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穀物転生  作者: リース
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20/63

第20食 フルーツ

洞窟の奥、幾多の魔物を退けてきたアグニとシャロは、なおも暗く湿った岩の回廊を歩いていた。


「中々出口に付かないナ……」


アグニが退屈そうに呟く。


「もう少しの我慢だよ」


シャロが励ます。


その時だった。


「キイイイイイッ……!」


甲高い鳴き声が響いた。


「魔物か!?」


即座に二人の耳がその音を捉える。

暗闇の中、二つの赤い光、大コウモリが翼を広げて突っ込んできた。


「はああっ!」


アグニが突っ込んでいくと同時に、シャロが両手を突き出す。

次の瞬間にツタが、いや、進化した事で鋭い無数のトゲが生えた“茨”が大コウモリへと伸びる。


バシッ!


音を立て、茨が獲物を貫いた。

血飛沫が散り、大コウモリは短い悲鳴を上げて岩壁に叩きつけられる。


「食らエッ!」


そこをアグニの拳が唸る。


ドゴオオオッ!!


岩壁に叩きつけられた大コウモリに追撃の一撃。

大コウモリはあっけなく崩れ落ちたのだった。


「うん!だいぶ強くなったナ!」


「この調子なら、次の階層でも十分戦えそうだね」


二人は互いにうなずき合い、その死体から食材を生やす。

そこからミルク、油、砂糖、ポーションを補充すると、再び奥へと歩き出した。


***


「なんか長くないカ……?分かれ道すら無いから退屈だゾ……」


「分かれ道があったらあったで文句を言う癖に……ほら、着いたよ」


「ホントか!?」


シャロが道の前を指さす。

その先、洞窟の奥に、ゆるやかに下る通路が続いている。


「おお!本当に出口ダ!やっとこの迷路から抜けられるゾ!」


アグニは喜んで通路の中へと駆け出していった。


「待ってよアグニ!」


それにシャロも慌ててついていく。


「なあシャロ、四層はどんな所なんダ?アタシ、三層より奥に行った事が無いんダ」


「口で言うより実際に見た方が早いよ。その方がびっくりするだろうし」


アグニの疑問に、シャロは笑ってはぐらかす。


「そっか!楽しみだナ!」


そう言って歩みを速めるアグニ。

シャロもその背を追いかける。

通路の先に見え始めたのは、淡い光。

それは間違いなく、太陽の光。


そして、二人は通路を抜け出した。


そこに広がっていたのは、果てしない砂の海だった。


アグニは思わず立ち止まり、口を開けて呆然とする。

どこまでも続く砂丘、波打つ金色の地面。

頭上には眩しいほどに透き通った青空がどこまでも広がり、太陽がじりじりと照りつけていた。


「おお!四層は砂漠か!砂漠は初めてだゾ!」


状況を理解したアグニが満面の笑顔で喜んだ。


「しかし……暑いナこれは……」


アグニは額の汗を拭いながら呟く。

洞窟の湿った空気に慣れていた身体には、この乾燥した熱気がこたえた。

熱気に包まれた空気は息苦しく、肌にまとわりつく。

靴の下では、乾いた砂がザクザクと音を立てた。


「ここでは今までみたいに川は流れてないからね。水は大切に使わないとダメだよ?」


「なるほど、わかったゾ!」


幸い水は三層で汲んだばかり、余裕は十分ある。

