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信じたものの空白

――静かだった。


不気味なほどに。

(……静かすぎる)

どこかで、そう思う。

「腕……大丈夫なの?」

リリアが心配そうに声をかける。

「さっき止血はしてもらったし、何とかってとこだな」

「それはしたけど……」

パラドクシアが逃げた後、切断された腕はリリアとフィアに止血してもらった。

血は止まったが、消えたものは消えたままだ。

そう思っていたのだが……

「どこかで首都アストレアルに行かなきゃいけないわね」

「行ってどうするんだ?」


「腕を()()()()()のよ。当たり前じゃない」


それを聞いたソウマは絶句した。

今、リリアは何と言っただろうか。


「ちょっ……。ちょっと待て、待ってくれ。腕をくっ、くっつけるだって?」

「そうよ。まさか、そのままでいるつもりだったの?」

「いや、だって切り離されたんだぞ?普通そのまま戻らないだろ」

「……普通じゃないわよ。ソウマってちょっと常識がズレてるわよね」

「おい」

「そうだね。ソウマは二つの意味でズレてるよ」

「縁起でもないこと言うな」

「はいはいごめんなさい」

「……で?その、首都アストレアルに行くとしても、アテはあるのか?俺の腕をくっつけるほど凄腕の治癒師の」

「あるわ。……でもちょっと、ね」

「……ああ、あの人、か」

「誰なんだよ」

「会ってから説明するわ。でも、その人にかかればすぐ治せるわよ」

「そりゃ、安心だな」

「でも、今からは無理だね。あいつ、すぐ戻ってくるよ」

淡々とした声が聞こえる。


二人の視線が、同時に声の方向に向く。

「……やっぱりそうなのか」

ソウマは小さく息を吐いた。

「うん。さっきので繋がったから」

「繋がった、ね……」

リリアが小さく呟く。

ソウマはその言葉の意味を、まだ完全には理解しきれていなかった。

「……説明してくれ」

ソウマが言う。

フィアは少しだけ考えてから、口を開いた。

「パラドクシアは、順序を食べる」

「さっき、聞いたな」

「そして、あいつ“順序のズレ”を作って、そこに存在してる」

「……」

ソウマは黙って聞いている。

「普通は、見えないし触れない。存在している順番が違う」

「……なるほど……?」

「でも」

フィアは、少しだけソウマを見る。

「君は、触れたんじゃないの?」

「……っ」

その一言に、わずかに反応する。

「掴んだ、って言ってたよね」

「言ったな」

「それは、順序がズレた状態に、君が適応してるってこと」

「……適応?」

リリアが眉をひそめる。

「そう」

フィアは頷く。

「普通は、ズレると終わり。その時点で感覚が狂ってしまう。でも君は違う」

「……」

ソウマは、黙っている。

「ズレた状態でも、“そこにある”って認識できてる」

「……それが、さっきの位置を掴んだ感覚、か」

「そうだね。だから繋がった」

「……繋がりたくねえよ、そんなもんと」

ソウマは小さく吐き捨てる。

しかしフィアは気にした様子もなく続ける。

「でも、それがないと当てられない」

「……だろうな」

それは、理解している。

あの一撃は、偶然じゃない。

繋がったからこそ、当たった。

「……じゃあ、つまりソウマは、あれと戦えるってこと?」

「可能性はある」

即答だった。

「でも——」

フィアは、わずかに間を置く。

「扱えてない」

「……だろうな」

ソウマも、即答する。

「感覚でやってるだけだ。自分で言って何だが、再現性がない」

「再現性……」

リリアが呟く。

「だから、もう一回同じことやれって言われても、無理だ」

さっきの一撃は、奇跡に近い。

もう一度やれる保証なんて、どこにもない。

「……じゃあどうすんのよ。このままじゃ、また来たら終わりじゃない」

「終わりではないよ」

フィアが否定する。

「……どういうこと?」

「さっきよりは軽いはず」

