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穀物転生  作者: リース
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第18食 天ぷら

洞窟の中は、昼夜の区別がつかないほどの闇と静寂に包まれていた。

岩肌は湿っており、時折、水滴が落ちて反響する音が耳に届く。

そんな中、三人の冒険者の足音と、金属の擦れる音だけが響いていた。


先頭を歩くのはリーダーの剣士、アレン。

手には魔導コンパスを持ち、洞窟の入り組んだ道を慎重に選んでいた。

青い髪を額に貼りつかせながら、時折立ち止まり、進行方向を確かめる。


その後ろを、無言でついてくるのは重戦士のヨーゼフ。

背中には巨大なハンマーを背負い、分厚い鎧を着込んだ巨躯の男だ。


「それにしても、ブルーメタルの鉱脈が見つかるなんて、ラッキーね!」


軽口を叩くのは魔法使いのシエル。

ふわりと揺れる金髪に、明るい笑みを浮かべている。


三人の背中には大きなリュックサック。

中には、さっき掘り出したばかりの青みがかかった鉱石、ブルーメタルがずっしりと詰まっている。


「運がいい。工房に持っていけば高値で売れるぞ」


「俺はこれで新しいハンマーを打ってもらう。鉄製じゃもう足りん」


「私は服を買いたいなー。もっと強くて可愛い服!」


談笑しながら進むうちに、ふと腹の虫が鳴った。


「……ねぇ、そろそろ休みましょ?お腹が空いたわ」


「ああ。それがいい」


「よし、あの岩陰が良さそうだ」


アレンの指示で三人は足を止め、荷物を下ろした。

洞窟の壁にもたれ、アレンが革袋を開く。

中からは干し肉と乾パン、それに大きな水筒。


「せっかくブルーメタルを掘り当てたのに、食事はこれか……」


「文句言わない。帰ってから贅沢すればいいだろ?」


「……ああ、帰ったら山盛りのステーキだ」


だが、そんな三人の穏やかな空気は長くは続かなかった。


アレンがふと、顔を上げる。


「……待て。天井の上、何かいる」


その瞬間、風を裂くような音がした。


バサァッ!!


