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スライムさんは、ギルドで優等生を演じています  作者: 安威要
第四章 帰り道には気をつけてください

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第35話 そこで待っていた

 最初は、うまくいっていた。


 この街はやりやすい。


 そう思ったのが始まりだった。


 ダンジョン帰りの冒険者は多い。疲れている。気が抜ける。荷もある。護衛も薄い。条件が揃っている。


 軽くやる。少し抜く。深追いはしない。


 それで十分だった。


 騒ぎにもならない。追われもしない。


 だから居ついた。


 だが――数日前から、妙にやりにくくなった。


 はっきりした理由はない。


 ただ、流れが噛み合わない。


 いつもなら隙ができる位置で、視線が通る。壁際に寄れば抜けられたはずの場所で、妙に足が止まる。人の動きが、わずかにずれている。


「……なんだ?」


 小さく呟く。


 誰かが対策しているのか。


 そう考えたが、証拠はない。見張りがいるわけでもない。巡回が増えた様子もない。


 ただ、やりにくい。


 それだけだ。


 だが、こういう“匂い”はある。


 狩る側の感覚。


 危ない場所の気配。


 本能が、少しだけ引く。


 それでも。


 足は止まらなかった。


 まだ稼げていない。


 この街は当たりだと思った。だから張った。ここで引けば、無駄になる。


「……もう少しだ」


 自分に言い聞かせる。


 危ない匂いはしていた。


 だが、それよりも、“まだ足りない”という感覚の方が強かった。


 だから、その日も待った。


   ◇


 夕方。


 帰還の流れがばらける時間。


 単独の影が増える。


 目を走らせる。


 荷の重さ。歩幅。視線。


 いつものように“帰りの人間”を探す。


 そして、一人見つけた。


 荷袋を片手に、肩を落とし、前だけを見て歩いている。


 隙はある。


 いつも通りだ。


 ただ――少しだけ、違和感があった。


 道だ。


 壁際が妙に使いにくい。灯りが妙に邪魔をする。抜けるはずの角度で、わずかに動きが止まる。


「……気のせいか」


 小さく吐く。


 考えすぎだ。


 これまでもやってきた。


 同じことをやればいい。


 距離を詰める。


 足音を消す。


 背後に入る。


 呼吸を合わせる。


 そして――振り下ろす。


   ◇


 こん棒が、後頭部に落ちた。


 鈍い音。


 確かな手応え。


 これで終わりのはずだった。


 だが。


 倒れない。


 足が止まらない。


 歩き続けている。


「……は?」


 思わず声が漏れる。


 殴った。


 確かに当てた。


 なのに、崩れない。


 目が、勝手にそこを見る。


 頭部。


 殴った箇所が、凹んでいる。


 潰れたように沈んでいる。


 そして――それが、戻っていく。


 ゆっくりと。


 押し戻されるように。


 何もなかったかのように。


「……軽いな」


 前を向いたまま、そいつが言った。


 声は、普通だった。


 痛みも、怒りもない。


 ただ、評価するような響き。


 背筋に、冷たいものが走る。


「な……」


 言葉が出ない。


 理解が追いつかない。


 こん棒を握る手が震える。


 反射的に、それを捨てた。


 腰のナイフを抜く。


 距離を詰める。


 考える前に、体が動く。


 通るはずの一撃を選ぶ。


   ◇


 刃が、脇腹に入る。


 深く。


 確かな感触。


 これなら倒れる。


 そう思った。


「……それか」


 だが、そいつは立っていた。


 刺さったままのナイフを、気にも留めない。


 血も、ほとんど出ない。


 手応えと現実が、ずれている。


「なんで……」


 声が崩れる。


 ナイフを引き抜く。


 もう一度。


 喉へ。


 顔へ。


 肩へ。


 何度も振る。


 布が裂ける。

 肉を切る音。


 それだけが増えていく。


 だが。


 倒れない。


 避けない。


 ただ、見ている。


 まっすぐに。


「それじゃ、軽い」


 静かな声。


「やるなら、もっと確実にやれ」


 そこで、完全に崩れた。


   ◇


「な、なんだお前……!」


 後ずさる。


 ナイフが震える。


 逃げる。


 そう思った。


 だが、足が止まる。


 壁が近い。


 道が狭い。


 抜けられない。


 いつもなら抜けられるはずの位置で、体が引っかかる。


「……なんで」


 初めて気づく。


 道が違う。


 流れが違う。


 自分の動きが、読まれている。


 その瞬間。


 目の前の男が、一歩前に出た。


   ◇


「帰りを狙ってるんだろ」


 普通の声だった。


「気が抜けたところをやる」


 一歩。


 距離が詰まる。


「軽くやって、少しだけ抜く」


 背が壁に当たる。


 逃げ場がない。


「効率はいい」


 頷く。


「だから、捕まらない」


 一拍。


「……ここまではな」


   ◇


 動きは一瞬だった。


 足が払われる。


 重心がずれる。


 逃げようとした方向を、半歩外される。


 それだけで崩れる。


 地面が近づく。


 ナイフが手から離れる。


 拾えない。


 腕を押さえられる。


 動けない。


   ◇


「終わりだ」


 静かな声。


 見上げる。


 そこにいるのは、人の形をした何かだった。


 刺しても倒れない。

 殴っても崩れない。


 ただ、そこにいる。


「やめ……」


 声は途中で消えた。


   ◇


 処理は、静かに終わった。


 音もなく。


 跡もなく。


 何も残らない。


   ◇


 翌日。


「……最近、なくなったな」


「何が」


「帰りのやつ」


「ああ」


 肩をすくめる。


「飽きたんだろ」


「かもな」


 それで終わる。


   ◇


「報告はありません」


 リーネは言う。


 いつも通りに。


 何も変わらない声で。


 レンは頷いた。


「そうか」


   ◇


 地下。


 水の音が静かに響く。


 レンは壁にもたれ、目を閉じた。


 終わった。


 依頼にはならない。

 報告もされない。


 だが、問題は消えた。


「……帰り道か」


 小さく呟く。


 戻る場所がある。


 だから、気が緩む。


 それは、悪いことではない。


 ただ――


「……まあいい」


 短く言う。


 ここは、自分の場所だ。


 地下の水音は変わらない。


 何も知らず、何も変わらず。


 ただ一つだけ、確かに消えていた。

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