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穀物転生  作者: リース
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17/62

第17食 オムライス

アグニとシャロは、幾度目かもわからぬ分岐を抜けていた。

谷のダンジョンを歩き始めて、もうどれぐらい経っただろう。

左に行き、右に行き、降りて、登って、また降りて……どこも似たような岩の壁、似たような斜面、似たような苔むした通路。

アグニは大きく息を吐き出した。


「……なぁシャロ、なんか同じとこグルグルしてないカ?」


「きのせい」


「ホントか?もう三回くらいこの崖を見た気がするゾ?」


「みち あってる」


「だったらいいんだけれど……」


谷のダンジョンは入り組んでいて広く、まるで大きな迷路だ。

迷ってしまったら最悪の場合、ここで飢えて死んでしまうのではないか?

そう思ってしまうぐらいの広さと複雑さだ。

湿った土の匂いと、時折吹き抜ける冷たい風、そこに混ざるのは、見えない魔物たちの気配。


「後どれぐらい歩けばいいんダ?流石に疲れたゾ……」


「もうすこし あそこ まがれば すぐ」


シャロが指先を伸ばして指し示したのは、先の曲がり角だった。

そこだけ岩の色が少し明るい、風の流れも違う、何かが開けている、そんな予感が漂う。


「ホントか!なら急ぐゾ!」


アグニは思い切り地を蹴り、角を曲がる。

そこにあったのは……


「穴……?洞窟か?」


アグニの前にあったのはそびえたつ崖の壁、そこにぽっかりと口を開けた巨大な穴だった。

その穴は風を吸い込みながら、低く唸るような音を立てていた。


「この奥が道なのか?」


追い付いてきたシャロにアグニは聞く。


「うん この おく」


「そうカ!なら行くゾ!」


やっとあの谷の迷路から解放された事が嬉しいのか、ウキウキで洞窟の奥に進むアグニ。


「ここも まよう!てきも つよい!」


シャロは大声で呼びかけながら急いでアグニの後を追う。


穴の内部は、意外なほど明るかった。

洞窟全体が淡い光を放っているようで、目を凝らさずとも道筋がなんとなく分かる。

一層の洞窟と同じような場所だ。

しかし、一層の洞窟よりも、遥かに道が多い。

進むごとにいくつもの道が分岐し、入って来た者を迷わせる。


「何だここ……ここもまるで迷路だゾ……」


「だから いった ここ まよう」


「うぇ……」


もう何度目になるかわからない「迷路」という言葉に、さすがのアグニも少しうんざりした。

今度の洞窟も、曲がりくねった通路と分岐が続くのだろう。


だが、そんな洞窟をもシャロは迷わず道を選び、進んでいく。

右、左、真ん中、左から2番目、下……


「もしかしてシャロ、お前、道覚えてるのカ?」


「うん」


シャロが即答する。

アグニは苦笑して、肩をすくめた。


「そりゃ頼もしいな。アタシじゃ、もう方向が分からなくなってたゾ」


「まえも いっぱい まよった」


「ははっ、シャロも迷うんだナ!」


「あたりまえ」


アグニは笑いながらも、周囲を注意深く見渡した。

時折、洞窟の天井から滴る水が、静かに音を立てて落ちてくる。

どこまでも続く薄暗い闇の通路。


そして、ゆっくりと、洞窟の空気が変わっていった。

ほんのりと暖かく、湿気が強まっていく。

遠くから、風のような鳴き声が聞こえた。


「……何ダ?」


アグニが耳を立てる。


「まもの いる」


シャロが小さく呟いた。

その声には、ほんの少し緊張が混じっている。


アグニは前を睨んだ。

