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穀物転生  作者: リース
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22/61

第22食 スイートポテト

ジリジリと肌を焼く音が聞こえてきそうなほどの熱気が、辺り一面を支配していた。

果てしなく続く砂の海の中、シャロとアグニの二人だけがぽつんと取り残されたように歩いていた。

足元に埋まるほど深い砂は歩くだけで体力を奪い、空に浮かぶ太陽は、容赦なく二人の背に灼熱を降り注いでいた。


「はぁ……あっつい……あっついあっつい……なんで砂漠ってこんなに暑いんだヨ……」


情けない呻き声と共に、巨体が砂の上に崩れ落ちそうになった。

特徴的な牛の耳と尻尾は完全にダラリと垂れ下がっている。


「あまり暑い暑い言わないで……こっちも辛くなる……」


隣でシャロがそう声をかける。

あまり表情には出さないものの、シャロの方もだいぶ暑さでまいっていた。


「あー……喉が渇いタ……」


アグニはリュックから革製の水袋を取り出すと、勢いよくラッパ飲みをする。

喉が鳴る音が乾いた大気に響き、口元から溢れた水滴が熱い砂に吸い込まれていった。


「ぷはぁっ!生き返ったゾ!」


アグニは大きく息を吐き、手の甲で口を拭う。

瞳にようやく光が戻ったようだ。

彼女は水袋をリュックにしまいながら、疑わしげな視線を果てしない地平線へと向けた。

どこまで行っても砂、砂、砂、目印になるような岩も木もない、ただ熱揺らぎが視界を歪めるだけだ。


「なぁシャロ。本当にこっちで合ってんのカ?どれだけ歩いても何も見えてこないゾ……?」


「不安になるのはわかるけど、大丈夫だよ」


シャロは手元のコンパスを確認した。

特殊な魔力ラインを探知するその針は、揺らぐことなく一点を指し示している。


「私の記憶が正しければこの方角で合ってる。見覚えのある大きな砂丘も通ったし、もう少し進めばオアシスがあるはずだから」


シャロが淡々と答えると、アグニの表情がパッと明るくなった。

単純明快な彼女のことだ、「あと少し」という言葉だけで、枯渇しかけていた気力が湧いてきたらしい。


「そうか!あと少しか!シャロの言う事なら間違いないな!」


「調子がいいんだから……」


アグニは豪快に笑い飛ばし、バシンと自分の太ももを叩いて気合を入れ直した。


「それにしても、シャロは凄いナ」


並んで歩き直しながら、アグニが感心したように言った。


「シャロがいれば迷うことは無いナ。アタシなんか、ここじゃ三回まわったらどっちから来たかもわかんなくなる自信があるゾ!」


アグニの全幅の信頼を寄せた笑顔に、シャロは少しだけ苦笑いを浮かべた。

彼女は勘違いしている。シャロとて、完璧なナビゲーターではないのだ。


「買いかぶりすぎだよ、アグニ。私はただ、道を『覚えている』だけ」


シャロは足元の砂を見つめながら、ぽつりとこぼした。


「初めて行く場所だったら、私だって普通に迷うよ。現に、昔ここで初めて探索した時は……そう、死ぬほど迷ったし」


「えっ、そうなのか?」


「うん。最初に来た時は三日三晩この砂漠を彷徨って、水も食料も尽きて。本当に全滅するかと思った」


その時の記憶は、今でも鮮明だ。

喉が張り付き、仲間同士の会話もなくなり、ただ重い足音だけが響いていた時間。

絶望が砂のように降り積もる感覚。


「へぇ……。じゃあ、どうやってこの奥に行けたんだ?勘か?」


「ううん。あの時は、ヨシュアがいたから。彼女がね、時々『飛行魔法』を使って上空から偵察してくれたの。空から地形を見て、正しいルートを探してくれたおかげで、なんとか抜けられたんだよ」


