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穀物転生  作者: リース
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28/61

第28食 フィッシュ&チップス

ダンジョンの中とは思えないほど、美しく、そして残酷なまでに広大な海の世界。

頭上には突き抜けるような青空と、白い入道雲。

足元にはどこまでも透き通るエメラルドグリーンの海原。


最初の数時間は凄い凄いとはしゃぎ回っていたアグニだったが、半日が過ぎる頃にはすっかり無口になっていた。


何しろ、景色が変わらない。

歩けども歩けども、視界に入るのは青、青、青、水平線が無限に続くだけの世界。

目印となる岩礁すら稀で、自分が進んでいるのか、それとも同じ場所で足踏みしているのかさえ分からなくなるような感覚。

それは「美しさ」という皮を被った、精神的な牢獄でもあった。


「……あー」


アグニが大きなあくびを噛み殺し、気だるげに海面を蹴った。

パシャリ、と水しぶきが上がる、それを見るのももう百回目くらいだ。


「飽きた」


「……だろうな」


ヨシュアが帽子を目深に被り直しながら、呆れたように答えた。


「なぁ、まだ着かないのカ?歩けども歩けども水しかないゾ。砂漠よりマシだと思ってたけど、これじゃ砂漠と変わんないゾ」


「文句を言うな。砂漠のような熱気がないだけマシだろう」


「でもよぉ、退屈なんだよ!なんかこう、デッカイ島とか、竜宮城とかないのかヨ!」


アグニが駄々っ子のように腕を振り回す。


「ったく……一々うるさい奴だな、お前は」


「だって暇なんだもんヨー!」


「まあまあ、二人とも」


間に入るのは、いつものようにシャロだ。

まるで姉か母かのように二人の仲を持つ。


「アグニ、もう少しの辛抱だよ。コンパスと私の勘が正しければ、もう島が見えてくるはずだから」


「本当か!?」


「本当だよ。ほら、あそこ」


シャロが水平線の一点を指差した、アグニが目を凝らす。

青一色の世界の中に、ごくわずかな、芥子粒のような「緑」の色が滲んでいるのが見えた。

島だ。


「島だ……!島だ!陸だああああッ!」


アグニの絶叫が海原に響き渡った。

彼女の瞳に、生気が爆発的に戻る。


「ヒャッハー!土だ!岩だ!固い地面が待ってるゾーッ!」


言うが早いか、アグニは水しぶきを上げ、猛然とダッシュを開始した。

水上歩行の不安定さなどものともしない、野生動物のような加速。


「おい待て!先行するなと言ってるだろ!」


「一番乗りだーッ!」


ヨシュアの制止などどこ吹く風、アグニは緑の点に向かって一直線に突き進んでいく。

その後ろ姿を見送り、ヨシュアはこめかみを押さえて深いため息をついた。


「はぁ……あいつ、一度ちゃんと教育した方がいいんじゃないか?『待て』と『お座り』くらいは覚えさせないと、いつか命に関わるぞ」


「あはは……でも、あの素直さがアグニのいいところでもあるから」


「お前は甘すぎるんだよ、シャロ……行くぞ、置いていかれる」


ヨシュアは肩をすくめ、シャロと共にその後を追った。


***


島にたどり着いた頃には、太陽は水平線の彼方へと傾き、空は美しい茜色に染まり始めていた。

白い砂浜が弧を描き、中央にはヤシの木に似た植物が群生している。

波の音だけが響く、静かな場所だ。


「うおぉぉぉ……!」


先に上陸していたアグニが、砂浜の上で大の字になって寝転がっていた。

手足をバタバタさせ、砂の感触を全身で味わっている。


「地面だ……!揺れない!沈まない!やっぱちゃんとした所はいいナ!」


その姿は長い航海を終えた船乗りのようですらある。

遅れて到着したヨシュアも、砂浜に足を踏み入れると、張り詰めていた肩の力を抜いた。


