第16食 パスタ
両側を切り立った岩壁がそびえ立ち、頭上の空は細い線のようにしか見えない。
そんな谷のダンジョンの中を三人の冒険者が歩いていた。
「よし!今回の冒険も大漁だな!」
先頭を歩く男の剣士、グランが背中に背負った袋を叩いた。
袋の中では、硬質な音ががちゃがちゃと響く。
中身はこの谷の魔物から採れた爪、角、鉱石などだ。
「ふふ、この大量の素材、どれぐらいの金額になるか今から楽しみだわ」
肩まで伸びた赤髪を後ろでまとめ、杖を携えたエルフの女、フレアが軽口を返す。
「でも、もう何日もこの谷を歩きっぱなし……」
三人目の少女、ルナがため息をついた。
彼女は白いローブを身にまとい、胸元には金の聖印が光っている。
「お風呂に入りたい。ふかふかのベッドで眠りたい……」
「私もよ……こんな所で雑魚寝を続けるのも辛いわ……」
ルナが弱音を吐き、フレアもそれに同調する。
「フレア!ルナ!後少しだ!頑張ろう!」
グランがそう言い、拳を振り上げる。
彼らの目の前には迷路のように入り組んだ岩道が続いている。
フレアが地図とコンパスを取り出し、現在位置を確認する。
グランとルナがそれを覗き込む。
「えっと……今いるのはここね、後数回曲がって坂を登れば川の向こうに渡れるわ」
「じゃあ後2~3日もあれば帰れるな!」
グランがそう言った、その時だった。
谷の奥から地響きが伝わってきた。
フレアが耳を澄ませると、乾いた岩を削るような音が聞こえた。
やがて、岩の影から現れたのは一体のバッファローだった。
「バッファロー……!」
三人は背負っていた荷を地面に下ろし、戦闘の構えを取る。
「フレア!ルナ!サポート頼む!」
「うん!」
「任せなさい!」
次の瞬間、バッファローが咆哮を上げた。
その声は空気を震わせ、谷全体に響き渡る。
グランは前へ出る。
バッファローが地を蹴り、突進してくる。
地面の石が弾け飛ぶほどの勢いで突っ込んでくる。
「はっ!」
グランは寸前で身をひねり、突進をかわす。
風圧でマントがはためく。
すかさずバッファローは再び突進してくる。
グランは必死に避けるが、その動きはだいぶ心もとない。
このままでは直撃するのも時間の問題だ。
「《ホーリー・フォース》!」
背後からルナの声。
白い光がグランを包み、身体能力が跳ね上がる。
さっきまでとは違い、軽やかにバッファローの攻撃をさばいていくグラン。
その間にフレアが杖を掲げ、詠唱を始める。
空気が熱を帯び、周囲に火花が散る。
「炎よ、我が呼びかけに応え――灼け焦がせ、全てを!」
地面に魔法陣が展開され、詠唱の声が谷に響き渡る。
「こっちだ!」
バッファローの体力を削り切るには、それ相応の大きな魔法が必要だ。
そんな魔法を放つためには、それなりに時間がかかる。
その間、グランがバッファローの攻撃を誘導する。
素早く左右にステップを踏み、時には前転して回避。
ルナの支援魔法のおかげもあり、無傷で攻撃を受け流す。
そして、フレアの詠唱が完了した。
杖の先に、赤い魔法陣が浮かび上がる。
「《プロミネンス・バースト》ッ!!」
空を焦がすほどの炎が放たれた。
轟音とともに、火柱がバッファローを包み込む。
爆炎が渦を巻き、熱風が三人の髪をなびかせた。
「やったか!?」
炎の中から、苦しげな叫び声が聞こえた。
かなりの大ダメージ、しかし、まだ倒れる気配はない。
「グラン、今よ!」
「任せろ!」
グランが駆け出す。
炎の残光の中、剣を振りかぶる。
その一閃が、バッファローにトドメを刺した。
バッファローは断末魔の咆哮を上げ、崩れ落ちた。
静寂が戻る。
焦げた匂いと土の匂いが混ざり合う中、三人は深呼吸をした。
「ふぅ……やったな」
グランが剣を振って血を払う。
「相変わらず無茶するわね」
「お前達の魔法があるからできるのさ」
「ふふっ」
三人の冒険者は倒れ伏したバッファローを前に、満足げな笑みを浮かべていた。
「じゃ、このバッファローの角も頂いちゃいますか」
「また素材が手に入ったわね!」
グランはバッファローの角を切る為に、リュックから道具を取り出そうとする。
が、その時、異変に気が付いた。
「……おい、荷物がない」
「え?」
ルナとフレアが振り返る。
周囲を見渡したが、確かにさっきまで置いていたはずの荷袋が跡形もなく消えていた。
「嘘でしょ!?さっきここに置いたわよね!?」
「無い……どうして……!?」
「一体どこに行きやがったんだ!?」
三人は辺りを見回し、荷物を探した。
「グラン!ルナ!あそこ!」
すると、フレアが目を細め、岩場の向こうを指差す。