「……そうだな」

ソウマが小さく頷く。

「削れてるだろうから」

「そう」

フィアが肯定する。

「今は寄生が弱まってる。だから、ズレも浅くなるはずだよ」

「……試してみるか」

足を地面につける。

一秒も経たずにーー


ーーコツッ。


足音がした。

さっきまでのズレは、確実に弱まっている。

ただ、完全ではない。

「……ほんとだな」

「でしょ」

フィアはあっさりと言う。

「だから」

少しだけ、間を置く。

「次は、もっと掴める」

「……」

ソウマは、黙る。

その言葉の意味を、理解しながら。

(掴める、か)

それはつまり――


もっと深く関わる、ということだ。


しかしーー

「はっ、どうせこのままでも終わるなら、そっちの方がまだマシだ」

「……開き直り?」

「現実的判断だ」

肩をすくめる。

「……ほんと、無茶するわよね」

「今さらだろ」

そのやり取りの中で。

「……ん?」

ソウマの動きが止まる。

「どうしたの?」

リリアが聞く。

「……今」

わずかに、目を細める。

何かが――

「……」

足を踏み出す。

同時に。


――コツ。


完全に一致した。

音と動きが。

「……っ」

思わず、息を呑む。

(今の……)

今までずっとズレていたはずの音が、完璧に揃った。

「……ソウマ?」

リリアの声。

だが、それに答える前に。


――ズレた。

再び、音が遅れ、感覚が鈍る。

「……はは」

思わず、笑いが漏れる。

「ちょっと、何笑ってんのよ」

「……いや」

首を縦に振る。

「今、揃ったんだよ」

「え……?」

「一瞬だけだがな……」

「……どういうこと?」

リリアは理解できていない。

しかし、ソウマは完璧にではないが分かっていた。

(……戻る時がある)

完全じゃない。

意図的でもない。

だが――


“揃う瞬間がある”

それはつまり。


(……規則がある)

完全な無秩序ではなく、“何か”に従ってズレている。

「……フィア」

ソウマが言う。

「うん?」

「これ、完全ランダムじゃねえな」

「ランダム、とは?」

「一貫性がないってことだ。さっき一瞬揃った」

「そう」

(ランダムじゃないなら、先読み出来る可能性がある)

「……でも」

リリアが言う。

「分かったところで、どうするのよ」

「……」

ソウマは、答えない。

(分かっても、扱えない)

それが、今の状態だった。

「……まあ」

小さく、息を吐く。

「一歩前進、かな」

「一歩進めばいいけどね」

フィアが淡々と返す。

「次は、もう少し深く来るよ」

「……だろうな」

ソウマは空を見上げた。

何も変わらない空。

だが、その裏側で、確実にあいつは動いている。

(……来いよ)

今度は、もっと掴む。

そう、静かに思った。


風が、抜ける。

さっきまでの戦闘の余熱は、もうほとんど残っていない。

血の匂いも、空気の震えも、すべてが静まり返っている。

だがーー

「……落ち着かないわね」

リリアが、腕を組みながら言った。

「静かすぎる」

「同感だ」

ソウマも短く返す。

いつもとは違う空気が漂っている。

この世界特有の雰囲気というものもあるのだろうが。

「……ねえ、フィア」

リリアが振り向きながら言う。

「どれくらいで来るとか、分からない?」

「分からないね」

即答だった。

「でも」

フィアは少しだけ視線を上げる。

「さっきよりは早いと思う」

「なんで?」

「繋がったから」

簡潔すぎる答え。

だが、それ以上の説明はない。

「……またそれ?曖昧ね」

「仕方ないよ」

フィアは肩をすくめながら言う。

「相手も曖昧だから」

「……それもそうね」

リリアは小さく息を吐いた。

そのやり取りを横目に、ソウマはゆっくりと手を動かしていた。


開く。

閉じる。


足を踏み出す。

止める。


視線を動かす。

一点を見つめ続ける。


(……)