シャロは砂漠に手を置くと、そこからにょきにょきと2本の芽が生え、あっという間に草の傘が出来上がった。


「おお!そんな事もできるのカ!やっぱシャロの能力は便利だナ!」


アグニは草の傘を受け取ると、嬉しそうに眺める。


「じゃあアグニ、コンパスを出してちょうだい」


しかし、アグニはきょとんとした顔をした。


「コンパス?なんだそりゃ」


「え……まさか、持ってないの?」


「持ってないゾ?」


「えー……」


シャロは思わずため息が出るほど呆れてしまった。


「魔導コンパスは冒険者の必需品だよ……迷わなかった?ダンジョンで」


「アッハハハ!何度も迷ったナ!」


豪快に笑うアグニに、少し頭が痛くなったシャロ。


「でもさ、そう言うシャロは持ってないのか?冒険者の必需品なんだロ?」


「私は一度荷物を全部失くしたの……今持ってるのは全部ダンジョンで見つけたり、作ったりしたもの」


「あれ全部がダンジョンの物なのカ!凄いナ!」


キラキラした目でシャロを見つけるアグニ、その目には尊敬の念が込められていた。

だが、一方でシャロは頭を抱えていた。


「コンパスが無くても道を覚えて無いのカ?三層では一度も使わなかっただロ?」


「三層と違ってここは目印になるものが何もないからね……覚えるも何もないよ……」


シャロは疲れた目をして遠くを見る。

岩壁や川に囲まれた三層と違い、ここ四層はひたすら何もない砂漠が広がっているだけ。


「……はぁ。こうなったら仕方ない」


シャロは腰に手を当て、砂丘の向こうを見渡す。

風が吹き、砂が舞う。

遠くには、ゆらめく陽炎が見えた。


「もう、勘で進むしかないね」


そう言いながら、シャロは砂漠を進んでいく。

その後にアグニもついていく。

二人の影が砂に伸び、照りつける陽光の中で滲んでいた。


***


眩しいほどの光と、果てしなく続く黄金色の砂漠を歩く二人。

ほんの数刻前まで岩壁に囲まれた閉塞の中に居たというのに、まるで世界そのものが入れ替わったように、今は広大な空が頭上にあり、強い日差しが肌を焼く。


「すっげぇ……!おいシャロ!見ろよ、本当にどこまで行っても砂ダ!そして空が広いゾ!」


アグニが大きな身体を思い切り伸ばす。

興奮気味の声が砂丘の間に響く。


「そうだね、さっきまで洞窟の中に居たから眩しいや……」


シャロは隣で眩しそうに目を細めた。

緑の髪が風に揺れ、まるで草花がこの乾いた大地に少しだけ生命を取り戻したかのように見える。


「さて……とりあえず“オアシス”を目指そう」


「おあしす……って何ダ?」


アグニは首をかしげる。


「オアシスはね、砂漠の中にある湖みたいなもの。そこには植物も生えるし、魔物も少ない。そして丁度、出口までの道に1つあるんだ。だから、そこを目指そう」


「それなら行くしかないナ!」


二人はしばらく歩き続けた。

靴底に焼けた砂が食い込み、熱気が足から昇る。

時折、風が砂を巻き上げる。

遠くの地平線は揺らめき、まるで蜃気楼のようにかすんで見えた。

空には雲ひとつなく、ただ太陽が照りつけている。

だが、それでも二人は前を向いて歩いた。


そんなときだった。シャロの表情がふと険しくなった。


「……止まって」


「どうしタ?」


「魔物の気配がする……!」


風の音に混じって、低く唸るような声が響く。