「へぇ!空を飛べるのカ!それは凄いナ!」


「うん。ヨシュアは凄い魔術師だった」


シャロは遠くの稜線を見つめる。

脳裏に浮かぶのは、ヨシュアだけではない。


「セレナも、エミルも……みんな、本当に強い冒険者だったよ……だから、そう簡単にやられはしないはず……」


自分に言い聞かせるように、シャロは呟いた。

だが、ここはダンジョンだ、時間は残酷に過ぎていく。

いくら彼女たちが強くても、限界はある。


「でも、急がないと。やられる前に、なんとか見つけ出さないと……」


焦りが声に滲んだ。

握りしめたコンパスの縁が指に食い込む。


その時、大きな手がシャロの背中をバシンと叩いた。


「ぐぇっ!?」


「湿っぽい顔してんじゃないゾ!シャロ!」


驚いて振り返ると、アグニがニカッと笑っていた。

太陽のような、屈託のない笑顔。


「シャロがそこまで言う仲間なんだ、きっと化け物みたいに強いに決まってる!心配すんナ!」


「……そうだね」


根拠なんて何もない。

けれど、その明るさが、今は何よりもありがたかった。


「ん?おいシャロ、あれ見ロ!」


アグニが指先で地平線の一点を指差す。

シャロも目を凝らす。

陽炎の向こう側に、茶色と黄色だけの世界には不釣り合いな、濃い色彩の塊が見えた。

揺らめく影ではない、確かな質量を持った「緑」だ。


「ふう……やっと着いたようだね」


シャロはコンパスを懐にしまい、確信を持って頷いた。


「あれが目的地のオアシスだよ」


「マジか!水か!日陰かーッ!!」


アグニが歓喜の雄叫びを上げた。

尻尾が千切れんばかりに左右に振られたかと思うと、彼女は砂を蹴立てて猛ダッシュを開始した。

その速度は、これまで死にそうな顔で歩いていたのが嘘のような爆発力だ。


「ちょっ、アグニ!急がないでってば!」


「待ってられないゾ!アタシはもう干物寸前なんダ!」


シャロの制止など耳に入らない様子で、アグニは砂塵を巻き上げて突っ走っていく。

シャロは呆れつつも、その後を追った。


近づくにつれ、その全貌が明らかになる。

それは、砂漠の中にある水たまりなどという生易しいものではなかった。

巨大な窪地に広がる、見事な森林地帯。

ナツメヤシに似た巨木が群生し、鮮やかな緑の葉を広げて涼しげな木陰を作っている。

そしてその中心には、空の青さをそのまま映し取ったような、巨大な湖が静かに水を湛えていた。

水面は宝石のように煌めき、周囲の過酷な環境を忘れさせるほどの清涼な空気が漂っている。


木々の隙間を抜け、湖のほとりに飛び出したアグニは、その光景を見るや否や、背負っていた巨大なリュックをドサリと投げ捨てた。


「ヒャッハー!水だあああっ!」


言うが早いか、彼女は身につけていた服を、歩きながら乱雑に剥ぎ取っていく。

砂の上に服が放り投げられ、一糸まとわぬ姿になったアグニは、迷うことなく湖面へと跳躍した。


バッシャアアアン!!


