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穀物転生  作者: リース
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24/61

第24食 クレープ

砂漠の旅は、新たな仲間を加えたことで劇的な変化を迎えていた。

一行は三人パーティーとなった。

元人間にしてアルラウネの料理人シャロ。

牛の獣人にして豪腕の格闘家アグニ。

そして、奇跡的に合流を果たした狐獣人の魔術師、ヨシュアだ。


頭上には相変わらず太陽が鎮座し、容赦のない熱線を砂の大地に降り注いでいる。

先ほどピザを食べて回復したとはいえ、この環境ストレスは生身の生物には過酷すぎる。


「あー……あー……もうダメだ。暑い。溶ける。バターになる……」


最後尾を歩くアグニが、呪詛のように呻き声を上げている。

その巨体からは滝のような汗が噴き出し、自慢の筋肉も暑さでダレてしまっているようだ。

耳は完全に伏せられ、尻尾は振り子のように力なく揺れている。


「頑張って、まだもうちょっとあるから」


「うへぇ……マジかよぉ……」


その様子を隣で見ていたヨシュアが、やれやれと肩をすくめた。


「ったく、だらしない牛だな。昨日の威勢はどうした?」


「うるさいゾ……暑いモノは暑いんダ……」


「ったく、仕方ねぇな」


ヨシュアは歩きながら詠唱とも呼べないほどの短い言葉を紡ぎ、指先をパチンと鳴らした。


「《フリーズ》」


刹那、三人の周囲だけ空気が一変した。

まるで真夏に冷蔵庫の扉を開けた瞬間のような、ひんやりとした冷気が舞い降りたのだ。

乾燥して埃っぽかった空気が浄化され、肌を撫でる風が極上の涼やかさを帯びる。


「う、うおおおっ!?」


アグニが驚愕の声を上げ、カッと目を見開いた。


「す、凄いゾ!なんだこれ!?涼しい!めちゃくちゃ涼しいゾ!生き返るぅぅぅ!」


「初歩の氷魔法だ、弱った俺でもこのぐらいならなんて事は無い」


ヨシュアは何でもないことのように言いながら、涼しい顔で歩き出した。

アグニはその背中を拝まんばかりの勢いで追いかける。


「ヨシュア様!いやぁ、お前って実はイイ奴だったんだな!見直したゾ!」


「……調子のいい奴め。さっきまで文句を垂れていただろ」


「いやー、すげぇな魔法使い!こんな便利なことができるのカ!」


アグニがはしゃぎ回る横で、ヨシュアはこっそりとシャロに耳打ちした。


「なぁシャロ。本当にコイツ、役に立つのか?ただデカくて暑苦しいだけの馬鹿に見えるんだが」


「あはは……まあ、普段はこんな感じだけど、戦闘になるとすごく心強いから……」


「ふん。まあ、お手並み拝見といこうか」


ヨシュアは疑わしげな視線を送りつつ、先を進むのだった。


***


快適な冷気に守られながらしばらく砂漠を進むと、風景に変化が現れた。

単調な砂丘の稜線の向こうに、巨大な人工物の影が浮かび上がったのだ。


「ん?なんだアレ」


アグニが目を細めて指を差す。

風化した岩山のように見えるが、その直線的なシルエットは明らかに自然のものではない。


「あれは遺跡だよ」


シャロが答えた。

かつてエミルたちと攻略した時の記憶が蘇る。


「第四層の終点にある『砂漠の神殿』。あそこを抜ければ、次の階層への道が開けるよ」


「遺跡……!遺跡か!」


その単語を聞いた途端、アグニの目が子供のように輝いた。


「凄いナ!冒険者っぽい!お宝とかあるのか!?ワクワクするゾ!」


「おい待て、勝手に走るな!」


ヨシュアの制止も聞かず、アグニは全速力で駆け出してしまった。

砂煙を上げて遠ざかる背中を見送り、ヨシュアは深い深いため息をついた。


「……あいつ、本当に『馬鹿』という概念が服を着て歩いてるような奴だな。罠があったらどうするつもりだ」


「ふふ、でもあそこまで純粋だと、見てて飽きないでしょ?」


「胃が痛くなるだけだ」


二人が追いついた頃には、アグニはすでに遺跡の巨大な入り口の前で、口をあんぐりと開けて見上げていた。

それは壮大な建造物だった。

