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王都の夜間未受理窓口 〜出せなかった願いを受理したら、人生が少しだけ書き換わりました〜  作者: swingout777


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第26話 窓口の灯りが消え始める

 次段階:公開審理請求


 台帳に浮かんだその文字を、リディアは見つめていた。


 夜間未受理窓口の受付室には、戻ってきたばかりの人々の息遣いが残っている。


 リディア。

 ノア。

 ミリア王女。

 イリス。

 そして、王宮記録係の青年。


 封印庫から持ち帰ったものは多かった。


 王女救済願の原本。

 アレリア王女の改革案の写し。

 王宮侍女のメモ。

 記録係の帳簿。

 そして、リディア自身の内部告発受付控え。


 内部告発受付番号:C-117

 告発者:リディア・クラウス


 その文字は、まだカウンターの上で淡く光っている。


 消されかけていた名前が、たしかにそこにある。


 リディアは胸元に手を置いた。


 雨に濡れた解雇通知は、もう完全な解雇通知ではなくなっていた。

 表題の下に、新しく浮かんだ文字がある。


 内部告発受付控え


 まだ、処分が取り消されたわけではない。

 まだ、職員名簿に名前が戻ったわけでもない。


 それでも、彼女の告発は受け付けられた。


 未受理のままだった自分の声が、昼の台帳へ届いた。


 だが、その安堵は長く続かなかった。


 ちか、と天井の硝子灯が揺れた。


 リディアは顔を上げる。


 夜間未受理窓口を照らしていた丸い灯りが、ほんの一瞬、暗くなった。


 その後、また光る。


 しかし、さっきより少し弱い。


「ノアさん」


 リディアは声を低くした。


「今、灯りが」


「はい」


 ノアは、すでに書架の方を見ていた。


 壁一面に並ぶ台帳の背表紙。

 その金文字が、端から少しずつ薄れている。


「窓口が不安定になっています」


 ミリアが、原本を抱きしめる。


「私が来たから?」


「いいえ」


 リディアはすぐに言った。


「殿下のせいではありません」


 ノアも頷く。


「封印庫内の不存在処理記録群に仮受付印を押し、さらに昼の告発受付台帳へ関連記録を送った影響です」


 記録係の青年が、青ざめた顔で帳簿を抱え直した。


「つまり、王宮側がこの窓口を消そうとしているのですか」


「おそらく」


 ノアの声は静かだった。


「ヴァルターが時間を稼いでくれていますが、ローディス総務卿はすぐに封鎖手続きを進めるでしょう」


 イリスが息を呑む。


「封鎖されたら、どうなるのですか」


 ノアは少しだけ沈黙した。


 それから、正確に答えた。


「この入口は消えます」


 受付室に、冷たい沈黙が落ちた。


 リディアはカウンターに手を置く。


 木の感触は、まだそこにある。

 受理印の木箱も、台帳も、呼び鈴もある。


 けれど、壁の灯りは少しずつ弱まっている。


 夜間未受理窓口。


 出せなかった書類を受け付ける場所。

 誰にも読まれなかった願いが流れ着く場所。


 その灯りが、今、消え始めている。


「完全に消えるわけではないんですよね」


 リディアは以前聞いた言葉を思い出しながら言った。


「未受理の願いがある限り、窓口はどこかに残る、と」


「はい」


 ノアは答えた。


「ですが、ここに集めた記録と、この入口は失われる可能性があります」


「それは、同じことではありませんね」


「はい」


 窓口そのものはどこかに残っても、今ここにある台帳、原本、改革案、告発受付との接続が消えれば、また最初から探し直しになる。


 いや、最初からでは済まない。


 ローディスは、今度こそ完全に塞ごうとするだろう。


 ミリアの原本も、リディアの受付控えも、記録係の帳簿も、すべて奪われかねない。


 ちか、とまた灯りが揺れる。


 今度は、書架の一部が暗く沈んだ。


 そこに並んでいたはずの案件名が、ぼやけていく。


 恋文――受理済

 婚約破棄届――受理済

 謝罪文――受理済

 絶縁届――受理済

 養子縁組願――受理済