「上だッ!」


アレンが叫ぶと同時に、天井の暗がりから二つの巨大な影が降りてきた。

大コウモリ、翼を広げれば人間よりも大きく、牙は剣のように鋭い。

その目が赤く光り、甲高い悲鳴を上げながら三人に襲いかかる。


「くっ……!」


アレンは即座に剣を抜き、前に躍り出た。


「ヨーゼフ、右を頼む!左は俺がやる!」


「了解だ!」


ヨーゼフは咆哮とともにハンマーを構えた。

重戦士の動きは鈍重に見えるが、一度振るえば岩ごと砕く威力を持つ。


「《ウィンド・ランス》!」


シエルの詠唱が響き、杖の先から鋭い風の槍が放たれた。

だが、大コウモリはそれを避け、シエルに急降下してきた。


「わっ、ちょ、近い近い近いっ!」


その巨大な口が迫る瞬間、アレンが間に滑り込む。


「させるかッ!」


銀の刃が閃いた。

コウモリの牙を弾き飛ばし、火花が散る。


だが敵も俊敏だった。

反転してアレンの頭上に回り込み、

再び翼で巻き込むように攻撃を仕掛ける。


「アレン!」


「平気だ!」


剣を逆手に構え、飛び込んできた瞬間にその胸元を斬り裂く。


「ギャアアアア!!」


洞窟に耳をつんざく悲鳴が響き渡る。


「《ウィンド・ランス》!」


動きが鈍ったその隙を狙い、シエルが再び魔法を放つ。

風の槍は大コウモリの胴体を貫いた。

赤黒い血が舞い、やがて翼が力を失って崩れ落ちた。


一方のヨーゼフは、もう一体の相手と正面からぶつかっていた。

コウモリの牙が鎧をかすめ、火花を散らす。


「硬ぇ鎧で助かったな……だが、今度はお前が粉々だ!」


彼はゆっくりと構えを取り、大地を踏みしめる。


「オオオオオッ!!!」


雄叫びとともに、渾身のハンマーを振り下ろした。

しかし、大コウモリは素早く、ヨーゼフの渾身の一撃を軽く回避する。


「くっ!ちょこまかと!」


お互い中々決め手が入らない。


すると


「風よ、渦巻け!《ウィンド・ブラスト》!」


シエルとアレンが援護に駆けつけた。

激しい風が洞窟内を吹き抜け、砂と石を巻き上げながらコウモリを押し上げる。


「今だッ!」


アレンが跳び上がり、その胴体を一閃。


「ギイイイイッ!!」


大コウモリが悲鳴を上げ、力無く落ちてくる。


「トドメだっ!」


その隙を狙い、ヨーゼフが渾身の一撃を放つ。


ズガアアアアン!!