盛大な水しぶきが上がり、静寂だった水面が大きく波打つ。

遅れて追いついてきたシャロが木陰から顔を出した時には、すでにアグニは湖の中央付近でプハァと顔を出していた。


「最高ダ!生き返るゾ!」


アグニが濡れた髪を振り乱し、耳をパタパタと動かす。

火照った巨体が急速に冷却され、蒸気が上がりそうなほどの解放感に満ちた叫び声が響き渡った。


「つめてぇ!でも気持ちいい!なぁシャロ、ここ天国か?地獄の隣に天国があったゾ!」


「……まったく」


シャロは肩で息をしながら、湖のほとりに立った。

透き通った水の中を、アグニが犬かきならぬ豪快な泳ぎで動き回っている。

魔物の気配がないか確認する前に飛び込むその無防備さに、頭が痛くなる。


「ここで泳ぐ人、初めて見たよ……普通はまず水を確保して、周囲の安全確認でしょ?」


「細かいことはいいんだよ!ほら、シャロも来イ!すっげぇ気持ちいいゾ!」


アグニが水面を叩き、シャロに向かって水を掛けようとする。

その無邪気な誘いに、シャロは苦笑して首を横に振った。


「私はいいよ、ここで涼むだけで十分」


「ちぇっ、ノリ悪いなぁ。まあいいや、アタシはもう少し冷やしてから上がるゾ」


アグニは再び水中に潜り、背泳ぎでぷかぷかと浮かび始めた。


シャロはアグニが脱ぎ捨てた装備を一箇所にまとめると、湖畔の柔らかい草の上に腰を下ろした。そして、そのままゴロンと仰向けになる。

ひんやりとした草の感触と、水辺特有の湿り気を帯びた風が心地よい。

上空の太陽が、徐々に光量を落とし始めていた。


「……よかった、日が落ちる前に着けて」


夜の砂漠は、昼間とはまた違った死の世界だ。

極寒へと気温が下がり、視界も悪くなる。

このオアシスならば魔物も出にくいし、極端な温度変化も起き辛い。


シャロはしばらく休息をとった後、二人の水筒をすべて集めて湖の水際へ向かった。

水は驚くほど澄んでおり、底の砂利まで見える。

水筒にたっぷりと水を汲み、栓をする。

そうこうしていると、水音が近づいてきた。


「ぷはーっ!いい水だったゾ!」


アグニが湖から上がってくる。

全身から滴る水滴が、夕暮れの光を受けてキラキラと輝いていた。

彼女は隠す素振りなど微塵も見せず、堂々とシャロの前に立ちはだかった。

その姿に、シャロは思わず息を呑んだ。


同じ女性として見惚れてしまうほどの、圧倒的な肉体美がそこにあった。

鍛え上げられた筋肉は決して無骨すぎず、しなやかな曲線を描いている。

肌は張りがあり、水に濡れたことでその艶やかさが増していた。

豊かな胸、引き締まった腹筋、そこから伸びる逞しくも美しい脚。

野性的でありながら、神話の彫刻のような完成されたプロポーション。

獣人特有の生命力が、全身から溢れ出しているようだ。


「……ねぇ、アグニ」


「ん?なんダ?」


アグニは身体についた水をブルブルと豪快に振り払っている。

犬が水を切る仕草に似ていて愛嬌があるが、その姿は全裸である。


「恥ずかしいとか、思わないの?」


「ン?何がダ?」


「何がって……その、服。私しかいないとはいえ、隠すとかさ」


シャロが視線を泳がせながら言うと、アグニはキョトンとした顔で自分の体を見下ろし、それから不思議そうに首を傾げた。


「別に?アタシの村じゃ、水浴びなんてみんなこんなもんだし。それに、服着てたら濡れちゃうゾ」


「そんなものなの……?」


「アタシは全然気にしないゾ!」


アグニはあっけらかんと笑い飛ばし、腰に手を当てて仁王立ちした。

このお気楽さは、彼女の美点であり、欠点でもあった。