暗がりの奥で、鈍い金属音がした。

岩壁に何かが当たるような音。


やがて、緑の肌に白鉄の鎧をまとった影が現れた。

普通のゴブリンよりも一回り大きい体格。

その頭には金属製の兜、手には剣。


「ゴブリンナイト!」


ゴブリンナイト、その名の通り、より強くなったゴブリンの進化系、それが4体。


二人は瞬時に戦闘態勢を取った。

アグニは拳を構え、蹄を地に踏みしめる。

シャロは両腕を広げ、葉っぱを広げる。


次の瞬間、彼らは一斉に突進してきた。


『《リーフ・カッター》!』


シャロが先に動いた。

手のひらから放たれたのは、鋭利な葉の刃、風を切り裂くように飛んでいく。


だが、ゴブリンナイトたちは予想以上に素早かった。

鎧の音を鳴らしながら、素早く横に跳んで回避し、そのまま距離を詰める。


アグニが拳を振るうものの、それも避けられ、反撃させる。

体格ではアグニが勝るが、二体を相手にするのは簡単ではない。


その横で、シャロも二体のゴブリンナイトに囲まれていた。

次から次へと繰り出される連撃に、反撃の隙がない。


ゴブリンたちは互いに息を合わせ、交互に攻撃を繰り出していた。

その連携にシャロもアグニも苦戦していた。


左に避け、右に避け、後退し、また左に避ける。

必死に避けつつも相手の隙を伺う。


そんな攻防がどれだけ続いたか、ゴブリンがシャロに向かって剣を振る。

それをシャロが横に避けると、ゴブリンの剣が空を切り、背後の岩に突き刺さった。


ゴブリンは慌てて引き抜こうとした。

だが、その一瞬の隙が致命的だった。


「いまだ!」


次の瞬間、シャロが鋭い葉を展開し、素早く飛ばす。

まるで無数の刃が舞うように、ゴブリンの体を鎧ごと切り刻む。


「ギャアアアッ!!!」


ゴブリンは大きな悲鳴を上げ倒れた。


「ギイイイイッ!!!」


残る一体が怒りの咆哮を上げ、そのままシャロに斬りかかった。


だが、シャロは軽やかに横へ跳び、ツタでゴブリンの腕を絡め取る。

そして、鋭い葉の一撃がその首を薙いだ。


血飛沫が壁を染める。

ゴブリンの体が崩れ落ちた。


その頃、アグニも二体のゴブリンナイトと激しい攻防を続けていた。

アグニもまた二体のゴブリンナイトの連携に苦戦していた。


その時だった。

背後から、葉の刃が風を裂いて飛ぶ。


――シャロが加勢に入ったのだ。


二人の動きが噛み合った瞬間、戦況は一気に逆転した。

なおもゴブリンナイトは襲ってくるが、一対二ならいざ知らず、二対二なら苦戦する要素は無い。


アグニの拳がうなりを上げ、ゴブリンの胸を貫くように打ち抜く。

骨が砕ける音が響き、後ろの壁まで吹き飛ばされる。


もう一体のゴブリンはシャロのツタに叩かれ怯んだ隙に、鋭い葉っぱで切り刻まれる。

ズタズタに切り刻まれたゴブリンは、静かにその場に崩れ落ちた。


洞窟の中が、再び静寂を取り戻した。


アグニは肩で息をしながら、倒れたゴブリンたちを見下ろす。


「ふぅ……厄介だったな、こいつラ」


「てきも つよくなる」


「ああ、油断はできないナ」


戦闘が終わった所で、いつものルーティーン、食事の時間だ。

シャロはゴブリンの死体を集め、手を触れる。

次の瞬間、いつもの不思議な光景が目の前に広がる。


ゴブリンたちの体から、緑の光がふわりと浮かび上がる。

そして、死体から、小さな芽が伸びた。

みるみるうちに葉を広げ、茎を太くし、やがて瑞々しい赤いトマトが実る。

隣では玉ねぎが顔を出し、白い卵が草の先端に実る。

さらに、米の穂が金色に揺れ、やがて豊かに実った。


「お!今回は米料理だナ!」


シャロは米を収穫すると、鍋に川で汲んだ水を入れ、火を起こす。

