9話:「君にだけ」なんて
それは見慣れた眩い光。
カメラセット、照明、煌びやかな番組タイトル。そして中央の机と椅子。そこには今は電源が切れているがこれから視聴者がコメントして流れるであろうモニターも設置してある。
俺以外はまだスタジオに出てきていなく、照明はついているのに、やけに静かに感じた。
一人でポツン、と番組のセットを見上げて立ってみる。照明などの微々たる音だけが怪しく耳に残る。
あぁ、今日も、ここで血が流れてしまうのだろうか。助かる方法はまだ見つかっていないし、次、誰が脱落するかもわからない。
もしかして次は、…俺かもしれない。無意識に自分の席にある名札へ手を乗っけて撫でていた。
すると次に俊がスタジオへ入ってきた。
いつもの萌え袖を作り、俺に対して小さく胸付近で手を振って近づいてくる。女子高生か、と突っ込みたくなる行動だ。学校帰りに流行りのカフェラテとか持っているシーンが頭に浮かぶ。
「おはよ~!よく寝れた?…うーん、絶好調ではなさそうだけど、安心して討論ができそうな顔色だね?」
「できれば討論なんてしたくねーよ、安心も何もできるわけないだろ…」
俺は俊から顔を背けて視聴者コメントが流れる予定のモニターへと視線を移した。このコメントで脱落者が出るなんて、くだらなさすぎる。死人をまた死なせる?ふん、見せ物にしては趣味が悪い。争うのを見て何が楽しいんだよ。
「ねぇ、ジュン」
俺がぼーっとしていると視界に大きく俊の顔が急に目の前に迫ってきた。近距離で顔をのぞいてきた事に気づくのが遅れ、反射的に一歩下がる。
「わっ、」
「俺さ、…他殺だって思い出しちゃった……」
「え……?記憶、完全に戻ったのか?」
「ううん、完全じゃないんだけど。…ほら、他のクラスに居たじゃん、遠藤って奴」
遠藤?と名前だけでぱっと浮かばず何十秒か考えてから、やっと顔が浮かんだ。
「思い出した!黒髪でポニテしてる眼鏡の!」
「そーそー!!」
思い出しただけで俊は拍手をしてくる。わざとらしく頭のアホ毛が揺れている。
「そんで、そいつがどうしたんだよ」
すると急に顔が近づき、俊の髪が俺の頬を掠った。不意にドキッとしてしまった自分が悔しい。そのまま、耳元で囁かれる。
「……俺、あいつに殺されたんだ」
「!」
俊の表情は確認できないが、俺は息をのみ横目を必死に向けた。
「理科室にね、呼び出されて。あいつ、俺の事大好きだったから…告白されたんだけど…そこでね刺されちゃった」
いつもの声とは違い、一つ声を低くし落ち着いた様子で伝えてきた。俺は瞬きをしながら、緊張した体をやっと俊から一歩離した。
「じゃ、じゃあ、他殺…は…、遠藤にやられて」
「…うん、そうだよ。俺、今でも思い出すと怖いもん」
そういう俊はセーターの袖に指だけを出してため息をついた。俺が一歩下がったのに更に前へ一歩詰めてくる。これ以上後ろに下がれず、つい、拘束椅子に尻餅をついてしまった。
…やばい!!拘束される!!………と思ったが、椅子の拘束は動く事なく、俊は動じずに俺の目の前に立ち、セーターを腕までめくって見せた。
「……お、おい…それって…」
俊の綺麗な腕には肘より上まであるだろう、無数の赤い線が何本も刻まれていた。
夥しい数の、リストカット……。
何本の線が重なり、線になっていない箇所もある。まるで赤いボールペンでぐしゃぐしゃに書いたように、その傷は捲った箇所までしか見えないが随分と痛めつけたような痕跡があった。
その傷は現在滲んだりはしていないようだから、最近というわけではなく、"苦しさ"の積み重ねなのだろう。
「だって、粘着されてて辛かったんだ…、苦しかった。誰にも言えなかった。だから、脱落前だとしても、…ジュンにだけでも話してみたいなと思って。…引いたでしょ?」
俊は肩を竦めて苦笑いを浮かべる。俺は言葉を失った。
こいつが笑顔の裏で隠していた事実。
他殺、望まなかった、死。俺はやり場のない視界に目を泳がせていた。
「べ、別に引かないけど…そんな事があったのか…」
どう返していいかわからず視線と腕を見ないまま、頭を掻いて言葉を探す。
俺が言葉に迷っていると、2人がスタジオに入ってきた。黒いセーターと緑のトレーナー。
あぁ、あいつらか。
「お?なんや?2人で秘密の話しでもしてたんか?仲間はずれは寂しいわ~。それもまた作戦なんかぁ~?」
ペー君はあくびをしながら自分の席の近くへと立った。確かに、裏で誰が何を作戦を立てているかわからない。こいつは案外的確な事を言っているのかも。
タクヤもいつも通り静かに呼吸をして自分の席の近くへと移動する、しかし控室の入り口をやけに気にしているのか、入り口をじっと見ていた。こいつだって死んでるけど、更に脱落の残酷なシーンが重なって緊張しているはず。…でも同じクラスメイトのタクヤと俊でさえ、俺は死んだという記憶がない、思い出せない。同じクラスで亡くなった、という情報があればショックで脳に残るはず。
それすら記憶制限がされているのか?