「……でも風邪引くといけないから、そろそろ服着てね。夜は冷えるよ」


「おう、わかった」


アグニはようやく脱ぎ捨てた服を拾い上げ、濡れた体のまま大雑把に身につけ始めた。

シャロはその様子を見守りながら、提案する。


「今日はもう移動しないで、このオアシスで野営にしようか。夜の砂漠を歩くのはリスクが高いし、水も確保できたから」


「賛成!アタシももう一歩も歩きたくないし、腹も減ったゾ!」


服を着終えたアグニが、盛大な腹の虫を鳴らした。

シャロも少し空腹を覚える。


アグニがキョロキョロと周囲を見回す。

その時、アグニの視線が湖の対岸、少し離れた砂地の一角に釘付けになった。


「……お?」


アグニが目を凝らす。

薄暗くなり始めた砂漠の向こうで、何かが動いた。

砂山が盛り上がり、そこから巨大な何かが見える。


「おいシャロ!あれ見ろヨ!」


アグニが嬉々として指差す。

シャロも視線を追う。

遠くからではよく見えないが、あれは確かに「魔物」だ。

魔物ならば、シャロの能力で食材にできる。


「あれを倒して食おウ!」


「そうだね、そうしよう」


二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑い、疲れも忘れて魔物へと駆け出すのだった。


***


砂丘の向こうに見えた謎の影。

近づいたことで、その姿がハッキリと認識できるようになった。

それは、ぬらぬらと粘液を分泌する、茶褐色の長い肉柱。

先端には目も鼻もなく、あるのは肉厚な唇のような器官と、その奥に螺旋状に並んだ無数の鋭利な牙だけ。

二匹の『サンドワーム』。

その太さは大人が数人手を繋いでやっと回るほど、体長は優に十メートルを超えるであろう巨大なミミズの魔物だ。


「先手必勝!《リーフ・カッター》!」


シャロは即座に鋼鉄以上の硬度を持った葉の刃を展開すると、弾丸のように射出された。

風を切り裂く音が鳴り響き、サンドワームのブヨブヨとした表皮に突き刺さる。

緑色の体液が噴水のように飛び散った。


だが、分厚い脂肪と筋肉の層に阻まれ、重要器官には届いていない。

痛みを感じたサンドワームは、ヌルリと体をくねらせると、水に飛び込むように砂の中へと頭から突っ込んでいった。


巨大な質量が一瞬にして消失する。

後に残されたのは、波紋のように広がる砂の揺らぎだけ。


「クソッ!どこから来る!?」


二人は背中合わせになり、全方位を警戒する。


静寂。

風が砂を撫でるサラサラという音だけが、やけに大きく聞こえる。

サンドワームの恐ろしさは、その巨体や攻撃力ではない。

「見えない」という恐怖だ。

どこからともなく現れ、獲物を道連れに地獄の底へ引きずり込む、生きた罠。


すると、突然二人の真下の砂が盛り上がる。


「っ!!」


二人は素早くその場を離脱する。

二人がいた空間を、下から突き上げられた巨大な顎が噛み砕いた。


「このっ!」


「オラアッ!」


シャロが空中で体勢を整え、追撃の葉の刃を放つ。

アグニも着地と同時に踏み込み、剛腕を振るおうとする。


だが、遅い。


サンドワームは空振りを悟るや否や、ドリルのように体を回転させ、砂の海へと再潜行してしまう。

アグニの拳が空を切り、シャロの葉はただ砂煙を上げるだけに終わった。


「くそっ、ちょこまかと!モグラ叩きカ!」


「アグニ、無闇に突っ込まないで!地中は向こうの領域だよ!」


シャロの額に脂汗が滲む。

相性が悪い。

探知系の能力を持たない二人にとっては、攻撃の瞬間以外姿を見せない敵は厄介極まりない。

