6話:不穏な控室
控室が並ぶ廊下への扉が開いた。
これまで脱落者が使っていたはずの楽屋は、跡形もなく消えていた。その分、廊下の長さも縮まっている。どういう空間なんだ。夢か?
いや、喉の渇きも、身体の感覚もちゃんとある。トイレに行きたくもなるし、腹も減る。眠気だって普通にくる。
……どう考えても、これは夢じゃない。現実の延長にしか感じられなかった。
MCの言った通り徐々に、脳裏に浮かび上がってくる過去の記憶。 考えたくもないのに脳が無理やり再生してくる。思い出したくない。
俺の脳は拒絶している。……けれど、炎が何かに関係しているという確信だけはあった。それでも、俺が“死んでる”なんて、にわかには信じがたい。もしかして火事だった?
いや、今こうして生きているし、感覚も鮮明にある。じゃあ、この記憶はなんだ?
だってこの前数学のテスト受けて赤点をとってこっぴどく先生に怒られたし、タクヤに新しい腕時計を見せた時にはこっちも見ずにスマホいじってたから、俺が時計を顔に押し付けてやったりとか、ふざけてた日々があったのに。日常と自分が拒んでいる記憶が入り混じりそうだ。
……悠也、猫川、大雅が語っていた“死んだ記憶”は、まさか、本当に?
控室にはご丁寧に簡易的な布団が部屋に敷かれていたので、とりあえずそこに横になる。 さすがに寝間着までは用意されていないようで、俺はワイシャツとズボンを脱ぎ、赤いシャツとパンツ一枚の姿で布団へ潜り込んだ。まるで自分の部屋みたいだ。 目を閉じると、どこからか秒針のような音がカチカチと鳴っている。……薄目を開けると、壁に設置されたデジタルのタイマーが光っていた。
「あぁ……これが終わったら、また出てこいってことか。一眠りは出来そうな長さだな」
理解した瞬間、ひとつ大きく息を吐いた。今日は情報量が多すぎる。仮眠でもして、少し整理しないと。伸びをして大きく深呼吸をし、いつもの家と変わらずにころん、と寝返りを打つ。そして 俺は再び静かに瞼を閉じた。
ああ、布団は普通の布団だ。めっちゃ気持ちいい。地についてなかった足が、ついたような感覚。
ガチャッ。
「……ッ!!た、助けてッ!!」
「は? なになになに!?」
その声に目を開けると、よーすけが俺の部屋に飛び込んできていた。律儀に鍵まで閉めて、真っ直ぐ俺の布団の方へ駆け寄ってくる。
状況が飲み込めず、ただその姿を目で追うしかなかった。俺のささやかな幸せの時間が、また非現実的になっちゃったじゃないか!!
「おい、ちょっと待てって! 勝手に入ってくんなよ!」
「だって、鍵が開いてたの、ここだけだったんだもん!」
……ああ、そういえば鍵、あったな。 完全に忘れてた。自分の無防備さに、自分で呆れる。これが狂ったMCだったりしたら俺は一発アウトくらってただろうな。
よーすけはそのまま俺の布団に潜り込もうとする。
「やめろやめろ! 勝手に布団まで入ってくんな! 俺のほうが助けて欲しいくらいだわ!」
そう言いながらも、よーすけの身体が小刻みに震えているのがわかった。さすがにパンツ一枚のままで他人を布団に入れるのは抵抗がある。俺は布団から出て、部屋の隅に座らせてやった。
「怖い……怖い……怖い……」
俺の目を見ようともせず、視線は宙を彷徨っている。よく見ると、着ていたセーターは脱いでいてネクタイを外し、今はワイシャツと制服のズボン姿だった。
何だこいつ?
もしかして、こいつも寝ようとしてたところだったのか? 俺はあぐらをかいて布団の上に腰を下ろし、首を傾げる。
「なにが怖いんだ?」
「……目が」
「目?」
おいおい、いつもあんなにヘラヘラしてた奴が怖がるとか、逆に怖ぇよ。こっちがどれだけお前のことを不気味に思ってたと思ってるんだ。
目、と言われ部屋の中を見渡しても、俺には目ん玉がそこにあるとかそんな物は見えない。
恐怖で精神壊して、このツラか?
頭の中でそんな皮肉を浮かべつつ、ふとよーすけの顔を見て違和感に気づく。頬や首に、薄く痣ができている……。
―あれ?討論してた時、こんな傷、なかったよな?