 リディアは息を呑んだ。


「受理済みの記録まで」


 ノアが書架へ駆け寄る。


「まずいですね」


 その声には、はっきりした緊張があった。


「すでに受理した案件の結び目まで、外側から削ろうとしている」


「そんなことができるんですか」


「通常はできません」


 ノアは台帳を開きながら言った。


「ですが、王女救済願、改革案、封印庫記録群がつながったことで、窓口全体が一つの大きな未受理案件として扱われ始めている」


 リディアの胸が冷える。


「夜間未受理窓口そのものを、未受理にするつもりですか」


 ノアは、答えなかった。


 その沈黙で十分だった。


 ミリアが、原本を抱きながら小さく言った。


「また、なかったことにされるの?」


 その声は、十年前の少女に戻りかけていた。


 リディアは、ミリアの前に立つ。


「いいえ」


 自分でも驚くほど、はっきりした声だった。


「なかったことにはさせません」


 ミリアがリディアを見る。


 リディアは、カウンターに置かれた台帳へ向き直った。


「ノアさん。ここにある記録を、別の場所へ写せますか」


「可能です」


「どこへ?」


「昼の告発受付台帳へ送るには、正式な公開審理請求が必要です」


「それを今から?」


「はい」


 ノアは台帳をめくる。


 新しいページに、文字が浮かぶ。


 公開審理請求書――未作成


 その文字を見た瞬間、リディアの胸が鳴った。


 未作成。


 まだ誰も出していない書類。


 しかし、次に進むためには必要な書類。


「公開審理とは、何ですか」


 ミリアが尋ねる。


 記録係の青年が、震える声で答えた。


「王宮、庁舎、貴族院の複数機関に関わる告発記録について、非公開処理ではなく、立会人を置いて審理する手続きです。ただし、実際に開かれることはほとんどありません」


「なぜですか」


「請求前に、たいてい止められるからです」


 リディアは、彼を見た。


「あなたの名前は?」


 青年は、はっとしたように顔を上げた。


 これまでずっと、彼を記録係としか呼んでいなかった。


 彼自身も名乗っていない。


 存在を消される側に立っているのに、その名前を聞いていなかった。


 青年は、少しだけ戸惑いながら答えた。


「カイル・ロムです」


「カイルさん」


 リディアは、彼の名を繰り返した。


「あなたは、記録できますか」


 カイルは帳簿を抱きしめた。


「怖いです」


 正直な答えだった。


「総務卿に逆らいました。記録監査官にも逆らいました。おそらく、私の職員記録もすぐに処理されます」


「それでも」


「それでも」


 カイルは、震えながら頷いた。


「今日の殿下のお言葉を、病状記録には戻したくありません」


 リディアは頷いた。


「では、お願いします。公開審理請求書を作ります」


 ノアがカウンターに白い用紙を出した。


 何も書かれていない紙。


 しかし、リディアにはもう分かる。


 白紙は空っぽではない。


 これから何を受け取るかを待っている。


 カイルが羽ペンを取った。


「請求者は、誰にしますか」


 その問いに、全員が沈黙した。


 リディアの告発として出すなら、告発者はリディア。

 しかし、王女救済願はミリア王女本人の書類だ。

 改革案はアレリア王女の遺したもの。

 封印庫記録群は、多数の存在しないことにされた願い。


 誰か一人の名前で出すには、大きすぎる。


 ミリアが言った。


「私が出します」


 リディアは振り向く。


「殿下」


「王女救済願は、私の書類です。お姉様の改革案も、私が十年持っていました。私が請求します」


 その声は震えていた。


 けれど、逃げてはいなかった。


 リディアは、彼女の覚悟を感じた。


 だが同時に、危険も分かっていた。


「ミリア殿下が請求者になれば、王宮はあなたを止めようとします」


「もう、ずっと止められてきました」


 ミリアは静かに言った。


「療養という名前で。保護という名前で。忘れなさいという言葉で」


 イリスが目を潤ませる。


 ミリアは続けた。


「でも、私だけでは足りません」


 彼女はリディアを見る。


「リディアさん。あなたも、一緒に名前を書いてください」