巨大な石材を積み上げて作られた神殿は、長い年月と風砂に晒されてあちこちが崩れているものの、かつての威容を保っている。

入り口を守る柱には、古代の文字や見たこともない魔物のレリーフが彫り込まれていた。


「でっけぇ……!こんなもん、どうやって作ったんダ?」


「ダンジョンはまだまだ謎が多い。星が人の文明を記憶して、こうした建造物を生み出すと言う説もある。いいかアグニ、はしゃぐのはいいが気を引き締めろ」


追いついたヨシュアが、鋭い眼光で釘を刺す。


「この奥に次への階層の通路があるが、ここからは四層の後半部、出てくる魔物も強くなると言う事だ」


「わかってるっテ!強い奴が出てくるなら大歓迎ダ!」


アグニは自身の拳をバシッと叩き合わせ、やる気満々の笑みを浮かべた。

三人は慎重に、巨大な石の門をくぐり抜けた。


***


中に入った瞬間、空気が変わった。

ヨシュアの氷魔法無しでも、肌が粟立つほどにひんやりとしている。

外からの日光は遮断されているが、洞窟型ダンジョン特有の青白い光によって、空間全体が幻想的な薄明かりに包まれていた。

高い天井、回廊のように続く太い柱の列。

足音だけが静寂の中に響く。


「うおお……なんか、雰囲気あるなァ!」


アグニがキョロキョロと首を回し、柱の影を覗き込んだり、壁を叩いたりして落ち着きがない。


「おい、ベタベタ触るな。ミミックやトラップが作動したらどうする」


「まぁまぁヨシュア。私達も初めてダンジョンに潜った時は、こんな感じでワクワクしてたじゃない」


シャロが懐かしむように笑うと、ヨシュアはバツが悪そうに鼻を鳴らした。


「……一緒にするな。俺はもっと慎重だった」


「はいはい」


遺跡の回廊を進むこと数十分。

静寂を破るように、重く、腹の底に響くような振動が伝わってきた。


ズゥーン……ズゥーン……


規則的な地響き。


「……来るぞ」


ヨシュアが足を止め、杖を構える。

回廊の奥、闇の中から姿を現したのは、生体反応のない無機質な巨人だった。

身長五メートルはあるだろうか。

遺跡の石材と同じ材質で作られた四角い身体、ゴーレムだ。


「デカブツのお出ましだな!」


アグニが嬉々として前に出る。


「先手必勝!《リーフ・カッター》!」


シャロが先制攻撃を仕掛ける。

腕を振り抜き、鋼鉄並みに硬化した葉を数枚、ゴーレムめがけて射出した。

鋭い音が響き切り刻まれるゴーレムだが、傷は浅い。


「食らエッ!」


続いてアグニが踏み込む。

加速をつけた助走から、体重を乗せた飛び蹴りをゴーレムの胸板に叩き込んだ。

凄まじい衝撃音が響き、ゴーレムの巨体がわずかに揺らぐ。

だが、それだけだ。

ゴーレムは痛痒を感じる様子もなく、丸太のような腕を裏拳で振り払った。


「なっ!」


アグニは紙一重にかわすが、風圧で顔が歪む。


「なんて奴ダ!まるで鉄の塊だ!」


「ゴーレムだからね!見た目通りのタフな相手だよ!まともに削り合ってたら日が暮れる!」


シャロが叫ぶ。

アグニとシャロの攻撃力は決して低くない。

その二人をもってしてもタフなのがゴーレムだ。

ゴーレムは感情もなく、痛みもなく、ただ排除命令に従って迫ってくる。

その歩みは遅いが、圧倒的な質量による圧迫感は恐怖そのものだ。


「マジかよ……どうすんだ、こいつ!」


「大丈夫、今の私達には、ヨシュアが居る!」


後ろではヨシュアが杖を掲げ、すでに詠唱を完了させていた。

周囲の大気が急速に冷却され、杖の先に青白い魔法陣が展開される。


「砕けろ!《アイシクル・ランス》!!」


魔法陣から、巨大な氷の槍が射出された。


ズガアアアアアアアンッ!!!


それは空気を凍らせながら一直線に飛び、ゴーレムの胴体に突き刺さる。

ゴーレムは大きく仰け反ると、同時に強烈な冷気がゴーレムを凍らせ、動きを止める。


「す、すげぇ……」


アグニが目を丸くしてヨシュアを見る。


「ボサッとしてるな!早くトドメを刺せ!」


ヨシュアの一声にハッとなり、拳に力を込めるアグニ。

魔力が籠った拳が光り輝き始める。


「トドメだっ!《オーラ・ナックル》!」


ドゴオオオオオンッ!!!


