4話:それぞれの作戦
・ージュン
休憩の合図と共に、今まで見たこともなかった扉が機械的な音を立てて現れた。黒い壁には何もなかったはずが、扉の線をなぞるように出現したのだ。
俺はすぐに足を踏み入れると扉の先には、まるで本物のテレビ局の楽屋のような白い廊下と部屋の配置が広がっている。ネームプレートまで用意されており、妙にリアルだ。
自分の名前があった。普通なら嬉しいんだろうが、ちょっと複雑。
俺は慎重にノックし、聞き耳を立てる。罠かもしれない。
しかし…静かだ。
ゆっくりと扉を開けると、中はまさにテレビで見た事のある楽屋、控室そのものだった。鏡があり、中央の机にはペットボトルの水。だが弁当は置かれていない。もちろん、この水も信用できない。毒が入っているかもしれないし、手をつける気にはなれなかった。
15分の休憩時間。長いようで短いようで…。
今、俺は何に巻き込まれている?
ここに来る前、俺は何をしていた?
どうやってここへ?
…考えれば考えるほど、記憶が靄に包まれていく。無意識にポケットからスマホを取り出す。…案の定、電源が入らない。何となくそんな甘い事は無いとわかっていたことだが、改めて絶望が胸に染みる。
マジで俺たちって、死んでるのか?やっぱり全然実感はない。
大雅が目の前で死んだ――その現実が、脳裏をぐるぐると巡っていた。
・ーペー君
ほんまに死人が出ると思わんかった。衝撃すぎる映像はもう頭から消したい。それに自分が死んでるなんて、んな物騒な。ポジティブに明るい事でも考えて忘れよ。
……そや!明るい事といえば!
配信者のよーすけ、有名人に会えるなんて最高やわ!せっかくやし、記念写真の一枚でも撮らんと損やで!俺はスマホを片手に、ルンルン気分でよーすけの控室へと向かった。
ノック、ノック。…あれ、礼儀的に2回か3回か?まぁええわ。
早く撮ってや~!……しかし応答がない。中から何か聞こえてくる気ぃはすんねんけど。……声?何か喋っとる?
ま、やっぱり初っ端から写真は厚かましかったか…。しゃあない、次のタイミングに賭けよう。
ふとスマホの画面を見て、絶句した。電源が落ちている。
「あれぇ!?差しっぱのモバイルバッテリー、壊れてたんかいな!?これじゃ写真撮れへんやんかー!」
嘆いていた俺の前を、背の高いタクヤさんがすっと通り過ぎる。
「おーおー、素通りかいな? タクヤさん」
「……」
「ん? アンタ、スマホに可愛いマスコットつけとるやん。よーすけのと似とるな!」
「……! 人の物を勝手に見るな」
「えー、でもそれ、付けてるってことは見せたいんやろ? 見せつけとるやん」
俺の言葉にムッとしたタクヤさんは、そのまま無言で奥のトイレへ消えていった。廊下の奥の左っ側にドアがあった。
あ、ここ、トイレもちゃんとあるんや。親切なんだか、不気味なんだか…。
・ー俊
控室だからといって、安心してはならない。すべてが罠かもしれない。
―誰が仕掛け人で、誰が消されるのか。この番組の"ゲームマスター"の目的は、一体?俺がゲームマスターなら、こんなダサい演出にはしないけどね。……まぁ、言葉にはしない。
監視カメラは見当たらないが、盗聴器くらいはあるかもしれない。
鏡の前に立ち、自分の容姿をじっくりと確認する。控室に自分の鞄と思われるものが置いてあって本当に良かった。それが救い。
長めの襟足を整え、鞄からメンズ用で最近発売しているファンデーションと色付きリップを取り出して調子を整えた。これも作戦の一環。
視聴者に脱落投票をされず、人気者として選ばれればいいんでしょ?得意分野だよ、ふふん。俺たちは死んでいて、生き返るという商品をめがけて戦う。実際に目の前で死人が出た時は驚いたけど、こういう時こそ、冷静に事実を受け入れて、どう立ち回るかが大事だよね。
そりゃあ死んだっていう感覚はまだないけど…俺は馬鹿達とは違う。MCの言っている事が本当なら、記憶を思い出してそれをうまく利用するだけの話。
厄介な参加者が多いのは事実。でも、大丈夫。
俺が視聴者の心を掴んで、願いってやつを叶えてやる。
待っててね、視聴者のみんな♡
***
15分が経過し、各部屋にあったデジタル式のタイマーが0を表示すると控室の照明が一斉に落とされた。出演者たちはバラバラと部屋から出てくる。……もはや、それは演者だった。従うしかない。
理由は単純。『首輪』は未だ外されておらず、椅子以外の方法でも、俺らは常に拘束されている。次にいつ電流が走るか、爆発するか―その恐怖と先程の光景が頭に染みついていたのだ。
MCが言う。
「お待たせいたしましたッ!それでは、第二回戦のスタートですッ!」
『キターーー!!』