違和感は、薄い。

だがーー

(残ってるな)

微細な遅れ。

ほんのわずかなズレ。

それがまだ、確かにある。

「……なあ、フィア」

ソウマが口を開く。

「揃う瞬間って、またあると思うか?」

「あるよ」

フィアは即答した。

「……何でそうすぐ」

「ただし」

ソウマの言葉を遮りながら言う。

「意図して作るのは難しいね」

「……だろうな」

さっきのあれは、奇跡に限りなく近い偶然だ。

到底狙ってできるものじゃない。

「でも」

フィアは続ける。

「近づけることはできるかもしれない」

「……どうやるの?」

リリアが食いつく。

フィアは少しだけ考えてから、

「繰り返す、だね」

とだけ言った。

「……え?」

「同じ動きを、繰り返す」

「……それで、偶然でも祈るって言うのか?」

「違うよ。ズレの“癖”が見えるかもしれないと思った」

「……なるほど」

ソウマは、小さく頷いた。

(完全ランダムじゃないなら、そこには必ず“偏り”があるはず)

「……やった方が早いか」

ソウマは呟いた。

「……?なんて言ったの?」

「今から、試す」

ソウマは一歩前に出た。

「来る前に、少しでも掴んでおく」

「……バカなんじゃないの?無茶しすぎよ。大体腕一本ないんだからね、もうちょっと安静に……」

「大丈夫だ、二人のおかげで痛くないし。それに、今さらだろ」

軽く返す。

そしてーー

「いくぞ」

小さく呟いた。


足を、踏み出した。

一拍遅れて、


――コツ。


「……」

もう一度、踏み出す。


――コツ。


(……同じだな)

遅れは、一定。

毎回違うわけではない。


「……次」

今度は、手を動かす。

手で壁に触れるのを、目で見る。


ーーひやり。


一拍遅れて、冷たい感触がする。

(……)

繰り返す。

何度も。

何度も。

単純な動作を、繰り返す。

その様子を、リリアは心配そうに眺めていた。

(当人が思っているより大きいことがある、とはよく言ったものね」

「そうだね」

「ん?」

「その通りだと、私は思うよ」

「もしかして、声に出てた?」

「気づいていなかったのか……」

フィアは軽く呆れている。

「そういう気が抜けたところ、たまにあるから気をつけなよ」

「分かってるわよ」

リリアはふてくされた様子で、頰を膨らます。

「でも、あの様子だと……」

「近くないうちに、気が狂うだろうね」

フィアが続けた。

「少しでも、良くなるといいんだけどね」


「検証だ」

ソウマは呟く。

「検証、検証だ」

少しだけ、声に焦りが混じる。

「検証だ。検証だ。検証だ。検証だ……」

その間も、ソウマは動き続ける。


踏み出す。

止める。


触れる。

離す。


繰り返し。


繰り返し。


何度やっても、遅れて音が来る。

触れる。


――コツ。


冷たさが、少し遅れて指に絡む。

離す。


遅れ。

遅れ。

遅れ。


(……同じじゃない)

同じに見えるのに、少しずつ違う。

わずかに、揺れている。

その揺れの中にーー

(……戻る)

一瞬だけ、全部が揃う場所がある。

踏み出す。


――コツ。


もう一歩。


――コツ。


(……まだだ)

もう一度。

踏み出す。


――コツ。


揃わない。

わずかにズレる。ズレ続ける。


(……くそ)

