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5月20日 夜

【今日の2コマで、来週小テストやるって言われた。

 講義聞いてないとわからないやつだからあとで教えるね。

 いつ暇?】


 今日講義をさぼったあさみにライムを打った。

 来週になればまた会えるからその時に言えば良(い)いことだが、わざわざ今送ったのはここしばらくあさみからの連絡がなかったからだ。

 もちろん学内では顔を合わせている。

 ただ、ライムでの連絡がきていない。

 まぁ…それは悪いことが起きていないってことで、つまり良(い)いことなのだが…今は少し気持ちが落ち込んでいて、寂しさに負けたのかもしれない。


 返事が来たのは夜の10時になってからだった。

 スマホを開くと返事はたった一文字。


【今】


 あさみはたまに淡白な返信になることもあるけど、これは極端だ。

 何かあったのかもしれない。

 とりあえずすぐに返信する。


【マックでいい?】

【メイク手抜きだからウチでもいい?】

【酒は?】


 勉強教えるのに酒ってのも変だが、きっと買って行った方が良い。

 その返事は10秒も待たずに返ってきた。


【おごる】


 なるべく急いで行こう。



―***―



 夜も遅いからチャイムを鳴らすのは近所迷惑だろう。あさみの部屋の前でスマホを取り出して【着いたよ】と送る。

 すぐにドアが開けられた。


「よ。」

 と声をかけると、


「おう。」

 と返ってきた。


 床に座ってさっき買ってきたチューハイを出し、口を開けてあさみに渡す。もう一缶、こっちは俺の分(ぶん)だ。

 あさみは何も言わない。ちょっと緊張した心持ちのまま、無言で缶をぶつける。


「いくらだった?」


 あさみが言った。

 いくらだっけ、2,000円出して300円くらい返ってきたか。


「せんご。」


 あさみが財布からお金を取り出した。

 1,500円ちょうど。


「さんきゅ。で、教科書開けばいいかな?」

「それはあとにしよ。それより聞いてくれる?」

「おう、聞いてやろう。」


 やっぱり愚痴だ。ただ、あさみの表情を見る限り、いつもよりもひどそうだ。

 ひととおり話を聞く。あさみは話しながら泣き始めたが、構わず吐き出させる。

 まとめると彼氏が誕生日を祝ってくれると思って楽しみにしていて、昼からおめかしして準備して、いざ今日家に行ったらまさに浮気中だった(しかも女は二人)、と。

 今までもアウトだったけど、これはもうアウト中のアウトだろ。

 話し終えたあさみが少し落ち着くのを待って、声をかける。


「今回ばかりは愚痴ってすっきりって感じじゃないな。なぁ、あさみはどうしたい?」

「…わかんない。」

「じゃあ、まだ好きか?」

「今は顔も見たくない。けど、よくわかんないよ。」


 …そうか。これでもまだ別れると断言はしないのか。

 彼の何がそんなに執着させるんだろう。


「だったらまだ結論までは出さなくていいんじゃないか? まずは泣きな。」

「泣いた。今も泣いてるし。」

「ああ、でももっと泣きな。涙が枯れるくらい。そんでもう何も出ないよってなったら愚痴ってよ、悪口言いまくるんだ。もしまた涙が出てきたらまた枯れるまで泣いてさ、そんで少しマシな気分になったら考えればいい。今日は朝まで付き合ってやるよ。」


 俺にできることはそれくらいだ。


「うん、ありがとう。」


 そのあとしばらく会話をせずに待った。

 ぐずぐずと鼻をすする音を聞きながらチューハイを開けていく。

 そうしているうちに時計が12時を回ったが、誕生日おめでとうなんて言える状況でもないな。


「ねぇりょうちゃん。」


 あさみが鼻声で言った。


「ん?」

「抱いて。」


 自暴自棄になってしまったようだ。今そんなことしたらもっと惨(みじ)めな気持ちになるに決まってるのに。

 しかしこれは断るのも諭(さと)すのも良(よ)くないような気がする。

 自分だったらどうか。断られたら、きっと死にたくなる。そんなの良くないって諭されたら、ああ、これもきっと死にたくなる。

 こういうときはどうするのが正解なのだろうか。

 俺は結局、あさみを後ろから抱きしめた。これ以上のことはしないことを決心して。

 不正解。そんな文字が頭の上に出ている気がする。

 だってこれもアウトだ。自分の彼女が他(ほか)の男に抱きしめられていたら、俺だって浮気認定する。今までは友達と言えたけど、これは言い訳できない。

 そのまま10分くらいじっとしていた。浮き上がってくる煩悩をもぐら叩きのように叩きながら。

 ふいに、あさみが体を捻(ひね)ろうとした。苦しかったのかと思って腕を緩めると、向い合せになって顔が近付いてきた。すんでのところでかわし、正面から抱きしめる。


「りょうちゃん。」

「なに?」

「その…」

「……」

「ゆっくりすぎない?」

「抱いてるよ。」

「え?」


 屁理屈だ。わかってる。


「抱いてる。」

「えと、そうじゃなくて…」

「俺はあさみを慰めるために来たんだ。あさみが自分を傷つけるのに利用なんてするな。」


 そう言うとあさみは黙った。



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