第30食 アヒージョ
シャロたち一行は四人の冒険者と別れた後もひたすら海の上を歩き続けていた。
「……あー、つまんない、マジでつまんないゾ」
先頭を歩いていたアグニが、何度目かわからない溜息をつき、わざとらしく水面を蹴り上げた。
「なぁシャロ、ヨシュア、なんかもっとこう、ドーン!とした凄いこと起きねぇのカ?クジラが空を飛ぶとか、巨大な水柱が上がるとかサ!」
「……お前な、平和な行軍を退屈だと嘆くのは、三流の冒険者の証だぞ」
最後尾を歩くヨシュアが呆れたように帽子を目深に被り直した。
「そんな凄いことが都合よく起きるわけがないだろう。仮に起きたとしても、面倒事が増えるだけだ。魔力も体力も消耗するし、ろくなことがない」
「ちぇっ、ヨシュアは夢がないなぁ。ここダンジョンだゾ?イベントの一つや二つ、用意されててもいいじゃんカ!」
「イベントね……」
中衛を歩くシャロは、苦笑しながら水平線を見つめた。
「あまり期待はしない方が良いよ、アグニ。私たちがかつてここを探索してた時も、特に変わったことはなかったし……基本的には、ただ広いだけの海だから」
「えー、マジかヨ……じゃあ次の島までまた歩くだけカ?」
アグニが天を仰ぎ、絶望のポーズをとった、その時だった。
「……ん?」
シャロが足を止め、目を細める。
何か、巨大な影がそこにあった。
「……あそこ!何かある!」
シャロが鋭く指を差す。
アグニとヨシュアが、弾かれたようにその方向を見た。
「なんだ?島か?」
「いや……動いている」
陽炎の向こうから、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ向かってくる巨大な影。
黒ずんだ木材の質感、天を突くようなマスト、そして風を孕んで膨らむボロボロの帆。
明らかに人でも魔物でもない。
「間違いない……『船』だ!」
「船だと……?一体誰のだ?こんなダンジョンのど真ん中で……?」
ヨシュアが困惑の声を上げる。
冒険者が小舟を使うことはあるが、あそこまで巨大な帆船を持ち込む事も作る事も不可能だ。
ということは、ダンジョンが生み出したギミックか、あるいは――
「もしかして……噂に聞く『宝船』?」
シャロがポツリと呟いた。
「た、宝船!?」
その単語に、アグニの牛耳がピンと立った。
瞳がカッと見開かれ、口元が緩む。
「あるじゃんカ!イベント!ドーンとした奴ガ!」
「おい待て、まだ正体がわかったわけじゃ――」
「ヒャッハー!お宝だああああッ!」
アグニはヨシュアの制止など聞く耳を持たない。
水しぶきを上げ、猛然とダッシュを開始した。
まるで闘牛のように一直線に謎の船へと突っ込んでいく。
「あの馬鹿……!罠かもしれないのに!」
「追いかけよう、ヨシュア!」
シャロとヨシュアも慌ててその後を追う。
***
近づくにつれ、船の全貌が明らかになってくる。
それは想像以上に巨大で、そして古びていたが、立派な船だった。
そして。
ドオオオオンッ!!!
船の側面から、白い噴煙が上がった。
直後、アグニの数メートル横の海面で水柱が爆発した。
「うおっ!?」
「砲撃!?やっぱり敵か!」
ヨシュアが叫ぶ。
船の側面には、いくつもの錆びついた大砲が並び、こちらに砲門を向けていた。
さらに、メインマストに翻る旗が見えた。
黒地に白く染め抜かれた、骸骨とクロスした剣のマーク。
「何が『宝船』だ!どこからどう見ても『海賊船』じゃねぇか!」
ヨシュアが悪態をつきながら、飛来する砲弾を氷の障壁で弾く。
典型的な、それこそ絵本に出てくるような海賊船だ。
「どうするヨシュア!?引く?」
「チッ、多分引いても追っかけてくるだろう、だったら叩き潰すまでだ!突入するぞ!」
「そうこなくっちゃ!」
「了解!」
シャロが腕を掲げると、そこから極太のツタが伸び上がり、船の手すりへと絡みついた。
そして二人はシャロにしがみ付くと、一気に海賊船へと向かって行く。
甲板の軋む音が響き、三人は船の上に降り立った。
そこには、異様な集団が待ち構えていた。
緑色の肌、尖った耳、醜悪な顔つき、ゴブリンだ。
だが、ただのゴブリンではない。
頭にはバンダナや三角帽子を被り、身体には薄汚れたボーダーシャツや革のベスト、手には錆びたカトラスや、古式ゆかしいフリントロック式の拳銃を持っている。
パイレーツゴブリン、海賊の真似事をした、ダンジョン生まれの略奪者達だ。
「ギイイイッ!!!」
数十匹のゴブリン達が奇声を上げて襲いかかってきた。
パンッ!パンッ!
