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穀物転生  作者: リース
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16/63

第16食 パスタ

両側を切り立った岩壁がそびえ立ち、頭上の空は細い線のようにしか見えない。

そんな谷のダンジョンの中を三人の冒険者が歩いていた。


「よし!今回の冒険も大漁だな!」


先頭を歩く男の剣士、グランが背中に背負った袋を叩いた。

袋の中では、硬質な音ががちゃがちゃと響く。

中身はこの谷の魔物から採れた爪、角、鉱石などだ。


「ふふ、この大量の素材、どれぐらいの金額になるか今から楽しみだわ」


肩まで伸びた赤髪を後ろでまとめ、杖を携えたエルフの女、フレアが軽口を返す。


「でも、もう何日もこの谷を歩きっぱなし……」


三人目の少女、ルナがため息をついた。

彼女は白いローブを身にまとい、胸元には金の聖印が光っている。


「お風呂に入りたい。ふかふかのベッドで眠りたい……」


「私もよ……こんな所で雑魚寝を続けるのも辛いわ……」


ルナが弱音を吐き、フレアもそれに同調する。


「フレア!ルナ!後少しだ!頑張ろう!」


グランがそう言い、拳を振り上げる。


彼らの目の前には迷路のように入り組んだ岩道が続いている。

フレアが地図とコンパスを取り出し、現在位置を確認する。

グランとルナがそれを覗き込む。


「えっと……今いるのはここね、後数回曲がって坂を登れば川の向こうに渡れるわ」


「じゃあ後2~3日もあれば帰れるな!」


グランがそう言った、その時だった。


谷の奥から地響きが伝わってきた。

フレアが耳を澄ませると、乾いた岩を削るような音が聞こえた。


やがて、岩の影から現れたのは一体のバッファローだった。


「バッファロー……!」


三人は背負っていた荷を地面に下ろし、戦闘の構えを取る。


「フレア!ルナ!サポート頼む!」


「うん!」


「任せなさい!」


次の瞬間、バッファローが咆哮を上げた。

その声は空気を震わせ、谷全体に響き渡る。


グランは前へ出る。

バッファローが地を蹴り、突進してくる。

地面の石が弾け飛ぶほどの勢いで突っ込んでくる。


「はっ!」


グランは寸前で身をひねり、突進をかわす。

風圧でマントがはためく。

すかさずバッファローは再び突進してくる。

グランは必死に避けるが、その動きはだいぶ心もとない。

このままでは直撃するのも時間の問題だ。


「《ホーリー・フォース》!」


背後からルナの声。

白い光がグランを包み、身体能力が跳ね上がる。

さっきまでとは違い、軽やかにバッファローの攻撃をさばいていくグラン。


その間にフレアが杖を掲げ、詠唱を始める。

空気が熱を帯び、周囲に火花が散る。


「炎よ、我が呼びかけに応え――灼け焦がせ、全てを!」


地面に魔法陣が展開され、詠唱の声が谷に響き渡る。


「こっちだ!」


バッファローの体力を削り切るには、それ相応の大きな魔法が必要だ。

そんな魔法を放つためには、それなりに時間がかかる。

その間、グランがバッファローの攻撃を誘導する。


素早く左右にステップを踏み、時には前転して回避。

ルナの支援魔法のおかげもあり、無傷で攻撃を受け流す。


そして、フレアの詠唱が完了した。

杖の先に、赤い魔法陣が浮かび上がる。


「《プロミネンス・バースト》ッ!!」


空を焦がすほどの炎が放たれた。

轟音とともに、火柱がバッファローを包み込む。

爆炎が渦を巻き、熱風が三人の髪をなびかせた。


「やったか!?」


炎の中から、苦しげな叫び声が聞こえた。

かなりの大ダメージ、しかし、まだ倒れる気配はない。


「グラン、今よ!」


「任せろ!」


グランが駆け出す。

炎の残光の中、剣を振りかぶる。

その一閃が、バッファローにトドメを刺した。

バッファローは断末魔の咆哮を上げ、崩れ落ちた。


静寂が戻る。

焦げた匂いと土の匂いが混ざり合う中、三人は深呼吸をした。


「ふぅ……やったな」


グランが剣を振って血を払う。


「相変わらず無茶するわね」


「お前達の魔法があるからできるのさ」


「ふふっ」


三人の冒険者は倒れ伏したバッファローを前に、満足げな笑みを浮かべていた。


「じゃ、このバッファローの角も頂いちゃいますか」


「また素材が手に入ったわね!」


グランはバッファローの角を切る為に、リュックから道具を取り出そうとする。

が、その時、異変に気が付いた。


「……おい、荷物がない」


「え?」


ルナとフレアが振り返る。

周囲を見渡したが、確かにさっきまで置いていたはずの荷袋が跡形もなく消えていた。


「嘘でしょ!?さっきここに置いたわよね!?」


「無い……どうして……!?」