遠くの岩陰を、三人の荷物が動いてるのが見えた。
グランが目を凝らすと、何者かが三人の荷物を背負ってるのが見えた。
「しまった!テールモンキーか!」
グランが舌打ちする。
テールモンキー、尻尾を使って器用に物を掴む、猿型の魔物。
人間の道具に興味を示し、冒険者の荷物を盗むことで知られる。
その素早さとずる賢さから、泥棒猿の異名を持つ厄介者だ。
「くそっ、あいつら……!」
「急いで追いかけるわよ!」
フレアが杖を構え、ルナも慌てて走り出す。
三人は谷道を駆け抜け、逃げるテールモンキーの後を追った。
だが……
「追いつけない……!」
魔物たちの足は速く、中々距離を縮められない。
幸い今は一本道だから跡を追えている。
だが、もし分かれ道に入り、二手以上に分かれてしまったら、おしまいだ。
この谷の迷路で荷物を見つける事は不可能だろう。
そうなる前に、なんとしてでも捕まえなければならないのだが……
「チッ、こうなったら魔法で――」
フレアが詠唱を始めようとしたその時、前方の崖道に二つの影が見えた。
獣人のアグニとマンドレイクのシャロだ。
のんびりと歩いている二人の前をテールモンキーが三匹、荷袋を背負ったまま駆け抜けようとしていた。
「頼む!そいつらを止めてくれ!」
グランが叫ぶ。
シャロとアグニは眉をひそめ、状況を一瞬で理解した。
次の瞬間、シャロの手から二本のツタが飛び出した。
生き物のようにうねるそれは、素早くテールモンキーたちの前に伸び、鞭のようにしなった。
「キャギィッ!」
鋭い音を立てて、二匹のテールモンキーが岩肌に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
「食らエ!」
残った一匹はアグニが拳を叩きつける。
大きな音と共にテールモンキーが宙を舞い、岩壁に激突した。
「よし!終わリ!」
アグニが息を吐き、拳を軽く振る。
そのすぐ後ろで、シャロが三人の荷袋を拾い上げる。
「あ、あの、それ……!」
ルナが駆け寄り、自分の荷袋を受け取る。
中身は無事のようだ。
グランも肩をなでおろす。
「助かったよ、あいつらに荷物を盗まれてな」
「そうなのか。災難だったナ!」
アグニは豪快に笑った。
「それにしても……」
フレアは興味深げにシャロを見つめた。
「魔物を連れてるだなんて……アンタ一体何者なの?」
「私達、ダンジョンでは色んな冒険者を見てきたけれど、魔物を連れた冒険者は初めてです……」
「ああ、一体どんな方法を使ったんだ?」
興味津々にシャロを見つめる三人。
どう答えようかと頭を抱えるアグニだったが
くぅぅ・・・
すると、ルナのお腹が小さく鳴った。
「……あ」
彼女は恥ずかしさから顔を赤らめる。
「安心したら腹減ったな……」
「そうね。ご飯にしましょうか」
グランは取り返した袋を開けて、中を取り出そうとする。
すると
「じゃあ一緒に食べるカ?」
アグニが提案する。
「お前達の分も作ってもらうゾ」
「えっ、作る?」
ルナが目を丸くする。
フレアも少し驚いたように眉を上げた。
「こんなダンジョンで料理?」
ダンジョンはどれだけ軽量で荷物を纏められるかが大事。
その為、食糧は携帯糧食を持っていき、料理なんてしないのが常識だった。
シャロがテールモンキーの死体を集めると、その死体に小さな手を触れる。
すると、周囲の空気がふわりと揺らぎ、淡い緑の光がほとばしる。
「……な、なんだ?」
グランが目を見開いた。
死体の表面に、小さな芽がぽつぽつと生え出す。
それはたちまち蔓を伸ばし、葉を広げ、蕾をつけ、あっという間に豊かな実を結んでいった。
黄金色の小麦の穂が風もないのに揺れ、赤く熟したトマトがぷっくりと弾け、玉ねぎとニンニクが地面からころりと顔を出す。
そして蔓には、ころんとした卵までがいくつも生まれた。
「な、なんだ今のは!?」
信じられない光景に、グランは言葉を失う。
フレアもルナも目を見開き、思わず息を呑んだ。
「小麦に野菜に卵まで生やす能力!?信じられない……!何なのこの魔物は……?」
「ハッハッハ!やっぱ初めて見ると驚くよナ!」
アグニはそんな三人を見て豪快に笑った。
そんな四人を尻目にシャロは小麦に向かって念じると、小麦がすり鉢に集まっていく。
「小麦を集める能力まであるのか……!?」
シャロは麺棒で粉をひくと、黄金色の粉が舞い上がる。
そこへ卵を割り入れ、油と塩を加えてかき混ぜ始める。
その手つきは職人のようで、グランたちはただ黙って見つめるしかなかった。
「……これ、料理してるの?」
フレアが呟く。
「そうダ!シャロは料理が得意なんだゾ!」