乾いた銃声と共に魔法の弾丸が飛んでくる。
それと同時にカットラスを持ったゴブリンたちが飛びかかって来る。
三人は即座に散らばり攻撃を避けた。
「やああああっ!!」
「うおおおおっ!!」
「はああああっ!!」
シャロが茨を叩きつけ、アグニがゴブリンにパンチをかまし、ヨシュアが氷の魔法を放つ。
シャロに叩きつけられたゴブリンは船の外まで吹き飛び、アグニに殴られたゴブリンはマストに激突し、ヨシュアの魔法を食らったゴブリンは凍り付く。
乱戦の幕開けだ。
甲板は怒号と悲鳴、そして魔法と打撃音でカオスと化した。
その時だった。
ヒュオオオオオッ……!
上空から、空気を切り裂くような重い風切り音が聞こえた。
「上ッ!何かが降ってくる!」
シャロが叫び、横に跳んで回避行動をとる。
直後。
ズドンッ!!
シャロがいた場所の甲板が轟音と共に踏み抜かれ、木片が飛び散った。
もうもうと立ち込める砂埃の中から、巨大な影が立ち上がる。
「グルルルァ……!」
現れたのは、通常のゴブリンの倍はある巨体。
筋肉隆々の緑色の肉体には立派な船長服を羽織り、頭には巨大な羽根突きの海賊帽。
左目には黒い眼帯、そして右手には、刀身からバチバチと青白い火花を散らす巨大なサーベルが握られていた。
パイレーツホフゴブリン、この海賊船を統べる船長だ。
「こいつは私が相手をする!」
シャロが1歩前に出る。
「わかった、あいつは任せたぞ!」
アグニとヨシュアは周囲のパイレーツゴブリンたちへと散っていく。
甲板の中央、マストの下で、シャロとホフゴブリンが対峙した。
ホフゴブリンが眼帯のない右目でシャロを睨みつけ、雷のサーベルを振り上げた。
「ガアアアアッ!!」
咆哮と共に、雷速の斬撃が振り下ろされる。
バチチチッ!
空気が焦げる臭い、見かけによらず驚くほど速い。
シャロは素早く横に跳び、紙一重で回避する。
斬撃が床を走り、雷撃が木材を黒焦げにする。
「速い……!それに、あの雷……!」
シャロの勘が言っている、あれは直撃すればただでは済まない、絶対に受けてはならないと。
シャロは距離を取ろうとバックステップを踏む。
同時に、牽制の葉の刃を放つ。
鋼鉄化した葉の手裏剣がホフゴブリンの顔面を襲う。
だが、ホフゴブリンはサーベルを振るい、雷撃で葉を撃ち落とした。
「グルァアアアッ!」
そして、ホフゴブリンは走りながらサーベルを突き出し、切っ先から稲妻を放射した。
電撃の奔流がシャロを襲う。
「くっ!」
シャロは横に跳んで回避する。
距離を詰めたいホフゴブリンと、距離を取りたいシャロの鬼ごっこが始まった。
お互いに動きながら攻撃をし、相手の攻撃は回避する。
中々攻撃が当たらない膠着状態が続く。
しかし
「ガアアアアアッ!!!」
ホフゴブリンがまた稲妻の攻撃を放つ。
シャロは横に跳ぶが、回避が間に合わず、稲妻がシャロの左肩を掠めた。
「ぐあっ……!」
激痛と痺れ、電流が身体を駆け巡り、シャロの動きが一瞬だけ強張る。
足が止まる。
その隙を、歴戦の船長は見逃さなかった。
ホフゴブリンがニヤリと笑い、勝機と見て突進してくる。
雷を纏ったサーベルを、最大出力で構えて。
回避は間に合わない、絶体絶命。
ホフゴブリンが勝利を確信し、踏み込んだ、その瞬間。
ガシッ!!