コンコン。
誰かが扉をノックする音が響く。 よーすけは怯えたように扉の見えない位置へと移動する。 その移動した隅っこでもぶつぶつと何かを言ってウサギのポーチらしき物を手に持って握りしめていた。
構わず俺は立ち上がって鍵を開けた。 そこに立っていたのは、あの背がデカくて存在感のあるタクヤだった。
「おお、タクヤ! どしたんだ?」
なんだか久しぶりに“まともな奴”の顔を見て、ちょっとだけ安心する。 ……“だった”って言い方も、今となっては変かもしれないけど。本当ならここで俺の部屋寄って行けよ、とか世間話しようぜ、とか遊ぼう、なんて声をかけたい所だったが、そんな雰囲気でもなさそうだ。
タクヤは入口のふちに体重を預け、いつも通り腕を組んでいる。
「関西弁の奴が、『みんなで弁当食おう』ってうるせぇんだけど」
どうしてもあだ名を呼びたくないのか、頑なに名前を呼ばない、こいつらしいけど。
「ああ、あの……ぺー君、だよな」
番組のルールとしては討論時間はたったの10分。それじゃ短すぎるってことで、弁当を食いながら少し話そうとペー君が呼びかけてるらしい。
タクヤがペー君の控室を指差すと、その中から俊の声が聞こえた。
「ねぇ、まだ?お腹空いたんだから早くしてほしいんだけど~~!」
低めの声。テレビで見せるあざといトーンとは全く違っていた。どこか昔教室で聞いたことがあるような裏の顔の声。
今となっては俊が混ざっていた日常が遠く感じるし、全然思い出せない。あいつが裏表激しい事は、俺もタクヤも知ってることだ。 けど、視聴者には知られていない。だからああいうキャラが人気になる。
タクヤより俊の方が記憶が薄いのはなんでだろう。単純に俊とは絡みが少なかったから?いや、猫川もそこまで覚えてなかったけど、俊と猫川、特徴はいつも通り覚えていた。
ただ単に、学校での記憶が薄くて、もやにかかっているような感覚。
「おい、それ、持って集合しろ」
タクヤが顎で示したのは、机の上に置かれた海苔弁だった。
……番組セットはあんなに豪華なのに、出演者の飯はこれかよ。 水でもいいけどさ、もうちょっとジュースとか弁当の種類を選べるとか、そういう気がきかないのかねえ?
心の中で舌打ちしつつ、のり弁と水を手に取る。立ち上がろうとしたそのとき――
「……服、着てった方がいいと思うけど」
「あ」
自分がパンツ一丁に赤シャツという姿だったことを、すっかり忘れていた。慌ててワイシャツとズボンを身につけて、弁当を持って部屋を出ようとする。
顔を上げた時、角にいたよーすけと、ふと目が合った。
匿っておいて、完全に忘れてた… 。
それを察したタクヤが、ずいっと部屋に入ってきて、よーすけを見下ろす。しっかりとその視線は逃さないかのように。その視線は俺も見たことのないような、支配感を醸し出している。
「お前もだ。呼ばれてんだから、弁当持って来い」
「……」
それだけ言い残して、タクヤは部屋を出て行った。
よーすけはしばらく黙っていたが、やがて立ち上がり、俺の部屋を後にする。
「悪いね、匿ってくれて。ありがとー。……いつかお礼できる時があればね、いつか」
ひらひらと手を振りながら出て行くその仕草は、相変わらず余裕そうだったけど―震えるその指先が、すべてを物語っていた。…あいつも、きっと怖いんだ。へらへらしてる見た目で、わけわからない奴かと思ったけど、みんなこの番組が本気で怖くなっている。
本当の死を見てしまったから。
スタジオの方向へ目を向けると、今は扉が閉まっていて入れそうにない。試しに近づいてみるも取っ手がないので体で押したり爪を隙間に入れようと思ったがそこまで甘くなかった。
そして逆に言えば、ここからスタジオ内、外にも出られないってことか。
俺は諦めて渋々とペー君の控室へ向かうことにした。
「おじゃましまーす」
そう言って扉を少し開けた瞬間―― その隙間からでも伝わる、圧倒的な狂気の気配に、思わず動きが止まる。
……なんだ、これ……
大量のぬいぐるみ、大量のよーすけの写真、カメラの機材。
な、ナルシスト配信者!!!
見てはいけない物をみた、と思い反射的に扉を閉めると、遠くの控室から笑い声が聞こえてきた。
……部屋、間違えた。あっぶねー。俺にたいに不用心で鍵を閉め忘れたんだな。
今のは……一旦、見なかったことにしよう。 これこそ記憶から消すべき事だ、うん。
俺は恐ろしい光景を頭の隅に追いやり、 みんなが集まっているペー君の部屋へと向かい、友達と待ち合わせをしているような声をかけながら向かった。
「わりわり、遅れたーー」
俺は自分の海苔弁とズボンを履いてるかちゃんとチェックしてから控室へと入った。