『待ってました!』
『大雅のシーンもう一回!』
『また脱落くるか!?』
大雅が脱落した際の衝撃映像がスローモーションでリプレイされる。電流が走り、焦げる椅子。セットの床に吸い込まれていく彼の姿。それに呼応するように視聴者コメントは再び湧き上がった。
『あの焦げ方やばwww』
『殺人者はOUTでしょ』
『理由がダサすぎたw』
出演者たちは再び席に着き、例の拘束椅子へと身体を委ねる。
ガシャン――金属音が響き、拘束が完了。
第二回戦の幕があけた。
一度照明が落ち、そしてピカっと、カラフルな光で出演者を照らす。カメラが各人の顔を次々にドアップで映し出す。
その瞬間、俺と俊には圧倒的な人気コメントが集中していた。普段なら人気者になれて嬉しいんだろうけど、ここではそんな事を感じない。胸糞悪いだけだ。
『ジュンかっけえ!』
『俊かわいい…』
『この2人、推しすぎる』
『つか大雅どうやって死んだ?』
『死者はどうでもよすw」
……次なる脱落者は誰なのか。
俺たちはそれぞれ、拘束された身体を微かに動かしながら、周囲を見渡したり、視線を彷徨わせたりしていた。 拘束具の構造を探るように、壊さない程度に手首を揺らす者もいる。 自由はない。だが、与えられた時間はある。
タイマーが動き出した。
討論時間はわずか10分。休憩より短い。
つまり、静かにしていては終わる。視聴者の心を動かせなければ、次の“脱落者”となるのは、自分かもしれない。
沈黙を破ったのは俊だった。
「ねぇ猫川、さっき大雅に殺されたって言ってたけどさぁ、じゃあなんで大雅が死んじゃったの?」
猫川は視線を落とし、答えない。その唇は強く結ばれたままだ。 その様子に俊はあざとく首を傾げ、彼を陥れようとするような目を細めた。
すると、しばらく黙っていた悠也が口を開いた。
「…なあ……俺、いいよ。俺、生きてる価値ないんだ」
俺は驚きに目を見開き、視線を猫川から悠也へと移す。
「おい、それ、どういう意味だよ。価値とか、そんなこと…」
「俺、自殺したから」
静寂がスタジオを支配する。
タクヤが冷静に、しかしどこか感情を押し殺すように言葉を継いだ。
「お前、自殺して死んだから、大雅のように脱落者してもいい、って言ってんのか?」
「そうだよ。さっきから記憶がどんどん蘇ってきて…もう嫌だ」
悠也の声は震えていたが、その表情にはどこか覚悟がにじんでいた。
俺は出来れば皆んなを助けたい、誰も死なせたくない。
でも、どうすればこの茶番のような番組を終わらせられるのか
―― 歯を食いしばり、拳を握る。
その間にも、モニターには視聴者のコメントが次々と流れていた。
『猫川しゃべれ!理由を言え!』
『今回は悠也かなー』
『よーすけもう少し喋ってー』
『まぁこいつ喋らないしつまらないし確定』
『わかる つまんない』
討論時間、残り2分。
焦燥と沈黙が交差する中、俊が口を開こうとしたが、周りの様子を見て発言を控えたようだ。
よーすけはぼんやりとスタジオの角を見ている?まるで議論に参加していないどこか不審な視線の動きをしている。
誰もが次に何を言えば良いのか分からないまま、時間が過ぎていく。
そして視聴者の投票が始まった。
『やっぱり悠也じゃん』
『猫川じゃねぇのかよ』
『他の奴、まだ口割ってなくね?』
『今回くそ塩試合。つまんねー』
スタジオに警告音が鳴り響く。
モニターに【脱落者:悠也】の文字が表示された。
次の瞬間、悠也の椅子に電気が走り、火花が飛び散る。
先ほどとは異なる脱落方法。火が大きくなり、服、体、髪、顔…
「うぐううっッ!!!!」
彼の体が一瞬で炎に包まれ、激しい閃光とともに悲鳴すらも掻き消えた。
人間が焦げていく匂い、暴れているのだろう、拘束具から逃れようとするガチャガチャと音が虚しくも響いていた。炎の熱だけがこちらにも伝わってくる。
「うわっ……!」
俺は視線を下げ、俊は急いで顔を背ける。 ペー君はコメント欄だけを見て、タクヤは眉をしかめ、よーすけは無言で首をかしげながらその様子を見つめている。
視聴者のコメント欄は大盛り上がりだ。
『炎エグいww』
『演出強すぎ!』
『うけるwwいいね!次誰や!?』
悠也はどろどろになり肌は黒く、誰だったかもわからない物体になっている。それに目を向ける奴は居ない。
悠也ごと焦げた椅子は、ゆっくりとスタジオの床下へ沈んでいった。
大雅の時と同じく、セットの一部であるかのように無機質に、冷酷に。
その場に残された者たちは言葉を失っていた。
だが、ただ一人――猫川だけが、そこには居ない過去の大雅を見ているような、まるで時間が止まったかのように、硬直したままだった。