激しい衝撃波と共に、ゴーレムの身体が砕け散った。

もうゴーレムは動く様子は無い。


「終わったな」


「魔法ってのは便利だとは思ってたが……お前、本当にすげぇ魔術師なんだナ!」


「全盛期ならもっと楽に倒せてたがな」


ヨシュアは杖を下ろし、少しだけ息を整えた。

魔力回路はまだ完全ではない。

だが、シャロとアグニという前衛がいることで、安心して詠唱に集中できる。

この連携こそが、パーティの強みなのだ。


「よし、それじゃあご飯にしようか!」


ゴーレムの残骸の前で、シャロはリュックを下ろした。


「……は?」


ヨシュアが眉をひそめる。


「お前達、まさか魔物を倒すたびに毎回食事にしてるのか?ここはダンジョンの通路だぞ」


「ヨシュアもさっき私のピザを食べたでしょ?私の料理を食べると力が湧いてきて、食べ続けると強くなれるんだよ。それに、アグニがすぐお腹空かせちゃうし」


「シャロの料理は美味いからナ!戦った後の飯は格別だゾ!」


アグニが瓦礫に腰掛け、待ちきれない様子で尻尾を振っている。

ヨシュアは呆れたように額を押さえた。


「……理屈はわかるし、効果も体感したが、その緊張感の無さには慣れないな……」


シャロは構わず、動かなくなったゴーレムの残骸に手を触れた。

硬い石の塊だ、生物としての肉体はない。

だが、魔物である以上、そこには魔力が宿っている。


シャロの魔力が注がれると、石から緑の芽が吹き出した。

ツルは石を苗床にしてぐんぐん伸び、瞬く間に黄金色の小麦、白い卵、そして鮮やかな赤いイチゴや黄色いバナナ、同じく黄色いレモンといった果実を実らせた。


「魔物から食材……この光景も慣れないな……」


ヨシュアが遠い目をする中、シャロは手際よく収穫を始める。

まずは小麦をすり鉢で挽き、サラサラの小麦粉にする。

そこに砂糖、ミルク、そして卵を割り入れ、少量の油を加えてよく混ぜ合わせる。


「ヨシュア、ちょっとこの器を冷やしてくれないかな?」


「……俺は冷蔵庫じゃないんだぞ」


文句を言いながらも、ヨシュアは微弱な氷魔法で器を適温に冷却してくれた。

生地を冷やして休ませることで、伸びが良くなるのだ。


その間にクリーム作り。

今回は生クリームがないため、代用品を作る。

鍋にミルクと砂糖、少量の油、そしてレモン汁を入れ火にかける。


サラサラだった液体が、次第にとろみを帯びてくる。

ある程度粘りが出たら火から下ろし、氷水に当てて冷やしながら、空気を含ませるように激しく泡立てる。

すると不思議なことに、白くふんわりとした、ホイップクリームのような物体が出来上がった。


「あの材料からクリームができるのか……まるで錬金術だな」


「レモンの酸味が加わることで、植物性のミルクがクリームのように固まるようになるんだよ」


次はフルーツの準備。

完熟イチゴとバナナを、食べやすい大きさにカットする。

甘酸っぱい香りが広がり、アグニがゴクリと喉を鳴らす。


最後は生地焼き。

鍋を熱し、油を薄く引く。

休ませておいた生地をお玉一杯分流し込み、素早く薄く広げる。

ジューッという音と共に、甘く香ばしい香りが漂う。

裏返してサッと焼き、焼き色がつけばOK。これを何枚も焼いていく。


焼き上がった薄い生地に、特製クリームをたっぷりと塗り、イチゴやバナナを乗せる。

くるくると円錐状に巻けば、完成だ。


「はい、特製フルーツクレープ!召し上がれ!」


手渡されたクレープはずっしりと重く、クリームとフルーツが溢れんばかりに詰まっている。

アグニはイチゴのクレープにかぶりついた。


「ん~~~っ!!」


目を見開き、幸せそうに頬を緩める。


「甘い!クリームがふわふわで、イチゴが甘酸っぱくて、生地がモチモチだ!最高だゾ!」


ヨシュアも、少し躊躇いながらクレープを口に運んだ。

上品に一口食べると、その冷ややかな瞳が驚きに揺れ、やがてふわりと表情がほころんだ。


「……確かに美味いな」


冷たいクリームが、戦闘で火照った体に心地よい。

甘さが脳に染み渡り、魔力回路の隅々まで糖分が行き渡るような感覚。


「不思議だ、ただの食事なのに、力が底上げされる感覚がある……これなら、完全回復もそう遠くないかもしれない」