俊が遠藤に殺されたという事も容姿だけ浮かんだくらい。もし生きていて同じクラスで死を知っていたならばどれだけ大きく取り上げられただろう。それは俺もタクヤも。そう思うと記憶制限、の可能性は高そうだ。
俺は周りを見渡して、ふと気づいた。
「…あれ?もう1人いたような……」
「あの、だらけた配信者じゃない?」
俊が手をポンと叩いた。 すると、丁度よーすけが現れ、スタジオに入るといつものようのフラッと現れて手をヒラヒラとする。…いつものよう、というか、少し違うような。目元と頬、顔にあざができて、口先が切れて左側から血が滲んでいる。それにちょっと足がふらついて、やつれて見える。どこを見てるんだ、視線も歩いている方向と違う。
ペー君は大げさに瞬きをし、そして大げさな声を出す。
「よーすけ!なんや、なんか……疲れてるんちゃう?」
「疲れてる問題じゃないだろ、血が出てるぞ。何かあったのか?」
俺が駆け寄ろうとすると、それをタクヤが先に動き腕を支えてよーすけを指定の席へと丁寧に歩幅を合わせて誘導していく。丁度タクヤが隣の席なこともあり、保護者にも見えた。
「んや、なーんもないよ。あぁ、でもさっき俺を呼ぶ声が聞こえたからさ。そっちに向かっていったら壁だった」
配信の不思議ちゃんキャラを守ろうとしているのか、なんなのか。惚けたように首を傾げとろーんとした喋り方はいつも通りだった。肩を揺らしながら笑っている不気味な姿。壁にぶつかってその傷ができる訳がない。嘘だ。きっと何かを隠している。しかしまだ手札が見えない。
「ジュン、惑わされるな」
「あぁ、要注意人物だな」
隣の席に戻ってきたタクヤが腕を組んで参加者を見渡す。討論前になるとどいつもこいつも怪しく見えてくる。 誰が嘘をついて本当の事を言って、視聴者の人気をとるのか。演技で生き残れる程、簡単な事なんだろうか…。
またはドッキリですなんて助けが来たりしないか、これで終わりですなんて事にはならないか、と考えては希望が消える。無意識に俺は自分の椅子に手をかけ、そこには薄ら汗をかいていた。
俺たち5人は真ん中の椅子へ自ら腰をかけた。そしてあの嫌な音、ガシャリ、と拘束する音をまた聞いたのだった。
MCの声がスタジオに鳴り響く。
「さあ!本日も後半戦、始まります!!本日もルールは変わらず!勝ち残った1名には、生き返れる豪華商品付き!ちゃんと死んだのも世間は忘れてくれるぅ⭐︎」
モニターに視聴者コメントが流れはじめる。
『今日も推し活』
『脱落の刑が楽しみで来ました』
『よーすけ血www』
『ジュン応援してる』
『俊くんかわいいわーー』
『俺はあいつが残るって予想したった』
スタジオの照明が一瞬落ち、次の瞬間、派手なスポットライトが回転しながら天井を駆け巡った。
「さあああああああ!!後半戦、開幕です!!」
MCの声が甲高く響く。騒がしいノイズとともに、番組の音響がスタジオ全体を震わせる。
残り5人。
椅子に縛り付けられながら、俺たちは再びこの地獄の続きを迎えようとしていた。




