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スライムさんは、ギルドで優等生を演じています  作者: 安威要
第一章 順路をお守りください

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第18話 関係者以外立入禁止

 足音が、止まった。


 排水と搬送が交わる、その位置で。


 水の音がわずかに揺れる。

 流れが一瞬だけ崩れ、すぐに戻る。


 踏み込む前に、人は必ず止まる。


 足場を測るために。


「ここでいい」


 低い声が落ちた。


「はい」


 応じる声。


 その一拍。


 レンは動いた。


 影の外から、内へ。


 視線が床へ落ちる瞬間、距離を詰める。


 腕を取る。


 引かない。


 押す。


 相手の重心が乗っている足ではなく、その外へ。


 支点がずれる。


 靴底が滑る。


「――っ」


 踏み直そうとする。


 だが、段差がある。


 踵が引っかかる。


 半歩、遅れる。


 その遅れで、体勢が崩れる。


 だが――倒れない。


 持ちこたえる。


 腰を落とし、無理にでも支点を作る。


 予想より早い。


 訓練されている。


 レンは一度、力を抜いた。


 崩しきらない。


 中途で止める。


 相手が“立て直せる”位置に残す。


 そこで、もう一人が動く。


 灯りが振れる。


 刃が抜かれる。


 今度は足場を見る。


 踏み込む。


 滑らない位置を選ぶ。


 さっきの失敗を、もう繰り返さない。


 判断が速い。


 レンは一歩、下がる。


 逃げるのではない。


 位置をずらす。


 刃が来る。


 今度は避ける。


 配管の影へ。


 視界が切れる。


 その一瞬で、音だけが残る。


 足音。


 水音。


 呼吸。


 相手が止まる。


 見失った。


 その瞬間。


 レンはバルブに触れた。


 全開ではない。


 半分でもない。


 四分。


 流れが変わる。


 床の表面が、ほんのわずかに変わる。


 踏み込んだ足が、止まらない。


 滑る。


 今度は完全に。


「……!」


 体勢が前へ崩れる。


 刃がぶれる。


 その瞬間。


 レンは前へ出た。


 触れる。


 腕に。


 外からではない。


 内側へ。


 関節の途中で、“動かない位置”を作る。


 押さえ込むのではない。


 動けなくする。


 力をかける場所を、消す。


 刃が止まる。


 腕が止まる。


「何だ――」


 理解が追いつかない。


 それでいい。


 レンは引く。


 相手の体が前へ出る。


 足場は滑る。


 そのまま、排水の縁へ叩き込む。


 鈍い音。


 息が抜ける。


 動きが止まる。


 最初の一人は、まだ中途で支えた姿勢のまま固まっている。


 逃げようとした力が、そのまま拘束になっている。


 レンはゆっくり手を離した。


 音が消える。


 水だけが残る。


   ◇


「……なるほど」


 声がした。


 奥から、一人が歩いてくる。


 灯りは持っていない。


 だが、足音は正確だ。


 段差を外さない。


 水を踏まない。


 この場所を知っている歩き方。


 交差点の手前で止まる。


 倒れた二人を見る。


 レンを見る。


 観察する目だった。


「帳尻は合っている」


 静かな声。


「数も合っている。記録も合っている。許可も通っている」


 レンは動かない。


「現場の無駄を削っただけだ」


 男は続ける。


「余分な移動、余分な保管、余分な確認」


 一歩だけ進む。


 足場を選ぶ。


「流れを整えた。速くした。それだけだ」


 水の音が続く。


「誰も損をしていない」


 短く言う。


「むしろ、楽になっている」


 レンはわずかに首を傾けた。


「順路が違う」


 短く言う。


 男は少しだけ笑った。


「順路は守られている」


「外れている」


 沈黙。


 男は床を見る。


 排水の流れ。


 段差。


 足場。


 すべてを一度で把握する。


「……現場を見すぎたな」


 小さく言う。


「だから分かる」


 レンは答える。


 男はそれ以上言わなかった。


 戦わない。


 ここで戦う理由がない。


 もう終わっている。


 男は一歩下がる。


 さらに一歩。


 そのまま、来た道を戻る。


 足音が遠ざかる。


 レンは追わない。


 追う必要がない。


   ◇


 処理は速かった。


 地下で確保された二人は、そのまま上へ回される。

 帳簿は照合され、許可証は止まり、搬出は止まる。


 騒ぎにはならない。


 ただ、流れが変わる。


 それだけだ。


   ◇


「来い」


 マスターが言った。


 説明はない。


 レンはついていく。


 地下へ降りる。


 いつもと同じ道。


 だが、止まらない。


 奥へ進む。


 旧保守区画。


 閉鎖された通路。


 点検札の外れた場所。


 柵の内側。


 さらに奥。


 人が来ない場所。


 人が来られない場所。


 マスターは歩く。


 止まらない。


 ただ、見せる。


 どこまでが繋がっているかを。


 排水の枝路。


 搬送の抜け道。


 点検の隙間。


 全部が一つになる。


 最後に、交差点の手前で止まる。


「褒章だ」


 短く言う。


「ギルドの建物の真下、地下はお前にやる」


 レンは黙る。


 水の音だけがある。


「街の下を勝手にうろつかれるよりは、そのほうがましだ」


 マスターは続ける。


「見えているほうが楽だ」


 間がある。


 長くはない。


 だが、切らない。


「その代わり」


 マスターが言う。


「下で何かあれば、お前の仕事だ」


 それだけだ。


 レンは動かない。


 視線だけが動く。


 排水。


 段差。


 足場。


 逃げ道。


 隠れる場所。


 通るしかない道。


 すべて、確認する。


 変わっていない。


 だが意味が違う。


 使う場所ではない。


 いる場所になる。


 逃げる場所ではない。


 戻る場所になる。


「……いいんですか」


「もう使ってるだろう」


 マスターは肩をすくめる。


「見えていないほうが面倒だ」


 それも事実だった。


 レンは一度だけ、奥を見る。


 さっきまで通っていた場所。


 今は違う。


 境界の内側になる。


「……分かりました」


 短く言う。


 マスターは頷く。


 それで終わりだった。


   ◇


 一人になる。


 水の音が続く。


 流れは変わらない。


 変わったのは、扱いだけだ。


 追い立てられる場所ではなくなった。


 だが、自由でもない。


 上にはギルドがある。


 下には水が流れている。


 そのあいだに、いる。


 レンは息を吐いた。


 自由に歩ける場所は減ったはずなのに、息は前より楽だった。


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