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埴輪と旅する女①【会津若松編】  作者: Mikiko


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30/108

第030回

 『Mikiko's Room(https://mikikosroom.com/)』で連載した、会津若松への旅行記(原題は「単独旅行記Ⅶ」)です。

 この回のオリジナルは、↓のページに掲載しています。

https://mikikosroom.com/archives/48327647.html


 なお、「小説を読もう!」では、写真を2分の1サイズに縮小して投稿しています。

 フルサイズの写真は、上記オリジナルページをご覧下さい。

 特に断りのない写真は、わたしが撮影したものですので、ご自由にお使いください。


 なお、本文のみをまとめた総集編(後書きはありません)は、↓のページからご覧いただけます。

https://mikikosroom.com/archives/24257587.html


挿絵(By みてみん)

ハ「生き残った飯沼貞雄の墓やな」

み「幾つまで生きたの?」


挿絵(By みてみん)

ハ「こっちに書いたあるがな。

 亡くなったのは、昭和6(1931)年2月12日。

 78歳とあるのは、数え年やな。

 満で計算すれば、76や」

み「当時としては、長生きだよね」

ハ「せやな。

 飯盛山で助けられてから……。

 62年後になる」

み「当時としては、まさに生まれ変わって、もう1回人生を生きた感じだよね」

ハ「明治大正のころの平均寿命は、44歳くらいやったようや」

み「そんなに短いの?

 織田信長は、人生50年って言ってたんでしょ」

ハ「『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり』やな」

み「よく考えたら……。

 戦国時代の平均寿命が、50年もあるわけないよね」

ハ「よく考えんでもそうやな。

 そもそも平均寿命なんて、計算しようがなかったやないか」

み「たぶん、畳の上で最後を迎える人の平均が、50歳ぐらいだったんじゃないの」

ハ「信長は、畳の上で死ぬつもりやったということか」

み「天下を統一すれば、当然そうなるでしょ」

ハ「まさしく、『夢幻の如く』やな」


挿絵(By みてみん)

み「生死を決める決断に……。

 全員一致ってのはちょっと考えられないけど」

ハ「異様な精神状態になってたんやろうな」

み「集団催眠みたいな?」

ハ「近いものはあったんやないか」

み「わたしなら、ぜったいひとりで逃げるけど」

ハ「後ろから斬り殺されるわ。

 あ、わかった。

 生き残った飯沼のほかに、ひとり逃げた者がおるんやないか?」

み「飯沼は、なんでそのことを言わなかったわけ?」

ハ「もちろん、白虎隊の恥になるからや。

 で、逃げたひとりの生まれ変わりがあんたや」

み「なんでじゃ!」

ハ「小学校の修学旅行で……。

 男子に囲まれて、模擬刀で斬られたんやろ。

 自刃した白虎隊士の怨念が、裏切り者を斬ったんやな」

み「うーむ、確かに。

 わたしは旅行で、同じところを訪ねたことがないのに……。

 ここだけは、3回目だからね。

 何かに引かれて来るのかも」

ハ「今度は、帰れなくなるやも知れんぞ」

み「言うな!

 そんときは、お主を身代わりに置いていく」

ハ「やめんか!」


挿絵(By みてみん)

み「ここから鶴ヶ城を見たのか?

 どこだ?

 ぜんぜん見えんぞ」

ハ「今日は、ちょっと霞んどるようやな」

み「どこじゃ!」


挿絵(By みてみん)

ハ「あそこや」

み「見えんて!」

ハ「視力、6.0くらい必要やな」

み「サンコンか!

 しかし、当時の白虎隊士が……。

 そんなに視力が良かったとは思えないんだけど。

 藩校の日新館に通ってたんだろ。

 薄暗い部屋で素読とかしてたはずだよ」

ハ「だから、見誤ったんやないか。

 城が燃えとると」

み「確かに、集団催眠みたいになってると……。

 ひとりが言い出せば、みんながそう見えるかもね」


挿絵(By みてみん)

ハ「鶴ヶ城を臨んでる像やな」

み「子供じゃないの。

 こんな子供たちが、自刃したんだ……。

 スゴすぎる」

ハ「せやから、お主ひとり逃げたんやろ」

み「脈々とその血を感じるわ」

ハ「また斬られなならんな」

み「明日から、ヘルメット被って生きる」


挿絵(By みてみん)

み「なんじゃ、このおっさんは。

 白虎隊士には見えんけど」


挿絵(By みてみん)

ハ「ほー。

 仙台育英の創設者のプレートやな。

 会津の出身やったのか」


 このときは、特に何も感じませんでした。

 でも、この年(2022年)の夏の甲子園では、ドラマがあったんです。

 決勝に進んだのは、仙台育英高校と下関国際高校でした。

 下関市は山口県にあります。

 すなわち、新政府側の長州です。

 この決勝戦は一部で、「令和の戊辰戦争」と呼ばれたそうです。

 結果は、仙台育英高校が勝ち、東北勢初の全国制覇を成し遂げました。

 何か、運命的なものを感じましたね。

 会津若松……。

 やはり、深い縁を感じる町です。


■育英高校

 まずは仙台育英高校。

 大いに遅ればせながら、甲子園優勝、おめでとうございます。

 東北は、北海道に先を越されてましたからね(駒大苫小牧)。

 東北人にとって、甲子園優勝は悲願だったことでしょう。


 ところで。

 「育英」と名の付く高校は、全国各地にあります。

 なぜなら「育英」には、教育機関にぴったりな意味があるからです。

 ↓『デジタル大辞泉』より(https://www.weblio.jp/content/%E8%82%B2%E8%8B%B1)。

+++

いく‐えい【育英】

《「孟子」尽心上から》すぐれた才能を持った青少年を教育すること。転じて、教育。「―事業」

+++


 まさに、そのまんまですね。

 日本育英会なんてのもありますし。

 現在、学校で一番有名なのは、仙台育英でしょう。

 なにしろ甲子園は、春13回、夏29回の出場ですから。

 最近は、前橋育英も台頭してきました。

 春2回、夏6回。

 平成25年の夏は、全国優勝してます。

 しかし、育英の元祖と云えば……。

 兵庫県の育英高校。

 地名が付かない、そのまんまの育英高校です。

 300勝投手、鈴木啓示さんの母校です。

 甲子園は、春13回、夏6回の出場。

 平成5年の夏は、全国優勝してます。

 わたしは、この学校のユニフォームが好きなんですよね。

 シュッとしてて、都会的で。

 でも最近は、甲子園で見られてません。

 最後の出場が、平成17年の春ですから……。

 18年前ですね。

 残念ながら、この春も出場は叶いませんでした。

 今年の夏こそ、出場してほしいと願ってますが……。

 兵庫は大激戦区ですからね。


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