焚き木が燃え上がると、その上で、鍋の中に米を沈めていく。

しばらくすると、ふわりとした湯気が立ち昇り、あの独特の甘い香りが洞窟に広がった。


「いい匂いがしてきたゾ……!」


米を炊いている間、シャロはトマトと玉ねぎを並べ、細かく刻み、鍋で炒める。

炒めたトマトと玉ねぎが柔らかくなり、香ばしい香りが辺りに広がる。


アグニの鼻がひくひくと動いた。


「くぅ……この匂い……たまんないゾ!」


火が通ると、シャロは木のヘラでトマトを潰すように混ぜ始めた。

赤い色がどんどん濃くなり、粘りが出る。


次に、炊きあがった米を鍋から取り出す。

ふっくらと湯気を立てた白米、その上からトマトソースを加え、強火で炒めた。


じゅうと音を立てて、湯気が赤く染まる。

甘酸っぱいトマトと玉ねぎの香りが、洞窟の冷たい空気を一気に温めた。

赤いトマトライスが完成すると、皿に盛りつける。

次に溶いた卵を準備する。


卵に少しだけ塩を加え、軽く混ぜる。

黄色い液体がとろりと光る。


それを空にした鍋に流し込み、すばやくヘラで混ぜて焼く。

半熟の柔らかい卵がふわりと膨らんだ瞬間、シャロはそれをトマトライスの上にかぶせた。


最後に、残しておいたトマトソースを上からとろりとかける。


「かんせい!オムライス!」


「おおお……!めっちゃうまそうだゾ!」


アグニの瞳が輝いた。

彼女の大きな手が皿を掴み、スプーンを構える。


「いただきまーす!」


もっちりしたトマトライスを掬い、ふわふわの卵ごと口に運ぶ。

次の瞬間――


「……うまっ!!!」


アグニが目を丸くして叫んだ。


「美味いゾ!トマトの酸味と玉ねぎの甘みがなんか混ざってて凄い!卵もふわっふわだ!」


喜んで食べるアグニに満足すると、シャロも食べ始める。


「うん うまい」


二人はしばらくの間、無言で食べ続けた。

食器の触れる音だけが、洞窟の中で心地よく響く。


やがて皿が空になると、アグニは腹をさすって大きく息をついた。


「ふぅ~……満足満足。やっぱ戦いの後はシャロの飯だな!」


「うん ごはん だいじ」


シャロは焚き火のそばに座り、湯気を吸い込みながら微笑んだ。

戦闘の疲れも、重い空気も、今はどこか遠く感じられる。

満腹の幸福感が、全身をゆるやかに包んでいった。


「……ゴブリンみると おもいだす」


シャロが食材の苗床となったゴブリンの死体を眺めて、ぽつりと喋り出す。


「ん?なにをダ?」


アグニが首を傾げると、シャロは目の前にある使い込まれた鉄鍋を指差した。


「このなべ ぼうけんしゃ の いひん」


「遺品……?死んだ奴の物って事か……しかし、そいつもアタシみたいに、魔物を煮込んで食おうとしてたのカ?」


「さすがに ちがう ふつう まもの たべない」


「じゃあ何でダ?」


「おかね ない ぼうけんしゃ は ちょうりきぐ そうび する ことも ある」


「調理器具を装備……包丁を剣に、鍋を兜にって事カ……」


アグニは自分の両手を見つめた。


「アタシは素手でいいから、そんな苦労知らなかったゾ……」


「なにか そうび するのが ふつう」


シャロの手が、鉄鍋の縁をそっとなぞる。


「……そうカ。じゃあ、その冒険者は、シャロの『食の恩人』ってわけだな」


「……おんじん……うん そうおもう」


シャロは小さく頷いた。

実際にあの鍋が無かったら、ここまで成長する事も無かったかもしれない。

アグニと出会わなかったかもしれない。

あの出会いにシャロは深く感謝するのだった。

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