砂煙を上げながら現れたのは、灰色の毛並みを持つ狼たちだった。

人間の腰ほどの体格に、鋭い牙と長い尾。

その瞳は赤く光り、砂地にぴたりと足を沈めて、二人を睨みつける。


「デザートウルフか……!」


「三匹か、受けて立つゾ!」


アグニが拳を、シャロが両手を構える。


次の瞬間、狼たちが一斉に動いた。

うち二匹がこちらへ向かい、残る一匹は距離を取ったまま様子を伺っている。

砂が舞い、牙が閃く。


「《リーフ・カッター》!」


シャロが放った鋭い葉の刃が風を切り、襲い掛かる二匹に飛ぶ。


しかし、デザートウルフはすかさず横へ跳び、刃はわずかに毛を裂いただけだった。

傷を負っても怯まない、すぐに反撃へと転じる。

その動きは速かった。

第三層で戦った魔物など比較にならない。

だが、アグニとシャロはもう何度も戦いの経験を積んでいた。

この程度の速度ならついていける。


デザートウルフの鋭い爪の攻撃を素早く避けると、シャロは手から草を生やし、剣のように鋭くして切りかかる。

一方アグニは拳でデザートウルフに殴りかかる。

攻撃を受けたデザートウルフはダメージを負う。


「アオオオオン!!!」


だがその瞬間、遠くで待機していた一匹が頭を高く上げ、長く遠吠えを放った。

次の瞬間、風が渦を巻き、砂が一斉に舞い上がる。


「わっ!なんだこれ!?」


アグニが思わず目を覆う。

舞い上がった砂はただの砂ではなかった。

鋭い刃となり、暴風と共に襲いかかってくる。


「避けてっ!」


シャロが叫び、二人は横へ跳んだ。

地面が削れ、砂煙が爆ぜる。


「気を付けて!この階層からは魔物も魔法を使うよ!」


「先に言エ!」


砂の嵐が一瞬弱まり、再び二匹のデザートウルフが突進してくる。

爪が砂を蹴り、牙が迫る。

何とかそれを回避するも、その後方では、魔法担当の一匹が再び魔法を放つ。

二匹のデザートウルフが鋭い爪と牙による接近戦を担当し、残り一匹が魔法でサポートする。

中々厄介なコンビネーションだ。


「何とかならないのカ!」


アグニが叫ぶ。


「魔法は連発しては撃てない!必ず隙ができる!」


シャロが冷静に弱点を分析する。


「なるほど!わかっタ!」


再び魔法を放ってくるデザートウルフ、鋭い砂の刃が二人に襲い掛かる。

二人はそれを回避すると、今度は接近戦担当のデザートウルフが襲い掛かってくる。

それもギリギリで回避する二人。

そして、このタイミングでは、魔法は撃ってこない。


「食らエ!」


「はあっ!」


一瞬の隙を狙い、シャロは草の刃で、アグニは拳でデザートウルフに攻撃する。

攻撃がヒットし、デザートウルフの体が後方へ吹き飛び、砂煙が上がる。


すかさず魔法を放ってくるデザートウルフ。

魔法を使って来る時は回避に専念する。

そして、それが終わった後は反撃のチャンス。


回避、攻撃、回避、回避、攻撃、回避……


そんな戦いを繰り返していくと、ついに二匹のデザートウルフが力尽きた。


「残り1匹!」


魔法担当のデザートウルフが牙をむき、襲い掛かってくる。

だが、流石に2対1では相手に勝ち目がない。

デザートウルフはアグニに飛びかかるが、素早くその攻撃をかわした。

その瞬間、シャロの茨がデザートウルフを縛り付ける。


「うおおおおっ!」


デザートウルフが茨で動けなくなっている隙に、アグニが渾身の一撃を叩きつける。


ドゴオッ!!