 リディアは息を呑む。


「私も?」


「あなたは告発者です」


 ミリアは、リディアの胸元の受付控えを見た。


「私は提出者。あなたは告発者。ノアは、受け取れなかった書記官。カイルは、今記録している記録係。イリスは、私の言葉を外へ出してくれた証人」


 ミリアの声は少しずつ強くなっていく。


「誰か一人が背負うものではないと、お姉様は書いていました」


 リディアの胸が震えた。


 アレリア王女の言葉。


 制度は、人の弱さを一人に背負わせないためにある。


 今、ミリアはその意味を自分の言葉にしている。


 リディアは、静かに頷いた。


「分かりました」


 カイルが白紙の上に表題を書いた。


 公開審理請求書


 続いて、請求者欄。


 提出者:ミリア・エル・ラウゼリア

 告発者:リディア・クラウス

 受付在席証人:ノア・エルセイド

 王宮侍女証人:イリス・ベルク

 記録係:カイル・ロム


 五つの名前が並んだ。


 灯りが、もう一度揺れた。


 今度は大きく。


 受付室の奥の書架が、ざわりと音を立てる。


 黒い影が棚の端から伸び、書類の文字を飲み込もうとしていた。


 ノアが低く言う。


「急いでください」


 カイルが書く。


 手は震えているが、文字は乱れていない。


 請求対象:王女救済願原本、王国嘆願制度改正案、封印庫内不存在処理記録群、EX-04分類による未受理処理の実態


 リディアが、孤児院の書類束を手に取る。


「聖ユレーネ孤児院関連も入れてください」


 カイルが頷く。


 関連事例:聖ユレーネ孤児院進路調整簿、養子縁組願、面会希望届、奉公解除願


「セシリア様の婚約破棄届も」


 ノアが台帳から写しを出す。


「マルタさんの絶縁届、テオさんの養子縁組願、ミナさんの面会希望届も」


「はい」


 カイルは必死に書き続ける。


 リディアは、書類の山を見た。


 今夜受け取ってきた願いたち。


 一つ一つは個人の書類だった。

 けれど、今はすべてが同じ構造を指し示している。


 受理されると困る願いを、存在しなかったことにする仕組み。


 EX-04。


 それを公開審理にかける。


 ちか、ちか、と灯りが明滅する。


 硝子灯の中の火が小さくなっていく。


 ミリアが不安そうに見上げる。


「灯りが」


 ノアは、カウンターの端に手を置いた。


「窓口の結び目がほどけ始めています」


「結び目?」


「夜間未受理窓口は、未受理の願いと、それを受け取る意思で保たれています。外側から存在を削られると、灯りが弱まる」


 リディアは、天井の灯りを見た。


 それはただの照明ではない。


 ここに流れ着いた願いの火なのだ。


「灯りを保つ方法は?」


 ノアはリディアを見た。


「受け取ることです」


「何を」


「今、この窓口に集まっている声を」


 リディアは、息を吸った。


 公開審理請求書だけでは足りない。


 ここにある書類たちを、もう一度確認し、存在を認め、つなぎ直す必要がある。


 ノアが受理印の木箱を開く。


 中には、受理印と仮受付印が並んでいた。


 だが、今まで見たことのない印が一つ増えている。


 小さな印。


 印面には、こう刻まれていた。


 継続受付


「これは?」


「未受理案件が一度で終わらない場合に使う印です」


 ノアが言った。


「完全受理でも、仮受付でもありません。読まれ続けるべき案件として、灯りをつなぐ印です」


 リディアは、その印を見た。


 継続受付。


 それは、今この物語に必要な言葉だった。


 すべてを今すぐ解決できない。

 すべての願いを今夜受理できない。

 だが、読み続けると約束する。


 なかったことに戻さないと記録する。


 リディアは印を手に取った。


 重い。


 受理印ほどではない。

 仮受付印よりは深い。


 まだ終わらないことを引き受ける重さだった。


「まず、王女救済願」


 ノアが原本をカウンターに置く。


 ミリアは、それを手放す時、一瞬だけためらった。


 だが、リディアを見て、小さく頷いた。


 リディアは原本の端に、継続受付印を押した。


 赤ではない。

 淡い朱色でもない。


 青みを帯びた黒い印が、紙に沈んだ。