もう一歩。

踏み出す。


その瞬間。

――コツ。


重なった。

ぴたり、と音も、動きも、感覚も。

全部が同時に来る。

「……は?」

息が、止まった。

右側。

何も無いはずの場所に、何かが、ある。

力を、入れた。


「——っ、あ……!」

次の瞬間。


裂けたような痛みがソウマの右側を襲う。

今、この瞬間に、“斬られた瞬間”が今起きたみたいに。

今、斬られたみたいに。

「っ、は……!」

呼吸が崩れる。

喉が、空気を拒む。

血の匂いが、急に濃くなる。

視界が、ぐわんぐわんと揺れる。

「ソウマ!」

リリアの声。

近づいてくる。

「今……何したの……!」

声は震えている。

「……揃ったぞ」

答える。

それだけ。

「揃ったって……!そんなボロボロになってまでする必要なんてないわ!」

距離が詰まる。


リリアの顔が、その美しい銀髪が、目の前に来た。

「説明しなさい!」

「……」

ソウマは黙る。

「なんで黙るのよ……!」

腕を掴まれる。

強く。

震えながら。

ある方の腕を、掴まれる。

「気づいてるでしょ……!」

「……何を」

「やればやるほど、悪くなるってこと!」

「……」

「なのに、なんでやるのよ……!」

声が割れる。

怒りじゃない。

怖さだ。

焦りだ。

「……やらないと当たらない。当たらないと勝てないだろ」

ソウマはそう返す。

「当たらなくていいでしょ……!」

「それじゃ駄目だ!それじゃ、駄目なんだよ……」

ソウマは、かなり動揺している。

「なんでよ!」

「当てないと、どっちにしろ死ぬ」

「そんなの——」

「死ぬ」

言葉に、被せる。

有無を言わせない。

「……っ」

リリアの言葉が詰まる。

分かっているから。

ここで否定しきれないことを。


()めなければいけない」

横から、声がした。

「やらせてはいけない」

「分かってるわよ!」

リリアが反応する。

「だから、今止めてるんでしょ!」

「止めなければいけない」

同じ調子。

同じ言葉。

「だから——!」

「止めさせなければいけない」

同じ言葉を重ねる。

一切、言葉の揺れは感じない。

同じトーン。

同じ声色。

「……っ」

リリアの呼吸が乱れる。

「言うだけでは足りない」

フィアは続ける。

「確実に止めなければいけない」

「じゃあ、どうやってよ……!言う以外に、何か方法があるって言うの!?」

「動けなくするしか、ない」

淡々と。

でも、微かに言葉の震えを感じる。

「……え?」

リリアが固まる。

「四肢を拘束するか、意識を落とすか……そうするしか、ない」

「ふざけないで……!」

怒鳴る。

今度ははっきりと。

「そんなことできるわけないでしょ!」

「でも、やらないといけない、そうだろう、ねえ、リリア……!」

確実にフィアの声が震え出す。

やりたくない。

その思いが、ソウマにもひしひしと伝わってくる。

「やらせれば、死ぬ」

「分かってるわよ!!」

叫び。

ほとんど悲鳴。

「でも——!」

「でも、やらないといけない」

フィアの声はもう震えず、ただ冷酷に言葉を発する。

「止めなければいけない」

繰り返す。

「やらせないといけない」

何度も。

「止めなければいけない」

何度も。

「やらせないといけない」

「やめて……」

リリアの声が、落ちる。

リリアの膝が、

小さく、

崩れる。

「……そんな言い方……しないで……」

「……事実なんだ」

「……っ」

リリアは唇を噛んだ。

何も言えない。

リリアも、分かっているから。

全部、正しいということぐらい。


「……ソウマ」

もう一度、向き直る。

距離が近い。

近すぎる。

手が、震えている。

それでも、ソウマの肩を掴む。

「もうやめて……する必要なんてない……お願いだから、もう……」

リリアの顔が、声が、涙に染まり始める。

「……」

ソウマは、何も言わない。

ここでやめると、何も意味がない。

待っているのは"死"のみだ。

だから、動かないといけない。

ソウマは足を動かした。

「……っ」

リリアの指に力が入る。

離さない。

「行っちゃ、嫌……駄目……」

震える、弱く儚い声。

「……ごめんな」

それだけ言って、リリアの手を、振りほどいた。

今度は、強く。

「——ソウマ!」

声が追う。

背中に刺さる。

それでも。

一歩。

踏み出す。


――コツ。


遅れる。

もう一歩。


――コツ。


(まだ浅い。まだ、まだ浅い……)