「バナナも美味いゾ!こっちは甘くて濃厚で……とにかく美味い!」


三人は石の柱に寄りかかり、薄明かりの中でクレープを堪能した。

過酷な遺跡探索の合間に訪れた、甘く穏やかな時間だった。


***


クレープを食べ終え、満ち足りた空気が流れる中。

ヨシュアが真剣な表情で口を開いた。


「……シャロ、少し話がある」


その声のトーンに、シャロとアグニも居住まいを正す。


「お前がなぜ魔物になったのか、俺なりに一つの仮説を立ててみた」


シャロは息を呑んだ。

それは彼女自身もずっと疑問に思っていたことだ。

なぜ人間ではなく、コルンムーメとして目覚めたのか。


「聞かせて、ヨシュア」


「まず、前提を確認する。俺たちはダンジョン第六層でドラゴンに襲われ、俺の転移魔法で緊急離脱を試みた……ここまではいいな?」


「うん」


「その時シャロ、お前はドラゴンの炎で既に死んでいたんだ」


ヨシュアは痛ましげに目を細めた。


「私が……死んだ……?」


ドクン、とシャロの心臓が跳ねた気がした。

転移の直前の地獄のような灼熱による痛み、熱さ、真っ赤に染まった視界。

その時にはもう、自分は既に死んでいた。


「炎で肉体が焼かれ、崩れ、消失した。だが、同時に発動した俺の転移魔法が、お前の『魂』だけを空間転移させてしまった」


ヨシュアの仮説は続く。


「だが、魂は肉体がなければ現世に留まれない。スープを注ごうとしても、それを入れる器が無いようなものだ。だから代わりの器として、近くに居た魔物の肉体を使ったんだろう」


「それが……コルンムーメ?」


「そうだ。植物の魔物、コルンムーメ。下級魔物の中にお前の魂が飛び込み、肉体を乗っ取った、つまり『憑依』したんだ」


憑依転生。

それが、シャロの身に起きた現象の正体だというのか。


「これが俺の仮説だ。これなら、お前が人間の記憶と人格を持ちながら、魔物の肉体と能力を持っていることの辻褄が合う」


「……なるほど」


シャロは自分の手を見つめた。

自分は一度死んで、魔物として蘇った。

その事実は重いが、不思議とショックは少なかった。

生きている、アグニと出会えた、ヨシュアと再会できた。

その事実の方が尊いからだ。


「えーっと……?」


横でアグニが目を回していた。


「つまりどういうことだ?難しい言葉が多くてよくわかんないゾ!」


「……要するに、ヨシュアの魔法のせいで、私の魂が間違って魔物の中に入っちゃったってことだよ」


「おお!なるほど!そういうことカ!」


アグニがポンと手を叩く。


「……でも、これが正しいとすると、一つ重大な懸念が出てくるよね……?」


シャロの声が低くなる。


「セレナはどうなったの?」


聖女セレナ、彼女はあの時、シャロのすぐ隣にいた。


「そう……あの時、セレナも私と一緒にいた。ドラゴンの炎が原因だと言うなら、きっとセレナも……」


「ああ、可能性は高い。セレナもまた、肉体を失い、どこかの魔物に憑依しているかもしれない」


もしそうだとしたら。

清楚で心優しい彼女が、醜い魔物の姿になって、一人でどこかを彷徨っているとしたら。


「……シャロと同じだとするなら、恐らくセレナも魔物の特性を取り込み、進化しながらこちらを探しているか、あるいは、自我を保てずに苦しんでいる可能性もある」


「そんな……」


「だからこそ、急がなければならない。どんな姿になっているかわからないが、必ず見つけ出すぞ」


ヨシュアの決意のこもった瞳に、シャロは力強く頷いた。


「うん。絶対に見つけよう。セレナも、エミルも!」


「ああ」


シリアスな空気の中、二人は固い握手を交わした。


……その横で。


「……え?え?結局どういうことだ?もう一人の仲間も魔物になってるかもしれないってことか?それって敵なのか味方なのか?どっちなんだ?」


完全に話に置いていかれたアグニが、一人で混乱して首を傾げていた。

その滑稽さに、シャロとヨシュアは顔を見合わせ、小さく笑った。

深刻な話だが、この単純な相棒がいる限り、悲壮感に押しつぶされることはなさそうだ。

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