 継続受付


 王女救済願が光る。


 天井の灯りが、ほんの少し戻った。


「次に、王国嘆願制度改正案」


 ミリアが写しを差し出す。


 リディアは印を押す。


 継続受付


 改革案の文字が淡く金色に光る。


 灯りがまた少し強くなる。


「封印庫内不存在処理記録群」


 これは紙一枚ではない。


 封印庫全体に押した仮受付印の写しが、台帳の上に浮かんでいる。


 リディアは、その写しに印を押した。


 手が重く沈む。


 まるで、無数の箱に同時に触れているようだった。


 継続受付


 書架の奥で、消えかけていた金文字が少し戻る。


 カイルは書き続けている。


 公開審理請求書の末尾に、彼はこう記した。


 本請求は、個別の願いを即時に叶えることを目的としない。

 未受理、受理禁止、不存在処理とされた書類について、その存在、処理理由、判断者、影響を公開の場で確認することを求める。


 リディアは、その文を見て頷いた。


 叶えることではない。

 まず、存在を認めること。


 そして、理由を記録すること。


 ノアが小さく言った。


「アレリア殿下の条文に近いですね」


 カイルは、泣きそうな顔で笑った。


「写しただけです」


「それでいいのです」


 ノアは静かに答えた。


「書記官の仕事は、必要な言葉を正しく写すことでもあります」


 カイルの目が揺れた。


 その言葉は、彼にとって救いだったのだろう。


 王女の言葉を病状として書き続けてきた彼が、今、正しく写そうとしている。


 リディアは、次々と書類に継続受付印を押した。


 セシリアの婚約破棄届。

 マルタの絶縁届。

 テオの養子縁組願。

 ミナの面会希望届。

 聖ユレーネ孤児院の進路調整簿。

 ダリオ・オルダの王女救済願控え。

 ノア・エルセイドの死亡扱い記録。

 リディア自身の内部告発受付控え。


 最後に、自分の紙へ印を押す時、手が止まった。


 ノアが静かに尋ねる。


「迷いますか」


「はい」


 リディアは正直に答えた。


「自分の書類は、早く完全に受理したい気持ちがあります」


「当然です」


「でも、まだ続いています」


「はい」


 リディアは、内部告発受付控えを見つめた。


 自分の名誉回復だけでは終わらない。

 彼女の書類は、もう王女救済願や改革案とつながっている。


 完全受理は、まだ先だ。


 今は、継続受付。


「私は、読み続けます」


 リディアは呟いた。


 そして、自分の受付控えに印を押した。


 継続受付


 その瞬間、受付室の灯りが大きく揺れた。


 一度、ほとんど消えかける。


 ミリアが息を呑む。


 イリスが彼女を支える。


 ノアがカウンターに手を置く。


 リディアも、受理印の木箱に手を添える。


 消えるな。


 そう願った。


 願いではなく、意思として。


 ここを消させない。

 ここで読まれた声を、また闇に戻さない。


 すると、カウンターの上の公開審理請求書が強く光った。


 白紙だったものが、今は文字で満ちている。


 五つの名前。

 複数の関連資料。

 存在しないことにされた記録群。


 その末尾に、まだ署名欄があった。


 カイルが羽ペンを差し出す。


「署名を」


 ミリアが最初にペンを取った。


 手が震え、文字は少し歪んだ。


 それでも、はっきり書いた。


 ミリア・エル・ラウゼリア


 次に、リディア。


 リディア・クラウス


 自分の名前を書いた瞬間、胸の奥が熱くなった。


 職員名簿から消されかけた名前。

 門番に忘れられた名前。

 それでも、自分の手で書いた名前。


 次にノア。


 彼は少しだけ手を止めた。


「私は、死亡扱いです」


「だからこそ、書いてください」


 リディアが言うと、ノアは彼女を見た。


 そして、静かに署名した。


 ノア・エルセイド


 その文字が浮かんだ瞬間、台帳のどこかで赤線がわずかに薄くなった気がした。


 イリスが署名する。


 イリス・ベルク


 最後にカイル。


 手は震えていた。


 けれど、彼は書いた。


 カイル・ロム


 五つの署名が揃った。


 公開審理請求書の表面に、文字が浮かぶ。


 受付準備完了