「一体どこに行きやがったんだ!?」


三人は辺りを見回し、荷物を探した。


「グラン!ルナ!あそこ!」


すると、フレアが目を細め、岩場の向こうを指差す。

遠くの岩陰を、三人の荷物が動いてるのが見えた。


グランが目を凝らすと、何者かが三人の荷物を背負ってるのが見えた。


「しまった!テールモンキーか!」


グランが舌打ちする。


テールモンキー、尻尾を使って器用に物を掴む、猿型の魔物。

人間の道具に興味を示し、冒険者の荷物を盗むことで知られる。

その素早さとずる賢さから、泥棒猿の異名を持つ厄介者だ。


「くそっ、あいつら……!」


「急いで追いかけるわよ!」


フレアが杖を構え、ルナも慌てて走り出す。

三人は谷道を駆け抜け、逃げるテールモンキーの後を追った。


だが……


「追いつけない……!」


魔物たちの足は速く、中々距離を縮められない。


幸い今は一本道だから跡を追えている。

だが、もし分かれ道に入り、二手以上に分かれてしまったら、おしまいだ。

この谷の迷路で荷物を見つける事は不可能だろう。

そうなる前に、なんとしてでも捕まえなければならないのだが……


「チッ、こうなったら魔法で――」


フレアが詠唱を始めようとしたその時、前方の崖道に二つの影が見えた。


獣人のアグニとマンドレイクのシャロだ。


のんびりと歩いている二人の前をテールモンキーが三匹、荷袋を背負ったまま駆け抜けようとしていた。


「頼む!そいつらを止めてくれ!」


グランが叫ぶ。

シャロとアグニは眉をひそめ、状況を一瞬で理解した。


次の瞬間、シャロの手から二本のツタが飛び出した。

生き物のようにうねるそれは、素早くテールモンキーたちの前に伸び、鞭のようにしなった。


「キャギィッ!」


鋭い音を立てて、二匹のテールモンキーが岩肌に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


「食らエ!」


残った一匹はアグニが拳を叩きつける。

大きな音と共にテールモンキーが宙を舞い、岩壁に激突した。


「よし!終わリ!」


アグニが息を吐き、拳を軽く振る。

そのすぐ後ろで、シャロが三人の荷袋を拾い上げる。


「あ、あの、それ……!」


ルナが駆け寄り、自分の荷袋を受け取る。

中身は無事のようだ。

グランも肩をなでおろす。


「助かったよ、あいつらに荷物を盗まれてな」


「そうなのか。災難だったナ!」


アグニは豪快に笑った。


「それにしても……」


フレアは興味深げにシャロを見つめた。


「魔物を連れてるだなんて……アンタ一体何者なの?」


「私達、ダンジョンでは色んな冒険者を見てきたけれど、魔物を連れた冒険者は初めてです……」


「ああ、一体どんな方法を使ったんだ?」


興味津々にシャロを見つめる三人。

どう答えようかと頭を抱えるアグニだったが


くぅぅ・・・


すると、ルナのお腹が小さく鳴った。


「……あ」


彼女は恥ずかしさから顔を赤らめる。


「安心したら腹減ったな……」


「そうね。ご飯にしましょうか」


グランは取り返した袋を開けて、中を取り出そうとする。

すると


「じゃあ一緒に食べるカ?」


アグニが提案する。


「お前達の分も作ってもらうゾ」


「えっ、作る?」


ルナが目を丸くする。

フレアも少し驚いたように眉を上げた。


「こんなダンジョンで料理?」


ダンジョンはどれだけ軽量で荷物を纏められるかが大事。

その為、食糧は携帯糧食を持っていき、料理なんてしないのが常識だった。


シャロがテールモンキーの死体を集めると、その死体に小さな手を触れる。

すると、周囲の空気がふわりと揺らぎ、淡い緑の光がほとばしる。


「……な、なんだ?」


グランが目を見開いた。


死体の表面に、小さな芽がぽつぽつと生え出す。

それはたちまち蔓を伸ばし、葉を広げ、蕾をつけ、あっという間に豊かな実を結んでいった。


黄金色の小麦の穂が風もないのに揺れ、赤く熟したトマトがぷっくりと弾け、玉ねぎとニンニクが地面からころりと顔を出す。

そして蔓には、ころんとした卵までがいくつも生まれた。


「な、なんだ今のは!?」


信じられない光景に、グランは言葉を失う。

フレアもルナも目を見開き、思わず息を呑んだ。


「小麦に野菜に卵まで生やす能力!?信じられない……!何なのこの魔物は……?」


「ハッハッハ!やっぱ初めて見ると驚くよナ!」


アグニはそんな三人を見て豪快に笑った。


そんな四人を尻目にシャロは小麦に向かって念じると、小麦がすり鉢に集まっていく。


「小麦を集める能力まであるのか……!?」


シャロは麺棒で粉をひくと、黄金色の粉が舞い上がる。


そこへ卵を割り入れ、油と塩を加えてかき混ぜ始める。

その手つきは職人のようで、グランたちはただ黙って見つめるしかなかった。