地面が揺れる。

コウモリの頭部が直撃を受け、肉と骨の音を立てて砕け散った。


「ふぅ……」


静寂。

三人の肩がゆっくりと上下する。

三人はその場に腰を下ろすと、ぐったりと疲れたように息を整えた。


「……なんとか、倒したな」


アレンが額の汗を拭いながら呟いた。


「まったく……コウモリにしては手強すぎるわよ……」


シエルは杖を地面につき、ぜぇぜぇと肩で息をしている。


「だが、大したケガもなく済んだ。運が良かった方だ」


ヨーゼフはそう言いながら、ハンマーを背中に戻した。

その腕には、僅かに擦り傷が残っているが、鎧の下まで達してはいない。


しかし、ふとシエルが視線を落とした瞬間、その表情が絶望に変わった。


「ああっ!見て!私たちのご飯が……!」


アレンとヨーゼフも目を向ける。

干し肉は泥にまみれ、乾パンは岩の隙間に落ち、砂と土に汚れている。


「うわぁ……」


「やれやれ、これじゃあ食えたもんじゃねぇな」


「いや、食うしかねぇ。ダンジョンの中じゃ食料は大事だ」


ヨーゼフの言葉に、二人も渋々頷いた。

どんなに泥が付いていようが、払って齧れば腹には入る。

だが、誰もが気持ちを奮い立たせようとした、その時


ふわり、と風が通り抜けた。


次の瞬間、腹の底に来るような、たまらない香りが三人の鼻をくすぐった。


「……ん?」


「な、なんか……いい匂いがしない?」


シエルの言葉にアレンが鼻をひくひくと動かす。


「……本当だ」


ヨーゼフも眉を寄せる。

それは、油の焼ける香ばしさ。

まるで地上の屋台から漂うような香りだった。


「……まさか、この中で料理してる奴がいるのか?」


ヨーゼフが怪訝な顔をする。


「罠かもしれん」


低い声で言い放つ。 


「ダンジョンには、いい匂いで人を誘き寄せる植物系魔物がいる。『マッドプラント』とか『マンイーター』とか、そういう類のな」


「わかってる。でも……この匂い、どう考えても人間の調理の匂いだよ」


シエルは今にも歩き出しそうな勢いで言う。


「シエル、待て」


アレンが腕を掴む。


「慎重に様子を見よう。ヨーゼフ、後ろを頼む」


「了解だ」


「えぇ〜、お腹空いたよ〜!」


「落ち着け。どうせ匂いの主は近い」


三人は、慎重に岩壁の影を縫うように進んだ。

灯りを抑え、足音を殺しながら奥へ奥へと。


そして、ある開けた空間に出た時、その光景に、三人は言葉を失った。


洞窟の一角に、焚き火の明かりが暖かく揺れている。

そのそばに、油の溜まった鍋が置かれ、そこから立ち上る湯気が香ばしい匂いを放っていた。


鍋の前には大柄な牛の獣人の女、アグニ。

そしてその隣には、葉のような髪をゆらゆらと揺らす小さな存在、マンドレイク、シャロだった。


そしてすぐ近くには大コウモリの死体。

その内の二体からは何かの植物が生えていた。


「本当に料理してた……」


「この環境で、油料理だと……?信じられん」


「それにしても、隣に居るのは……マンドレイクか?」


「あの魔物、植物が生えてるが……どういう事だ……?」


「うわぁ〜、なんかかわいい……!」


シエルの目が輝いた。

そのまま体が勝手に動き、岩陰からぴょんと飛び出す。


「ちょっ、シエル!待て!!」


アレンの制止も聞かず、彼女は満面の笑みでアグニ達に近づいた。


「こんな所で料理なんて、珍しいね!」


アグニは振り向き、少し驚いたように眉を上げる。


「お!お前たち、冒険者カ?」


「うん!いい匂いを辿って来たの」


アレンとヨーゼフも、仕方なく後から姿を現した。


「すまない、匂いを嗅いで近づいてきた。敵意はない」


「別に構わないゾ!」


アグニが豪快に笑う。


「シャロがな!食材を出すことも、料理を作ることもできるんダ!」


「シャロ……って言うのか、そのマンドレイク」


アレンが確認する。


「ああ!」


「そのマンドレイクはあんたの仲間か?」


「まぁ、そんなもんダ!」


ヨーゼフが尋ねると、アグニは少し笑ってそう答えた。


「珍しい……と言うか、初めてだな、人と一緒に居る魔物は……」


「そうね……」


そのやり取りの間にも、シエルの視線はずっと鍋の中。

油の表面に浮かぶ何かの欠片が彼女の理性を削っていく。


「良かったらお前達も食べるカ?」


「ほんと!?やったぁ!」


アグニが提案すると、シエルは両手を挙げて喜ぶ。

だが、その隣でヨーゼフが眉をひそめた。


「待て。あんまり高そうならやめておくぞ。俺たちの手持ちは限られてる」


「ふむ……シャロ、いくらダ?」


アグニがシャロに相談すると、彼女は耳元で小声で囁いた。


「……ふむ、なるほど、わかったゾ!」


アグニは頷き、三人に向き直る。


「一人3000エンスでいいゾ!」


「3000……?」


アレンが考え込む。


「地上のランチの3倍ぐらいか……でも、ダンジョンの中で食べられる温かい飯だ。悪くない」


「お得だよね!?ね、アレン!」


シエルはもう目を輝かせている。

ヨーゼフも渋い顔をしながら腕を組む。


「ダンジョン価格としては安い方だな。わかった。食おう」


「そうこなくっちゃ!」


「よし、じゃあ三人分頼む」


アレンが頷くと、シャロは再び料理の準備を始める。

まずは油を火にかけ温める。

そして、すぐそばに転がっていた大コウモリの死体に手を触れる。


次の瞬間、ふわりと緑の光が広がり、死体の表面から芽が生え始めた。

あっという間に芋の蔓が伸び、玉ねぎの茎が顔を出し、かぼちゃやレンコンまでもが形を作っていく。

最後にはぷっくりとした卵までがぽんぽんと生まれて落ちた。


「……な、何今の!?卵と野菜が生えた!?魔物の死体から!?」


シエルが目をまん丸にして驚く。


「……なるほどな。そこにある“植物の生えた魔物”ってのは、こういう意味だったのか」


アレンは半ば呆れ顔で頭を掻いた。


「アハハッ!最初は驚くよナ!アタシも驚いタ!」


アグニが豪快に笑う。

シャロは蔓を器用に動かし、次々と野菜を収穫していった。

アレン達三人は、ただその手際を無言で見つめていた。


やがて、食材が全て揃うと、シャロは蔓をくるりと回してまな板を取り出す。

鋭くした葉っぱでトントントンと、リズミカルに野菜を刻んでいく。

さつまいも、かぼちゃ、ピーマン、レンコン、どれも形が整っていて、切り口から水分がきらりと光る。


「すごい手際の良さ……」


シエルが呟く。

その言葉に、アグニが満足そうに鼻を鳴らした。


「シャロはな、見た目以上に器用なんだゾ!戦闘も料理も、どっちも手慣れたもんダ!」


刻み終えた野菜を器に移すと、今度は卵を割り、小麦粉と水を加える。

シャロがぐるぐるとかき混ぜると、滑らかなバッター液が出来上がった。

そこに野菜を一枚ずつ沈めて、余分な液を落とし、油の中へと投入していく。


じゅわっ!!