もう少し。

もう少しだけ。

「やめなさぁぁぁい!」

声が崩れる。

叫び。

悲痛な叫び。

「……」

ソウマは止まらない。

止められない。

踏み出す。

その瞬間。

――コツ。


揃う。

動きと音が、一致する。

「——ぁ、がっ……!!」

身体が折れる。

内側から裂けるみたいに。

痛みが、遅れない。

そのまま来る。

そのまま残る。

「っ、あああああ……!」

呼吸が壊れる。

濃い赤の血が、また溢れ出す。

止まっていたはずのものが、最初から止まっていなかったみたいに。

止血なんて、意味なかった、されていなかったみたいに。

「ソウマ!!」

リリアが飛びつく。

腕を押さえる。

意味がない。

分かっている。

それでも。

リリアは、そうしないといてもいられなかった。

「もうやらなくていいから……やめて……やめてよ……!」

繰り返す。

同じ言葉を。

何度も。

何度も。

「……止めなければいけない」

フィアの声。

すぐ後ろで。

「今のは二回目だ。確定が進んでる。止めなければいけない」


()めさせなければいけない」


「止めなければいけない」


「やめて……!」

リリアが叫ぶ。

「もう言わないで……!」

「言わないといけない」

発する言葉は、変わらない。

「理解しないといけない」

「理解なら、してる!」

「だから理解度が足りてないって言ってるんだ!」

「……っ」

言葉を失う。

何も言い返せない。

「足りてないから、止められていないんだろう?そうだろう!」

「でも——」

()めなければいけない」

繰り返す。

ソウマの反論の余地を、潰すように。

繰り返す。

()めないといけない」

繰り返す。

「止めさせないといけない」

「……ソウマ」

リリアの声が、微かな音になる。

さっきまでの怒りは、焦りは、どこかに消えている。

もう決めた顔。

震えているのに、引かない目。

「もう一回やったら——」

言葉が、そこで止まる。

続きが出てこない。

出したくない。


それでも、リリアは覚悟を決めた。


「……力ずくで、止める」

やっと出た。

短く。

重く。

「無理矢理でも」

一歩、踏み出す。

距離が詰まる。

さっきまでより、はっきりとした“敵意”に近い何かを持って。

「……やめた方がいい」

ソウマは、視線を外したまま言う。

「今それをやっても、無意味だ。何をするにしても」

「関係ない」

即答。

「関係あるだろ……!」

「ないわ」

被せる。

間を与えない。

「止めるって言ってるの」

「止めてはいけないんだ!」

「止めなさい」

「止められない!」

言葉がぶつかる。

噛み合わないまま、擦れる。


「……()めないといけない」

フィアの声が差し込む。

少しだけ近い。

フィアは大きく息を吸って、整えた。

「今この状態で続ければ、三回目が来る」

「三回目……?」

リリアが振り向く。

フィアが頷く。

「確定が深くなる」

フィアは続ける。

「戻ってくるものが増える」

余計な言葉がない。

「……」

ソウマは何も言わない。

ただ黙って顔を下にしている。

「だから」

フィアの声がまた震え始める。

「止めなければいけない」

「止めるってずっと言ってるじゃない!今、やろうとしてるわよ!」

「それじゃ足りないんだ!」

「……何がよ!」

「確実じゃ、ない」

一拍置く。

静寂が流れる。

「確実に止めなければならない!」

「どうやって……!」

「一番確実な方法を、使うしかない」

「ふざけないで!」

今度は、はっきり怒りだった。

「そんなこと——」

「やらないといけないんだよ……。私だって本当はやりたくなんてない、進んでやるなんて狂ってる!でも、やらないと……」

フィアも黙る。


数分間、静寂が流れた。


「……やらせれば、死ぬ」

「……だからって……」

「止めなければいけない」

繰り返す。