「……これ、料理してるの?」


フレアが呟く。


「そうダ!シャロは料理が得意なんだゾ!」


アグニが腕を組みながら笑う。


「料理を作る魔物なんて聞いたことが無い……」


ルナもぽつりと呟く。


しばらくして、シャロはこね終えた生地を布で包み、そっと休ませた。

その間にシャロは川へ行き、鍋に水を汲んで戻ってくる。


そうしたら鋭くした葉っぱを使い、トマトを小さく刻み、続いて玉ねぎとニンニクを同じようにみじん切りにしていく。

その一連の動作は流れるようで、見ているだけで気持ちがいいほどだった。


食材を切ったら鍋に火をかけ、お湯を沸かす。


生地が十分に休まると、シャロは木の台を出し、打ち粉をふって麺棒を転がした。

薄く、均一に伸ばされた生地を、細長く切り分けていく。

その見事な包丁さばきに、グランが思わず感嘆の声を漏らす。


「凄い手際の良さ……まるで職人だな」


切り終わった麺は、沸騰する鍋へと投入される。

ぐらぐらと音を立てて泡立つ湯の中で、白い麺が踊るように揺れた。


その横で、もう一つの鍋に油を引き、刻んだトマト、玉ねぎ、ニンニクを入れて炒める。

じゅわっと音を立てて香ばしい匂いが立ちのぼり、谷の風に流れていく。


「……ああ、いい匂い」


ルナがうっとりと目を閉じた。


香ばしいトマトの酸味、玉ねぎの甘み、ニンニクの刺激が合わさって、胃の奥をくすぐるような香りが広がる。

焚き火の中、炎の赤と鍋の中の赤が重なり合い、まるで絵画のような光景だった。


やがて、茹で上がったパスタを水切りし、炒めたトマトソースをたっぷりとかける。

ほんのりと湯気を上げるそれは、見た目にも完璧な一皿に仕上がっていた。


「おお!今回はパスタか!」


アグニが嬉しそうに目を輝かせる。


彼女はシャロから皿を受け取り、三人の冒険者たちに差し出した。


「ほら!冷めねぇうちに食エ!」


そう言うと、アグニは早速パスタを食べ始める。


「うーん!今回も美味い!」


大声で喜びながらパスタをかっこむアグニ。

一方で、グラン達は食事に手をつけず、眉をひそめていた。


「だが、流石に高いんじゃないか?ダンジョンでこんな本格的な飯……」


すると、シャロがツタを使い、数字を現す。

3000と。


「3000?一人3000エンスでいいの?」


ルナが確認すると、シャロはこくりと頷く。

だが、フレアは腕を組んで少し考え込む。


「でも、地上に戻ればその三分の一で食べられるんだし……私はいいわ」


「俺はもう限界だ」


グランが真っ先にフォークを取った。


「毎日干し肉と乾パンばっかりだぞ?いい加減味のあるもんが食いたいぜ!」


「わ、私も食べる!パスタは大好きなの!」


ルナも勢いよく皿を手に取った。


二人が口に運んだ瞬間、その表情が一変した。


「う、うまい……!なにこれ、麺はもっちりしてるし、トマトソースが濃厚で、香りがふわって広がる!」


「しかも、なんだか力が湧いてくる気がするわ……!」


グランは夢中で食べ続け、ルナも笑顔で頬張る。

二人の顔がまるで子供のように輝いていた。


そんな中、フレアはまだ躊躇っていた。

皿の上のパスタをじっと見つめ、指先でフォークをくるくると回す。

すると、ソースで口をべとべとにしたアグニが横目で彼女を見て、にやりと笑った。


「食べないなら、アタシが代わりに食うゾ?」


「なっ……!食べるわよ!」


フレアは慌ててフォークを取り、勢いよく口へ運んだ。

次の瞬間、目を見開いた。


「なにこれ……!美味しい!」


トマトの酸味と甘み、ニンニクの香ばしさが絶妙に絡み合い、もちもちの麺が舌の上で弾む。


「……これ、A級レストラン並みじゃない!」


彼女の素直な賛辞に、アグニは満足げに笑い、シャロは静かに微笑んだ。


食事を終えた三人は、代金を支払い、深々と頭を下げた。


「ごちそうさま。まさかダンジョンの中でこんな食事ができるなんて」


「いいって事だゾ!」


「俺はグラン、こっちはフレアとルナ。アンタの名前を教えてくれないか?」


「アタシはアグニ!こっちはシャロだ!」


「アグニとシャロか、今回は本当にありがとう。また会えたらまた食べさせてくれないか?」


「おう!何時でもいいゾ!」


こうしてグラン達三人はアグニ達と別れたのだった。


「それにしても変わった人たちだったね」


「マンドレイクを連れた獣人なんて、初めて見たよ」


「地上に戻ったら、酒場で聞いてみよう」


三人がアグニ達について話をする。


「アグニって、普段何をしてる人なんだろう。どうしてあんな魔物を連れてるかも気になるし」


「またあの料理、食べたいな」


「そうね」


三人は青空の下、笑いながら歩いていた。

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