ホフゴブリンの足元、床板の中から突如として太い緑のツタが飛び出した。
それは蛇のようにホフゴブリンの両足首に絡みつき、さらに太ももまで這い上がって、その巨体をその場に縫い付けた。
「グッ!?」
ホフゴブリンが前のめりに体勢を崩す。
何が起きたのか理解できないという顔だ。
「……かかったね」
シャロが痛む肩を押さえながら、冷ややかな笑みを浮かべた。
逃げ回っていたわけではない。
回避しながら、彼女は床板の隙間に、自身の魔力を込めた『種』をばら撒いていたのだ。
敵が踏み込んだ瞬間、シャロの合図で一斉に発芽させた、自然のトラップ。
「これで終わりだ!《リーフ・ストーム》!」
シャロは両手を突き出すと、無数の葉が渦を巻いて生成され、暴風となってホフゴブリンに襲いかかった。
だが、ホフゴブリンは吼え、対抗するように剣先から雷撃を放出した。
バチバチバチッ!ザザザッ!
緑の刃と青い稲妻が空中で激突し、拮抗する。
火花が散り、葉が燃え尽きる。
しかし、稲妻はそれ以上先には届かない。
一見互角に見える鍔迫り合い。
だが、次第にシャロの放つ葉の嵐が、相手の雷撃を上回り始めた。
「貫けええええっ!!!」
シャロが更に魔力を注ぎ込む。
葉の嵐が雷の壁を食い破り、ホフゴブリンの身体に到達した。
無数の斬撃が巨体を切り刻む。
海賊コートが裂け、緑の皮膚から緑の血が噴き出す。
「ガ、ア……ッ!」
ホフゴブリンが膝をつく。
動きが止まった。
シャロはその隙を見逃さない。
彼女は草を生やし、鋭く形成、1本の植物の剣を作り出した。
「トドメだっ!」
緑の閃光が走り、パイレーツホフゴブリンの胴体を両断した。
雷のサーベルがカランと音を立てて落ちる。
巨体がゆっくりと崩れ落ち、動かなくなった。
「終わったか」
ヨシュアが息をつき、シャロの方へと歩み寄る。
あちらもどうやら終わったらしい。
そこら中でゴブリンがノックアウトされ、氷漬けにされていた。
「大丈夫か、シャロ?」
「うん、このぐらい平気、そっちは?」
「こっちは雑魚掃除だ、問題ない……ちょっと疲れたがな」
二人は互いの無事を確認し、甲板を見渡した。
静寂が戻った船上。
「ところで、アグニは?」
シャロがキョロキョロとする。
「あいつなら、今頃……」
ヨシュアが言いかけたところで、船倉への階段からドタドタという足音が響き、船内からアグニが顔を出した。
その顔は、この世の終わりかというほど不機嫌そうだった。
「どうだ?宝はあったか?」
ヨシュアが涼しい顔をして尋ねると、アグニは不満そうに喋り出す。
「チッ、何が宝船ダ!これだけ大きな船だから何か宝でもあるかと思ったが、何にも無いゾ!あったのは大砲の弾と、錆びた剣と、臭くて不味い肉ぐらいダ!金貨の一枚もねェ!」
アグニが憤慨して地団駄を踏む。
それを聞いて、ヨシュアが深くため息をついた。
彼女もまた、口では期待するなと言いつつ、内心では宝やレアアイテムの発見を期待していたのだ。
「……貧乏海賊か、シケてやがんな」
「全くだ!期待させやがっテ!」
アグニとヨシュアが並んで悪態をつく。
シャロは苦笑いしながら、転がっているパイレーツゴブリンの死体を眺めた。
「まあまあ、お宝はなかったけど食材は手に入ったじゃない。お腹空いたでしょ?せっかくだから、この船の上で食事にしようよ」
シャロの言葉に、アグニのお腹がグゥと素直な音を立てた。
怒っていても、腹は減る。
「……そうだナ!船の上での食事なんて初めてだゾ!」
すっかり機嫌を直したアグニだった。
「……お前のその適応能力の高さだけは尊敬するよ」
ヨシュアが呆れたように呟く中、シャロは死体の一つに手をかざし、静かに魔力を循環させた。
ズズズッ……
ゴブリンの皮膚を突き破り、緑のツルや茎が勢いよく伸びる。
今回実ったのはニンニク、唐辛子、ブロッコリー、トマト、そしてエビと牡蠣。
「ほう……エビや貝も生やせるようになったのか」
ヨシュアが感心する。
「うん。海鮮系なら、多分なんでもいけると思うよ」
シャロは収穫したエビの殻を剥きながら答えた。
プリプリとした身は透き通り、鮮度の良さを物語っている。
シャロは調理器具を展開した、まずは下ごしらえから。
収穫したエビは殻を剥き、背中に浅く切り込みを入れて、背ワタを丁寧に取り除く。
このひと手間が、食べた時の雑味を消し、食感を良くする。
カキは殻をこじ開け、ふっくらとした乳白色の身を取り出し、塩水で優しく洗ってぬめりを取る。
ブロッコリーは小房に切り分け、トマトはくし形にカットする。
ニンニクは皮を剥き、包丁の腹で潰してから粗めのみじん切りにする。
シャロは鍋を焚火に置き、底が隠れるくらいたっぷりと油を注いだ。
そして油の中に刻んだニンニクと唐辛子を入れ、弱火にかける。
じっくり、ゆっくりと温度を上げていくことで、ニンニクの香りを油に移し、焦げるのを防ぐのだ。
シュワシュワ……
微かな発泡音と共に、食欲を暴力的に刺激するガーリックの香りが甲板に漂い始めた。
「くぅぅ……!たまんない匂いだゾ!」
アグニが鼻をひくつかせ、喉を鳴らす。
ニンニクがきつね色に色づき、香ばしさがピークに達したところで、具材を投入する。
まずは火が通りにくいエビとブロッコリーを投入。
ジュワアアアアッ!!