「止めなければいけない」

さらに。

「止めなければいけない止めなければいけない止めなければいけない……」

「……っ、フィア……?」

リリアの呼吸が乱れる。

同じ言葉を繰り返すフィアに、リリアは戸惑いと恐怖を隠せない。

でも、言葉は入ってくる。

拒むことはできない。

全部、正しいから。

「……でも」

リリアの声は、震えに震えて、ほぼ聞き取れない。

「……できない」

小さく、零れる。

「そんなの……できるわけない……」

視線が落ちる。

膝も落ちる。

涙も、落ちる。

「……できないといけない」

フィアは言う。

震える声で。

辛いことを言うように。

「できないと、全員……」

「っ、やめて……!」

続きを言わさない。

言葉を遮った。

リリアが顔を上げる。

「そんな言い方……しないで……」

「現実なんだよ……現実だ……」

認めないといけない。

向き合わないといけない。

この現象に。

この現状に。

「……ソウマ」

もう一度、向き直る。

今度は、ゆっくり。


「もう一回、言うわ」

息を吸う。

震えを押さえ込むみたいに。

「もう、やめて……」

言葉の重さが、さっきとは違う。

「……」

ソウマは、下を向いたままだ。

そのまま、何も言わない。

動かない。

「……お願いだから……もうやめて……」

二回目。

リリアの膝が崩れた。

嗚咽が漏れる。

風の音だけが通る。


「……無理だ」


ソウマは、答える。

小さく。

でも、はっきりと聞こえた。

「……なんで……」

「見えてきてる。もう少しで、あいつを、パラドクシアを……」

「だからって……!」

「ここでやめたら、全部無駄になる!それこそ、本当に無意味だ!」

「無駄でいい!全部、無意味でいい!」

激しい言い争い。

「生きていればいいでしょ!」

「生きれないだろ!」

ソウマの感情が高まる。

どこまでが本当の、本物の感情なのか。

どこまで、本当に思っていることなのか分からなくなる。

「……」

「このままだと、どのみち死ぬ」

視線は下。

リリアを見ない。

「だから、やらないといけない」

「する必要なんて、ない!」

「本当に止めなければいけない」

フィアが、また言う。

「今だ!」

「……っ、ごめんなさい!」

リリアが、動く。

今度は、迷いがない。

リリアは立ち上がった。


両手で、ソウマを押す。

バランスを崩させる。


「……もう、やっちゃ駄目」

ぽつり、と言葉が漏れる。

押し倒されたソウマの体が、わずかに揺れる。

身動きが取れない。

「……よく動けたね」

フィアの声。

すぐ横。

「今のうちに拘束しないといけない」

「……分かってる……!」

息が荒い。

それでも、離さない。

「ソウマ……本当にごめんなさい」

小さく、呟いた。

手に、力が入る。

本気で止めるつもりの力。

「……っ」

ソウマの呼吸が、変わる。

わずかに。

「……離せ」

「離さない」

リリアの手の震えが、わずかに伝わる。

「……離してくれ」

「離さない」

「……離せって言ってる」

少し強くなる。

「離さないって言ってるのよ!」

ぶつかる。

言葉と言葉が。

互いに、譲れない。


「……邪魔だ」


ぽつり。

その一言で、空気が変わった。

「……え」

リリアの手が、止まる。

一瞬だけ。

「邪魔だ」

もう一度。

今度は、はっきり。

「——っ」

ほんのわずかな、ためらい。

ソウマは、それを逃さなかった。

身体を捻り、拘束から抜け出す。

足を踏み出した。

「——ソウマ!!」

もう遅い。

一歩。


――コツ。


遅れる。


もう一歩。


――コツ。


「次で……やっと次で……!」

分かる。

次で、揃う。


「やめてええええええ!!」


叫びが、空気を裂いた。

でも、今のソウマには関係がなかった。

そのまま、踏み出す。


――コツ。


音と動作が、揃う。