決定打を与えるチャンスがあまりにも少ないのだ。


ジリジリと、精神が摩耗していく時間が続く。


ズズッ……。


再び、微かな振動。


アグニの足元と、シャロの背後。

砂が爆ぜる。

アグニは、獣人の聴覚で砂粒の擦れる音を聞き分け、最小限の動きで回避した。

サンドワームの胴体が鼻先を掠め、彼女の髪を風圧で煽る。

だが、シャロ側で悲劇が起きた。

着地点が悪かった。

流砂のように脆い地盤に足を取られ、回避のタイミングがコンマ一秒遅れたのだ。


「しまっ――」


振り返ったシャロの視界いっぱいに、赤黒い口内と、びっしりと並んだ牙の螺旋が広がった。

間に合わない。


「シャロ!!」


アグニの絶叫が木霊する。

サンドワームの大口が、小さなシャロの体を丸呑みにした。

咀嚼すらせず、その巨体は勢いを殺さないまま、美しい弧を描いて砂の中へとダイブする。


「シャロオオオオッ!!」


アグニの目の前で、相棒が地面に吸い込まれて消えた。

砂煙だけが、無情にも舞い上がる。


「この……!!よくもシャロを!!!」


アグニは腰を深く落とし、大地を踏みしめた。

右の拳をギリギリと音がするほど強く握りしめる。


待つ。

気配を探る。

殺気のみを研ぎ澄ます。


ズズズズズ……


足元で振動が強まる。

シャロを食わなかった方のもう一匹が、残る獲物を始末しようと、アグニの真下から迫っていた。

砂が盛り上がり、地面が割れた。

巨大な顎が、アグニの下半身を狙って突き上げられる。


「来やがったナ!!」


アグニは三度サンドワームの攻撃を回避する。

サンドワームの巨体が、アグニの眼前に露出する。

その瞬間、アグニの両腕が伸びた。

襲いかかってきたサンドワームの太い胴体を、丸太でも抱えるようにガッシリと抱きすくめたのだ。


「捕まえたゾ!」


ベトベトする粘液も、鋼鉄のように硬い筋肉も関係ない。

アグニの剛腕が、万力のようにミミズの身体に食い込む。

サンドワームが驚愕に身を震わせ、地下へ逃げようともがく。

強烈な牽引力がアグニを砂の中へ引きずり込もうとする。


「逃がすかヨ……!引きずり出してやるゾ!」


アグニは雄叫びと共に、全身の筋肉を総動員して背中を反らせた。

ミシミシと背骨が鳴る。

ズズズズズッ……!!

10メートルを超える巨体が、強制的に地中から引っこ抜かれていく。

農夫が巨大すぎる大根を引き抜くかのように、サンドワームの全身が空中に放り出された。


「おらああああっ!!」


アグニは引き抜いた勢いのまま、その巨体を地面に叩きつけた。


ドオオオオン!!


大地が揺れる。

叩きつけられたサンドワームが動きを止めた一瞬の隙。

アグニは、魔力と怒りを極限まで充填していた右拳を、天高く振りかぶった。


「シャロを……返せえええええッ!!」


渾身の正拳突き。


ドゴオオオン!!!


激しい衝撃波と爆音と共に、サンドワームの身体が破裂する。

サンドワームの巨体がビクンと一度跳ねて、沈黙した。


「ハァ……ハァ……ハァ……!」


アグニは肩で息をする。

全力を出し切った。

指一本動かせないほどの脱力感が襲う。

だが、戦いは終わっていない。

背後で、砂が弾ける音がした。


シャロを飲み込んだ、もう一匹だ。

仲間の死を感知したのか、あるいはただの食欲か。

消耗して息を切らしたアグニの無防備な背中を狙い、音もなく背後から大口を開けて迫る。

アグニはすぐさま振り向くも


「くっ、体が、動かなイ……!」


アグニが歯噛みする。

絶体絶命の瞬間。

だが――


ズバッ――!