 ノアが、受理印をリディアへ差し出した。


 リディアは驚いて彼を見る。


「私が?」


「臨時受理官として、あなたがここまでつなぎました」


「でも、これは私自身の告発にも関わります」


「だからこそ、単独ではありません」


 ノアはミリアを見る。


 ミリアが頷く。


「一緒に」


 リディアは受理印を持った。


 ミリアも、その上に手を重ねる。


 ノアが台帳に手を置く。


 イリスとカイルも、請求書の端に触れる。


 五人の手が、一枚の書類を囲んだ。


 リディアは、深く息を吸った。


「公開審理請求書」


 ノアが読み上げる。


「請求者、ミリア・エル・ラウゼリア。告発者、リディア・クラウス。証人、ノア・エルセイド、イリス・ベルク。記録係、カイル・ロム」


 リディアは受理印を押した。


 赤い印が、紙に沈む。


 受理


 その瞬間、夜間未受理窓口の灯りが一斉に消えた。


 完全な闇。


 リディアは何も見えなくなった。


 ミリアの息遣い。

 イリスの小さな悲鳴。

 カイルが帳簿を抱える音。

 ノアの低い声。


「手を離さないでください」


 リディアは、受理印を握ったまま手を伸ばした。


 誰かの手に触れる。


 ミリアの手だった。


 冷たく震えている。


 けれど、離れない。


 闇の中で、どこか遠くから紙のめくれる音がした。


 一枚。

 また一枚。


 無数の紙が、暗闇の中で目を覚ますような音。


 そして、ひとつの声が聞こえた。


 アレリア王女の声だった。


 読まれないと分かっている願いを、それでも書いた人がいるのです。


 次に、ミリアの声。


 それでも、読んで。


 そして、リディア自身の声が重なった。


 私は、告発者である。


 闇の奥に、小さな灯りがともった。


 カウンターの上ではない。


 夜間未受理窓口の外。


 昼の王都庁舎の方角に。


 遠く、朝の鐘が鳴った。


 闇が少しずつほどけていく。


 受付室の硝子灯は消えたままだった。


 しかし、窓口の扉の隙間から、朝の光が差し込んでいた。


 夜間未受理窓口の灯りは消えた。


 けれど、それは終わりではなかった。


 夜の灯りが消えた代わりに、昼の記録へ火が移ったのだ。


 ノアが静かに言った。


「公開審理請求、受理されました」


 カウンターの上の台帳に、新しい文字が浮かぶ。


 公開審理日時:本日正午

 場所:王都庁舎中央記録広間


 リディアは息を呑んだ。


 本日正午。


 逃げる時間はほとんどない。


 だが、もう夜だけの窓口ではない。


 公開の場へ出る。


 ミリアが、原本を抱きしめた。


「行きます」


 声は震えていた。


 それでも、彼女はそう言った。


 リディアも、自分の内部告発受付控えを胸に抱いた。


「はい」


 ノアが、消えた硝子灯を見上げる。


 その顔には、寂しさと、ほんの少しの安堵があった。


「窓口の灯りは、役目を終えようとしています」


「消えてしまうんですか」


 リディアが尋ねると、ノアは首を横に振った。


「分かりません」


 正直な答えだった。


「ですが、もし昼に受け取られる場所ができるなら、夜に迷い込む人は少なくなる」


 リディアは、薄暗い受付室を見渡した。


 ここで多くの書類を受け取った。

 多くの涙を見た。

 多くの本当の一文を読んだ。


 この場所が消えるのは寂しい。


 でも、消えない方がいい世界は、本当はまだ足りていない世界なのかもしれない。


 リディアは、カウンターにそっと手を置いた。


「正午までに、準備しましょう」


 ノアが頷く。


 ミリアも、イリスも、カイルも頷いた。


 受付室の奥の書架から、最後に一枚の紙が舞い落ちた。


 白い紙。


 そこには、アレリア王女の筆跡で一文だけが浮かんでいた。


 願いを夜に閉じ込めないで。


 リディアは、その紙を拾い上げた。


 朝の光が、扉の隙間から少しずつ広がっていく。


 公開審理まで、あと数時間。


 夜間未受理窓口で受け取ったすべての願いを、昼の広間へ持っていく時が来ていた。


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