「……ふぅ。やっぱりちゃんとした大地を踏めるのはありがたい。それに、そろそろ日が暮れる。いいタイミングで上陸できたな」


「そうだね。今日はここで休もう」


シャロも美しい魚の尾ひれを砂に投げ出してくつろいだ。

アグニがむくりと起き上がり、期待に満ちた目で島を見渡した。


「で、この島には何があるんだ?お宝か?洞窟か?それとも古代遺跡か!?」


シャロは残念ながら首を横に振った。


「ここは特に何もないただの無人島だよ。ここの島はほとんどがこんな感じだよ」


「ええー……」


アグニが露骨にがっかりして肩を落とした。

耳もしょんぼりと垂れ下がる。


「なんだよぉ、つまんないゾ。せっかくの上陸なのニ」


「休憩地点としては最高だろ。贅沢を言うな」


「じゃあせめて魔物ぐらいは居ないのカ?そうすれば飯が食えル!」


アグニが不満げに鼻を鳴らす。

シャロは苦笑いしながら答えた。


「魔物くらいならまあ、いるかもね、私達も何回か出会った事があるし……」


「……おい、アグニ。お前がそんなことを言うからだぞ」


ヨシュアが鋭い声で遮り、杖を構えた。

彼女の視線は砂浜の端にある岩場に向けられている。

夕闇が迫る中、岩の影が動いた。


「え?」


アグニが振り返る。


ガサガサ……ジャリッ……


硬質な音と共に、三つの巨大な影が現れた。

大人が両手を広げたよりもさらに大きい、赤い甲殻を持つカニの魔物。

右腕だけが異常に発達し、鋼鉄すら断ち切る鋭利かつ巨大なハサミを持っている。

シザークラブだ。

奴らは獲物を品定めするようにハサミを打ち鳴らしている。


「へへっ!来やがったな!」


アグニの表情がパッと明るくなった。

恐怖など微塵もない、獲物が向こうからやってきたのだ。


「海上じゃ手も足も出なかったが、地面の上ならこっちのモンだゼ!」


アグニは地面を蹴り、真正面から突っ込んでいった。

砂を巻き上げ、弾丸のように迫る。


「アグニ、あいつらの甲羅は非常に硬いぞ!」


「関係ねぇ!砕く!」


シャロの忠告も聞かず、アグニは先頭の一体に向かって拳を振り上げた。

シザークラブが反応し、巨大な右のハサミで反撃する。

その巨大さ故、シザークラブの一撃は遅い。

アグニはそれをひょいと避けると、キラークラブの胴体に一撃を叩きこんだ。


ガギイイイン!!


硬い音が響き渡った。

岩盤を叩いたような反動がアグニの腕に走る。

甲殻にはヒビ一つ入らない。


「っ……めっちゃ硬いゾ!」


「だから言ったでしょ!」


「シャアアアアッ!」


シザークラブは怯むことなく、もう1回、その巨大なハサミを振り下ろす。

アグニは後ろに跳んで回避するが、そこへ残る二体が左右から挟み撃ちを仕掛けてくる。


そこにシャロが飛び出した。


「《リーフ・ブレード》!」


成形した鋭い草の剣でシザークラブに切りかかる。


ザシュッ!


シャロの剣閃が、シザークラブのハサミの付け根、関節の柔らかい部分を正確に切り裂いた。

戦闘不能には至らないが、最大の武器を封じた。


一方、左側から迫る個体にはヨシュアが魔法を放つ。


「凍りつけ《ブリザード・ランス》!」


冷気の槍がシザークラブの直撃する。

固い身体にはダメージが少ないものの、広がる氷で動きを封じ込める。


「アグニ!狙うなら関節だ!甲羅の継ぎ目なら攻撃は通る!」


シャロが叫ぶ。

硬い敵には弱点を突く、それが冒険者のセオリーだ。

だが。


「面倒くせぇ!」


アグニはそのアドバイスを無視し、彼女は腰を深く落とすと、大地を踏みしめ、右拳にありったけの魔力を集中させた。

力が込められた右拳が白く光り輝く。


「くらえええええっ!《オーラ・ナックル》!」


狙うは弱点ではない。

最も硬く、最も分厚い、正面の甲羅だ。


ドオオオオオオオン!!