二人の連携が完璧に決まり、魔法担当のデザートウルフは砂の上に崩れ落ちた。

ようやく三匹のデザートウルフは全滅した。


静寂。

砂風が弱く吹き抜け、戦いの余韻だけが残った。

アグニは拳を振り払い、息をつく。


「ふぅ……やっと終わったカ。四層にもなってくると、敵もだいぶ強くなるナ」


アグニが額の汗をぬぐい、鼻を鳴らす。

砂混じりの熱い風が頬を撫でていった。


「うん……早く仲間を見つけないと、戦力的にも流石に厳しくなりそう……」


冒険者は普通はチームを組む。

浅い層での探索なら2~3人程度でいいが、奥に進むとなると4人以上は必要になってくる。

シャロとアグニの2人だけでは流石に辛い状況だ。


ぐぅぅぅ……


そんな話をしてると、アグニがお腹を鳴らす。


「ふふっ、そろそろ食事にしようか」


その言葉を聞くと、アグニが目を輝かせる。


「待ってましタ!今回は何を作るんダ!?」


「今日は進化して得た力を試してみたいんだ」


「ほぉ……つまり、新しい料理が見れるってことカ!」


アグニの目が輝いた。

彼女にとって“試す”とはすなわち“食べる”である。


シャロは、倒れたデザートウルフを集めると、その毛並みにそっと手を当てる。

彼女の手のひらから淡い緑の光が漏れ出す。

次の瞬間、デザートウルフから、小さな芽がぷつぷつと生え始めた。

やがて芽は一気に伸び、幹を形成し、ほんの数秒で彼女ほどの小さな木へと変わった。

そして枝の先に、小さな木には不釣り合いなほどの大きな果実が実り始める。

アグニの鼻がひくひくと動く。

甘く爽やかな香りがあたりに漂い始めていた。

やがて、木には赤や橙、黄色の果実がたわわに実った。

リンゴ、ミカン、バナナ、イチゴ、ブドウ、パイナップル、メロン。

それらが小さな木からあふれんばかりにぶら下がっている。


「おお!果物も生やせるようになったのカ!」


アグニが立ち上がり、目を見開いた。


「小麦に米、卵に芋に野菜、そして果物も食べ放題か!シャロ!最高だゾ!」


アグニが興奮気味に叫ぶ。

アグニは木を見下ろして唾を飲み込む。


「で、今回はこれをどう料理するんだ?焼くのか?煮るのか?」


「そうだね……色々調理もできるけど、今回は折角だから、そのまま食べてみようか」


「そのままか!それもいいナ!」


アグニは喜びのあまり尻尾をぱたぱたと振った。

そして早速アグニは枝に手を伸ばし、リンゴを一つもぎ取り、大きな口でかじりついた。


「うまっ!!!」


噛むたびに果汁があふれ、酸味と甘味が口いっぱいに広がる。


「地上で食った果物よりずっと美味いぞ!瑞々しくて甘くて、でもさっぱりしてて!美味い!」


その様子を見て、シャロも笑いながら自分の分を口にした。

確かに美味しい。

瑞々しくて、喉を通るたびに爽やかさが広がる。


次にアグニはオレンジ色の果実を手に取る。

皮をむくと、ふわりと甘い香りが立ち上がった。


一口食べれば、舌の上で酸味と甘みが溶け合う。

汗で乾いた喉に、まるで生命が戻るようだった。


「ははっ!こりゃ最高ダ!砂漠でこんなもん食えるなんて、夢にも思わなかったゾ!」


アグニは無邪気に笑いながら、次々と果物をもぎ取っていく。

バナナの濃厚な甘み、イチゴの香り、ブドウの爽やかさ。

そしてパイナップルとメロンの豊潤な風味が、口いっぱいに広がる。


二人は笑い合いながら、次々と果実を頬張った。

砂漠の風が心地よく吹き抜け、どこまでも青い空の下、彼らの笑い声が広がっていった。


やがて、木に実っていた果物はすべて食べ尽くされた。

アグニは満足げにお腹をさすり、長い息をつく。


「はぁ〜……甘いもんも悪くないナ。三層ではしょっぱいものばっかりだったからナ!」


「食事はバランスも大事だからね」


二人は軽く笑い合った。

果実の甘い香りがまだ漂っていて、戦いの緊張がすっかりほぐれていた。


「それにしても、シャロ」


「ん?」


「お前、進化してからさ、感情も豊かになった気がするゾ」


アグニの何気ない言葉に、シャロは少しむっとした。


「失礼ね、私は元々こうだよ。マンドレイクやエッグプラントの姿じゃ上手く喋ったり笑ったりできなかっただけ」


「あはは!そうか!じゃあこれからはもっとシャロらしいシャロを見られるって事だナ!」


「そういう事になるかな?」


二人はそのまま笑い合いながら砂漠の風を感じていた。


戦いの跡と、果実の香りが残る静かな空間。

その中で、二人の冒険はまた一歩、確かに前へと進んでいた。

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