油の温度が下がりすぎないよう火加減を調整する。
エビが赤く染まり、ブロッコリーが鮮やかな緑色に変わっていく。
続いて、カキとトマトを入れる。
カキは煮すぎると硬くなるので、さっと火を通す程度に。
トマトは崩れやすいので最後に。
グツグツと煮立つ黄金色のオイルの中で、赤、緑、白の食材が踊る。
仕上げに塩を振り、味を調える。
「はい、完成!『特製・海鮮と野菜のアヒージョ』!」
鍋ごと提供されたそれは、まだグツグツと音を立てていた。
ニンニクと潮の香りが混ざり合い、湯気となって立ち上る。
「うおおおお!美味そうダ!」
アグニが待ちきれずに、フォークでエビを突き刺した。
熱々のオイルが滴るのを気にせず、フーフーと息を吹きかけてから口に放り込む。
「熱っ!ハフハフ……んんっ!」
アグニが目を見開く。
「うめええええ!エビがプリップリだ!噛むと熱い油と一緒に旨味がジュワッと出てくル!それにこのニンニクの効いた油、最高だゾ!」
「どれ……俺はカキを頂こうか」
ヨシュアもフォークを伸ばす。
ぷっくりと膨らんだカキを口へ運ぶ。
熱いオイルを纏ったカキは、口の中でクリーミーに溶けた。
「ん……濃厚で美味いな。海のミルクとはよく言ったものだが、ニンニクオイルとの相性が抜群だ」
続いてトマトとブロッコリー。
トマトは熱で甘みが増し、酸味がオイルの脂っこさを中和してくれる。
ブロッコリーの蕾は旨味たっぷりのオイルを吸い込んでおり、噛むとジュワッとスープのように溢れ出す。
「ん~野菜も美味い!酸味と油の味が最高ダ!」
三人は鍋を囲み、ハフハフと熱い息を吐きながら、またたく間に具材を平らげていった。
海賊船の甲板、戦いの後の食事は、最高にスパイシーで温かいものとなった。
***
鍋が空になり、満腹感に包まれた頃。
潮風が心地よく甲板を吹き抜けていく。
「ふぅ……食った食った。船の上での食事も、なかなかいいもんだナ」
アグニがマストに背を預けて言った。
「そうだね。揺れも少ないし、景色もいいし」
シャロも同意する。
ふと、アグニが良いことを思いついたという顔をした。
「なぁ、このままこの船で行った方がいいんじゃないカ?歩くより楽だし、屋根もあるし、寝床もあるゾ!」
確かに、ヨシュアの魔法で歩き続けるより、船旅の方が遥かに快適だろう。
だが、ヨシュアは冷めた目でアグニを見下ろした。
「……アグニ。お前、船の操縦はできるのか?」
「ん?」
アグニはきょとんとして、それから胸を張って元気よく答えた。
「無理だ!」
「じゃあ諦めろ、俺もできん」
ヨシュアが即答で切り捨てた。
帆船の操縦は高度な専門技術だ。
風を読み、帆を張り、舵を取る、素人が見よう見まねで動かせる代物ではない。
ましてや今は3人しか居ないのだ。
「私も船の操縦はできないね」
「そういう事だ。食事を終えたら船を降りてまた歩くぞ」
ヨシュアが立ち上がり、舷側を指差した。
夢の海賊船の旅は、クルーの技術不足により幻と消えた。
「へいへい、わかったヨ……またあの何もない海の上かァ」
アグニは名残惜しそうに船体を撫でてから、渋々立ち上がった。
三人は満腹のお腹を抱え、再び海へと降り立った。
海賊船は主を失い、静かに波間に揺られている。
冒険の旅は、まだまだ地道に続くのだった。
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