アグニが腕を組みながら笑う。
「料理を作る魔物なんて聞いたことが無い……」
ルナもぽつりと呟く。
しばらくして、シャロはこね終えた生地を布で包み、そっと休ませた。
その間にシャロは川へ行き、鍋に水を汲んで戻ってくる。
そうしたら鋭くした葉っぱを使い、トマトを小さく刻み、続いて玉ねぎとニンニクを同じようにみじん切りにしていく。
その一連の動作は流れるようで、見ているだけで気持ちがいいほどだった。
食材を切ったら鍋に火をかけ、お湯を沸かす。
生地が十分に休まると、シャロは木の台を出し、打ち粉をふって麺棒を転がした。
薄く、均一に伸ばされた生地を、細長く切り分けていく。
その見事な包丁さばきに、グランが思わず感嘆の声を漏らす。
「凄い手際の良さ……まるで職人だな」
切り終わった麺は、沸騰する鍋へと投入される。
ぐらぐらと音を立てて泡立つ湯の中で、白い麺が踊るように揺れた。
その横で、もう一つの鍋に油を引き、刻んだトマト、玉ねぎ、ニンニクを入れて炒める。
じゅわっと音を立てて香ばしい匂いが立ちのぼり、谷の風に流れていく。
「……ああ、いい匂い」
ルナがうっとりと目を閉じた。
香ばしいトマトの酸味、玉ねぎの甘み、ニンニクの刺激が合わさって、胃の奥をくすぐるような香りが広がる。
焚き火の中、炎の赤と鍋の中の赤が重なり合い、まるで絵画のような光景だった。
やがて、茹で上がったパスタを水切りし、炒めたトマトソースをたっぷりとかける。
ほんのりと湯気を上げるそれは、見た目にも完璧な一皿に仕上がっていた。
「おお!今回はパスタか!」
アグニが嬉しそうに目を輝かせる。
彼女はシャロから皿を受け取り、三人の冒険者たちに差し出した。
「ほら!冷めねぇうちに食エ!」
そう言うと、アグニは早速パスタを食べ始める。
「うーん!今回も美味い!」
大声で喜びながらパスタをかっこむアグニ。
一方で、グラン達は食事に手をつけず、眉をひそめていた。
「だが、流石に高いんじゃないか?ダンジョンでこんな本格的な飯……」
すると、シャロがツタを使い、数字を現す。
3000と。
「3000?一人3000エンスでいいの?」
ルナが確認すると、シャロはこくりと頷く。
だが、フレアは腕を組んで少し考え込む。
「でも、地上に戻ればその三分の一で食べられるんだし……私はいいわ」
「俺はもう限界だ」
グランが真っ先にフォークを取った。
「毎日干し肉と乾パンばっかりだぞ?いい加減味のあるもんが食いたいぜ!」
「わ、私も食べる!パスタは大好きなの!」
ルナも勢いよく皿を手に取った。
二人が口に運んだ瞬間、その表情が一変した。
「う、うまい……!なにこれ、麺はもっちりしてるし、トマトソースが濃厚で、香りがふわって広がる!」
「しかも、なんだか力が湧いてくる気がするわ……!」
グランは夢中で食べ続け、ルナも笑顔で頬張る。
二人の顔がまるで子供のように輝いていた。
そんな中、フレアはまだ躊躇っていた。
皿の上のパスタをじっと見つめ、指先でフォークをくるくると回す。
すると、ソースで口をべとべとにしたアグニが横目で彼女を見て、にやりと笑った。
「食べないなら、アタシが代わりに食うゾ?」
「なっ……!食べるわよ!」
フレアは慌ててフォークを取り、勢いよく口へ運んだ。
次の瞬間、目を見開いた。
「なにこれ……!美味しい!」
トマトの酸味と甘み、ニンニクの香ばしさが絶妙に絡み合い、もちもちの麺が舌の上で弾む。
「……これ、A級レストラン並みじゃない!」
彼女の素直な賛辞に、アグニは満足げに笑い、シャロは静かに微笑んだ。
食事を終えた三人は、代金を支払い、深々と頭を下げた。
「ごちそうさま。まさかダンジョンの中でこんな食事ができるなんて」
「いいって事だゾ!」
「俺はグラン、こっちはフレアとルナ。アンタの名前を教えてくれないか?」
「アタシはアグニ!こっちはシャロだ!」
「アグニとシャロか、今回は本当にありがとう。また会えたらまた食べさせてくれないか?」
「おう!何時でもいいゾ!」
こうしてグラン達三人はアグニ達と別れたのだった。
「それにしても変わった人たちだったね」
「マンドレイクを連れた獣人なんて、初めて見たよ」
「地上に戻ったら、酒場で聞いてみよう」
三人がアグニ達について話をする。
「アグニって、普段何をしてる人なんだろう。どうしてあんな魔物を連れてるかも気になるし」
「またあの料理、食べたいな」
「そうね」
三人は青空の下、笑いながら歩いていた。
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