爆発のような轟音が、静かな無人島に響き渡った。

アグニの拳が理不尽な破壊力を生み出し、シザークラブの甲羅を真正面から粉砕したのだ。

甲羅が大きく凹んだシザークラブは、数メートル吹き飛ばされ、岩に激突して動かなくなった。


「……ふぅ、一丁上がりだゾ」


アグニが拳から立ち上る湯気をフゥーッと吹き払い、ニカッと笑った。


「……なんて馬鹿力だ」


ヨシュアが呆れて口を開けていた。

戦術もへったくれもない、ただの暴力による解決。

だが、その圧倒的なパワーこそがアグニの真骨頂でもある。


「残りは……よし、終わったようだね」


シャロの方も、ハサミを封じた個体を的確に切り刻んで沈黙させていた。

ヨシュアも、凍結させて動けなくなった個体に氷の槍を突き刺してトドメを刺した。


静寂が戻る。

三体の大蟹は、またたく間にただの食材の山へと変わった。


「へへっ、やっぱり地上なら楽勝だな!アタシにかかりゃこんなモンよ!」


アグニが得意げに胸を張る。

ヨシュアはため息をつきつつも、その強さは認めざるを得ない。


「まあ、結果オーライだがな……で、どうする?こいつら」


「もちろん、食べるよ」


シャロが目を輝かせて言った。

彼女の視線は、すでに巨大なカニを「どう調理するか」という点に注がれている。


「いい時間だし、夜ご飯にしようか。今日は揚げ物だよ!揚げ物は地上じゃないと流石に無理だからね」


「揚げ物!いいねぇ!響きだけで美味そうだゾ!」


シャロはシザークラブの死体の前に跪き、そっと手を触れ、魔力を流し込む。

硬い甲羅の隙間から、緑の芽が吹き出し、瞬く間に成長していく。

今回実ったのは小麦と卵、じゃがいもと玉ねぎにレモン、そして白身魚のタラ。


「いやあ、やっぱ凄い光景だナ!」


「野菜と果物には慣れたが、こっちは慣れる気がしないな……」


シャロは手早く食材を収穫し、調理台となる平らな岩の上に並べた。


まずは鍋で湯を沸かし、卵を数個茹でる。


その後はいつも通りに小麦を挽くと器に入れ、そこに卵黄と油と水を加える。

さっくりと、切るように混ぜ合わせる。


そうしたらじゃがいもの皮をむき、細切りにし、水にさらして余分なデンプンを落とし、布で水気を丁寧によく拭き取る。

玉ねぎは皮をむき、厚めの輪切りにして、一つずつ指でほぐしてリング状にする。

そして魚のタラ。

新鮮なタラを三枚におろし、骨を一本一本丁寧に取り除いたら、食べやすい大きさに切り分ける。

軽く塩胡椒を振り、下味をつけつつ余分な水分を出す。


卵が茹で上がったら取り出し、殻をむいて潰す。

そして、生卵、レモン汁、塩、刻んだ玉ねぎ、油と混ぜ合わせる事で、特製ソースの完成だ。


鍋にたっぷりの油を注ぎ、火にかける。

油が温まってきたら、じゃがいもを油に投入する。


ジュワアアアアッ!!


激しい音と共に、白い泡が立ち上る。

油の香ばしい匂いが一気に広がり、アグニとヨシュアが喉を鳴らす。

きつね色になり、軽く浮き上がってきたら引き上げ、熱いうちに塩を振る。


続いて、玉ねぎに軽く打ち粉をし、衣液にくぐらせて油へ。

水分が抜け、甘みが凝縮されていく。

カラッと揚がった黄金色のリングができあがる。


そして、メインディッシュの魚。

タラの切り身に打ち粉をし、たっぷりと衣液をまとわせる。

そっと、優しく油の中に滑り込ませる。


ジュワアアアアッ!!!


