを待つ間に、別の小鍋で水を沸かし、収穫した卵の一部を固茹でにしておく。
シャロはエビの殻を剥き、尻尾の先を斜めに切り落として中の水をしごき出した。
こうすることで油跳ねを防げる。
そして、背中に浅くナイフを入れ、背ワタを一本一本丁寧に取り除く。
カキは塩水で優しく振り洗いし、ひだの間の汚れを落としてから、布でしっかりと水気を拭き取る。
どちらも、軽く塩と胡椒を振って下味をつける。
そしてエビとカキに小麦粉を薄くまぶし、余分な粉をはたく。
溶き卵にくぐらせ、最後に砕いたアーモンドの中に埋めて、手で優しく押さえて衣を密着させる。
準備が整った頃、鍋の油は適温に達していた。
シャロはエビの尻尾を持って、油の中に滑り込ませる。
ジュワアアアアアッ!!
高い音が響き、細かい泡がエビを包み込む。
続いてカキも投入。
こちらは水分が多いので、油跳ねに注意しながら慎重に。
鍋の中で、白い衣が徐々に美しいキツネ色へと変わっていく。
香ばしい匂いが立ち上り、マルクの鼻をくすぐる。
揚げてる間にシャロは手早く別の器を取り出した。
先ほど茹でておいたゆで卵の殻を剥き、フォークで細かく潰す。
そこに、生の卵黄、たっぷりのレモン汁、少量の塩、そして油を少しずつ加えながら、激しくかき混ぜる。
油と卵と酸が乳化し、とろりとしたクリーム状になる、即席のマヨネーズベースだ。
そこに潰したゆで卵を混ぜ合わせる。
『特製・濃厚タルタルソース』の完成だ。
エビとカキのパチパチという音が軽くなり、泡が大きくなったら揚がった合図。
シャロが箸ですくい上げ、しっかりと油を切る。
ザクッ、という音が聞こえるほどのクリスピーな仕上がり。
皿の上に黄金色に輝くエビフライとカキフライを山盛りにし、横にタルタルソース、そしてくし形に切ったレモンを添える。
「はい、お待たせしました!エビフライとカキフライです!」
湯気を立てる黄金色の山。
マルクはゴクリと喉を鳴らし、商売道具のソロバンを懐にしまった。今は計算よりも食欲だ。
「……いただくよ」
マルクはまず、一番大きなエビフライを手に取った。
ずっしりとした重み。
何もつけずに、頭からガブリ。
ザクッ!!
静かな浜辺に、衣が砕ける豪快な音が響く。
そして次の瞬間、プリッという弾けるような食感と共に、エビの甘みと熱々の肉汁が口いっぱいに広がった。
「っ……!!」
マルクの目が丸くなる。
「これは……!衣はサクサクなのに、中のエビは信じられないほどプリプリで甘い!油のしつこさが全くないねぇ!」
続いて、カキフライ。
こちらはタルタルソースをたっぷりと乗せて口に運ぶ。
サクッ、トロッ。
カリカリの衣を破ると、中からカキの濃厚なエキスが溢れ出し、酸味の効いたタルタルソースと混ざり合う。
「ん~っ!こっちは濃厚だねぇ!カキの苦味と旨味が、この卵たっぷりのソースでまろやかになって……絶品だよ!」
マルクは夢中で食べ進めた。
次はレモンだけを絞ってさっぱりと、その次はソースだけで濃厚に。
味変を楽しむたびに、新たな美味しさが発見できる。
「なんだか力が湧いてくる、不思議な料理だねぇ……これは地上のA級レストランより美味いんじゃないかい?」
ダンジョンの中、無人島、素材は魔物。
悪条件が揃っているはずなのに、出てくる料理は至高の逸品。
マルクは最後の一個を惜しむように飲み込み、満足げに溜息をついた。
食後の余韻に浸りながら、マルクはキセルを取り出し、一服した。
そして、片付けをしているシャロに視線を向けた。
「ねぇアンタ、シャロとか言ったね」
「そうですけど……?」
マルクは立ち上がり、商人の顔に戻る。
「単刀直入に言うよ。そんな能力を持ってるなら、私の所で働かないかい?」
「え?」
「アンタのその『食料を生やせる能力』があれば、元手ゼロで無限に商品を生産できる。私が販売ルートと客を確保する。アンタは作るだけ。……どうだい?ここでいくらでも稼ぐことができるよ。報酬は弾むからさ」
それは、商人として最大級のスカウトだった。
シャロの能力は、食料難のダンジョンにおいて、金を生む錬金術そのものだ、組めば巨万の富を得られることは間違いない。
だが、シャロは手を止めて、困ったように微笑んだ。
「ありがとうございます、でも、ごめんなさい。私には、やる事がありますから」
シャロの視線は、遠くの海、あるいはその先にある未知への階層に向けられていた。
「探している仲間がいるんです。だから、一箇所に留まって商売をすることはできません」
その瞳には、黄金よりも価値のある意志が宿っていた。
マルクは数秒間、シャロの目を見つめ返し、やがてフッと息を吐いて笑った。
「……そうかい。そいつは残念だねぇ」
あっさりとした引き際だった。
無理強いして得られる人材ではないことを、マルクは本能で悟ったのだ。
「油断も隙も無いな、お嬢さん」
横で聞いていたヨシュアが呆れたように呟く。
「おやおや、人聞きの悪い。優秀な人材に投資するのは商人の基本さ」
マルクはゴーレムたちに荷物をまとめさせると、シャロたちに向かってひらりと手を振った。
「ご馳走様。いいもん食わせてもらったよ。代金分以上の価値はあったねぇ」
「ありがとうございました。お気をつけて」
「アンタたちもね……特にそのお人好しな性格、安売りしすぎるんじゃないよ?」
マルクは最後に一つウィンクを残し、ゴーレムたちを引き連れてその場を去っていった。
その背中は、来た時よりも少しだけ軽やかに見えた。
「久しぶりの美味い食事で元気も戻ったし……さて、次の島でもうひと稼ぎ、商売しますか!」
商魂逞しい狸の背中が、森の中に消えていく。
シャロたちはその姿を見送りながら、また一つ、ダンジョンでの奇妙な縁を感じていた。
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