完全な一致。

ずっと待ち望んだ、瞬間。


「——ぁ、ああああああああああ!!」


今までより、深い。

内側から引き裂かれる。

"あの瞬間が、

何度も、何度も、何度も、重なる。


切断。

右腕が落ちる。地面に転がる。

血が、流れる。


同じ出来事が、ソウマの脳内で再生される。

脳裏に、視界に、焼き付いている。

「っ、が……!」

声にならない。

呼吸が壊れる。

血が、溢れる。

止まらない。

最初から止まっていなかったかのように。

「ソウマ!!」

リリアが崩れるように近づく。

手が、血で滑る。

掴めない。

「やめて……やめて……!」

繰り返す。

もう、意味のない言葉を。

それでも。

止まらない。

「……あれだけ、止めろと言ったのに……」

フィアの声。

静かに。

「もう遅い。確定が深い」

「——うるさい!!」

リリアが叫ぶ。

振り向く。

涙でぐしゃぐしゃの顔。

「分かってるって言ってるでしょ!!」

「じゃあ私たちにはどうすることもできない!」

リリアは、何も言えない。

内心、分かっていたから。

「……ソウマ」

もう一度、呼ぶ。

今度は、ほとんど音にもなっていない。

「……やめて」

届かない。

もう。

「……」

ソウマは、立っている。

揺れながら。

崩れかけながら。

それでも。

「……見えた」

かすれた声。

笑っている。

「波が……」

視線が、どこか遠くをなぞる。

「……次で、取れる」

「……やめて」

もう一度。

届かないと分かっていても。

「……もう遅いんだ」

「じゃあこれで最後に……」

ーー消えない。

あの時の声が、頭の奥に張り付いている。

“全部、本当だよ”


「リリアには何も言われたくない!」


リリアは、絶句する。

言葉の意味が、分からない。

「どういう……意味……?」


「お前は俺のことが嫌いなんだろう!」


「なんで?そんなこと、思ったことない!一度も、一度も!」

「じゃああれは何だ?前の偽物が言ってた。僕の言ったことは全て本当だって!」

「思ったことなんて、ない!」

「でもあれは嘘じゃない!」

「……そう。」


リリアの顔が、暗く染まった。


「そう。ソウマは偽物の言うことを信じるんだ。他でもない私本人じゃなくて、偽物の話を。そう。」


「ちがっ!?そうじゃなくて……!」

「そうじゃないわけないでしょう!?ソウマの言ったことは私じゃなくて偽物を信じるってことだわ!」

「そんなこと……!」


「思ってないわけ、ない!」


一瞬、静寂が流れる。


「もういいよ。もう、いいよ。」


ソウマは何も言わない。

ただ立ち尽くしている。


「今までありがとう、ソウマ。そして、さよなら」

リリアはフィアを連れて去っていく。


ーーここにいる“ソウマ”は、もう知らない人だ。


「……忘れるわ。全部」


足音が、遠ざかる。


――コツ。


一拍遅れて、音が響く。

「……」

ソウマは、顔を上げた。

その音は、もう二度と揃うことはなかった。

呼び止めるべきタイミングも、

言葉をかけるべき瞬間もーー

すべて、ズレていく。

ほんの少し前まで、隣にいたはずの距離さえも。

埋められたはずの言葉も。

手を伸ばせば届いたはずの関係もーー

もう、どこにもない。

残ったのは、

噛み合わなかった“間”だけだった。


その瞬間。

今までずっと吹いていた風が、静かに消え去った。



25話はこの作品において大きな山場の回です。

リリアという信頼できるパートナーと、フィアという情報通と魔法の師匠を失ったソウマは、これからどうするのか。

また別れたリリアたちは、何をするのか。

次の更新は時間をおくことになりそうですので、予想かつ考察をしてみても面白いと思います。(作者はどうするかは決めております。)


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