3、下の住人
ピンポーン
チャイムが鳴った。
誰だかはわかっていた。
ケータイを見るとメールが1件来ていた。
いつものゴミ捨ての誘いだ。
ドアを開けようとする音が聞こえた。鍵がかかっているからドアは前に進まず、鈍いドンという音がした。
そしてもう一度チャイムが鳴った。
急いでドアに向かう。
ドアの窓も覗かず開ける。
下の階に住む友人だ。
彼女はいろいろ事情があってたまたま空いた下の階に越してきた。
このアパートは2階立てでボロアパートだからとにかく壁が薄い。
だから私が帰ってきたという情報も筒抜けだ。
隣の部屋の人がいつ帰ってきたかもすぐわかるし、友達を招けば何を話しているかも聞こえる。
プライバシーも何もあったもんじゃないが、世田谷のこんないいところに6万代で住めるところなんてそうそうないから、それくらいは大目に見なければいけない。
「ごめん、メール気付かなかった。今ゴミまとめてくるから待ってて」
そういって私は急いで部屋中のゴミをまとめる。
小さい6畳の部屋に2つもあるごみ箱には1週間分のゴミがパンパンに詰まっていた。
それらをどんどんゴミ袋につめていく。
分別はあまりしなかった。
本当はいけないのだけど、これくらいなら大丈夫だと思った。
全部詰め終わって、最後に他に捨てるものがないか部屋を見渡した。
机の上に昨日まで使っていた名札があった。
半年しか使っていないのに、表面は傷ついていて、プラスチックにひびが入っていた。
それを手にとって、1週間分のゴミでいっぱいのゴミ袋にいれようとした。
なんとなくためらった。
恋人との思い出の品でもないのに、なんだか気が引けた。
つらかった半年間。
ずっと私の左胸にいたこの名札が、なんとなく勲章みたいな気がして捨てられなかった。
もう一度机の上に戻して、ゴミ袋の口をきつく縛った。
「おまたせ」
2人で100メートルほど先のゴミ置場にゴミを置きに行く。
本当なら明日の朝出すのがルールだけど、東京で、まして世田谷でそんなことは誰も気にしない。
下の住人が話しだした。
「明日どっか遊びに行こうよ」
下の住人は同じ専門学校の友達で、学校を卒業して以来、半年間働いていない。
私たちは今、上下そろって完全なるNEETなのだ。
「新宿、久しぶりに行きたいな」
と、私は答えた。
「今日どこ行ってたの?」
「渋谷。でもなんも買わなかった。」
「そっかぁ。じゃ明日は新宿で秋服買お。」
「うん。やっぱ一人じゃ決められないしね。」
これが私たちのいつもの会話。
そこらへんの高校生と何一つ変わらない。
ただ年をとって、自由と責任を得て、あのころより少し丸くなっただけ。
そして働かない私たちは、高校生よりも義務とか責任とかそれらの類を、果たしてないのかもしれない。
そしてまた考えだす。深く、暗く。
頭の中で主人公が泣いていた。
キーボードの動きがとまって、続きが書けなくなってしまった。
だって明日からが未定だから、未来を想像することも、夢や希望を書くこともできなくなってしまったから。
道が消えた。
先が暗くてまったく見えない。
不安。
恐怖。
焦り。
一気にきた。
私だけだろうか?
下の住人の気持ちを聞きたかった。
けど、なんて言えばいい?
彼女も焦っているのは知っている。
その度合いはわからないけれど。
何を考えているのだろうか?半年も。
なんの嫌味も含んでいないのだが、どこかで私は半年働いたというプライドが彼女を見下していて、それを聞くのをためらった。
嫌味に聞こえる気がして。
結局一生という長いレールの中で半年という時間がさほど影響しないことくらいわかっている。
ゴミを置いて自分たちのアパートに戻るころには、私のこの問題の答えが考えてもでないという結論にいたっていた。
せめて今夜くらいは何も考えずに、明日からのことは明日から考えようと自分に言い聞かせた。
部屋につくと、なんだかどっと疲れてしまって、服も着替えずそのまま寝た。