奇妙な音が、アグニの目の前で響いた。

風圧が止まる。

サンドワームの動きが制止し、その太い胴体の中央に一本の「光の線」が走っていたのだ。


次の瞬間、線に沿って、サンドワームの体が真っ二つに裂けた。

左右に分かれて倒れ込む肉塊の間から、シャロが姿を現す。

全身、粘液と返り体液まみれ。

その手には、植物の繊維を極限まで圧縮して作り上げた、鋭利な草の長剣が握られていた。


「……うぅ、最悪。中は酸っぱい匂いがするし、ベトベトだし」


シャロは髪についた体液を不快そうに拭いながら、何事もなかったかのようにそこに立っていた。

飲み込まれた直後、消化液に溶かされる前に植物で剣を生成し、内側から敵を両断したのだ。

植物ゆえの環境適応能力と、冒険者の冷静な判断力が生んだ逆転劇だった。


「シャロ……!生きてたのカ!よかったああああ!」


「もう片方のサンドワームは?」


「もうやっつけたゾ!」


こうして二人はサンドワームを撃破したのだった。


***


オアシスで身体を念入りに洗い流し、ついでに洗濯まで済ませた後。

二人は再びサンドワームの死骸の前に立っていた。


「さてと、大仕事の後はご飯だね」


「おう!早く作ってくれ!もうペコペコだ!」


シャロは膝をつき、サンドワームの死骸にそっと両手を触れた。

すると、サンドワームの死骸から、ボコボコと緑色の芽が吹き出し、瞬く間に大きなさつまいもとまんまるの卵が実ったのだった。


食材を収穫すると、まずはさつまいもを皮ごと蒸し焼きにしていく。

グツグツと湯気が立ち上るにつれ、あたりに甘く香ばしい匂いが漂い始めた。

焼き芋特有の、あの心が安らぐ香りだ。

竹串がスッと抵抗なく通るようになったら、鍋から取り出し、熱いうちに皮をむく。

湯気を上げる黄金色の芋を器に入れ、木べらで丁寧に潰していく。


そして卵、ミルク、砂糖、油を入れ、更に混ぜる。

ザラザラしていた芋が、ミルクと卵を吸って、滑らかなペースト状に変化していく。

この時点で既につまみ食いしたい衝動に駆られるが、アグニは涎を飲み込んで我慢した。

シャロはそのペーストを手際よく俵型に成形する。


油を引いた鍋で生地を焼くと、ジューッという心地よい音が静かなオアシスに響く。

甘い香りがさらに濃厚になり、表面にこんがりとした狐色の焼き目がついていく。


「はい、お待たせ。特製スイートポテトの完成!」


大きな皿に乗せられたそれは、まるで宝石のように輝いていた。

アグニはゴクリと喉を鳴らし、震える手でその一つを掴んだ。


「いただきまぁーす!」


大きく口を開け、ガブリと齧り付く。

カリッという小気味よい音の後、濃厚な甘みが口いっぱいに雪崩れ込んできた。


「んん~っ!うんめぇぇぇ!」


アグニが目を見開き、天を仰いだ。

外はカリッと香ばしく、中は熱々でトロトロ。

芋は蜜のように甘く、そこにミルクのコクと卵のまろやかさが加わり、口の中で至福のハーモニーを奏でている。


「しっとりしてて、すっげぇ甘い!死ぬほど疲れた体に染み渡るゾ……」


「ふふ、よかった。やっぱり疲れた時は甘いものに限るね」


シャロも一つ口に運ぶ。

ほっこりとした優しい味が、戦闘で張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。

二人は言葉少なに、しかし満面の笑みで、山盛りのスイートポテトを平らげた。

胃袋が満たされると、身体の芯からポカポカと熱が生まれ、力が湧いてくるのを感じた。


食事が終わり、片付けを済ませる頃には、空は完全に漆黒の闇に支配されていた。

太陽は光を失い、代わりに冷たい星々の光が降り注いでいる。

そして、環境は一変していた。

昼間の灼熱地獄が嘘のように、骨の髄まで凍みるような冷気が肌を刺す。


「さっむ!うぉぉ寒い!なんだよこれ!急に冬かヨ!」


アグニがガタガタと震えながら、焚き火に手をかざす。


「砂漠はね、熱しやすくて冷めやすいんだ」


シャロが手際よく薪をくべながら、教えるように言った。


「砂や岩は水をほとんど含まないから、熱を溜め込んでおけないんだよ。太陽がなくなると、地面の熱がすぐに空へ逃げていっちゃうの。『放射冷却』っていうんだけど」


「ほ、ほうしゃ……?よくわかんないゾ!」


アグニは理屈などどうでもいいと言わんばかりに、リュックから分厚い毛布を取り出した。

それを頭からすっぽりと被り、ミノムシのような姿になって焚き火のそばに転がる。


「アタシはもう寝るゾ……これ以上起きてたら凍死すル……」


「うん、おやすみ」


パチパチと爆ぜる焚き火の音と、遠くで聞こえる夜行性の魔物の鳴き声。

それらが子守唄のように響く。


毛布の塊から、アグニのくぐもった声が聞こえた。


「景色は変わんねぇし、昼は死ぬほど暑いし、夜は凍えるし……こんな所、早く抜けたいゾ」


「そうだね」


シャロは夜空を見上げた。

ダンジョンの星空だが、それでも綺麗だ。

この空の下のどこかに、かつての仲間たちがいるはずだ。

エミル、ヨシュア、セレナ。

彼女たちも今、同じ寒さを感じているだろうか。

それとも、もっと過酷な場所にいるだろうか。


「明日には砂漠エリアを抜けて、次の階層に行きたいね」


シャロの言葉に、アグニは短く答えただけで、すぐに寝息を立て始めた。

その単純で力強い寝息を聞いていると、シャロの不安も少しだけ和らぐ気がした。

砂漠の夜は長く、静かに更けていく。

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