油の中で泡が弾け、香ばしい匂いが洞窟の中に広がった。

温度を確かめるシャロの表情は真剣そのものだ。

火加減を少しでも誤れば、焦げるか生焼けになるか、その一瞬が勝負。


数分後、鍋から上がったのは黄金色の天ぷらだった、成功だ。

シャロは器用に油を切り、皿に並べる。

さらに大きなかき揚げまで作り上げ、最後には香ばしい香りを放つ揚げ物の山が完成していた。


「……野菜のフライか?珍しいな」


アレンが驚いた声を出す。


「天ぷらって言ってナ!東の方の料理らしいゾ!」


「フライ系か……俺は好物だ」


ヨーゼフが嬉しそうに腕を組む。


皿が三人の前に置かれた。

さつまいも、ピーマン、レンコン、かぼちゃ、色とりどりの天ぷらが湯気を立てている。

少し塩を振って、まずは一口。


「……!!」


シエルの目が一瞬で輝いた。


「な、何これ!衣がサクサクしてて、中がほくほく!この歯ごたえ、最高だな!」


「……素材の味がしっかりしてる。油っぽさが全然ない」


ヨーゼフが豪快に噛みしめる。


「なんだか力が湧いてくるような味だ!」


アレンもそれに頷いた。

続いて、かきあげにも手を伸ばす。

玉ねぎと人参が絡まり合い、表面が香ばしく揚がっている。

一口食べた瞬間、シャキッという音とともに、甘みが口の中に広がった。


「うまい……」


アレンが静かに呟いた。


「うまっ……うまぁ……!」


シエルはもう完全に頬が緩んでいる。

あっという間に皿の上が空になり、三人はほとんど競うように平らげてしまった。


「もっと食べたい!」


「おかわり、あるか?」


ヨーゼフが期待に満ちた声で尋ねる。

だが、アグニが肩をすくめた。


「悪いナ。もう材料が無いんダ。今の分で使い切っちまっタ」


「そ、そんなぁ……」


シエルがうなだれる。


「さっきみたいに、生やせないのか?」


アグニが小さく首を横に振る。


「シャロの力を使うには魔物の死体が必要なんダ。でも、もうその死体が無いんダ」


「なるほど、素材の供給には“代価”が必要ってことか」


アレンが顎に手を当てた。

その時、シエルがはっと思い出したように声を上げた。


「そういえば、私たち、さっき大コウモリを倒したじゃない!」


「おおっ、あったな!」


アレンも笑顔になる。


「運び出せば、もう一回分いけるかもしれん!」


三人は急いで立ち上がり、来た道を引き返していく。

数分後、大コウモリの死体を引きずって戻ってきた。


「これで……おかわり、頼む!」


「シャロ、行けるか?」


シャロは小さく頷くと、大コウモリに手を触れる。

再び緑の光が広がり、野菜や芋がどんどん生えていく。

すぐに二度目の調理が始まり、再び香ばしい匂いが洞窟いっぱいに広がった。


そして、二度目の天ぷらも、瞬く間に完食された。

三人とも腹をさすり、満足げに息を吐く。


「……まさか、ダンジョンの中でこんな料理に出会うとはな」


アレンが微笑む。


「本当だよ……今日一日、苦労した甲斐があったね!」


シエルは頬を紅潮させながら言った。


「助かった。美味かった。礼を言う」


ヨーゼフが真剣な顔で頭を下げる。


「気にすんナ!困った時はお互い様ダ!」


アグニが笑う。


「ねぇ、あなたの名前は?」


「アタシはアグニだ!で、こっちがシャロ!」


「アグニにシャロね。覚えておくわ。またいつか食べに来るね!」


「おう!」


手を振り合いながら、三人は洞窟の奥へと戻っていった。

背中にはリュックに詰め込まれたブルーメタルの輝き、そして手にはお土産代わりのさつまいもの天ぷら。


「ブルーメタルに天ぷら……今回の冒険は大成功だな」


「うん!お腹も満足、心も満足!」


「……また食べたいものだ」


笑いながら歩く三人の背後で、焚き火の火が静かに揺らめいていた。

ダンジョンの深奥にあって、ほんのひと時。

そこは食卓のぬくもりに包まれていた。

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