先ほどよりも重厚な音が響く。

パチパチという音が高くなり、衣が硬く、香ばしい濃い黄金色に変わるまで待つ。


火が通ったら、シャロが油を切って器に上げる。

ザクッ、という音が聞こえてきそうなほどのクリスピーな仕上がりだ。


大きな皿に山盛りのフライドポテト、オニオンリング、そして存在感抜群の白身魚のフライを豪快に盛り付ける。


塩を振りかけたら完成だ。


「完成、特製フィッシュ・アンド・チップス!」


「うおぉぉぉ!揚げたてだァ!」


アグニが待ちきれずに、一番大きな魚のフライを素手で掴んだ。


「あっつ!あつあつ!」


「落ち着け……」


ヨシュアの制止もなんのその、アグニはあつあつの魚のフライを大口を開けて、ガブリ。


カリッ!サクッ!


静寂な夜の浜辺に、衣が砕ける軽快な音が響く。

そして中からは、ハフハフと湯気が立つほど熱々の、真っ白な身が現れる。


「あっつ!うまっ!……んぐっ!」


アグニが目を見開き、咀嚼するたびに幸福そうな声を漏らす。


「衣がサックサクだ!中の魚がすっげぇホクホクしてて柔らかい!噛むとジュワッと脂が出てくるけど、全然しつこくないゾ!めちゃくちゃ美味い!」


タラの淡白だが奥深い旨味が、油のコクと合わさって口いっぱいに広がる。

それは、疲れた体に染み渡る暴力的なまでの旨味だ。


「どれ……」


ヨシュアも、まずはポテトを一本つまむ。


カリッ、ホクッ。


じゃがいもの素朴な甘みと、塩気のバランスが絶妙だ。


「……ああ、本当に美味いな、酒が欲しくなる味だ」


手が止まらない、無意識のうちに次へと手が伸びる。


続いてオニオンリング。

サクッとした衣の中から、トロリと甘くなった玉ねぎが出てくる。


「んー!美味い!サクサクしてて、玉ねぎの甘さがすっごいするゾ!」


一方ヨシュアは魚のフライをソースに漬けて食べる。


「ん……このソースも美味いな。酸味とコクがフライに良く合う」


レモンの酸味が油っこさを中和し、卵のコクが魚の旨味を引き立てる、まさに魔法のソースだ。


「おお!本当に美味いゾ!フライが何倍も美味い!」


アグニもそれを真似して食べる。

タルタルソースも大好評だ。


三人はひたすら揚げ物を口に運び続けた。

波の音をBGMに、夕暮れの下で揚げたてのフィッシュ・アンド・チップスを囲む。

それはダンジョンでのサバイバルとは思えないほど、豊かで、温かく、満ち足りた夕食だった。


***


山盛りの料理を完食する頃には、日は完全に沈み、満天の星空が広がっていた。

偽りの空とはいえ、その星々の輝きは本物並みに鋭く、美しい。

お腹も満たされ、心地よい満腹感と疲労感が襲ってくる。

焚き火の爆ぜる音が、静かな夜に心地よいリズムを刻んでいる。


「ふぅ……食った食った。もう入らねェ」


アグニが満足げにお腹をさすり、大の字になって夜空を見上げた。


「そろそろ寝ようか。明日はまた海上移動だから、体力を回復しておかないと」


「そうだな。そろそろ休むか」


ヨシュアは立ち上がると、杖で地面に丸い線を引く。


「ん?何をしてるんダ?」


「魔物避けの結界を張ってるんだよ……寝る時に一々見張りを立てるのは非効率だからな」


「おお!それは助かるゾ!途中で見張りの為に起きるのは辛かったんだゾ……」


「ホント、ヨシュアが居てくれると凄く助かるよ!」


ヨシュアが線を引き、杖を掲げると、軽い光が周囲を包み、消えて行った。


「さて……これで魔物から見つからなくなるハズだ」


アグニとヨシュアはリュックから布団を取り出し、砂浜の上に敷いて頭から被った。

シャロは大きな葉を数枚生やし、それを布団代わりにして身を包んだ。


「おやすみ、二人とも」


「ああ、おやすみ」


寄せては返す波の音が、子守唄のように優しく響く。

砂漠の凍えるような寒さも、海上の不安定な浮遊感もない、穏やかな大地の上の夜。

三人はすぐに深い眠りへと落ちていった。

明日もまた、この青い海の向こうへと進むために。

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